2023年07月06日

2023年4月-5月に行った美術館・博物館(重要文化財,芸大の買い上げ展,吹きガラス)

近美の重要文化財の秘密展。明治期以降の美術作品は国宝に指定されているものが無いため,指定の最高ランクが重要文化財ということになる。その重要文化財68件のうち51件を集めて一挙に展示した空前絶後の展覧会である。重要文化財に指定されるということは歴史的に重要な作品か質が高い作品ということであり,またそれが指定されたタイミング=歴史的重要性か質の高さが広く認められた時期も重要ということになる。そのため本展は制作年と指定年がキャプションで併記されていて,作られて割りとすぐに指定されたものも,随分経ってから指定されたものもあり,その比較が面白かった。その事情もちゃんとキャプションで説明されていて納得しやすい。往々にして歴史的重要性が高いものとは,制作された当時にあっては革新性が高すぎてスキャンダラスな評価を受けやすいものであるから,重文指定まで期間が空いてしまったものもある。かと思えば,何らかの事情で指定を受けずに埋もれていて,ふとある年に突然発掘されて指定されたようなものもあり,作品それぞれに歴史がある。工芸作品が遅れがちというのも特徴だろう。世界遺産もそうだが,こういう作品と評価や公的な制度の間に横たわるエピソードは面白くなりがちなので好きな人も多かろう。これからもこういう展覧会を近美には期待したい。


東京芸大美術館の買い上げ展。奇しくも同じようなコンセプトの企画展が続く。芸大は制度として優秀な卒業制作(戦後は修士卒や博士卒を含む)を大学が買い上げる制度があり,大学のほぼ創設時から現代まで続いていて,これが各学科ごとの首席卒業と見なされている。芸大の教員が何を評価し,逆に学生は何を志向したか。これも時系列で見ると時代の変遷に面白みが出てくるのは制度の良いところである。第一部の戦前の場合,歴史に名を残す後の巨匠の若かりし頃の作品が並んでいて,後の作品につながるものから,卒業後の作品とジャンルが全く違うものまで。後者では板谷波山が木製の彫刻で卒業していたのはインパクトがあった。明治末頃から大正時代は自画像が多いのはいかにも時代を表している。和田三造も青木繁も藤田嗣治も買い上げられたのは自画像だった。

第二部の戦後はやはり様式の移り変わりが面白い。日本画や工芸,デザイン,メディア映像といったジャンル別に現役の教員が4〜6作品ずつ選んで展示されていた。全体として戦後の芸大の教員は自身も前衛志向であるためかかなり早い時期から柔軟で,当時としては斬新と思われるような作品がよく選ばれていた印象である。その中で,様式の移り変わりなんて知るかといわんばかりに女性作家縛りでそろえていた彫刻科は一番新しいもので1973年とパンチが効いている。その後の芸大生はむしろ女性が多くなっていったという社会変化まで考えると本企画展の趣旨を押さえているに思われた(にもかかわらず作家は男性が多いという現代に残る非対称性も想起したい)。文化財保存科(作品修復を学ぶ学科)も一番新しい作品が1974年であったが,これは近年の卒業制作が振るわないということなのかどうなのか。工芸科は逆に1作品1965年卒だった以外の4作品はかなり新しかったが,これは素材を5つばらばらに選出することを優先したためだろう(銅・木綿・陶土・銀・乾漆・真鍮とアルミ)。笑ったのは作曲科で,楽譜も物には違いないから展示する価値はあるが,それを展示されてもほとんどの鑑賞者には何もわからないというw。美術館側もそれは理解していて,一応それらが演奏されている様子を流すタブレットも用意されていた。第一部と第二部を総合して2023年の上半期で一番面白かった展覧会かもしれない。



サントリー美術館の吹きガラス展。世界中の吹きガラスを集め,古代ローマから始まり,近世の見事なヴェネツィアングラス,技術的に劣っていたために制約があった近世日本のガラス(日本で発展したのはカットグラス,つまり切子),産業革命以降の日本のガラス,現代日本の作家によるガラスという構成。一番見応えがあったのはやはりヴェネツィアングラスで,質量ともに満足の行くものであった。ヴェネツィアングラスはレース模様が美しく,今回の展示では白いガラスを封入する製法も紹介されていた。近世日本の吹きガラスはたしかに切子に比べると少なくて珍しいが,サントリー美術館の所蔵品の代表作の一つという印象も強い「藍色ちろり」の発色の見事なものよ。現代アートとしてのガラスもガラスの特性を上手く使った作品が多くて嫌いではなかった。あえて文句をつけるなら,やはりサントリー美術館は常設展示を作って「藍色ちろり」くらいは常に見れるようにしてほしいところ。