2022年12月26日
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
ここ10年ほどで大河ドラマを完走したのは「真田丸」以来である。お前,三谷幸喜作品しか見てないな? と言われるとはいそうですとしか答えようがない。これは私が三谷ファンだからということで許してほしい。「いだてん」は今にして思えば見ておいてもよかったかなと思う。
「真田丸」は,真田信繁という史実があまり残っていない,壮年期にのみ大活躍した記録が残っている人物を取り上げた。これによって,厳格な歴史考証陣営と綿密な考証を重ねて,可能な限り史実に寄せた青年期の約40回と,伝説上の真田幸村を描いた最後の約10回という切り分けを行って,バランスが問題になる歴史劇の史実と創作を上手く昇華させた。では,今回の鎌倉殿はどうか。この観点で見ると,本作は『吾妻鏡』をベースに描き,『吾妻鏡』が書いていない部分は自由に創作したという形になった。そのため最新の研究結果を上手く反映しているかと言われると,実のところ心もとない。実朝はもっと名君として描かれていてもよかったし,三浦義村はもっと裏の無い人物でもよかった。しかし,歴史劇は必ずしも史実に従わなくてよいのである,そこに上手い言い訳があれば。その言い訳として,北条義時を描くのだから『吾妻鏡』の映像化で何が悪い,と持ってきたのはさすがは三谷幸喜である。
その意味での白眉は実朝暗殺事件である。現在の最新の研究での最有力説である公暁単独犯行説に則りつつ,北条義時黒幕説や三浦義村黒幕説とも取れるような関与も残しつつ,北条義時が直前になって自主的に御剣役を源仲章に交代したように描いた。この展開であれば,『吾妻鏡』では「北条義時が体調不良で御剣役交代を申し出てきた」という方向の”改竄”になるのは納得できよう。そう,『吾妻鏡』の映像化でありつつも,『吾妻鏡』が北条氏の都合でどう歪められているかという発想で組み立てられたのが本作だったのだと思われるのだ。こうして史実とは違う,『吾妻鏡』とも少し違う,第三の鎌倉時代が成立した。
しかも,『吾妻鏡』ベースであることは作品の外ではずっと言われていたが,作中でそれを明言したのは最終話というのも良かった。それを徳川家康が読んでいるという形で紹介したのは,純粋に来年の大河ドラマへのサービスであろうが,直接的に『吾妻鏡』に言及してしまうよりも面白い仕掛けであった。
物語全体を見ると本作は北条義時の闇落ち物語が大半を占めていた。このスライドが絶妙で,最初は源頼朝の家臣として,鎌倉を守るためそのやり方を学んで仕方なく……という言い訳があった。視聴者にインパクトがあったのは第15話「足固めの儀式」で,序盤の名脇役だった上総介広常が討たれた回である。討った後に頼朝が「武功を立てれば恩賞を与えるから忠誠を尽くせ」というようなことを言っていたが,これは実は極めて重要なセリフである。当時の荘園の管理人である荘官の任免権は,荘園の上位の領主である都の貴族や寺社が握っていた。この任免権を勝手に武家の棟梁が握ってしまったのが頼朝の時代を変えた改革であり,これを東国に限定して朝廷から追認させたのが寿永二年十月の宣旨である。歴史家によっては寿永二年十月の宣旨をもって鎌倉幕府の成立と見なす人もいるが,その根拠はここにある(詳しくは伊藤俊一『荘園』を参照のこと)。上総介広常の誅殺は同年のほぼ同じ頃であるから,この2つの出来事を結びつけたのがあの第15話だった……ということに後から気づいてちょっと感動した。
