2024年03月17日

2024受験世界史悪問・難問・奇問集 その3(国公立大)

昨日の続き。本日は国立大をお届けする。一番困惑したのは受験世界史の改革を訴えているあの大学である。


1.共通テスト 世界史A
<種別>難問
<問題>1 問6 文章中の空欄〔 エ 〕の都市の歴史について述べたうとえの正誤の組合せとして正しいものを,後の 銑い里Δ舛ら一つ選べ。〔 6 〕
(編註:空欄エは南京を指す。)

う 太平天国が都を置いた。
え 李自成によって占領された。

 ,Α歙機 ,─歙
◆,Α歙機 ,─欷
 う−誤  え−正
ぁ,Α欷蹇 ,─欷

<解答解説>
 うは基礎知識で正文と判断できるが,えは順王朝の支配領域なんて世界史Bでも習わないし早慶でも出ない。超難問である。順の最大領域は華北に限られるので,えの文は誤文であり,正解は△箸覆襦作問者はおそらく「北京」と「南京」を入れ替えて誤文という極めて安直な発想で作ったと思われるが,こうした正誤判定の作問では入れ替える前後で比較するだけでなく,入れ替えた後の文単体で判断して妥当かどうかを検討する必要がある。本問は検討不十分と言わざるを得ない。4巻のコラムでも書いたが,世界史Aは近現代史を中心に学習することになっていたにもかかわらず,実際のセンター試験や共通テストでは前近代史もよく出題されるという矛盾が生じていた。現役生が受験する年度としては最後の日程で前近代史の超難問が出たのは,その矛盾を解決できないまま終わったことを体現したと言えよう。


2.一橋大
<種別>難問
<問題>2 大西洋奴隷貿易により始まった南北アメリカ大陸・カリブ海域における奴隷制は,19世紀にそのほとんどが廃止された。19世紀における一連の奴隷解放の動きは,リンカンが「奴隷解放の父」として顕彰されるなど, 各国の歴史において偉業と位置づけられ, また近年ではUNESCOなどが, 奴隷解放を記念する国際年のイベントを開催している。
 しかし,2020年に米国で燃え上がり,世界各地へと広がったブラック・ライヴズ・マター運動では,黒人たちの貧困や黒人への日常的な人種差別,暴力が問われ,彼らは「黒人の命も大切」と訴えた。奴隷解放から一世紀以上が経つのになぜ不平等な扱いをいまも強いられるのかと,ブラック・ライヴズ・マター運動ではあらためて奴隷制という負の遺産の大きさと,奴隷解放のプロセスの問題点に注目が集まった。
 奴隷貿易や奴隷制の廃止に必ずしも「偉業」とは評価できない側面があり,それが現在の黒人たちの不遇な境遇と結びついているとすればそれはどのような点だろうか。奴隷を解放した側からではなく,解放された側,すなわち,元奴隷や黒人社会,アフリカ各国の側からみた場合,奴隷解放とその後の解放された黒人に対する政策は,どのように評価することができるか。19世紀の奴隷貿易・奴隷制廃止の一連のプロセスを概説した上で,奴隷解放の問題点を中心に当時の国際関係や政治経済情勢に着目しながら論じなさい。ただし,下記の語句をすべて必ず使用し,その語句に下線を引きなさい。(400字以内)

