2023年09月29日

優勝の代わりに失くしたものは

土俵の充実に反して,締まらない結末となった。11勝で優勝が決まったこともさることながら,優勝決定戦の片方が平幕,しかも優勝した大関は決定戦で変化したとあっては盛り下がるのはやむをえまい。貴景勝本人は変化自体で決めるつもりは無かったと言っていたが,そういう問題ではあるまい。困るのは来場所の綱取りである。裏ルール的に片方が準ずる成績なら概ね27勝が求められ,過去の実績があれば1勝おまけされて26勝でも昇進が認められる傾向にある。貴景勝の場合はすでに優勝4回であるから実績十分として1勝おまけするとしても,全勝優勝以外ではこの条件を満たさない。14勝優勝は議論の末に昇進となるように思われる。確実に揉めるのは14勝で優勝同点と13勝優勝で,揉めた挙げ句来場所に12勝等の緩い条件で持ち越しになるのではないか。12勝優勝や13勝の優勝同点・次点あたりも来場所に持ち越しという議論になりそうである。


個別評。大関陣。貴景勝は優勝できるような体調であるようには見えず,霧島と豊昇龍の乱調,照ノ富士の休場に助けられた形である。これで優勝というのも不思議な感覚というのは本人も感じているのではないか。豊昇龍は相撲の歯車が噛み合っておらず,自滅する相撲が多かった。やはりメンタルは叔父ほど強くない。それでも最終盤に吹っ切れて強さが戻ってきたのは立派で,プレッシャーから解放される来場所に期待したい。霧島はよくわからない。押し相撲に付き合って負けた相撲が多く,結局のところ器用貧乏という弱点を突かれたのかなと思う。大関昇進前から押し相撲には意外と負けているので,そもそも意外と押し相撲に弱いのかもしれない。

関脇・小結。大栄翔は何とか二桁に乗せた。さすがにこれを起点に大関取りを決めたいところだが,さすがにツラ相撲の傾向が強すぎる。連敗に入ると急激に押す力が弱くなるのは何とかならないか。若元春と琴ノ若と翔猿は可も不可もない出来。錦木は急に元の強さに戻った。霧島と豊昇龍が大関に昇進したことで,急速に新大関誕生の気運がしぼんでおり,琴ノ若以外はさして若くないから強い危機感を持つ人が多かろう。

前頭上位。北勝富士は3大関撃破の出だしであったが,プレッシャーからかその後に相撲が縮んでしまった。3つの貯金でなんとか勝ち越した感じで,これでは優勝も大関も遠い。朝乃山は攻め急ぎすぎて前のめりに倒れる悪癖が大関時代から全く治っておらず,前の昇進時よりも関脇・小結が詰まっていて,勝ち越す地力はあるものの大関再昇進はかなり厳しい。右四つにがっちり組めれば強いのだが,対策されてしまっている。宇良は今場所もよく動いていた。本当に上手く土俵を使って回り込むものだ。湘南の海はそれほど印象に無かったが,終わってみると7勝で善戦した。前頭5枚目の位置ながら役力士との対戦がほとんど組まれず,ほぼ中盤の力士と同じ対戦表になったという幸運はあるが,巨体を生かした相撲で勝ち星を集めた。左四つで,寄りではなく投げで決める点で琴ノ若と違う。対して豪ノ山は同じ5枚目なのに頻繁に上位と組まれたが,なんと9勝で勝ち越した。早くも上位定着の様子である。すでに押す力は貴景勝・大栄翔・北勝富士に次ぐ。

前頭中盤。高安は今場所こそ優勝がありうる展開だったが,本当にメンタルが弱い。どうしたものか。平戸海は左前まわしをとっての相撲が冴えていた一方,体格差で当たり負けしたり,まわしを切られて相撲にならなかったりする場面も多く,6勝という結果は地力が出たように思われた。翠富士は好調で10勝のうち6勝が肩透かしである。来るとわかっていても回避できないのだから相当な切れ味で,相手からすると浅い差し手が入るだけで恐怖であるから,副次的な効果も出ている。今場所はさらに湘南の海相手に巻き落としも決めていて,これで技能賞が受賞できなかったのは意味不明である。これ以上どう技能を示せというのか。選考委員会は何を見ていたのか。金峰山も9勝,四つ相撲を覚えようとしている過渡期のように見え,その割にはよく白星を稼いだ。十分な素質を見せたと言えよう。

前頭下位。遠藤・御嶽海は登りエレベーターのはずだが9勝で終戦した。御嶽海は日毎の出来が異なり,その辺は上位にいた頃と変わらないというべきか,不調だと前頭下位でも勝てないということが判明したというべきだろう。遠藤は負けた相手も見ると好調な力士が多く,仕方がないという気も。北青鵬は肩越しの上手をとってなんとかしてしまおうとするところは直っていないが,肩越しの上手をとってからの動きがスムーズになって負けにくくなった。これを貫くなら上位戦でも見てみたい。来場所に期待したい。妙義龍は10勝で,久々に前傾姿勢のまま当たってすっと右四つかもろ差しとなり形をつくる一連の美しい動きが見られた。かなり体調が良かったのではないか。最後に熱海富士。琴ノ若や湘南の海に続き,これまた恵まれた体格であるが,右四つの四つ相撲を基本としつつも押し相撲でも割りと取れる。ただ,異常に好調だっただけのようにも見えたので,来場所に真価を見たい。