第二部,頼朝が亡くなってからは,義時がより陰謀の中心に近づいていくが,まだ自発的に陰謀を起こしていない。主には北条時政の権力欲が高まり,その流れに乗ったりあらがったりしているうちに,鎌倉の有力者が次々と死んでいく。比企能員を滅ぼす過程で,頼朝のやり方が正しかったという確信を得ていくのは視聴者を恐怖させた。最大のターニングポイントを選べと言われたら,第15話でなければこの30話が選ばれるだろう。さらに頼家を殺して,義時の中で守るべきものは「頼朝の血筋」か「鎌倉」という体制かという迷いが消えて完全に後者となった。そのために邪魔となるなら,親友の一人として描かれた畠山重忠を排除し,自らの父も排除した。こうしてたがの外れたダークヒーロー義時が完成した。和田合戦で見せた黒さは,わかっていても悲劇的であった。「真田丸」でもそうだったが,こういう宮中の陰謀劇を描かせると三谷幸喜は実に上手い。
忠誠の方向が鎌倉そのものなので実朝さえも軽んじた義時だが,自分と頼朝のやり方ではいつかだめになることはわかっていたからこその,泰時との「対立すればするほど絆が深まる不思議な親子」という関係に落ち着く。私は最終話は泰時が御成敗式目の草稿を書くシーンで終わるのではないかと予想していたが,当たらずとも遠からずだったかなと思う。泰時が後を継ぐ安心感は,先の歴史を知っているだけに,作中の登場人物よりも視聴者の方が感じていたかもしれない。
最後に,すでに48回を完走した「鎌倉殿の13人」ではあるが,放送前から大河ドラマにつきものの副読本,関連書籍が山のように出版されている。私もいくつか読んだが,必携レベルの書籍を1冊だけ挙げるなら
・坂井孝一『承久の乱』(中公新書)
を挙げておきたい。岩田慎平『北条義時』も悪くはないが,淡々としすぎていて事実を追っているだけという読後感であった。坂井氏の『承久の乱』は北条義時について書かれたものではないので人物像に迫っているわけではないから(むしろ後鳥羽上皇と源実朝の人物像にクローズアップしている),欲しい情報によっては的外れになるものの,背景知識になりうるものは非常に充実している。北条義時の人物像は「鎌倉殿の13人」の中で築かれたものでよいと割り切って,こちらで背景情報を補完するのが,今から読むなら良いだろうと思う。
「真田丸」は,真田信繁という史実があまり残っていない,壮年期にのみ大活躍した記録が残っている人物を取り上げた。これによって,厳格な歴史考証陣営と綿密な考証を重ねて,可能な限り史実に寄せた青年期の約40回と,伝説上の真田幸村を描いた最後の約10回という切り分けを行って,バランスが問題になる歴史劇の史実と創作を上手く昇華させた。では,今回の鎌倉殿はどうか。この観点で見ると,本作は『吾妻鏡』をベースに描き,『吾妻鏡』が書いていない部分は自由に創作したという形になった。そのため最新の研究結果を上手く反映しているかと言われると,実のところ心もとない。実朝はもっと名君として描かれていてもよかったし,三浦義村はもっと裏の無い人物でもよかった。しかし,歴史劇は必ずしも史実に従わなくてよいのである,そこに上手い言い訳があれば。その言い訳として,北条義時を描くのだから『吾妻鏡』の映像化で何が悪い,と持ってきたのはさすがは三谷幸喜である。
その意味での白眉は実朝暗殺事件である。現在の最新の研究での最有力説である公暁単独犯行説に則りつつ,北条義時黒幕説や三浦義村黒幕説とも取れるような関与も残しつつ,北条義時が直前になって自主的に御剣役を源仲章に交代したように描いた。この展開であれば,『吾妻鏡』では「北条義時が体調不良で御剣役交代を申し出てきた」という方向の”改竄”になるのは納得できよう。そう,『吾妻鏡』の映像化でありつつも,『吾妻鏡』が北条氏の都合でどう歪められているかという発想で組み立てられたのが本作だったのだと思われるのだ。こうして史実とは違う,『吾妻鏡』とも少し違う,第三の鎌倉時代が成立した。
