2022年11月25日
2022カタール・ワールドカップのグループリーグに見る世界史
本ブログの恒例企画なので。2018年の。
グループA(オランダ・エクアドル・セネガル・カタール)
関係が非常に薄そうな4ヶ国に見えるが,実はセネガルにある負の世界遺産ゴレ島をオランダが使っていた時期がある,つまり奴隷貿易という意外な接点がある。ゴレ島は17世紀後半に英仏と三つ巴で取り合いとなり,最終的にフランスが対岸のセネガルとともに占領した。なお,黒人奴隷貿易の輸送数ではポルトガル・イギリスが圧倒的に多く,次いでフランス,4番目がオランダである。オランダに黒人奴隷貿易当事国のイメージがあまり無いかもしれないが,17世紀の時点ではポルトガルに次ぐ主要国であった。18世紀に入ってから英仏が急速に輸送量を増やし,オランダを抜き去っていく。ゴレ島がフランス領となったのはその端緒である。他はちょっと見当たらなかった。ロイヤル・ダッチ・シェルがカタールの油田開発にかかわってたりしないかなと思って調べてみたけど,めぼしいものは見つからず。そういえば4ヶ国とも国土がそれほど大きくなく,それもあってか緯度も経度もかすりもしていないのはちょっと珍しいか。
グループB(イングランド・ウェールズ・アメリカ・イラン)
なんだこの因縁だらけのグループは。説明不要すぎるやろ。しいて補足するなら,イランの油田開発に着手したのはイギリスであり,1951年,イランの首相モサデグがアングロ・イラニアン石油会社(現BP)を国有化した。しかし結果的にイラン産の石油はセブンシスターズが支配していた市場から排除されてしまい,1953年,モサデグは国王パフレヴィー2世のクーデタによって失脚する。このクーデタを支援したのがCIAだったことから,石油による結びつきはイギリスからアメリカに交代し,アメリカとイランの深い因縁が始まった。あとまあ当然ウェールズからもアメリカには多くの移民がいて,英語版Wikipediaに載っていたデータを信用するなら約185万人がウェールズ系の子孫とのこと。……いや,これは建国前から移民がいたことを考えると少ないか。アラブ系やベトナム系とほぼ同じ規模で,韓国系よりはやや多い。有名所だとトマス・ジェファソン,ジョン・アダムズ,ジェファソン・デヴィス,ヒラリー・クリントン等。
グループC(サウジアラビア・ポーランド・メキシコ・アルゼンチン)
メキシコとアルゼンチンは旧宗主国が同じスペインで,独立時期も近い。また銀の生産量ではメキシコが1位,アルゼンチンが9位とよく似ている(金はメキシコが9位,アルゼンチンが17位)。アルゼンチンは国名の面目躍如というところだろうか。鉱物資源という意味ではポーランドは石炭生産量が世界10位,サウジアラビアは石油で3位と,いずれも鉱物資源で何かしら優位をとっている国が固まっている印象がある。メキシコとアルゼンチンが独立を達成したのは19世紀初頭であるが,これは逆にポーランド国家が消滅した時期であり,第3回ポーランド分割が1795年,ワルシャワ大公国の消滅が1815年である。言うまでもなくいずれもフランス革命とナポレオン戦争の影響が色濃い。ではサウジアラビアが無関係かというと,サウジアラビアの前身であるワッハーブ王国はエジプトのムハンマド=アリーに攻撃されて1818年に中断し,1823年に復活している。こうしたムハンマド=アリーの動きもまたナポレオン戦争の余波であり,かの戦争の影響範囲はかくも広い。
グループD(フランス・チュニジア・デンマーク・オーストラリア)
チュニジアはフランスが旧宗主国で,アルジェリアほどではないにせよ,経済的なつながりは現在でも強い。フランスとデンマークは,それほどつながりが無いように見えて探せばあるという感じ。ノルマンディー公国を建てたロロはデーン人であるから(指摘を受けたので追記:実はロロはデーン人と確定していおらずノルウェー系の可能性もあるとのこと。知らなかった。),これが両国のつながりのスタートと見なしてもいいかもしれない。そこからかなり経って,ナポレオン戦争ではデンマークがフランス側に立って参戦したため,ウィーン議定書ではノルウェーをスウェーデンに割譲する憂き目に遭っている(そう,ここでもナポレオン戦争がかかわる!)。さらにドイツ統一戦争でプロイセンに敗北した点でデンマークとフランスは共通し,同じことは二次大戦でも繰り返された。チュニジアとデンマークは,歴史的なつながりは薄いが,経度がほぼ全く同じという不思議な共通点がある。オーストラリアだけはどうにも何も思い浮かばず。
