2023年07月04日
2023年1月-4月に行った美術館・博物館(江戸絵画の華第2部,佐伯祐三,青木木米,東福寺)
出光美術館の「江戸絵画の華」第2部。第1部の感想はこちら。良くも悪くも伊藤若冲の作品群に焦点が当たりがちだった第1部に比べると,第2部はより江戸時代の絵画の優品を並べたという様相で,落ち着いた雰囲気であった。円山応挙と円山派,江戸後期の琳派が多く,完全にプライスさんの趣味が出たコレクションだろう。素直に優品を並べられたので,素直に喜んでおきたいところ。
東京ステーションギャラリーの佐伯祐三展。佐伯祐三は1898年生まれ,つまり明治も中期に入ってからの生まれで,藤田嗣治や梅原龍三郎よりも10歳以上も年下なのだが,そのような印象がない。夭折して画業が途中で止まったからかもしれない。佐伯祐三は東京美術学校に入って優秀な成績で卒業,早々に結婚しているが,夫婦ともに実家が太いので名家同士の結婚と言ってもいいのかもしれない。それゆえに嫁と娘を連れてパリに渡航し,画業に打ち込んだ。渡航してすぐにブラマンクに会うも画風を徹底的に批判されて天啓を受け,印象派あるいは自然主義らしさのあった画風が急激に前衛化していく。今回の回顧展ではその過程を丹念に追うことができて面白かった。佐伯祐三は短い画業の中で,最終的にヴラマンクらしい荒々しさと,セザンヌらしい立体の崩れ,ユトリロらしい都市景観画を融合させつつあったように見え,夭折しなければより大きく大成していたのではないかと感じさせられた。結核により30歳の若さでこの世を去ったのは日本の美術史における大きな損失だった。傑作が多いのはやはりパリの街角を描いた作品群で,大都市パリの街角が持つ独特の雰囲気が切り取られている。特に文字の表現が面白く,異邦人たる身には(フランス語が読めたとしても)こう見えるという感覚が伝わってくる。
サントリー美術館の青木木米展。青木木米は江戸後期の文人で,日本美術史の教科書に必ず載っているとは言いがたいが,江戸後期の陶磁器・美術に詳しい人は必ず知っているくらいの立ち位置だろうと思う。京都に生まれてそのまま上方で活躍し,京焼や山水画に従事した。交友関係が広く,友人・知人に木村蒹葭堂,頼山陽,田能村竹田など錚々たる名前が挙がる。本展覧会では木米が記した手紙も展示されていたが,現代語訳からは常に笑いを絶やさないようにしていた人物だったのだろうと推測された。
陶工としての青木木米の特徴は,とりわけ煎茶の茶器を多く焼いたことが挙げられる。実際には青木木米は普通の茶器も含めて何でも焼いていたが,青木木米はより手軽に飲める,なんなら野外でさっとたてられる煎茶にこだわりを持った。他の陶工の作品だと茶道で使う茶器が多いので,青木木米の焼く一流の煎茶用の茶道具は相対的に貴重ということになる。今回の展覧会では形からして明らかに他の茶道具とは違う,涼炉や急須を多数見ることができたのは良い経験だった。画業の方はいかにも南画という山水画が多く,煎茶の茶道具に比べると独自性は薄いが,かえってこの時代を代表する文人らしさがある。
東博の東福寺展。東博で開催される巨大な寺社の特別展らしく,単純に端から端まで国宝・重文という豪華な展覧会であった。私自身は,東福寺は臨済宗の巨刹で,室町時代の京五山に入っていた……ということくらいしか予備知識がない状態で見に行ったから,普通に勉強になることが多かった。特に明兆や虎関師錬がここの出身だったのは,そう結びつけて覚えていなかったので新鮮な知識であった。開山の円爾は南宋に留学して無準師範に師事したというだけあって室町時代には大陸との結びつきが強かったようで,そのことを強調する展示が多かった。その他に明兆の作品は1章与えられて多く展示されており,ここで見られると思っていなかっただけに僥倖であった。特に「五百羅漢図」は異常なまでに保存状態が良く,退色せずに残っている。どうやら「五百羅漢図」は14年かけて修復し最近になって作業が終わったそうで,本展覧会はそのお披露目会を兼ねていたのかもしれない。修復や東福寺での初公開の様子が映像で流されていた。虎関師錬についても言及しておくと,高校日本史の鎌倉時代の文化のところで登場する当時の高僧・文筆家であり,代表的な著作に日本初の仏教史の通史である『元亨釈書』がある。本展,なんとその虎関師錬の直筆の『元亨釈書』が展示されていた。残っているものなのだな。
