2024年03月15日

2024受験世界史悪問・難問・奇問集 その1(慶應大)

今年も書き上げることができたので公開する。いきなり告知から入るが,もうすぐ4巻が発売する予定なので,お買い求めいただけると幸いです。4巻の校正作業はほぼ終わっているが,この2024年の記事と作業時期が重なったので,今年は少し大変だった。




<収録の基準と分類>
基準は例年と同じである。

出題ミス:どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能,もしくは複数正解が認められるもの。
悪問:厳格に言えば出題ミスとみなしうる,国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず,作問者の心情を読み取らせるものは,世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問:出題の意図が見えない,ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に,歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問:一応歴史の問題ではあるが,受験世界史の範囲を大きく逸脱し,一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。本記事で言及する「受験世界史の範囲」は,「山川の『用語集』に頻度,任發いいらとりあえず記載があるもの」とした。


<総評>
 昨年は早慶で28個で,今年は33個であるから微増した。ただし,これは慶應大・法学部が一つで13個も収録になった影響が大きく,他の慶應大の学部や早稲田大は例年通りだったように思われる。内容も昨年と同様で,あからさまな校正ミスや意味不明な日本語による悪問・出題ミスが減った。一方で,調べの足りない単純な知識的なミスが増えた。早慶のミスの出し方の傾向も例年通りで,慶應大は教科書に依拠しすぎていて重箱の隅の隅から出題したり,教科書表現を微細に変えて問題文にした結果としてミスが生じていた。これに対し,早稲田大は教科書を雑にしか読んでおらず,作問者の史実誤認がストレートに出る出題ミスが多かった。また,「暗記科目ではない,考える世界史」を志向するのはよいが,派手に失敗するケースが私立・国公立によらず年々増えている印象である。高い目標を掲げるならミスなく作ってほしい。
 早稲田大の人間科学部と社会科学部は,地歴で受験できる最後の年であった。来年からは人科は英語・国語のみ。社学は総合問題を課すとのことである。最後の年の問題がどうだったかは,本編を御覧いただきたい。
 最大のトピックは,早慶の解答速報から早稲田予備校と増田塾が撤退したことかもしれない。これで残ったのは河合塾・駿台・代ゼミ・東進の4つであるが,河合塾と駿台は早慶の一部学部に不参加で,全学部の解答を出しているのは代ゼミと東進だけである。解答速報は,その予備校が受験生の解答確認による宣伝効果,難関大学の解答を作成する能力があることの証明,提携する新聞社へのPV数や分析の提供を目的として実施するものであり,出題ミスの指摘という社会的貢献は副次的なものでしかない(私の場合は個人での活動になるが,過去の経験上ありがたがられる大学と嫌がる大学に二極化する)。しかし,有名予備校の場合は今更能力の証明もなく,解答ミスがあると逆効果になる。駿台は新聞社との提携を断っている(だからホームページ上に問題の掲載がない)ということから見ると利益もさして上がらず,最近は大学が公式解答例を比較的早く発表するようになったから受験生が予備校のホームページで確認する必要性も薄まった。完全撤退や宣伝効果が薄そうな日程の取りやめ判断もやむを得ないところだろう。出題ミスの指摘という社会的貢献を考えると,可能な限り続けてほしい。

以下,本編。本日は慶應大のみ。二日目が早稲田大,三日目が国立大である。
1.慶應義塾大 経済学部
<種別>難問
<問題>1 問2 下線部Bにある作品はクルチェット邸である(編註:下線はアルゼンチン,リード文の話題はル=コルビュジエ)。これは,1948年にブエノスアイレス近郊の計画都市ラ=プラタに建築された。この都市は,19世紀後半における後背地パンパの急速な開発を背景に,商工業の中心として発展した。このパンパの開発と19世紀後半における世界経済・貿易の変化との関係について,アルゼンチンの主要輸出品に触れつつ,〔解答用紙B〕の所定の欄の範囲内で説明しなさい。(編註:70字前後)

<コメント>
 慶應大の経済学部は例年良問が多く,2024年も要求が明解かつ出題の意義がわかる良い問題が多かった。練ってこれだけの問題を作っていることには敬意を払いたい。一方で,難易度はやや過剰に高くなりがちな傾向もあり,「質が良ければ,多少は範囲をはみ出しても良い」と思っている節がある。本問もそれである。問題の要求のうち「19世紀後半における世界経済・貿易の変化」は難しくない。いわゆる「世界の一体化」が進み,産業革命で先進した西欧が経済覇権を握り,周辺地域は工業製品を輸入して一次産品を輸出する従属状態に陥っていった。加えて1870年代以降は帝国主義の時代に入り,資本輸出が増加してラテンアメリカにも英米の資本での鉄道敷設や農地開発が進んだため,解答にはそれを書いてもいいだろう。一方,「アルゼンチンの主要輸出品」は高校地理の範疇であり,多くの高校世界史の教科書はラテンアメリカ全体の傾向として「コーヒー,バナナ等」と書いてあるだけである。多くの受験生は「アルゼンチンの主要輸出品」と言われて戸惑ったことだろう。パンパの特産品は牛肉や小麦である。
 なお,東大は受験に地歴が2科目必要であるため世界史・地理の組合せの受験生も多い。東大受験生は滑り止めで慶應大・経済学部を受験する人が少なくないが,彼らには非常に有利な設問だったのではないか。実は2023年も高校日本史の知識が無いと解けない問題を出しているので(2023早慶1番),ねらってやっている雰囲気もある。また,アルゼンチンの特産品が牛肉であることは2021年の中央大でも出題があった(4巻の2021私大その他26番,p.320予定)。


