2023年02月15日

2022年12月-2023年1月に行った美術館・博物館(智積院展,ボタニカル・アート,江戸絵画の華第1部)

サントリー美術館の智積院展。智積院は真言宗智山派の総本山で,元は和歌山県の根来寺内に建てられていた。その後,江戸時代の初期に京都市内の現在の位置に移転した。その移転先は元々,豊臣秀吉が夭折した鶴松の菩提寺として創建していた寺であり,秀吉は長谷川等伯の工房に障壁画を依頼していた。そのため智積院が長谷川派の障壁画も引き継ぐことになり,現在まで伝えている。この経緯は知らなかったので,智積院が長谷川等伯を抜擢したものと思っていたから少し驚いた。今回の目玉展示もその「楓図」「桜図」である。
 では,智積院は「楓図」「桜図」以外に何を持っているの? と思われた方も多かろうが,実際に障壁画以外は真言宗の他の名刹でも持っていそうなものが展示されていた。もちろん貴重は貴重なのだが,なにせ真言宗も名刹が多いので,美術館で企画展をずっと見ていると物珍しくもないという贅沢な感想になってしまう。実際に文化財指定があるものは国宝の障壁画を除くとあまり多くなかった。実質的な創建が16世紀末という古刹としては新しい部類に入るのも不利に働いているかもしれない。鎌倉時代の掛け軸もあったので,根来寺時代からの伝世品もあるにはありそう。肝心の「楓図」「桜図」はさすがに見応えがあったが,けっこう退色していて修復が必要な段階かもしれない。


SOMPO美術館のボタニカル・アート展。正式な企画展名は「おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり」で,イギリスのキューガーデンに保管されている食用植物のボタニカル・アートの展示である。SOMPO美術館は動画を用意してくれるので紹介が早くて助かる。

見に行った感想としては,果物は描き起こしてみるとけっこうまずそうに見えるというのが私的な発見で,産毛や種を強調されると意外と食欲が失せるのだなというのは新鮮な感覚だった。実物だとそこまで引かない気がするので絵画限定の現象かもしれない。また,研究のための記録が主眼で人出も必要だった事情であろう,けっこうインド現地の(現地生まれの白人かおそらくはインド人の)画家たちの作品がけっこう多く,本展はその観点で見ても楽しめるかもしれない。あとは植物の模様を用いたミントンやロイヤルクラウンダービー等のティーセットや食器,当時のレシピの展示もあり,美味しい食材を調理して良い食器で,ということで企画展の筋が通っていたように思う。


出光美術館の「江戸絵画の華」第1部。COVID-19の流行で延期に延期を重ねていたプライス・コレクションのお披露目会である。あまりに優品が多いので1回では展示しきれず,展示期間を分けての二部制になってしまった。これがまあ伊藤若冲以外もすごい。満を持して公開できるまで時機を待っただけのことはあった。誰がいたとかそういうことは横においておくとしても単純に優品が多く,さすがの目利きである。一方で,動物の描き方で比較すると,やはり伊藤若冲が一歩飛び抜けて細かく優美である。
 でまあこの展覧会といえば触れざるをえないのが「鳥獣花木図屏風」の真贋論争である。以下のサイト等が詳細に述べていて詳しい。
・プライスコレクション 伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』真贋論争まとめ(artistian)
・【ポップさに包まれた狂気】若冲のモザイク屏風(升目描き)を語ろう(note,ちいさな美術館の学芸員)
佐藤康宏氏の授業を直接受けていた身としてはそちらの肩を持ちたくなるが,残念ながら私に真贋を判断するような目と知識は無い。本展覧会では完全に伊藤若冲の真作として扱っている。プライス・コレクションとして譲られた以上,プライス夫妻の主張を丸呑みにせざるを得ず,出光美術館としても当然真作と信じて購入したのであるから,展覧会として論争を伏せるのは仕方がないところである。しかし,この論争はすでにあまりにも有名であるので,鑑賞者には自分なりの決着をつけるべく作品を凝視しに行った人も少なくなかろう。かく言う私もそれなりに混んでいる中,言われてみるとまあ確かに形態が歪んでいるような……等と能力に見合わない思考をしながらじっくりと眺めてしまった。ということで見終わった直後の感想ツイートも歯切れが悪いものになってしまった。

適当にググってみると,展覧会の感想をブログに書いているような人たちはやはり論争を気にしていて自分なりの真贋を論じている様子が出てきてけっこう面白い。これはやはり学術上の決着は専門家に任せて,思考と感情の整理のために本作と向き合うのが市井の美術好きの取るべき態度なのだろう。ともあれ,「鳥獣花木図屏風」を除いても面白かったので第二部にも期待したい。