前頭上位で多少の渋滞が見られたが,相撲内容も勘案して割り振った。前頭筆頭で勝ち越した北勝富士が昇進できないのはかわいそうなので,上げてしまって3小結にする手も一応ある。幕内と十両の抗体は5名と多くなりそうだが,これでも幕内の前頭下位負け越しが多い一方で十両の上位勝ち越しが少なかったため,結果的に5人に収まったに過ぎない。錦富士と碧山は本来なら残れる成績ではない。一応,碧山に替えて北の若を幕内に昇進させる可能性もある。幕下と十両の交代はすでに発表されている。若隆景・白鷹山・輝鵬が下がり,日翔志・英乃海・勇磨が上がる。個人的にはあと千代栄と尊富士を交代させるかなと思っていたのだが,千代栄が十両に残った。

2023年秋場所

この記事へのコメント
更新お疲れ様です。
大関陣。貴景勝は勝った時の内容は初場所よりも良かった一方、守勢にまわるとどうしようもなくなるところがあり、身体の不調は感じられました。(初場所では一の矢、二の矢が効かなくても、そこから打開できたところはあったので)
残る2大関は、期待外れの感じは否めませんでした。霧島は勝つときの内容はいい一方、負けるときは一方的なことも多く、がっかり感が増してしまうのがどうにも。豊昇龍は、完全にプレッシャーに飲まれた感じでした。ラスト2日間だけ「らしい相撲」は見せてはくれましたが。また、結果として伊之助を散々苦しめたことは印象に残ります。
貴景勝の変化は賛否両論ですが、今場所の混迷は残る2大関に起因しているところもあるので、貴景勝に注目が集まるのはかわいそうすぎると。
親方衆や朝青龍、横審は割と同情する意見も多いあたり、彼の怪我の状況を考えると、仕方なかったのかなという思いはあります。
なお、今年はここまで実質的な出場最高位が優勝し続けています。その点はかろうじて踏みとどまった貴景勝は評価できると思います。

熱海富士は、今場所だけではどうも判断しづらいというべきか。平幕中位以下の力士が11,12勝する例はあるので、彼の場合はそれに優勝同点が引っ付いてきてしまったパターンだと。
上位力士にはまだ通用しないので、来場所は幕内中位あたりでどのような相撲をとるのかが気になります。
高安は後半、腰を痛めたようでフィードアウト。千秋楽に再び優勝の可能性こそめぐってきましたが、あえなく脱落しました。今年に入ってから、フィジカル上の問題がかなりみられるので、こちらの方に何かしら対策をとるべき様な気もします。
Posted by gallery at 2023年09月29日 14:34
横綱休場、大関陣不調、前頭下位の熱海富士が優勝争いの先頭という混迷の場所でした。4敗での優勝も妥当と言うか順当と言うか、まだまだ絶対強者の不在が続きそうです。

先場所好調だった錦木の不調は、場所直前の肉離れが原因とか聞いた気がします。朝乃山も場所前に足指の怪我が報じられて、楽には勝てなかったようです。

大栄翔に勝って優勝決定戦に進んだ貴景勝は、長い勝負になると不利なので、決定戦が三つ巴になったら(また)勝てないだろうなと考えてました。阿炎が優勝したときが、確か、三つ巴だったような。当人はもちろん優勝するつもりだったのでしょうが、今場所の優勝は望外に転がり込んできたみたいな形に思えます。高安は、腰痛が完治でもしない限り、駄目なんでしょうねえ。

十両では、大器の大の里と予想したのに反して、大の里を負かした一山本の優勝。幕内もですが、優勝が掛かると、緊張して実力を発揮できない力士が多いようです。図太さを鍛えられる親方はどこかにいないものでしょうか。
Posted by EN at 2023年09月29日 20:03
コメントありがとうございます。

>galleryさん
貴景勝は調子が良いといなしがちゃんと決まる,悪いと呼び込んだり組んだりするんですよね。「守勢にまわるとどうしようもなくなる」のはそれが出たのかなと。優勝するなら好調であってほしかったですね。まあ不調の貴景勝を止められない程度に周りも悪かったので連帯責任ではあります。特に霧島。

>(豊昇龍は)また、結果として伊之助を散々苦しめたことは印象に残ります。
それは確かにw。余計に立行司昇進への逆風が強まることになったかなという感じはして,タイミングが悪いですね。

>なお、今年はここまで実質的な出場最高位が優勝し続けています。
言われて気づきました。初場所と今場所で番付の権威を守ってはいますね。

熱海富士はやっぱりそうですよね。今場所だけでは判断できません。高安は腰痛が悪化してますかね……メンタルの問題だけならまだしもこっちも悪いとなるとどうにもならないかも。


>ENさん
4敗での優勝は長らく見ていなかった気がしたんですが,そういえば日馬富士が引退直前の2017年9月にやってましたね。絶対強者不在が長く続いていると言えるのかも。

錦木はケガがありましたか。朝乃山はそういう報道を見た覚えがあります。ただ,朝乃山はケガがなくても似たような感じだったかなと思いました。元からの悪癖で負けているので。

貴景勝は優勝決定戦がもつれなくて助かりましたね。千秋楽の本割の組み方は(もちろん審判団は全く意図していなかったでしょうが)絶妙でした。旧称Twitterでも珍しく割が褒められていたように思います。

>図太さを鍛えられる親方はどこかにいないものでしょうか。
メンタルトレーニングは難しいですね。結局,トレーナーにかかるとしても個人の努力の範疇でしょうかね……
Posted by DG-Law at 2023年10月01日 12:22