2.慶應義塾大 商学部
<種別>悪問
<問題>2 7世紀にはイスラーム勢力にシリアやエジプトを奪われるなど,帝国(編註:ビザンツ帝国)の支配権は少しずつ縮小していく。こうしたなか (73)(74) の治世には,軍管区制の施行をはじめとした統治機構の整備が行われた。

58 ヘラクレイオス1世   62 ユスティニアヌス   70 レオン3世
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 素直に正解を出すならヘラクレイオス1世であるが,テマ制の成立がヘラクレイオス1世の治世であるかは議論がある。ビザンツ帝国が存在していた当時からすでに議論があったと言われているほど古典的な議論であり,テマ制の成立時期は現在でも決着がついていない。高校世界史の教科書でもヘラクレイオス1世が創設したとするものもあれば,時期を断定していないものもあり,用語集も成立時期を記載していない。ヘラクレイオス1世が創設したことにしないと正解が出せない本問は史実としても高校世界史としても不用意である。代ゼミから同様の指摘あり。
 なお,60個ある選択肢のうちでビザンツ皇帝は抜粋したこの3人だけで,かつユスティニアヌスとレオン3世は別の設問の正解であるから,消去法でヘラクレイオス1世しか正解になりえない。ユスティニアヌスとレオン3世はメジャーな皇帝であり慶應大の受験生ならほぼ絶対に知っている……つまり,テマ制について全く知らなくても本問は正解を出せてしまう。間抜けなような親切なような。


3.慶應義塾大 商学部(2つめ)
<種別>誤植
<問題>3 スペインに領有されていたフィリピンでは, (107)(108) 年に,独立を目指すフィリンピン革命が始まった。アメリカは (109)(110) 年に勃発したスペインとの戦争を機にこの革命を支援したが,フィリンピンの領有権を得るとその独立を認めず,戦争に突入した。

11 1876   12 1886   13 1896   14 1898   15 1902   16 1905
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 フィリンピンはフィリピンの誤植である。随分と不思議な位置に“ン”が入ってしまったものだ。問題文の誤植は解答に差し支えなければ収録しないか番外編収録にしているが,この箇所だとフィリンピン革命という革命は存在していないから空欄に入る年号もないと言えてしまうのでまずく,正式収録とした。フィリピン革命の開始は1896年,米西戦争の勃発は1898年。大学当局から謝罪と特別な措置をとらない旨の発表があった。


4.慶應義塾大 商学部(3つめ)
<種別>悪問
<問題>3 ベトナムでは,日露戦争で勝利した日本の姿に剌激された (115)(116) らが独立を目指してドンズー運動を進めた。しかし,この運動もフランスから要請を受けた日本政府の介入により失敗に終わった。それでもなお,彼らは中国の都市 (117)(118) において1912年に (119)(120) を結成し,独立運動の推進を試みたのである。

19 厦門   28 広東   32 広州湾   33 膠州湾   35 湖南省   36 サイゴン
52 寧波   58 福建省
(編註:(115)(116)の正解はファン=ボイ=チャウ,(119)(120)の正解はベトナム光復会。(117)(118)に関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 ベトナム光復会の結成地が広州であるが,選択肢に広州がない。しいて入れるとすると広東しかないが,広東は省名であり,広州の俗称であるから,史実誤認とまでは言えないが入試問題の正解にそぐわない。なお,広州湾は広州とは全く別の場所に存在する地名なので単純に誤答であるし,広州湾は膠州湾とともに列強の租借地として別の空欄の正解になっている。代ゼミから同様の指摘あり。
どうしてこんなことが起きたのか。原因の一つは山川の用語集で,「広東でファン=ボイ=チャウが組織した」と記載しており,なぜかここだけ俗称になっている。作問者はこの記述を参照したのだろう。不可解なのは選択肢に「湖南省」や「福建省」があることで,これらが他の設問用の誤答とも考えられないから(しいて言えば広州湾・膠州湾の誤答にはなるか),ひょっとすると省名を問う問題に変更しようとしたがリード文の方を変え忘れて完成にしてしまった痕跡かもしれない。前出の「フィリンピン」という誤植の存在からも2024年の慶應大・商学部の問題はあまり校正されていないことがうかがえる。真相が気になる。
 2024年の慶應大・商学部は校正の浅さが気になるものの,難易度は前年に比べて大幅に下がり,法学部の真似事のような教科書の重箱の隅からのコピペはなりを潜めた。あれは昨年だけの一過性の現象だったようだ。


 文学部は収録なし。範囲内の難問としては,ヴォルガ川中流域のキプチャク=ハン国の後継国家「カザン=ハン国」,チャド湖周辺で15世紀頃に栄えた「カネム=ボルヌー王国」,タンザニア南部の小島でポルトガルに破壊された「キルワ」。キルワはヒントが少ないので正式収録にしても良かったかもしれない。


5.慶應義塾大 法学部
<種別>リード文の誤り
<問題>1 大興安嶺を中心に遊牧していたテムジンは,モンゴル・トルコ系諸部族をまとめた遊牧民の共同体ウルスを形成し,軍事・行政の組織化を進めた。