13植民地の喪失,西半球の最貧国,シェアクロッパー制,アフリカ分割

<解答解説>
 本題に入る前に,レジェンドシリーズ(一橋大の名誉教授の文章を引用する問題で超難問になりがち)はどうしたという声が聞こえてきそうなので,先に触れておこう。2024年の第1問で引用されたのは,一橋大の名誉教授である増田四郎氏の文章であった。一橋大としては定番の中世ヨーロッパの都市がテーマで,中世都市が持つ「封鎖的な面」「開放的な面」の両面を提示された増田四郎氏の文章に沿って記述することが求められた。過去問の知識と資料文から封鎖的な面はギルド制,開放的な面は遠隔地貿易と当てをつけて解答を組み立てればよい。例年のレジェンドシリーズに比べると取り組みやすい。このため収録対象とはしなかった。
 本題に入り,この第2問も面白い視点で出題されていて,半分過ぎまでは良問である。問題の要求は2つ。1.奴隷貿易・奴隷制廃止のプロセスを概説すること。2.奴隷解放(とその後の政策)の問題点を,A.元奴隷や黒人社会,B.アフリカ各国の視点から論じること。「当時の国際関係や政治経済情勢に着目しながら」と副題がついているが,むしろ着目しないで論じる方が難しかろう。すると,1は十分に教科書知識で書ける。2−Aもアメリカ合衆国の国内に限れば非常に書きやすい。アメリカでは南北戦争後もシェアクロッパー制の下で搾取され,州法で権利が制限されたこと,20世紀半ばの公民権法・公民権運動でさえも完全な解決には至っていないことを述べていけばよい。アメリカのみならず,奴隷解放は人道主義と自由主義に基づき身分の解放に重点が置かれたため,その後の経済・社会状況には関心が持たれなかった。ここまでで200字超は埋まる。
 しかし,ここから先は「いつもの一橋」感漂う難問である。本問を超難問にしている理由は2つ,1つは指定語句4つのうちシェアクロッパー制以外の3つの処理が難しすぎること,もう1つは指定語句のアフリカ分割にも絡んで,2−Bの要求に解答できるだけの知識が受験生には無く,発想もしようがないことである。
 指定語句の3つは非常に意地悪で,ヒントになっていない。まず13植民地の喪失は,大英帝国内に奴隷制を維持したい勢力を大きく縮小させる結果となった,もっと言えばアメリカの綿花プランテーションを育てることで奴隷制を他国に押し付けたと使わせたいのだろう。通常の学習ではイギリスの奴隷解放は自由主義的改革の一環として,人道主義的な理由で実施されたとしか習わない。次の西半球の最貧国はハイチのことだと気付かなければどうしようもないし,気付いてもちゃんと使うには範囲外の知識がいる。受験生的にはハイチが貧困国であることを知っていても,最貧国かどうかは自信を持てないのではないだろうか。ハイチは黒人初の近代共和国として成立したが,独立の引き換えにフランスへの賠償金支払いを認めたため借款地獄に陥り,加えて国際的に孤立したため砂糖を輸出できず,経済的に浮上する契機を得られなかった。知らなかったら近代世界システムの下で搾取されるラテンアメリカの国の代表例として処理すれば多少の加点はあるだろう。アフリカ分割について。列強の植民地化を正当化するお題目が「文明化の使命」であったことを想起して,奴隷解放が侵略の口実になったことを論述させたいのだろうが,「文明化の使命」論自体が高校世界史ではマイナーで,最近になって注目を浴びてきた用語の一つである。目新しさは感じるが,論述で問うのは時期尚早だったと思う。ましてや奴隷解放と結びつける形で想起させるのは受験生に求めてよい水準の思考力を超えている。
 まとめると,13植民地の喪失はなんとかできるかどうかのぎりぎりのライン,アフリカ分割西半球の最貧国は無理だと思われる。繰り返しになるが,本問は方向性が面白く,練れば良問になっていた。しかし,面白さを優先して難易度を犠牲にしており,200〜250字までは誰でも書けるがその先は無理という選抜性に欠く問題になってしまった。非常に残念である。ところで,本問はほぼ南北アメリカ大陸からの出題であるので欧米史の範疇であり,昨年の南部アフリカ史に比べると例年の一橋大の傾向に戻ったように思われる。しかし,これは表層的な理解で,受験生が最も書けない要素がハイチ,次点がアフリカ分割という仕掛けから考えると,むしろ欧米ではない西洋史を核心に置く出題が二年続いたとみることもでき,予断を許さない状況であることを注意喚起しておく。また,レジェンドシリーズは解ける問題とし,それ以外の問題を解けない問題にするという配置も二年連続で,今後も続く可能性がある。「レジェンドシリーズは誰も解けないから回避してよい」という受験生の経験則を外したいのだろう。


3.名古屋大
<種別>???
<問題>1 
問3 下線部△砲弔い董癖埣陝イスラーム国家の支配),南アジア以外も含め,一般に近代以前のイスラーム国家では,異教徒はどのような扱いを受けたか。50字以内で簡潔に説明しなさい。