グループE(スペイン・日本・ドイツ・コスタリカ)
このグループも縁が深いつながりが多い。日本とドイツのつながりはあまりに豊富すぎるので割愛したい。日本とスペインも省略していい気もするが,何か一つ挙げろと言われたらザビエルを挙げる日本人は多そう。元枢軸国大集合というにはフランコ体制の定義問題が浮上してしまう。そういえば世界史とは一切関係ないが,イタリアで豚熱が流行してしまってプロシュートが輸入できなくなってしまったため,ハモンセラーノを見かける機会が増えたように思う。コスタリカは憲法に「常備軍の不保持」という日本国憲法と似た規定があることで有名。コスタリカの国防は,緊急時には軍隊を組織できるが,基本的にアメリカに丸投げしている。
コスタリカはスペインが旧宗主国だが,経緯がかなり複雑である。スペインから中央アメリカ連邦が独立を宣言した後,メキシコが一度これを併合,すぐに中央アメリカ連邦が再独立したが,約15年間しか持たずに連邦が解体し,コスタリカが成立した。スペインとドイツは長らくハプスブルク家の君主を戴いていたことで共通するが,やはり普仏戦争の引き金になったのがスペインの王位継承問題であったことを挙げたい。もちろん第二次世界大戦の前哨戦,スペイン内戦もある。
グループF(ベルギー・クロアチア・モロッコ・カナダ)
あまりつながりが無いグループなのだが,なんとかひねり出すと,他のグループは共和制国家と君主制国家の割合が半々以下だが,このグループFだけ,君主制国家が3つを占めている。また,ベルギーとカナダはどちらも国内にフランス語圏があり,分離独立運動だったり言語戦争だったりと問題を抱えている。あとはベルギーとクロアチアはどちらも元ハプスブルク家の領土で,重なっていた期間がけっこう長い。
グループG(ブラジル・スイス・カメルーン・セルビア)
またしても奴隷貿易の話題である。カメルーンは奴隷輸出地域で,ブラジルは輸入地域であった。ブラジル人の黒人で,祖先がカメルーン地域の出身だったという人はかなりいるのではないか。他は特に思いつかなかったが,しいて言えば今回の出場32カ国中の内陸国2つが両方ともグループGにいる。
グループH(ポルトガル・ウルグアイ・韓国・ガーナ)
ウルグアイは長くスペインとポルトガルの係争地で,18世紀末までにはスペイン領で概ね固まっていた。しかし,アルゼンチンとブラジルの独立後にブラジルが侵攻して激しく争われた。最終的にイギリスが和平を仲介してどちらの領土ともせず,ウルグアイが独立国家となったという経緯がある。ウルグアイはその後もブラジルとアルゼンチンの間で揺れ動く難しい外交を迫られ続けた。ポルトガルと韓国は世界史云々ではなく,サッカー・ワールドカップ史で語られるべきだろうが,ここでの言及は控えたい。ポルトガルとガーナは,またしても大西洋の奴隷貿易当事国・地域にあたる。今大会は何かそういう組合せのグループが多い。
グループA(オランダ・エクアドル・セネガル・カタール)
関係が非常に薄そうな4ヶ国に見えるが,実はセネガルにある負の世界遺産ゴレ島をオランダが使っていた時期がある,つまり奴隷貿易という意外な接点がある。ゴレ島は17世紀後半に英仏と三つ巴で取り合いとなり,最終的にフランスが対岸のセネガルとともに占領した。なお,黒人奴隷貿易の輸送数ではポルトガル・イギリスが圧倒的に多く,次いでフランス,4番目がオランダである。オランダに黒人奴隷貿易当事国のイメージがあまり無いかもしれないが,17世紀の時点ではポルトガルに次ぐ主要国であった。18世紀に入ってから英仏が急速に輸送量を増やし,オランダを抜き去っていく。ゴレ島がフランス領となったのはその端緒である。他はちょっと見当たらなかった。ロイヤル・ダッチ・シェルがカタールの油田開発にかかわってたりしないかなと思って調べてみたけど,めぼしいものは見つからず。そういえば4ヶ国とも国土がそれほど大きくなく,それもあってか緯度も経度もかすりもしていないのはちょっと珍しいか。
グループB(イングランド・ウェールズ・アメリカ・イラン)