<解答解説>
 2024年もここから慶應大・法学部が長く続く。1つめは解答にかかわりがない部分での誤りになるが,テムジンのモンゴル部族はケルレン川とオノン川の流域で遊牧生活を営んでおり,当時大興安嶺付近にいたのはタタル部のはずである。テムジンの祖先は10世紀頃まで大興安嶺で遊牧をしており,その後ケルレン川・オノン川流域に移動しているので,その勘違いではないかと思われる。実教出版の教科書の本文にこの記載があるが,教科書記述自体が誤っている。そして,私は去年の慶應義塾大の商学部の問題に対して全く同じ指摘をしている(2023早慶2番)。慶應大の法学部の作問者は弊ブログを読んでいるとは思えないので誤りが繰り返されていること自体は仕方が無いと思うが,できればチェックして読んでほしい。


6.慶應義塾大 法学部(2つめ)
<種別>出題ミスに近い・悪問

<問題>1 [設問4] 下線部(エ)に関連して(編註:神聖ローマ皇帝カール5世),カール5世ないしは神聖ローマ帝国についての記述として誤っているものを下から選び, (17)(18) にマークしなさい。

[01]ザクセン選帝侯フリードリヒの居城に保護されたルターがドイツ語に訳した新約聖書は,12年の間に20万部以上が発行された。
[02]ルター派の領邦では修道院の廃止や教会儀式の改革が進み,領邦教会制が成立して君主の支配権が強化された。
[03]フランドル出身のスペイン王カルロス1世は,フランス王フランソワ1世をおさえて神聖ローマ皇帝となり,両者の対立からイタリア戦争が始まった。
[04]神聖ローマ帝国と距離を置くことを望む北欧のスウェーデンやデンマークなどもまた,世俗権力を容認するルター派を支持した。
[05]オスマン帝国のスレイマン1世は,モハーチの戦いで勝ちハンガリーを属国とし,プレヴェザの海戦でスペイン,ヴェネツィアなどの連合艦隊を破った。

<解答解説>
 [02]は唯一まともに判断できる正文で,それ以外の選択肢はすべて大小の瑕疵がある。[01]は「12年の間に20万部以上が発行された」の部分が通常の受験世界史で学習しない知識なので,受験生には判断不能である。こういう細かい知識は,慶應大の法学部は教科書の傍注から引いていることが多いので探してみると,やはり実教出版の教科書p.196の傍注にあった。この数字を信用すると[01]は正文になる。しかし,少し調べてみたところによると,ルター訳新約聖書の発行部数は諸説あり,当時としては多いにせよそこまでは発行していないという議論もあるようだ。教科書執筆者はそういうあやふやな情報を教科書に入れないでほしい。
 [03]はイタリア戦争の勃発年は揺らぎがあるので判断が難しい。高校世界史では1494年を勃発年とする定義が強く,この通念に従えば[03]は誤文=正解になる。一方,高校世界史の領域外ではカルロス1世とフランソワ1世の対立によって1521年に勃発したとする定義も有力で,こちらをとると[03]は正文になる。入試問題なので高校世界史に準拠した年号で判断していいと思うのだが,本問は残念ながら高校世界史に準拠しない慶應大・法学部の問題である。
 [04]は細かいことを気にしなければ正文に読めるが,「神聖ローマ帝国と距離を置くことを望む」という表現は少しあやしい。たとえばデンマークは宗教改革の以前からシュレスヴィヒ・ホルシュタインと同君連合であり,帝国内部に影響力を及ぼしている。ルター派に改宗したのはカトリック教会と距離を置きたかったのであって,神聖ローマ帝国(ドイツ)と距離を置きたかったわけではないだろう。これは典拠が見つからず,なぜこのような表現をしたのか不明である。
 [05]は「ハンガリーを属国とし」の部分があやしい。1526年のモハーチの戦い後,ハンガリーは混乱が続いたが,1540年頃に決着して三分割された。このうち西側はハンガリー王位とともにハプスブルク家が継承し,東側はトランシルヴァニア公国としてオスマン帝国の属国となり,中部はオスマン帝国の直轄領となった。通常モハーチの戦い後のハンガリーは中部の直轄領を指すから,ハンガリーを属国化したとは言いがたい。一応,より細かい話をすれば1570年頃まではトランシルヴァニア公国の君主がハンガリーの再統一を図っていたという観点から,トランシルヴァニア公国を東ハンガリー王国とも呼ぶ。よって本問の属国化とは東ハンガリー王国のことを指しているという理屈は立てられる。しかし,この説明は中部の直轄領を無視していて不自然である。なお,2021年の高崎経済大が同じ過ちを犯している(4巻2021国公立4番,p.282予定)。東京書籍の教科書p.219にそのままの記述があるので,どちらもここからとったのだろう。この[05]の瑕疵は代ゼミから同様の指摘あり。
 本問は選択肢1つ1つの危うさがそこまで重くないものの,4つ重なっているのでトータルでは崩壊した出題になってしまった。河合塾・駿台・代ゼミそろって正解を[03]としており,高校世界史に準拠して解答するならそうするしかない。公式解答例も[03]であったが,問題不成立と見なした方がよい。


7.慶應義塾大 法学部(3つめ)
<種別>悪問・難問
<問題>1 [設問] 下線部(ク)に関連して(編註:アメリカ合衆国は,アル=カーイダが拠点を置くアフガニスタンを攻撃し,この組織を保護するターリバーン政権を崩壊させた),同時多発テロ事件をめぐる動きについての説明として,誤っているものの組み合わせを[01]から[10]より選び,その番号を (25)(26) にマークしなさい。