問6 デリー・スルタン朝時代の南アジア社会の状況として正しいものを以下の(ア)〜(エ)から1つ選び,記号で答えなさい。
(ア) 歴代のスルタンによって,ヒンドゥー教徒の多くが改宗を迫られた。
(イ) スルタン国家の支配下では,ヒンドゥー教徒は基本的に保護の対象であった。
(ウ) ジズヤを課せられてヒンドゥー教が抑圧される代わりに, 北インドで仏教が再び隆盛を迎えた。
(エ) デリー・スルタン朝では西アジアの影響を受けて,イェニチェリ制が推し進められた。

問9 下線部Г砲弔い董癖埣陝ムガル帝国はインド社会に適応する中で,南アジア史上最も安定した帝国統治を実現したと言われている),ムガル帝国が多くのヒンドゥー教徒を抱えるインドを安定的に統治できた理由について,どのようなことが考えられるか。100 字以内で答えなさい。

<解答解説>
 いずれも普通の問題である。ただし,それぞれ別々に出題されていれば。実際に答案を作ってみるとより明白であるが,問3の解答は問6の選択肢と要素が重複しており,問9の解答の一部とも重複する。もちろん,問6と問9も重なっている。問3の解答には,非ムスリム(ズィンミー)はジズヤを課せられたことが必ず入るし,問9の解答にはアクバル帝がヒンドゥー教徒のジズヤを廃止したことが必ず入る(問6の正解はイ)。問3は非常に易しい問題で,ジズヤの名前と概念を知っていればほぼ正解できる。にもかかわらず,そのジズヤの名称(と半ば概念も)問6で出てしまっているのだから,厳しい見方をすれば問題が成立していない。通常の入試問題であれば,何か特殊な意図がある場合を除けば,小問同士で問う知識が重複しないようになっているし,ましてや答えそのものを示すことはない。名大の本問はこれに抵触している。受験生も入試問題がそういう作りになっているのは知っているので,問3と問9はひょっとしてジズヤ以外を解答しなければいけないのではないかと疑心暗鬼になってしまう。本来であれば普通の問題を3つ組み合わせて受験生を脅すという所業,おそらく天然ボケなのだろうが,名古屋大でなければやらかすまい。もっとも,受験生の側も過去問を通じてこういうことには慣れていて,「名古屋大だからありうるか」と大して動じなかったかもしれない。なお,これについて友人から「名古屋大,小問ごとに作問者が違う説」の提唱があって笑ってしまった。


4.大阪大
<種別>何かもうよくわからない

<問題>2 次の絵画は,1665年に制作された,オランダ東インド会社職員のピーテル・クノルとその家族の肖像画である。場所はバタヴィアで,クノルと並んで立っているアジア系の女性はクノルの妻コルネリア(1629〜1691)である。彼女はオランダ人と日本人を父母に持つ。彼女のような存在は稀ではなく,当時バタヴィアには日系人のクリスチャン・コミュニティが存在していたことが歴史文書や墓から明らかになっている。この絵とその時代に関係する下の問い(問1〜問4)に答えなさい。

コルネリア・ファン・ナイエンローデ一家

(編註:実際の画像はグレースケール)