しかも,『吾妻鏡』ベースであることは作品の外ではずっと言われていたが,作中でそれを明言したのは最終話というのも良かった。それを徳川家康が読んでいるという形で紹介したのは,純粋に来年の大河ドラマへのサービスであろうが,直接的に『吾妻鏡』に言及してしまうよりも面白い仕掛けであった。
物語全体を見ると本作は北条義時の闇落ち物語が大半を占めていた。このスライドが絶妙で,最初は源頼朝の家臣として,鎌倉を守るためそのやり方を学んで仕方なく……という言い訳があった。視聴者にインパクトがあったのは第15話「足固めの儀式」で,序盤の名脇役だった上総介広常が討たれた回である。討った後に頼朝が「武功を立てれば恩賞を与えるから忠誠を尽くせ」というようなことを言っていたが,これは実は極めて重要なセリフである。当時の荘園の管理人である荘官の任免権は,荘園の上位の領主である都の貴族や寺社が握っていた。この任免権を勝手に武家の棟梁が握ってしまったのが頼朝の時代を変えた改革であり,これを東国に限定して朝廷から追認させたのが寿永二年十月の宣旨である。歴史家によっては寿永二年十月の宣旨をもって鎌倉幕府の成立と見なす人もいるが,その根拠はここにある(詳しくは伊藤俊一『荘園』を参照のこと)。上総介広常の誅殺は同年のほぼ同じ頃であるから,この2つの出来事を結びつけたのがあの第15話だった……ということに後から気づいてちょっと感動した。
第二部,頼朝が亡くなってからは,義時がより陰謀の中心に近づいていくが,まだ自発的に陰謀を起こしていない。主には北条時政の権力欲が高まり,その流れに乗ったりあらがったりしているうちに,鎌倉の有力者が次々と死んでいく。比企能員を滅ぼす過程で,頼朝のやり方が正しかったという確信を得ていくのは視聴者を恐怖させた。最大のターニングポイントを選べと言われたら,第15話でなければこの30話が選ばれるだろう。さらに頼家を殺して,義時の中で守るべきものは「頼朝の血筋」か「鎌倉」という体制かという迷いが消えて完全に後者となった。そのために邪魔となるなら,親友の一人として描かれた畠山重忠を排除し,自らの父も排除した。こうしてたがの外れたダークヒーロー義時が完成した。和田合戦で見せた黒さは,わかっていても悲劇的であった。「真田丸」でもそうだったが,こういう宮中の陰謀劇を描かせると三谷幸喜は実に上手い。
忠誠の方向が鎌倉そのものなので実朝さえも軽んじた義時だが,自分と頼朝のやり方ではいつかだめになることはわかっていたからこその,泰時との「対立すればするほど絆が深まる不思議な親子」という関係に落ち着く。私は最終話は泰時が御成敗式目の草稿を書くシーンで終わるのではないかと予想していたが,当たらずとも遠からずだったかなと思う。泰時が後を継ぐ安心感は,先の歴史を知っているだけに,作中の登場人物よりも視聴者の方が感じていたかもしれない。
最後に,すでに48回を完走した「鎌倉殿の13人」ではあるが,放送前から大河ドラマにつきものの副読本,関連書籍が山のように出版されている。私もいくつか読んだが,必携レベルの書籍を1冊だけ挙げるなら
・坂井孝一『承久の乱』(中公新書)
を挙げておきたい。岩田慎平『北条義時』も悪くはないが,淡々としすぎていて事実を追っているだけという読後感であった。坂井氏の『承久の乱』は北条義時について書かれたものではないので人物像に迫っているわけではないから(むしろ後鳥羽上皇と源実朝の人物像にクローズアップしている),欲しい情報によっては的外れになるものの,背景知識になりうるものは非常に充実している。北条義時の人物像は「鎌倉殿の13人」の中で築かれたものでよいと割り切って,こちらで背景情報を補完するのが,今から読むなら良いだろうと思う。
Posted by dg_law at 20:00│Comments(0)