(a)  アフガニスタンの統治をめぐり,2001年にボン会議が開かれ,2004年に新憲法が制定されて大統領選挙が実施された。
(b) アメリカ合衆国大統領は事件を受けて対テロ戦争を開始し,国連安保理決議を経てイラクに対し攻撃を開始した。
(c) パシュトゥー語で神学生を意味するターリバーンは,ソ連によるアフガニスタン侵攻後の混乱の中で組織され,1996年に政権を握った。
(d) イラン・イラク・北朝鮮が,「悪の枢軸」として非難された。
(e) アメリカ合衆国が展開した対テロ戦争の論理は,「文明の衝突」を唱えたミルトン・フリードマンなど新自由主義者の思想家らの影響を受けていた。

[01] (a)と(b)   [02] (a)と(c)   [03] (a)と(d)   [04] (a)と(e)
[05] (b)と(c)   [06] (b)と(d)   [07] (b)と(e)   [08] (c)と(d)
[09] (c)と(e)   [10] (d)と(e)

<解答解説>
 標準的な難易度かつ明白な誤文は(b)で,国連安保理決議を経ていない。単独行動主義の典型とされる。他の選択肢はいずれも何らかの問題がある。(a)と(d)は過剰に細かいが,どちらも正文である。探してみると(a)は帝国書院のp.315の傍注に,(d)は実教出版のp.414の本文に記載があった。(c)は細かいことを気にせず読めば正文だが,ターリバーンの結成はソ連のアフガニスタン撤退後の1994年なので,「侵攻後の混乱の中で組織され」という表現は危うい。正誤判定なのだから紛らわしさを避けるべく侵攻後ではなく撤退後と書くべきだろう。残った(e)は,ミルトン・フリードマンがハンチントンの誤りで,かつ新自由主義ではなく新保守主義の影響である。ネオリベとネオコンは重なりがちだが分けて考えたい。これも範囲外の細かい知識になるので,教科書の片隅に書かれていないかと探してみたが,「文明の衝突」はあれどハンチントンは見つからなかった。見つけた人は教えてほしい。(c)については河合塾から同様の指摘あり。
 以上の正誤判定をまとめると明確な誤文は(b)と(e)で作問者の想定する正解は[07]になる。これも何度も書いているが,教科書執筆者が入試に出題されることを意図せずに書いた部分からわざと出題するのはやめてほしい。また,教科書の傍注やコラムは教科書執筆者が明確な根拠をもって書いていない可能性があるので,典拠にすると出題ミスや悪問になりがちである。自らの身を守るためにも,それらからの出題は避けるべきである。


8.慶應義塾大 法学部(4つめ)
<種別>難問
<問題>2 複数の国が協力して登録し保護する世界遺産もあり,中には《ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―》のように国をまたぐケースもある。この世界遺産の一部を成す日本の「国立西洋美術館本館」前には,ロダンの代表作の一つ「 (37)(38) の市民」が展示されている。

01.アヴィニョン   05.イスラエル   09.オクスフォード   11.オルレアン
12.カレー      13.ガン      14.キエフ       18.ゲルニカ
19.コヴェントリー  23.ダンツィヒ   26.パリ        28.プラハ
32.ベルリン     33.ボルドー    34.ボローニャ     44.ワルシャワ
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 国立西洋美術館には多数のロダンの作品が展示されているが,空欄に合わせる形で解答するなら《カレーの市民》になる。見に行ったことがあれば覚えていることが多かろうと思うと,もろに文化資本が問われる問題であって,東京都民が有利すぎ,ちょっと良くないかなと思う。カレーを空欄にするなら百年戦争後に大陸に残った唯一のイギリス領というヒントを出せばいいものを,そのヒントを付さなかった。またロダンの作品を問うなら《考える人》が普通であるが,それも避けている。非常に意地が悪い。なお,これも教科書を探してみると山川『新世界史』のp.279の表に記載があった。これはこれで『新世界史』はなぜ《考える人》を載せずに《カレーの市民》を載せているのか疑問である。


9.慶應義塾大 法学部(5つめ)
<種別>難問
<問題>3 インド産綿織物はヨーロッパでキャラコ(カリカットに由来),日本では江戸時代に桟留縞(その頃 (51)(52) の一部であったサントメに由来)・べんがら縞(ベンガルに由来)などの呼称で流行した。

02.アッサム   07.カシミール   22.ダマン   24.ディウ   31.パンジャーブ
40.ボンベイ   42.マドラス    43.ラクナウ
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 着物が趣味の人なら解答できそうな問題。そうでなければ,日本に綿織物を輸出していたということはおそらくインド東岸の都市か地方であろうと推測できるから,それで絞り込むしかない。そこで障壁となるのは,ほとんどの受験生には初見となるダマンとラクナウだろう。これらに惑わされなければ,正解のマドラスにたどり着ける。サントメはマドラス近郊の港市で,「聖トマスがこの地で布教,殉教した」という伝承に基づいてポルトガルが占領した。ポルトガルの影響で縞模様の入ったインド綿布が日本に向けて輸出されるようになり,この綿布を桟留縞と呼ぶ。1640年代にイギリスがマドラスの建設を進めると繁栄が奪われていき,マドラスの市域拡大に伴って1749年にサントメが吸収されたようである。ダマンはインド西岸,ボンベイの少し北にある都市で,1961年までポルトガルが保持していた。ラクナウはインド北部の内陸の都市である。受験世界史として何かあった都市ではないので,なぜ語群にあるのかがわからない。例によって教科書を全てさらって読んでみたところ,帝国書院のp.217のコラムに桟留縞に記述があった。本問はこのコラムからのほぼコピペである。また,皆大好き「世界史の窓」にも詳しい言及がある。