問1 コルネリアのような日系人女性がこの時期バタヴィアで暮らしていた背景について,日本,オランダ,バタヴィアの関係性を考えて論じなさい(100字程度)。

<解答解説>
 本問の根本的な問題点は,問題文の解釈が3つ存在し,それ次第でひどく難易度が違うという点にある。そして,どの解釈をとっても一定の瑕疵がある。
 1つ目は「日系人がバタヴィアで暮らしていた背景について論じなさい。日本,オランダ,バタヴィアのつながりにも言及しなさい。」と解釈する場合である。この場合は江戸幕府がキリスト教禁教令と鎖国政策を採り,その一環としてキリスト教徒の日本人は処刑または国外追放,在外邦人は帰国禁止となったことを想起する。当時の日本人は商人または傭兵の形で大量に渡航していた。ゆえに追放されたまたは帰れなくなった日系人のキリスト教徒がバタヴィアに居住していた。日系人がなぜバタヴィアにいるのかは,至極単純に,オランダが最後まで残った日本との貿易国だからであり,バタヴィアが東インド会社の拠点であったから,という答えになる。知識は中学日本史と高校世界史の範囲に収まっていて易しく,知識と知識をつなげて考える必要があるから思考力を問う良問である。
 しかし,この解釈を採った場合,問題文が女性を強調しているのを意図的に無視する形になる。「コルネリアのような日系人“女性”が」とあるのだから,本来であればこれに答える必要がある。それに加えて,日本への布教を盛んに行っていたのはカトリックであり,プロテスタントではないという点も無視することになる。イエズス会の宣教を受けた人々はわざわざバタヴィアに行く意味がなく,マカオなりマニラなりに移住した可能性が高い。当時のバタヴィアでカトリックが迫害されていたという事実は無いはずだが,わざわざバタヴィアを選ぶ意味も無いのである(オランダ側が引き取るメリットも考えにくい)。したがって「キリスト教徒が禁教令で追放されたので,日本と貿易を行っていたオランダ東インド会社の拠点バタヴィアに移住した」というのは一見それっぽい偽史である。つまり,問題の要求がこちらの解釈だとすると,難易度や発想を見る点で言えば良問だが,偽史を正解に求めていることになる(千葉大の屏風問題に近い)。しかも,オランダが新教国であることは高校世界史でも基礎知識であるから,話がつながらないことに気づく受験生もいただろう。したがって鈍感力が必要になる。さらに言えば,「マニラにクリスチャンの日本人コミュニティがあった背景は何か」というような単純な問いで十分に良かったのに,要求に比して問題文が凝りすぎている。この問題文でこの解答? という違和感が強い。阪大の他の問題に比して易しすぎるという疑問も生じる(たとえば次の5番の知識の水準と天地の差がある)。様々な意味でズレが気持ち悪い。
 では偽史を正解に求めているわけではないとする。これが2つ目で,「日系人“女性”がこの時期“バタヴィアで”暮らしていた背景について論じなさい」と解釈する場合である。手がかりはまず,問題で提示されたコルネリアがオランダ人と日本人の混血ということだ。ここで想起すべきは「人類は単身で海外渡航をすると,現地で番(つがい)を作りやすい」という通念である。たとえば高校世界史だと触れないが,ラテンアメリカでメスチーソが多いのは白人男性が単身で渡航して現地でインディオの女性と結婚するということが長期間続いたためとされる。これにはアングロアメリカでは家族全員で開拓民として渡航したから混血が進まなかったという対比がある。ここからオランダ東インド会社の社員も単身男性であるから,日本人女性を現地妻としたと推測できる。ここに江戸幕府の禁教令・鎖国政策を重ねると,日本人妻や混血児もキリスト教徒(プロテスタント)であった蓋然性が高いので追放されたという発想に至る。これならば日系人“女性”(現地妻)が“バタヴィアで”暮らしていた理由に一定程度の説明がつく。実際にこのような日本人妻や混血児がバタヴィアの日系人コミュニティの主な出自だったようである。問題文に「彼女のような存在は稀ではなく」と書いてある通り,混血児は相当に多かったようで,幕府が混血児追放令を発した直後の1639年には32名の混血児とその関係者が渡航したという記録が残っている。その32名の中にオランダ東インド会社の平戸商館長を務めたコルネリス=ファン=ナイエンローデの娘コルネリアもいた。
 こちらの問題文解釈が正しいとすると,1つめの時の問題点は改善されるが,違った不満点がいくつか生じる。まず,要求される知識や思考力の水準が高すぎる。私はじゃがたらお春の事例を知っていたのでコルネリアも近い事例なのだろうとすぐに気づいたが,知らなければこの発想に至らなかっただろうし,一般の受験生がじゃがたらお春を知っているとは思えない。次に,「人類は単身で海外渡航をすると,現地で番を作りやすい」という通念を受験生(高校生)に求めてもいいのだろうか,いろんな意味で。人生経験が未熟な高校生が,しかも性欲をあえて捨象している高校世界史をベースに現地妻や混血児の存在に発想が及ぶかという能力の問題もあれば,高校生が触れるにはナイーブすぎるだろうという理由で高校世界史が性欲を捨象していることを考えると,入試で出題するのは倫理的な問題点も生じる。