なんだこの因縁だらけのグループは。説明不要すぎるやろ。しいて補足するなら,イランの油田開発に着手したのはイギリスであり,1951年,イランの首相モサデグがアングロ・イラニアン石油会社(現BP)を国有化した。しかし結果的にイラン産の石油はセブンシスターズが支配していた市場から排除されてしまい,1953年,モサデグは国王パフレヴィー2世のクーデタによって失脚する。このクーデタを支援したのがCIAだったことから,石油による結びつきはイギリスからアメリカに交代し,アメリカとイランの深い因縁が始まった。あとまあ当然ウェールズからもアメリカには多くの移民がいて,英語版Wikipediaに載っていたデータを信用するなら約185万人がウェールズ系の子孫とのこと。……いや,これは建国前から移民がいたことを考えると少ないか。アラブ系やベトナム系とほぼ同じ規模で,韓国系よりはやや多い。有名所だとトマス・ジェファソン,ジョン・アダムズ,ジェファソン・デヴィス,ヒラリー・クリントン等。
グループC(サウジアラビア・ポーランド・メキシコ・アルゼンチン)
メキシコとアルゼンチンは旧宗主国が同じスペインで,独立時期も近い。また銀の生産量ではメキシコが1位,アルゼンチンが9位とよく似ている(金はメキシコが9位,アルゼンチンが17位)。アルゼンチンは国名の面目躍如というところだろうか。鉱物資源という意味ではポーランドは石炭生産量が世界10位,サウジアラビアは石油で3位と,いずれも鉱物資源で何かしら優位をとっている国が固まっている印象がある。メキシコとアルゼンチンが独立を達成したのは19世紀初頭であるが,これは逆にポーランド国家が消滅した時期であり,第3回ポーランド分割が1795年,ワルシャワ大公国の消滅が1815年である。言うまでもなくいずれもフランス革命とナポレオン戦争の影響が色濃い。ではサウジアラビアが無関係かというと,サウジアラビアの前身であるワッハーブ王国はエジプトのムハンマド=アリーに攻撃されて1818年に中断し,1823年に復活している。こうしたムハンマド=アリーの動きもまたナポレオン戦争の余波であり,かの戦争の影響範囲はかくも広い。
グループD(フランス・チュニジア・デンマーク・オーストラリア)
チュニジアはフランスが旧宗主国で,アルジェリアほどではないにせよ,経済的なつながりは現在でも強い。フランスとデンマークは,それほどつながりが無いように見えて探せばあるという感じ。ノルマンディー公国を建てたロロはデーン人であるから(指摘を受けたので追記:実はロロはデーン人と確定していおらずノルウェー系の可能性もあるとのこと。知らなかった。),これが両国のつながりのスタートと見なしてもいいかもしれない。そこからかなり経って,ナポレオン戦争ではデンマークがフランス側に立って参戦したため,ウィーン議定書ではノルウェーをスウェーデンに割譲する憂き目に遭っている(そう,ここでもナポレオン戦争がかかわる!)。さらにドイツ統一戦争でプロイセンに敗北した点でデンマークとフランスは共通し,同じことは二次大戦でも繰り返された。チュニジアとデンマークは,歴史的なつながりは薄いが,経度がほぼ全く同じという不思議な共通点がある。オーストラリアだけはどうにも何も思い浮かばず。
グループE(スペイン・日本・ドイツ・コスタリカ)
このグループも縁が深いつながりが多い。日本とドイツのつながりはあまりに豊富すぎるので割愛したい。日本とスペインも省略していい気もするが,何か一つ挙げろと言われたらザビエルを挙げる日本人は多そう。
コスタリカはスペインが旧宗主国だが,経緯がかなり複雑である。スペインから中央アメリカ連邦が独立を宣言した後,メキシコが一度これを併合,すぐに中央アメリカ連邦が再独立したが,約15年間しか持たずに連邦が解体し,コスタリカが成立した。スペインとドイツは長らくハプスブルク家の君主を戴いていたことで共通するが,やはり普仏戦争の引き金になったのがスペインの王位継承問題であったことを挙げたい。もちろん第二次世界大戦の前哨戦,スペイン内戦もある。
グループF(ベルギー・クロアチア・モロッコ・カナダ)
あまりつながりが無いグループなのだが,なんとかひねり出すと,他のグループは共和制国家と君主制国家の割合が半々以下だが,このグループFだけ,君主制国家が3つを占めている。また,ベルギーとカナダはどちらも国内にフランス語圏があり,分離独立運動だったり言語戦争だったりと問題を抱えている。あとはベルギーとクロアチアはどちらも元ハプスブルク家の領土で,重なっていた期間がけっこう長い。