10.慶應義塾大 法学部(6つめ)
<種別>難問
<問題>3 中国歴代王朝では,綿花栽培は主に明代の農業で重視され,綿製品は19世紀に至るまで,巨大な国内市場向けに供給される一方,欧米にもその一部が輸出された。18世紀半ば,貿易は一港に限られ,外国人商人やその家族は (53)(54) に居住させられるなどの厳格な管理体制が敷かれた。

15.公行   16.黄埔   21.汕頭   38.香港   41.マカオ
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 難問だが,2023年の慶應大・商学部で出題がある(2023早慶3番)。正解はマカオ。難関私大は他の学部や大学が出した難問を自分のところの入試で再利用する傾向があるが,本問はまさにそれである。法学部が出すということはどこかの教科書にあるのだろうと探してみると,東京書籍の本文p.234にあった。


11.慶應義塾大 法学部(7つめ)
<種別>難問
<問題>3 [設問4] 下線部(エ)に関する記述として誤っているものを下から選び(編註:明代),その番号を (65)(66) にマークしなさい。

[01]換金作物として綿が盛んに栽培され,人々の衣服が麻から木綿に変化した。
[02]徐光啓『農政全書』では,商品作物の栽培方法を詳細に解説するとともに,ヨーロッパに関する情報が紹介されている。
[03]宋応星『天工開物』は,糸繰機による製糸方法と機織り機による織布方法を説明している。
[04]李時珍『本草綱目』は,中国では失われたが,中華民国の時代に日本から逆輸入された。

<解答解説>
 [02]と[03]は容易に正文と判断できるが,[01]と[04]は受験生として未知の情報なので判断が困難である。[01]は正文。[04]は中国で失われたが中華民国時代に逆輸入されたのは『天工開物』であるので誤文=正解である。しいて言えば,医学書は有益なので広く頒布されたが,産業書はそうでもなさそうというところから推測できるかもしれない。これも典拠を探してみると[01]は東京書籍のp.227に,[04]は実教出版のp.239にあった。また,こちらも世界史の窓に詳しい記述がある。慶大・法学部の作問者は,世界史の窓くらいなめるように読んでおけと思っているのかもしれない。


12.慶應義塾大 法学部(8つめ)
<種別>出題ミスに近い(複数正解)

<問題>3 [設問7] 下線部(キ)に関する記述として誤っているものを下から選び(編註:強制労働),その番号を (73)(74) にマークしなさい。

[01]オランダ領東インドがジャワ島を中心に実施した強制栽培制度は,村落に商品作物の栽培を割り当て,一方的な価格で買い上げるものであった。
[02]ベルギー国王はコンゴを私有地としたが,収奪的統治が国際社会の批判を招き,ベルリン会議(ベルリン=コンゴ会議)によって同地はベルギー政府の統治下に移った。
[03]イギリスによるマレー半島における錫の採掘のために,多くのアジア系移民が単純労働者として働いた。
[04] 16世紀以降,東部ドイツでは領主が直営地を拡大し,農民を土地にしばりつけて穀物生産高を増加させ,商工業化した西欧の需要に対応した。

<解答解説>
 [02]が誤文。ベルリン=コンゴ会議でベルギー国王がコンゴを私有地とすることが認められ,コンゴ自由国が成立した。その後,コンゴ自由国の過酷な統治の実態が明らかになったため,1908年にコンゴ自由国が廃止されてベルギー政府が統治する植民地となった。他の3つの選択肢はいずれも正文であるから一見して[02]を正解として問題が成立している。
 しかし,下線部が強制労働であるところ,[01]は強制労働ではない。強制栽培制度は,農地の一部に商品作物を割り当てられ,オランダ政庁指定の価格で強制的に買い上げられた点に強制性があるのであって,労働が強制されていたわけではない。奴隷制ではないのである。[03]もクーリーによる労働と考えれば強制労働の一種だが,[03]の文がクーリーに言及しておらず片手落ちである。自由労働力の渡航もあっただろうということを考えると誤文になりうる。したがって考えようによっては[01]〜[03]の3つ正解がある複数正解である。駿台から同様の指摘あり。


13.慶應義塾大・法学部(9つめ)
<種別>出題ミス(複数正解)

<問題>4 以下の史料A〜Hは,いずれも同一人物の別々の書簡の一部を抜き出したものである。史料の表記は一部改めたところがある。史料の並ぶ順番は年代に従っていない。宛先はまちまちである。それぞれの史料は,したためられた時期の最新の出来事にふれている。本文中のXとYは人物を示しているが,問題作成の都合上あえて伏せたものであり,同じ表記の箇所には同じ語句が入る。

史料C
 Xの三民主義が今日では国を救う唯一の主義であり,(…)中国を統一する思想は三民主義を中心にするしかないことを理解すべきである。(…)北伐は完成したけれども,革命は実のところまだ成功していない。

[設問4]
 史料Cの述べる「三民主義」を確立し提唱した人物に関する記述として,適切でないものを下から選び,その番号を (83)(84) にマークしなさい。

[01]協力者に犬養毅がいる。
[02]協力者に宮崎滔天がいる。
[03]ハワイでキリスト教の洗礼を受けた。
[04]戊戌の政変で日本に亡命した。
[05]協力者に梅屋庄吉がいる。