高校世界史の不備を突いたつもりなら意欲的な出題であるが……。そして,この解答は厳密なようで「コルネリアのような」という問題文の指示を読み落としている。「オランダ人と結婚した女性と混血児が追放された」という解答では,コルネリアの母親がバタヴィアにいた背景にはなっても,コルネリア自身がバタヴィアにいた背景にはなっていない。このことによる問題点は,本問の登場人物が女性ではなく男性のコルネリス2世くん(仮名)だったと仮定してみれば理解しやすい。「オランダ人と結婚した女性と混血児が追放された」という説明はコルネリアでもコルネリス2世でも成り立ってしまう。よって“コルネリアのような日系人女性”がバタヴィアにいた背景の説明にはならない。したがって,2つめの解釈も問題文に読み落としがある点で最初の解釈と変わらないということになる。ただし,問題文の「のような」という表現から,問題はそこまで厳密な解釈を採用していないと考えるなら「コルネリアのような」の部分は読み落としても許されることになる。この場合は2つ目の解釈で十分に正しいということになる。
 ところで,実はコルネリアの母親はバタヴィアに渡航していない。以下は調べてわかったことであるが,コルネリアの父コルネリスは平戸で現地妻を二人作っている。うちの一人スリシア(洗礼名,本名は鶴)との間にできた娘がコルネリアであった。スリシアが元からキリスト教徒だったのか,コルネリスの影響で改宗したのかは不明である。コルネリスは江戸幕府との交渉という激務の結果,1633年に平戸で亡くなった。折しも江戸幕府は禁教令・鎖国政策を強めており,1639年に混血児の追放令を発していた。このため日本人妻は夫と子とともにバタヴィアに渡航するか,子と信仰を手放すかの悲劇的な選択を迫られることになった。そして,スリシアはコルネリアを手放し,日本に残る決断をしたのである。オランダ東インド会社はコルネリアを母親から引き取り(あるいは引き剥がし),コルネリアは齢10前後にして半ば追放・半ば保護の形でバタヴィアに送られた。スリシアはコルネリスの没後,日本人の豪商と再婚して棄教した。信仰と娘か故郷かを選択させられ,故郷をとらざるをえなかったスリシアの心痛はいかなるものだっただろうか。このように,先程の推測に反してコルネリアの母親はバタヴィアにいなかった。混血児が渡航するなら当然日本人の母親もついていったはずという常識的判断もまた疑うべき対象だったのだ。この史実から考えると,問題文に「のような」があるから日系人女性を広く捉えてもよいとするのは史実誤認を許容するかのような気持ち悪さがある。
 ということで最後に最も厳密な解釈,「“コルネリアのような” 日系人女性がこの時期バタヴィアで暮らしていた背景」を完全に追跡して解答を作るとどうなるだろうか。コルネリアはバタヴィア渡航後,孤児院で東インド会社によって養育され,成人後にオランダ東インド会社の社員と結婚した。その後の人生は極めて波乱万丈なので,興味を持った方は調べてみてほしい。入試の題材に使いやすいのでそのうち共通テストにも登場しそう。その後も日本人女性や混血児は断続的にバタヴィアに送られたそうで,バタヴィアの商館は彼女らを歓迎した。現地のオランダ人は結婚相手としてヨーロッパ系女性を求めていたが,本国は遠く離れたジャワ島に女性を送るのは難しく,端的に言えば女性不足であった。上述の通り,混血児のうちコルネリアのような女性は最初から東インド会社社員の将来の妻として養育されたのである。したがって,真の正解は「オランダ東インド会社の社員が単身でバタヴィアに渡航し,結婚相手として白人女性が求められていた。同時期,都合よく江戸幕府がキリスト教禁教政策を強めており,当時の平戸や長崎にはそれに適した混血児の女性が多数存在した。」ということになる。……先述の解答よりもさらに露骨な解答になったな? 本当にこれが大学入試の解答で大丈夫か?
 阪大の真意はつかみにくいが,2017年のヘラクレスの彫刻問題(2017国公立8番,2巻のp.62・ブログ版では4番)がほぼ同じ構図で,この時の公式解答例が易しい方の解釈であったから,今回も2017年の時と同様に最も易しい解答になる解釈が正しいと思われる。ただし,2017年の問題は易しい問題とする解釈をとっても問題文の意味深な文章は全てただの飾りだったことになるだけである。それに対して2024年の問題は易しい問題とする解釈をとると正解が偽史になるから悪質性が相対的に高い。
 最後に予備校の解答を見ると,駿台は最初の解釈で易しい問題判定,代ゼミは2つ目の解釈で難問判定,河合塾はどっちつかずの解答であった。なお,東進は禁教令に言及していないためいずれの解釈でも誤答になり論外である。3つめの解釈をとっている予備校は無かった。もっとも,気づいていたとしても上述のような解答は教育機関として発表できまい。このように予備校の解答が割れているのは,多様性の発露ではなく,単に問題が悪いだけである。予備校の解答速報は年々縮小しているが,こういう事態を想定するに,複数の予備校が解答速報を実施していることが社会に必須のインフラと化しているので踏ん張ってほしい。


