2022年11月29日

2022年九州場所の感想

今年は優勝争いがわからない場所が多かったが,今場所ほどわからなかった場所は無い。千秋楽まで全く読めなかった。高安か貴景勝か豊昇龍かだろうと12日目くらいまでは思っていた。まさか阿炎が優勝するとは。先場所の評に「やはり貴景勝あたりが優勝して1991年以来(の年6場所全て優勝力士が違う事態)となる可能性が一番高そう(そして得てしてこういう予想は当たりにくい)。」と書いていたのだが,7割くらいは当たってしまった。

優勝した阿炎は相撲ぶりが変わったとは言いがたく……と平幕優勝する力士が出るたびに書いている気がするが,実際に幕内上位陣と三役陣の実力は拮抗しており,その中で頭一つ好調であったり,幸運をつかんだものが優勝する構図であるから,相撲ぶりが変わらずに優勝することに不思議はない。今場所のそれは高安と阿炎と貴景勝であり,特に阿炎であった。優勝争い以外で特筆すべき点はあまりないが,しいていえば土俵が滑りやすかった様子が見受けられた。以前から九州場所の土俵はいろいろと言われてしまう傾向があるように思われるので,何かしら調査をしてもよいのかもしれない。

今場所はいろいろと記録が生まれたので,書き留めておく。まず,3場所連続での平幕優勝は史上初。また6場所全て優勝者が異なるのは1991年以来,31年ぶりの珍事で史上3度目。ただしこれは2020年,新型コロナウイルスの流行によって5月場所が中止となったため年間5場所であったが,この5場所が全員優勝者が異なっていたため,これをカウントするなら2年ぶりとなってあまり珍しくなくなる。

優勝関係以外では,正代が大関から陥落したため,来場所は1横綱1大関となる。照ノ富士が横綱大関を兼任することになるが,これは2020年春場所以来の2年半ぶり。ただし,横綱と大関が1横綱1大関の2人という状態になるが,これは125年ぶりとのことで,すなわち年6場所制では初。また,年間最多勝は若隆景となったが,関脇以下が年間最多勝をとるのは2019年の朝乃山以来3年ぶりで4回目。他が大鵬・貴乃花なので,過去の3人は後に大関以上には昇進している。


個別評。貴景勝は優勝同点で,十分な出来であった。次回はハードル高めの綱取りになるとのこと。優勝決定戦の阿炎戦は,阿炎がその前の高安戦で変化していたのを見て,変化を警戒して立ち遅れたか。くじ運の無さで優勝を逃したが,そもそも貴景勝という力士は随所で不運に見舞われているように思う。正代は勝ち越してカド番脱出と思っていた。これまでの正代であれば後半に復調して勝ち越していたのだが……来場所の10勝も難しそうである。

関脇。御嶽海も10勝する可能性はあると思っていたのだが,最後まで調子が戻ってこなかった。彼は本当に一度躓くと復調できない。後半はあまりにも無気力であった。故障があったのであれば休場しても良かったのでは。若隆景も8勝の勝ち越しぎりぎりで,大関取りは振り出しに戻った。今場所はなんとなく馬力を欠けた相撲が多く,おっつけたり組んだりする前の段階で負けが決まっていた。彼らに比べると豊昇龍の11勝は立派で,もちろん大関取りの起点なのだけれども,優勝または優勝同点までいくと思っていたので,私的にはやや不出来である。10勝してからの相撲は明らかに雑で,彼も人の子であり,緊張するのだなと。大関取りという意味では一応これで2場所計19勝,来場所13勝で優勝同点以上なら一発大関もありうるか。

小結。玉鷲は優勝翌場所でこんなもんだろう。前回の優勝は5勝であったが,今回は6勝であった。霧馬山・大栄翔は可も不可もなく。翔猿は家賃が重いかと思われたが,押す力がどんどん増しており,これなら上位で定着できる。

前頭上位。優勝同点の高安。これが三役でないのがもったいない12勝で,貴景勝に次いで優勝の可能性が高いと思っていた。今年は新型コロナウイルスの濃厚接触者に二度もなってしまうという不運で,残った4場所は幕内中盤の番付も含むものの41−19の好成績,勝率は7割近い。大関時代の圧力も左四つも戻っており,この調子があと3場所続けば大関復帰は固い。琴ノ若も年6場所中,新型コロナウイルスの濃厚接触者で途中休場になった場所を除く5場所は全て勝ち越しで,完全に上位に定着したが,なぜか三役には昇進できず,番付運が悪い。来場所はさすがに小結になるだろうが,まだ上位で二桁はまだない。やや引き技に頼りがちなところと脇の甘さが解消されれば,あまりあるパワーで周囲をなぎ倒すことができよう。若元春は弟に続いて覚醒した感がある。左四つになれば負けないが左四つになれないきらいがあったところが改善され,差し勝つようになった。足腰が強く,押し相撲やうっちゃりもあって,まだまだ伸びしろもありそうである。これからの期待が大きい。最後に錦富士も挙げよう。押す力が強く,そこから左四つになるので良い形で組むことができている。ただ,終盤は疲れが見えて連敗があった。スタミナが問題とは思えないが,来場所はどうだろうか。