<解答解説>
 史料Cを読むまでもなく三民主義を確立した人物Xは孫文である。[01][02][05]は正文。なお,犬養毅は慶應義塾の出身であるため,世界史・日本史ともに慶應大では頻出。[04]は康有為・梁啓超を指しているので誤文であり,作問者の想定する正解はこれだろう。しかし,[03]も孫文が洗礼を受けたのは香港であるので誤文である。孫文は兄に呼ばれてハワイに渡航し,キリスト教系の学校に入った。そこでキリスト教に傾倒したため,心配した兄によって広東省の故郷に送り返されている。しかし信仰心はやまず,その後,医者になるべく香港の学校に入り,そこでカルヴァン派の洗礼を受けた。ゆえに[03]・[04]の明確な複数正解である。河合塾・駿台・代ゼミから同様の指摘あり。大学当局からお詫びは無いが複数正解を認める発表があった。いや,詫びないんか。


14.慶應義塾大・法学部(10個め)
<種別>悪問
<問題>4 史料D
 明日は君の五十九歳の誕生日で,明年は花甲の年である。君が公務で忙しいので,互いに会うことができないが,いつも心に思い続けている。最近,湖上で,陸象山と朱熹両先生の学術の異同について,とりわけ「無極にして太極」の説に対する相異なる意見について研究しているが,まだ結論を得ることができない。(…)両者が,当時,人の性を尽くすことを重んずるとともに,物の性を尽くすことを研究したとすれば,我が国は五百年前に今日の科学を発明し,大陸の同胞はこの空前の大災禍に出会わず,吾人は自ずから先哲の不十分な点を補っていたに違いない。

[設問5]
 史料Dの宛先(受取人)は,書簡の差出人の長男で,のちに父同様,総統の職に就いた人物である。この史料に関連する(a)から(f)の記述について,適切でないものの組み合わせを[01]から[15]より選び、その番号を (85)(86) にマークしなさい。

(a)書簡の受取人が総統であった時代に民主進歩党が結成された。
(b)書簡の差出人が総統であった時代に戒厳令が解除された。
(c)書簡の受取人の跡を継いで総統の座に就いたのは内省人の李登輝である。
(d)陸象山は王陽明の思想に影響を与えた。
(e)朱熹の学問は明代末に官学の地位から追われた。
(f)朱熹は金への主戦論を唱えた。

[01](a)と(b)  [02](a)と(c)  [03](a)と(d)  [04](a)と(e)
[05](a)と(f)  [06](b)と(c)  [07](b)と(d)  [08](b)と(e)
[09](b)と(f)  [10](c)と(d)  [11](c)と(e)  [12](c)と(f)
[13](d)と(e)  [14](d)と(f)  [15](e)と(f)

<解答解説>
 史料Dを読まなくても設問5の文言だけで蔣介石が蔣経国に宛てた手紙とわかるが,史料Dを真面目に読むなら「大陸の同胞」と述べていることから台湾の指導者と推測がつく。「この空前の大災禍に出会わず」とは,儒学が弾圧された文化大革命を指している。蔣経国が59歳になった年は1969年。
その上で選択肢を吟味すると, (b)は誤文(差出人ではなく受取人)・(e)も誤文(朱子学はずっと官学)であるから,慶應大・法学部としては非常に易しい問題で,正解は[08]とわかる。その上で他の選択肢も検討すると,(a)・(d)は特に留保無く正文。(f)は朱熹は主戦論者であったので正文。明確な判断には範囲外の知識が必要だが,華夷の区別を強調する朱子学の思想から言って主戦論者であることは容易に想像がつくだろう。
最後に残った(c)が厄介で,文の内容自体は正しいものの内省人は本省人の誤りである。ググると数多の使用例が見つかるが,本来内省人等という用語は存在せず,誰が使い出したのかわからないが,日本人の造語である。河合塾・駿台から同様の指摘あり。河合塾は,慶應大・法学部は2016年の入試でも内省人を使っていて,当時に指摘したのに反省が無いと愚痴っていた。言われて振り返ってみると確かにあった(大問2の設問2)。私は2016年当時に気付いておらず,当時の本企画で指摘しそびれていた。不覚である。


15.慶應義塾大・法学部(11個め)
<種別>出題ミス(複数正解)

<問題>4 史料E
 世界大戦はすでに矢が弦につがえられたので発射せざるをえません。今回のヨーロッパ大戦の開戦が一日延びれば,Yの外交力は一日弱まり,その範囲が一歩拡大すれば,我が党の外交関係は一歩勝利します。Yの親西排東外交が失敗したこの時期に,我が党が勢いに乗じて急進しなければ,時機は二度と到来せず、後悔してもまにあいません。

[設問6]
 史料EのYに関連する記述として,適切でないものを下から選び,その番号を解答欄 (87)(88) にマークしなさい。

[01]第三革命を失敗に終わらせた。
[02]国会で臨時大総統に選出された。
[03]北洋大臣を務めた。
[04]壬午軍乱を鎮圧した。
[05]変法派を弾圧した。