東京ステーションギャラリーの佐伯祐三展。佐伯祐三は1898年生まれ,つまり明治も中期に入ってからの生まれで,藤田嗣治や梅原龍三郎よりも10歳以上も年下なのだが,そのような印象がない。夭折して画業が途中で止まったからかもしれない。佐伯祐三は東京美術学校に入って優秀な成績で卒業,早々に結婚しているが,夫婦ともに実家が太いので名家同士の結婚と言ってもいいのかもしれない。それゆえに嫁と娘を連れてパリに渡航し,画業に打ち込んだ。渡航してすぐにブラマンクに会うも画風を徹底的に批判されて天啓を受け,印象派あるいは自然主義らしさのあった画風が急激に前衛化していく。今回の回顧展ではその過程を丹念に追うことができて面白かった。佐伯祐三は短い画業の中で,最終的にヴラマンクらしい荒々しさと,セザンヌらしい立体の崩れ,ユトリロらしい都市景観画を融合させつつあったように見え,夭折しなければより大きく大成していたのではないかと感じさせられた。結核により30歳の若さでこの世を去ったのは日本の美術史における大きな損失だった。傑作が多いのはやはりパリの街角を描いた作品群で,大都市パリの街角が持つ独特の雰囲気が切り取られている。特に文字の表現が面白く,異邦人たる身には(フランス語が読めたとしても)こう見えるという感覚が伝わってくる。
佐伯祐三、セザンヌとユトリロとヴラマンクを勉強して融合させていた矢先に夭折しており、非常にもったいない。結婚して嫁と娘を連れてパリに渡航している(放蕩せず普通に厳しく修行している)のは面白い。「実家の太いゴッホ」だ。 pic.twitter.com/mo88GCnyFs
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) February 4, 2023
サントリー美術館の青木木米展。青木木米は江戸後期の文人で,日本美術史の教科書に必ず載っているとは言いがたいが,江戸後期の陶磁器・美術に詳しい人は必ず知っているくらいの立ち位置だろうと思う。京都に生まれてそのまま上方で活躍し,京焼や山水画に従事した。交友関係が広く,友人・知人に木村蒹葭堂,頼山陽,田能村竹田など錚々たる名前が挙がる。本展覧会では木米が記した手紙も展示されていたが,現代語訳からは常に笑いを絶やさないようにしていた人物だったのだろうと推測された。
陶工としての青木木米の特徴は,とりわけ煎茶の茶器を多く焼いたことが挙げられる。実際には青木木米は普通の茶器も含めて何でも焼いていたが,青木木米はより手軽に飲める,なんなら野外でさっとたてられる煎茶にこだわりを持った。他の陶工の作品だと茶道で使う茶器が多いので,青木木米の焼く一流の煎茶用の茶道具は相対的に貴重ということになる。今回の展覧会では形からして明らかに他の茶道具とは違う,涼炉や急須を多数見ることができたのは良い経験だった。画業の方はいかにも南画という山水画が多く,煎茶の茶道具に比べると独自性は薄いが,かえってこの時代を代表する文人らしさがある。