グループG(ブラジル・スイス・カメルーン・セルビア)
またしても奴隷貿易の話題である。カメルーンは奴隷輸出地域で,ブラジルは輸入地域であった。ブラジル人の黒人で,祖先がカメルーン地域の出身だったという人はかなりいるのではないか。他は特に思いつかなかったが,しいて言えば今回の出場32カ国中の内陸国2つが両方ともグループGにいる。
グループH(ポルトガル・ウルグアイ・韓国・ガーナ)
ウルグアイは長くスペインとポルトガルの係争地で,18世紀末までにはスペイン領で概ね固まっていた。しかし,アルゼンチンとブラジルの独立後にブラジルが侵攻して激しく争われた。最終的にイギリスが和平を仲介してどちらの領土ともせず,ウルグアイが独立国家となったという経緯がある。ウルグアイはその後もブラジルとアルゼンチンの間で揺れ動く難しい外交を迫られ続けた。ポルトガルと韓国は世界史云々ではなく,サッカー・ワールドカップ史で語られるべきだろうが,ここでの言及は控えたい。ポルトガルとガーナは,またしても大西洋の奴隷貿易当事国・地域にあたる。今大会は何かそういう組合せのグループが多い。
Posted by dg_law at 10:25│Comments(5)
この記事へのコメント
奴隷貿易の規模、実はポルトガル、イギリス、フランスに次ぐのはスペインなんですよね。
スペイン〜ウルグアイ航路というのがありまして、総数ではオランダの倍近くの奴隷を運搬しています。
スペイン〜ウルグアイ航路というのがありまして、総数ではオランダの倍近くの奴隷を運搬しています。
Posted by tshun16 at 2022年11月25日 22:27
ご指摘ありがとうございます。
一応データはここから引いたんですが,僅差なので統計によってはひっくり返る可能性は十分にあり,オランダが4位と断言すべきではなかったですね。
https://www.slavevoyages.org/voyage/database#tables
一応データはここから引いたんですが,僅差なので統計によってはひっくり返る可能性は十分にあり,オランダが4位と断言すべきではなかったですね。
https://www.slavevoyages.org/voyage/database#tables
Posted by DG-Law at 2022年11月26日 00:21
面白過ぎる。思わず調べてしまいました。ご査収下さい(グループD):
https://en.wikipedia.org/wiki/French_Western_Australia
https://en.wikipedia.org/wiki/French_Western_Australia
Posted by AK at 2022年11月27日 01:40
ご教示ありがとうございます。確かに面白いです。
すごいところにつながりありましたね。そのままフランスが植民地化を進めていたら,東西で別国家になっていたかもしれませんね。
すごいところにつながりありましたね。そのままフランスが植民地化を進めていたら,東西で別国家になっていたかもしれませんね。
Posted by DG-Law at 2022年11月27日 23:04
こちらこそお返事ありがとうございます。
私が参照したのは「環大西洋奴隷貿易歴史地図」で、おそらくこの本もslavevoyages.orgのデータを参考にしていた気がします。
(https://www.amazon.co.jp/dp/488721801X)
こちらの表だと、スペイン/ウルグアイの数字はオランダの2倍近かったのですよね。
私が何か読み違いをしているのかも知れません。
私が参照したのは「環大西洋奴隷貿易歴史地図」で、おそらくこの本もslavevoyages.orgのデータを参考にしていた気がします。
(https://www.amazon.co.jp/dp/488721801X)
こちらの表だと、スペイン/ウルグアイの数字はオランダの2倍近かったのですよね。
私が何か読み違いをしているのかも知れません。
Posted by tshn16 at 2022年12月05日 13:02