<解答解説>
 これも史料Eを読まずとも,設問6の選択肢だけでYが袁世凱とわかる。史料E中の「我が党」は国民党や中国国民党ではなく中華革命党を指す。その上で選択肢を吟味すると[03]〜[05]は正文。[01]は誤文で,第三革命は袁世凱の皇帝即位に反対して起きた運動であり,袁世凱は帝政撤回に追い込まれている。作問者の想定する正解はこれだろう。審議の対象は[02]で,1912年1月1日に中華民国臨時政府が成立し,孫文が初代の臨時大総統となり,月末に臨時参議院が設置された。その後,孫文と袁世凱の秘密裏の交渉で臨時大総統の交代が約束され,袁世凱が清朝を滅ぼすと,臨時参議院は孫文と袁世凱の臨時大総統交代を認めた。したがって臨時参議院を国会と認めれば[02]は正文,国会ではないとすると[02]も誤文になる。
 これが実は非常に厄介で,臨時参議院は国家を代表する立法府であったという権能から言えば国会と認めてよい。ここでいう国会は議会と同義語である。しかし,臨時参議院は憲法にあたる臨時約法を制定した後,1912年12月に新たな立法府のための選挙が実施されて,1913年4月に解散する。この臨時参議院に代わって成立した立法府の名称が「国会」なのである(この国会は衆議院と参議院で構成される二院制であった)。よって,選択肢の指す「国会」は議会と同義語の一般名詞ではなく,1913年4月に成立した立法府の名称を指す固有名詞であると解釈した場合,[02]は誤文になる。一般論で言えば,固有名詞が存在する文脈なら一般名詞ではなく固有名詞の意味を採用すべきである。また,各高校世界史の教科書を読んでみると,実教出版と帝国書院の教科書は国会の成立を1912年12月の選挙後と明示的に記述していた(実教出版はp.324,帝国書院はp.250)。高校世界史の教科書の重箱の隅の情報を採用するなら本問は複数正解とするほかない。慶應大・法学部が散々やってきた受験生への嫌がらせがブーメランになって作問者に突き刺さった。喝采である。河合塾と駿台から同様の指摘あり。本問は最終的に当局発表無く終わったのだが,不誠実である。


16.慶應義塾大・法学部(12個め)
<種別>難問
<問題>4 史料F
 駐東京大使館丁参事官の電報によれば,「十二月三日の秘密報告によると,関東軍と支那駐屯軍は,満州占領の経費五億余円を華北に補償させ,不良分子を買収して自分たちのために利用し,軍事当局を誘惑,脅迫して独立を宣言させて,華北を経済的に支配しようとしており,協同防共は付随的な目的にすぎない」

[設問8]
 史料Fに関連する以下の記述を読み, (91)(92) に入る最も適切な語句を語群から選び,その番号を所定の解答欄にマークしなさい。

 日本が「不良分子」を「買収」して華北に作らせたと述べられている防共政権の本拠地は,河北省東部の (91)(92) に置かれた。

03.牛荘   10.済南   12.上海   15.石門   16.太原   18.通州
(編註:関係のある選択肢のみ抜粋)

<解答解説>
 日本が華北に成立させた防共を名目とする傀儡政権は冀東防共自治政府である。まずこれ自体がやや細かいが,用語集頻度なので,早慶の受験生なら問われても文句は言えない。しかし,その本拠地となると日本史の早慶受験生でも解けない範囲外の超難問である。正解は通州。読者諸氏には通州事件でなら知っている地名という人も多いかもしれない。


17.慶應義塾大・法学部(13個め)
<種別>誤植
<問題>4 [設問12]
史料AからHを古い年代から順に並べたものとして,最も適切なものを下から選び,その番号を (99)
(100) にマークしなさい。

[01] B→ C → F → G → H → E → A → D
[02] B→ E → C → F → G → H → D → A
[03] B→ E → H → C → G → D → F → A
[04] B→ F → C → G → E → D → H → A
[05] C→ B → F → E → H → D → A → G
[06] C → B → H → F → E → D → G → A
[05] C→ E → B → F → G → H → D → A
[06] C→ H → B → E → G → A → D → F
[09] E → B → C → H → F → G → A → D
[10] E → C → B → F → H → A → G → D
[11] E→ C → H → B → F → G → A → D
[12] E → H → B → C → G → F → D → A
[13] H→ B → C → E→ G → F → A → D
[14] H→ C → B → E → F → G → D → A
[15] H→ E → B → C → F → G → A → D
[16] H→ E → C → B → D → G → F → A
(編註:史料C〜Fは既述の問題を参照。史料Aは国共内戦中にF=ローズヴェルトに送った書簡,Bは第一次国共合作の成立に関する書簡,Gは日中戦争末期に毛沢東に送った書簡,Hは柳条湖事件についての書簡。)

<解答解説>
 至極単純に[05][06]が2つずつある。正解は[09]なので大事件にならずに済んだ(腕に覚えがある方は編註に書いた補足を活かして自力で並べ替えてみよう)。大学当局から謝罪と解答には影響が無いため特別な措置はとらない旨の発表があった。13番を詫びずにこっちは詫びる感覚,私には理解できない。

 以上13問,慶應大・法学部史上で過去最多である。しかも,ただひたすら超難問がずらりと並んでいた2020〜22年,難解には違いないが資料読解等の出題があって少し工夫が見られた2023年と比較すると,2024年は2023年の傾向を継続しつつ作問が粗雑になった。工夫しているようで工夫していない,手抜きの学生のレポートのような代物である。担当者が交代してノウハウが途絶えたか。結果として難化したわけでもないのに収録数は過去最高という転倒した事態が生じた。2020〜22年の出題には「誰にどう批判されようとも微細な知識こそが教養である」という矜持があった。2024年の出題にはその矜持すら存在しない。
この他に消去法でなんとか解決できるものや用語集頻度‥のグレーゾーンとして,第二次世界大戦末に無差別爆撃を受けたドイツの都市でドレスデン,インドとイギリスの綿布の輸出入額が逆転した年(1820年頃),タリム盆地南縁のオアシス都市としてホータン等が出題された。出題ミス・悪問・難問が11個,グレーゾーンが3〜4個で,この合計が約15個という2020〜22年と同水準となった。2023年は10個と少し減っていたのだが,あれは気まぐれだったらしい。残念である。
この記事へのコメント
今年も楽しみにしてました。
世界史と言えば東大の最後の問題が話題になってましたね。
Posted by ななし at 2024年03月15日 18:28
受験生の頃から楽しく拝見させていただいてます。
今年慶應法学部受かったものですが、世界史50点でも受かりました。多分もっと低い合格者も居ると思います。もはやここまで吹っ切れた作問(褒めてない)だと愛着すら湧きましたね。来年からの記述問題がどうなるか楽しみです笑
Posted by ヴァルトゼーミュラーDX at 2024年03月15日 18:45
御無沙汰しております。2024年も楽しみにしておりました。『絶対に解けない受験世界史4』刊行おめでとうございます。