一方,逸ノ城は優勝から2場所経ってすっかり優勝前の相撲に戻ってしまい,動きが鈍重だった。あと禁酒しましょう。宇良はパワーがついたが動きが鈍っており,そろそろ体重増加にストップをかけたほうがよさそう。

前頭中盤は一転して,阿炎以外に挙げるべき人がいない。阿炎はともかく調子が良く,突きの威力があり,足が流れることも少なかった。千秋楽,優勝決定戦で変化ができる強心臓も良い(本人はあれで決めるつもりはなかったと語っていたが)。12勝優勝となったことはともかく,実力から言えばまだまだ単なる上りエレベーターにすぎないだろう。

前頭下位。王鵬は押しの威力が強いが,加えて左からのいなしが強い。左からの投げ技もあり,ともかく左腕の使い方に自信があるのだろう。左からの攻めを封じてくるであろう,上位陣との対戦でどうなるかは興味深い。優勝争いも後半戦まで生き残り,彼に敢闘賞が無かったのは理解できない。もう一人,平戸海を挙げる。押し相撲もとれるが,差し身が良くてもろ差しになるのが上手く,その意味で妙義龍に似ているかもしれない。

負け越し組では,琴勝峰は体格の割にどうも体が軽い。すり足の問題だろうか,ちょっとよくわからない。何かきっかけをつかめば上位でとれそうなものだが。期待の新入幕,熱海富士はまだ幕内のスピード感についていけておらず,家賃が高かった。立ち合いで遅れないこと,立ち合い後の動きで遅れないようにしてほしい。


千代大龍が引退した。本名が明月院という古風で珍しいものであったため,古参の好角家からは明月院の名でも呼ばれていた。日体大時代に活躍して幕下15枚目付け出し資格で角界入り。2011年5月が初土俵で,つまり技量審査場所である。しかもケガで途中休場したのだから,レアケースである。その後は順調に番付を戻し,2012年初場所に新十両,同年5月に新入幕となった。その後は2014年9月の小結が最高位で,典型的なエレベーター力士となる。取り口は体重を活かした強烈なぶちかましから,すぐに引いて引き技を決める,通称「MSP(明月院スペシャル)」で,本人もこの俗称を認識していたほどネットの好角家では有名であった。なお,同種の俗称にCSP(千代大海スペシャル)があるが,こちらは小刻みなうわづっぱりで相手の動きを止めてからの引き技であるので,似ているが細部が異なっている。ともあれ,千代大龍はその出足のまま押し切ってしまうこともあるため必ず引くわけではなく,押し切るかMSPかの選択肢で相手を惑わせて白星を稼いだ。しかし,捕まると全く相撲にならないことに加え,少なくない頻度で立ち後れ等によるMSP失敗があり,上位には定着できなかった。また,自他共に認める稽古嫌いであり,暴飲暴食もあって糖尿病にかかり,長く体調不良であった。そうした事情もあって,まだ余力がある中での引退を決断したのだろう。

豊山が引退した。東京農業大時代に大いに活躍し,同期の朝乃山とそろって活躍が期待され,三段目100枚目付け出し資格を行使して角界入りした初の事例となった。豊山という四股名自体,同郷・同大学出身の元大関のものを継いだものであり,期待の大きさがうかがえた。2016年春の初土俵から出世は早く,良い突き押し相撲を見せていたが,入幕したところで出世が止まってしまった。突き押しの威力はあったものの動きが鈍重で幕内のスピードについていかなかった。大学相撲出身であったので四つでもけっこう相撲になっていたが,取り口の修正の前にケガが多発し,大関まで進んだ朝乃山とは大きな差がついてしまった。それでもまだ十両では十分に力が通用していたので,引退は早いように思われるものの,とはいえここからの再出世も難しかろうと本人が見込むのであれば早すぎるということもあるまい。


いよいよ関脇・小結の7人体勢を崩してくるような気がしつつ,勝ち越した人を上に挙げるか据え置きかというのは崩せないので,それを遵守しようとするとやはり7人体制になった。前頭筆頭から3枚目くらいまでの6人は順番が全く読めない。幕内と十両の入れ替わりは3人で,これで確定だろう。水戸龍が惜しくも漏れるか。十両と幕下の入れ替えは魁勝・徳勝龍・對馬洋が下がり,千代大龍の引退分も含めて4つ空くが,上がってこれる成績の力士が湘南乃海・朝乃山・白鷹山の3人しかおらず,結果的に對馬洋が助かりそう。

2022年九州場所

この記事へのコメント
中盤までは全員平幕状態で、そこから先頭争いが日替わりになり、今度こそ高安が優勝かと見せかけて、休場開けの阿炎が初優勝。目まぐるしい展開でした。王鵬はこれからもチャンスがあるとして、高安はこれ以上は望めない機会だった気がします。