5.大阪大
<種別>難問
<問題>3 問1 下線部,蓮癖埣陝А米本は1924年から)30年前に,外国と結んでいたいくつかの不平等条約を撤廃しました),どのような歴史的事実なのか,新たな条約名を一つ挙げ,改正内容を答えなさい。

<解答解説>
 1894年の条約改正なので実行者は陸奥宗光,改正内容は領事裁判権の撤廃(と片務的最恵国待遇の解消,関税自主権の一部回復)である。これらは中学の歴史と高校世界史でも習うが,その条約名となると高校日本史でしか習わない。高校世界史しか勉強してこなかった受験生にこれは無理な問題である。正解は「日英通商航海条約」。日米通商航海条約でもよい。
 この条約名,歴史総合でなら登場する。しかし,歴史総合を勉強してきた受験生が登場するのは来年からなので,本問はフライング出題である。歴史総合への改革運動を率いてきた阪大史学であるから先走ってしまった気持ちはわかるが,ダメなものはダメで,誰かが批判してあげないといけない。4番も5番も大阪大の歴史教育改革に前のめりすぎてまろび出てしまった難物である。


〔番外編〕九州大
<問題>1 人類は,先史時代から現代にいたるまで,さまざまな文化や芸術のいとなみを積み重ねてきた。今に伝わる作品は,人々がどのように世界を認識し表象してきたか,その苦闘と成果を示す人類共通の遺産といえる。文化や芸術には,建築,文学,あるいは音楽などさまざまなジャンルがあるが,絵画の分野においても,先史時代の壁画に始まり,現代の抽象画にいたるまで,すぐれた作品が生み出されてきた。そのなかで,現代につながる技法や様式の形成にとってとくに重要なのは,近世ヨーロッパに始まる絵画の展開である。その展開は,各時期における政治や社会とも深い結びつきを持っていた。
 それではヨーロッパにおける絵画は,15世紀から20世紀にかけて,どのように展開したのか。各時期について,代表的な様式とその特徴,代表的な画家,政治もしくは社会的背景に言及しつつ,550字以内で説明しなさい。
 説明にあたっては, 下に掲げた2点の絵画についても適切に言及するとともに,以下のすべてのキーワードを必ず1回は用い, 用いたキーワードの下に波線を引くこと。なお,キーワード中の立体派は,キュビズムとも呼ばれる。