それにしても慶應大法はほんとに安定しませんね。本当にどういう了見なのでしょうかね? 慶應大法に即して日本史側の状況を述べておくと大問1から4すべてで史料を出題しており、かなり量が増えました。しかし以前のものとは異なり、今回の世界史のようなつまらない語句を聞くこともなくなり、適切に史料も扱えていたためか、すこぶる良いものになりました。ただ量が増えた故に昨年のものと比較すると「易化」か「難化」かという判断は下しづらいですね。
わたしが思った慶應大における日本史の講評については概ね、昨年の世界史の講評をイメージしていただければと思います(ですので商学部は乱調でした)。
そういうこともあってか、どうして法学部は同じ歴史科目で足並みhが揃わないでしょうかね?
Posted by 歴史科目の入試問題が好きな学生 at 2024年03月15日 18:50
毎年、本企画を楽しみにしています。また、4巻目発売おめでとうございます(悪問減ってないってことやん)。

「教科書執筆者が入試に出題されることを意図せずに書いた部分からわざと出題するのはやめてほしい」←わかる。おもしろコラムとか好きだし。
「教科書の傍注やコラムは教科書執筆者が明確な根拠をもって書いていない可能性がある」←いかんでしょ

ところで、共通試験の国語でもル・コルビュジェ出てましたけどなんか記念イヤーなんですかね?

長文失礼しました。
Posted by 通りすがりの宇宙大将軍 at 2024年03月16日 02:18
7.なんですが、教科書範囲に拘らなければ(b)は明らかな正文ですね。

安保理決議1441(イラクへの大量破壊兵器査察受入要求など https://en.wikisource.org/wiki/United_Nations_Security_Council_Resolution_1441 )が2002年11月8日でなので。
13項の「serious consequences」が武力行使を意味するかというとそこはかなり無理があるんですが、「安保理決議に基づいて」とか「安保理決議を根拠として」ならともかく、

>国連安保理決議を経て

と単なる時系列表現でしかない(かつ、この決議自体は開戦経緯に書くべき重要イベントでもある)以上、正文としか言いようがない。

自分の感性でもアフガン内戦を「ソ連によるアフガニスタン侵攻後の混乱」と呼ぶのを正文とするのは無理があると感じる(引き延ばしても、少なくとも1992年のアフガニスタン・イスラム国成立で一旦区切る方が無難と感じる)ので、これ本当は正解とすべきは「[09] (c)と(e)」じゃねーかなという気はします。
Posted by cider_kondo at 2024年03月16日 02:59
例によって軽微なOCRのいたずら。4番の空欄番号「118」の、百の位の1が小文字エルになっています(問題文と編註)。

慶応法は多少易しくなるのかと思いきやダメさのバリエーションを増やしてくるのは何なのか……
Posted by 砂屋 at 2024年03月16日 20:47
皆様コメントありがとうございます。

>ななし さん
東大の最後の問題の解答がサイードだったやつですね。
あれはそこまで騒ぐような価値がある問題ではなく,Twitterで微妙にバズってたのが個人的には解せません。それでも話題になってしまうのが東大のネームバリューというところでしょうか。
あれで1記事書けばよかったかなと後からちょっと思いました。

>ヴァルトゼーミュラーDXさん
おめでとうございます。50点でも合格するのは,難易度を考えると順当ですね。本当に来年はどうなるんですかね……
(コメントが重複していたので片方は消しておきました)

>歴史科目の入試問題が好きな学生さん
日本史はそういう感じですか。それは歩調を合わせる気が無いですね。
慶應大は平均点のズレを調整してから合否を出しているので,そこまで問題にはならないかもしれません。
話がややずれますが,科目間の差で最も問題なのは大阪大ですね。世界史は見ての通りなのに対して日本史はシンプルで易しい,かつ得点調整せずに合否を判定しているので世界史が不利すぎるとは以前からずっと言われています。

>通りすがりの宇宙大将軍さん
悪問は残念ながら減ってませんね! 
ル・コルビュジエのだぶりはおそらく偶然だと思います。

>cider_kondoさん
なるほど,言われてみるとそうですね。すっかり「経て」を「基づいて」と読んでました。ありがとうございます。書籍版が出るなら(未確定),そこで反映させます。

> 砂屋さん
ありがとうございます。直しました。
Posted by DG-Law at 2024年03月21日 01:33
こんにちは今年の慶應の商のハンムラビ法典がルーブル美術館も割と難しいような気がします(フランス人が発見してるのとか図版を見ればわかりますが) その前のスサも代ゼミとかでは難問て書いてましたが割とベタな難問なんで取れた人も多そうですね
Posted by 真 at 2024年03月21日 12:03
ルーヴル美術館は迷ったまま入れなかったやつですね。大英博物館との2択からは絞れないと思うので,入れてもよかったです。書籍版(出るなら)では再検討します。
スサも難しいですが,ご指摘の通り早慶対策ではやるところかなと思います。意外と教科書や用語集に記載があるので外しました。
Posted by DG-Law at 2024年03月22日 17:12