正代は、強かったのは1日くらいで、脆くも大関から陥落。御嶽海も勝ち越しすらならず、大関復帰とはいかず。豊昇龍は、最後の3日間ほどは固くなってましたね。若隆景は、取り口を研究されたというわけでもなさそうですが、前ほど大勝ちできませんでした。

先場所優勝した玉鷲は、よくあパターンで今場所は大敗。ただ、アナウンサーの説明によると、朝乃山の全勝を阻んだ玉正鳳を相手に稽古をつけて、勝つにはあの流れしかないという型を教えたそうですから、幕下優勝の影の功労者と呼べるかもしれません。

千代大龍は、訳ありなのでしょうが、場所中に引退を表明。豊山は、右腕に続いて左腕も悪化させ、場所後に引退発表。幕内と十両と、どちらも枠が空きそうで、半枚の差で陥落しそうだった對馬洋は助かったのでしょうか。

照強の全敗の影に隠れましたが、遠藤も相当に悪そうで、珍しく変化した一番もありました。天風と友風は勝ち越し、また関取に戻ってもらいたいものです。
Posted by EN at 2022年11月30日 20:26
更新おつかれさまです。
優勝争いの主役は豊昇龍と王鵬という若手から、悲願の優勝を目指す郄安となり、最後の最後に阿炎が持っていった場所でした。
豊昇龍が王鵬と阿炎に勝てば、優勝の可能性が高かったと考えると、惜しいと感じます。
仮に阿炎が脱落していれば、郄安の千秋楽の相手は琴ノ若か若元春になっていた可能性もあり、そちらの方が郄安にとっては良かったんじゃないかと考えると、相撲の神様もなかなかに厳しい。
巴戦は合口が如実に出た結果となりました。

貴景勝は12勝。これで5年連続優勝or決定戦進出は果たせたことに。
差されると小手投げで打開しようという動きを最近見せがちですが、成功した試しがないので、別の方法を考えた方がいいかもと。
若隆景は8勝7敗。宮城野親方が10kgは増やした方がいいと解説していましたが、相手の形になられると打開策がほとんどないという難点がありました。
素早さは高いが、防御面が弱いという小兵の弱点が垣間見えた15日間でした。成績はおおむね8〜12勝で安定していますが。

阿炎は1年前に幕内下位で12勝あげましたが、そのときに照ノ富士がいなければ、そうなっていたんだろうなという印象。
ただ、幕下を14連勝通過し、怪我の全休明けという難しさもある場所で12勝3敗という精神力は何気にすごいなぁと感嘆しています。

明生は貴景勝と郄安を破っており、優勝争いに地味に関わります。そろそろ主役になってほしいんですが。
錦富士は3場所連続で好成績ながらも、上位渋滞で、あんまりあがらなさそうなのが不憫。
平戸海が10勝。彼も三賞候補になってよかったなと思います。
朝乃山は6勝1敗ながらも関取復帰。来場所は十両で何勝できるのか、楽しみにしています。

年六場所全員違う優勝者でしたが、優勝者がころころ変わるのは2018年からそうで、照ノ富士が無双状態だった昨年がイレギュラーでした。
来年もまだ同じような状況が続きそうかなと思っています。
Posted by gallery at 2022年12月02日 16:10
コメントありがとうございます。旅行に出ていたのでお返事遅れてすみません。

>EN さん
高安はもう一度くらいチャンスがあると思いたいですね……
豊昇龍はやっぱり固くなってましたよね。そこにあまり言及されている様子が無いので,ちょっと不思議でした。
若隆景はなんだったのでしょうね。単なる不調でしょうか。

十両と幕下の入れ替えはやはり3人でしたね。對馬洋は助かりました。
幕下上位は関取に戻ってほしい関取経験者が多いですね。


>gallery さん
おっしゃる通りで,めぐり合わせはありますね。豊昇龍が阿炎を倒していたら全然展開が違って,豊昇龍ではなく高安があっさり優勝していた可能性はあると思います。
>差されると小手投げで打開しようという動きを最近見せがちですが、成功した試しがないので、別の方法を考えた方がいいかもと。
それは全然気がついていませんでした。なるほど,打開策が他に必要そう。

本文に書きそびれたんですが,阿炎は強心臓ですね。元の性格もありますが,いろいろと経験して精神力が増したのかもしれません。
朝乃山は十両で二桁勝ちそうですし優勝もあるでしょうが,全勝はしなさそう。幕下の相撲でもけっこう取りこぼしてましたね。大関では安定していたのですが,誰にでもある程度負けてしまう相撲なのかもしれません。

>来年もまだ同じような状況が続きそうかなと思っています。
ですね。若隆景や豊昇龍の大関取りが成功したとしても,優勝を独占することは無さそうですし。
来年も優勝争いを楽しみたいところです。
Posted by DG-Law at 2022年12月07日 01:10