東博の東福寺展。東博で開催される巨大な寺社の特別展らしく,単純に端から端まで国宝・重文という豪華な展覧会であった。私自身は,東福寺は臨済宗の巨刹で,室町時代の京五山に入っていた……ということくらいしか予備知識がない状態で見に行ったから,普通に勉強になることが多かった。特に明兆や虎関師錬がここの出身だったのは,そう結びつけて覚えていなかったので新鮮な知識であった。開山の円爾は南宋に留学して無準師範に師事したというだけあって室町時代には大陸との結びつきが強かったようで,そのことを強調する展示が多かった。その他に明兆の作品は1章与えられて多く展示されており,ここで見られると思っていなかっただけに僥倖であった。特に「五百羅漢図」は異常なまでに保存状態が良く,退色せずに残っている。どうやら「五百羅漢図」は14年かけて修復し最近になって作業が終わったそうで,本展覧会はそのお披露目会を兼ねていたのかもしれない。修復や東福寺での初公開の様子が映像で流されていた。虎関師錬についても言及しておくと,高校日本史の鎌倉時代の文化のところで登場する当時の高僧・文筆家であり,代表的な著作に日本初の仏教史の通史である『元亨釈書』がある。本展,なんとその虎関師錬の直筆の『元亨釈書』が展示されていた。残っているものなのだな。
Posted by dg_law at 12:00│Comments(2)
この記事へのコメント
更新お疲れ様です。実は私も最近、はじめて美術館に行きました。現状西洋画しか興味はありませんがね(笑)
5月に行ったところだと先生がおっしゃった藤田嗣治やセザンヌ、ゴッホなどの近現代西洋美術を主に取り扱う千葉県佐倉市内のDIC川村記念美術館に行ってまいりました。絵画もそうですがここでは当時の企画展で高校世界史でも登場するリュミエール兄弟が撮影した映像が印象に残っております。
東博の東福寺展では『元亨釈書』の原文が展示されていたのですね。どちらかというと日本史勢の私もぜひ見てみたかったですね。もう少し早く興味を持っていれば…。ところで『元亨釈書』は高校日本史だと鎌倉時代で扱った気がしますがここのところはどうでしょうか?
この先の予定ですと私は東博の古代メキシコ展(開催中)やその後の源氏物語絵巻や鳥獣戯画などが展示される特別展も行きたいと思っております。後者はとても楽しみですね。
5月に行ったところだと先生がおっしゃった藤田嗣治やセザンヌ、ゴッホなどの近現代西洋美術を主に取り扱う千葉県佐倉市内のDIC川村記念美術館に行ってまいりました。絵画もそうですがここでは当時の企画展で高校世界史でも登場するリュミエール兄弟が撮影した映像が印象に残っております。
東博の東福寺展では『元亨釈書』の原文が展示されていたのですね。どちらかというと日本史勢の私もぜひ見てみたかったですね。もう少し早く興味を持っていれば…。ところで『元亨釈書』は高校日本史だと鎌倉時代で扱った気がしますがここのところはどうでしょうか?
この先の予定ですと私は東博の古代メキシコ展(開催中)やその後の源氏物語絵巻や鳥獣戯画などが展示される特別展も行きたいと思っております。後者はとても楽しみですね。
Posted by 歴史科目の入試問題が好きな学生 at 2023年07月06日 10:43
『元亨釈書』,山川の用語集を引いたら普通に鎌倉時代の文化のところに載ってましたし,執筆年が1322年なので鎌倉時代ですね。したがって高校日本史的には間違いなく鎌倉時代です。虎関師錬も同様。すみません,直しときます。一応,五山文学のくくりには含まれるので,五山文学は南北朝・室町文化で習うためにそちらに引きずられました。
東博は何度も通いそうなら年間パスポートを買っちゃうのも手ですよ。大学生だと,大学がキャンパスメンバーズに入っている可能性があって,そっちを活用した方が安上がりになる可能性もありますが。調べてみてください。
東博は何度も通いそうなら年間パスポートを買っちゃうのも手ですよ。大学生だと,大学がキャンパスメンバーズに入っている可能性があって,そっちを活用した方が安上がりになる可能性もありますが。調べてみてください。
Posted by DG-Law at 2023年07月07日 21:19