【キーワード】
バロック美術  絶対王政  立体派  メディチ家
ドラクロワ   ワトー   印象派

編註:2枚の絵画はボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》とピカソの《ゲルニカ》。

<コメント>
 大論述の問題で,純粋な西洋美術史が問われたのは受験世界史の歴史上ほぼ初めてではないかと思われる。少なくとも私は初見である。必要な知識は全て教科書本文によく書いてあるものばかりであるが,そもそも文化史は作者名と作品名を覚えて終わりとしてしまうことが多く,様式の特徴や政治・社会的背景は教科書で強調される割には学習されない。文化史が大論述で問われるなんて思ってもいなかっただろうから,不意打ちであったことも含めて,受験生のほとんどは苦戦したのではないだろうか。
 良問だと思うのだが,一点だけあえてケチをつけてみる。大多数の受験生がどうせ書けないだろうことを見越してか指定字数が550字となっているが,本気で高校世界史内の西洋美術史の記述を駆使すると,基礎的なレベルの情報だけでも550字は優に超えるだけの情報がある。つまり,文化史学習が好きだった例外的な受験生が存在した場合,今度は550字で完璧な答案が作れないと苦しむことになる。ルネサンス・バロック・ロココ・(新)古典主義・ロマン派・バルビゾン派&写実主義・印象派(ポスト印象派)・フォーヴィスム・キュビスム・シュールレアリスムで10個の様式があるのだから,1様式で約55字しか費やせない。そんな例外は無視しておけと言われるかもしれないが,一応改善案を提示しておく。「下に掲げた2点の絵画についても適切に言及するとともに」という要求が余分で,この要求に従うとルネサンスとキュビスムでのみ作品名を挙げるが,他の様式では作品名を挙げなくてよいということになり,なんとなくちぐはぐな解答になってしまう。逆に「具体的な作品名を挙げる必要はない」くらいの要求で十分だったのではないか。さすがに《ヴィーナスの誕生》と《ゲルニカ》を知らない受験生は少なかろうと思われ,差がつくポイントは政治・社会的背景の部分なのだから,そこだけ論述させれば良かったのである。あるいは時代を狭めるべきで,ルネサンスを外してバロック始まりにするか,20世紀を外してポスト印象派終わりにすれば,例外がいても550字で対応できたと思われる。
この記事へのコメント
いつも楽しく拝見しております。

5の「日英通商航海条約」は、中学歴史の教科書(東京書籍など)に記載があるのでそこからの出題かもしれません。
Posted by el at 2024年03月19日 14:16
コメントありがとうございます。
ああ,中学でやるんですね。であればそれを見て出題してよいと判断した可能性は十分にありますね。
Posted by DG-Law at 2024年03月21日 02:19
日英通商航海条約ですが、苦し紛れに陸奥条約って書いた受験生がいたらどうなるのか気になりますね。
別名であるらしいので。
Posted by 名無し at 2024年03月21日 14:45
ご苦労さまです。

今年の国公立大のトピックはやはり東京大学の大問1が2つの問題にわかれたことだと私は思いますね。受験生には嬉しい誤算だったでしょうかw

九州大学の大論述については、特定の教科書にしか載ってないものを含めると、19世紀末のヘルエポックといった(代表はクリムトやムンク)ものもありますね。これは実教の世界史Bに載ってます。
山川の詳説世界史を参照しても、シュルレアリスムまで到底かけないうえで特定の教科書まで配慮していない有り様で、よく練られていないように思えます。
西洋美術を嗜んでいる自分としては、なんか無下にされたような気分ですね。
Posted by 歴史科目の入試問題が好きな学生 at 2024年03月21日 22:08
世界史は門外漢ですが毎年楽しみにしております。
国公立編は一橋、千葉大、名古屋を始めとする旧帝がよく題材となっていますが、記憶が確かなら東大と東北大は見たことがないです(書籍版にはあるのかも?)
やはり良く練られた良問なのでしょうか
Posted by 名無し at 2024年03月21日 22:16
>名無しさん
陸奥条約,気になりますね。信頼できる事典に記載がある俗称なので,正解扱いにしてほしいです。

>歴史科目の入試問題が好きな学生さん
東大の第1問が分裂したのは今年の最大のトピックですね。受験生は解きやすかったと思います。Twitterには書いたのですが,2012年の第1問をリメイクしようとして,何かしらの障害が生じて2問に分けたのだと思われます。来年は大論述に戻る可能性が高いです。

九州大は,やはり出題内容に比して文字数が少ない欠点は否めませんね。それで記事中の書いたような改善案を提示することにしました。
ただ現実的に,それこそ山川の詳説世界史に書かれている情報量を考えても,受験生的には字数が埋まらないので結果的にちょうどよくなっているのかなと。
なお,シュルレアリスムは入れなくても満点にしてくれると思います。その他にも新古典主義やバルビゾン派など,指定語句にも絵画2枚にもない様式はなくても満点になるような採点基準になっていると推察しています。

>名無し さん
東大は非常によく練られた問題です。過去に一度だけ収録対象になったことがあります。よければ書籍版の3巻,2019年の項目をご参照ください。
東北大は残念なことに二次試験に地歴公民がありません。旧帝大で唯一です。
Posted by DG-Law at 2024年03月22日 17:23