2024年03月27日

110年ぶりというべきか,史上初というべきか

2024年の春場所は新入幕の尊富士が優勝した。年六場所制史上初,大相撲史上110年ぶりの新入幕優勝であり,所要10場所は史上最速である。青森県出身力士の優勝は貴ノ浪以来26年半振り。ついでに伊勢ヶ濱部屋は別人による連続優勝で,1999年九州場所・2000年初場所の武蔵川部屋(武蔵丸・武双山)以来とのこと。記録尽くめである。なお,個人的には110年前と大相撲の日程が違いすぎるので,史上初の方がふさわしいように思われる。ただし,尊富士はすでに24歳,大学卒であるから若くない。大の里も同様であるが,学生出身が増えているのとアマチュアのレベルが上がっていることの相乗効果で,これからも新入幕で大活躍して一気に番付を駆け上がるパターンはよく出てくると思われる。

尊富士は14日目で右足を痛め,車椅子で医務室に直行した後,すぐに病院に行った。これは休場やむなしかと思われたが,逆説的に即座の治療が功を奏したか,翌日には歩けるようになっていた。千秋楽の相撲は見るからに馬力が出ていなかったが,極力右足を使わないまま勝ってしまった。クレバーである。ただ,稀勢の里もクレバーな形で優勝した後,ケガの回復が思わしくなく長く引っ張り,復活できないまま引退してしまった。尊富士も慎重に直してほしい。

尊富士の取り口は,日馬富士を彷彿とさせる突き刺さる立ち合いで,その後の動きも日馬富士にやや似ており,突き押してもいいし組んでもいい。組んだら投げにいかないところは日馬富士と異なるが,そのまま寄り切るだけの力がある。143kgであるから小兵とは言えないがそこまで大きくもないのに,機敏さとパワーを高水準で両立させている。しかし,それが両立するということは身体に負担がかかっているということであり,見るからに上半身に筋肉が偏っている。下半身の細さがやや不安材料で,初場所前に照ノ富士から「ウェイトトレーニングばかりやっていないで,四股とすり足で下半身を鍛えろ」と注意された,それから下半身を鍛えるようになったら十両優勝したという報道があったが,照ノ富士に完全に同意である。あと攻め方が直線的で,回り込まれたり翔猿のようなタイプに絡まれたり,投げの打ち合いのような場面になったらどうなるかは未知数である。あの機敏さなのでそうならないうちに今場所は決着がついていたが,研究されるとそうもいかないだろう。来場所は取組時間に注目したい。


個別評。照ノ富士の休場は場所前から調整不足と言われていたので予想されていた。来場所か名古屋で元気なら文句は言われないだろう。大関陣,貴景勝はまだ27歳なのだが,満身創痍である。全力でぶちかませなくてもリズムのよい突きといなしで勝ててしまうから,しばらくは大関陥落や引退ということはないだろうが,苦難の大関にはなりそう。できればカド番最多記録を塗り替えるまでがんばってほしい。豊昇龍は11勝で大関陣では最も良いが,実は調子が良くなかったのではないかと思う。事情がなければあれだけ変化気味の立ち合いをする力士ではない。極端に悪かったのが霧島で,目立ったケガがあったわけでもなく,勝った相撲が強かった。にもかかわらず負けが込んだのは,相撲のリズムが狂っていたか,傍目にはわからない故障があったか。いずれにせよ来場所は大丈夫だと思いたい。琴ノ若は,星数こそ10勝と豊昇龍に及ばなかったが,内容は堂々たるものを見せてくれた。尊富士が優勝し,次点が大の里だったために,また序盤に黒星が集中したために誤解されがちだが,終わってみれば今場所の大関陣は(霧島が絶不調だったことを加味しても)十分に番付の名誉を守ったのではないか。全般的に内容は良かった。

三役。大栄翔は今場所は立ち合いの威力を欠き,生来攻めが直線的で貴景勝のような左右のいなしが無いため,苦しい場所になった。むしろよく6勝できた。若元春と阿炎は普通。錦木は大敗したが,彼は元から場所ごとの出来の差が激しく,今場所は悪い方だっただけだろう。

前頭上位陣。朝乃山はやっと来場所三役に戻れる成績となったが,相撲ぶりは陥落前とさして変わっておらず,今場所も9勝,今の上位陣相手に3場所33勝は非常に難しい。右四つになれば無類の強さだが,不十分な右四つのまま攻めようとしたり,右四つになれないと脆い。もう少し工夫するか,甘い右四つでも攻めきれるようになってほしい。宇良は6勝,翔猿は8勝に終わったが,それぞれ持ち味を存分に発揮する相撲で面白かった。いつ見ても翔猿の相撲はうざったい。宇良はもっと肩透かしを多用してもいいかもしれない。翠富士が切れ味鋭くすぱっと決まるのとは対照的に,宇良は鈍いが力強く,後背地が大きい場所から思い切って大きく引くから見応えがあり,これはこれでよく決まっている印象。平戸海がしれっと9勝していた。上位総当たりで勝ち越したのは初めてなのでは。立ち合いのあたりが良く,左前まわしをよくとれていた。熱海富士も悪くなかったが,大の里に加えて尊富士も出てきてしまい,早く三役に上がらないと話題にならなくなりそう。その大の里は上位初挑戦で11勝,強すぎて笑ってしまう。琴ノ若もそうだが,最近の日本人の若者,普通にパワーがある。

前頭中盤。豪ノ山は10勝で来場所は上位に再挑戦になる。力強い押しを見せてほしい。彼も25歳でまだ幕内5場所目の新鋭なのだよな。今の大相撲,回転が早すぎないか。高安は11勝だが番付を考えれば妥当だろう。そういう意味では正代が8勝,御嶽海が9勝にとどまっていて,大関復帰は遠い。正代は押し相撲に立ち合いで押し負ける相撲が多く,大関時代にはあれがのけぞりながら踏みとどまっていた。逆に御嶽海は立ち合い一発で持っていく相撲が陰りを見せていて,パワーが落ちている。

前頭下位……は面白い相撲は多かったものの力士個別では特筆すべきことがない。しいて言えば遠藤がとうとう5勝に終わって十両に下がることくらいか。近年は見るからにパワー不足で一度下がったら引き技を決める余裕もなく土俵を割っていた。今の大卒新入幕ブームを作ったのは遠藤であろうから,少し寂しい。大卒のベテランが下がるという意味では妙義龍も同様か。


北青鵬が引退した。大相撲でも稀に見る巨漢で,棒立ちでも肩越しの上手さえ取っていれば相手が押せないという尋常ではない足腰の強さであったが,逆に言えばそれ以外の光るところが少なかった。攻め方が寄りも投げも雑で磨かれていかず,そのうちに巨漢力士の弱点を突かれて中に入って押されたり足技で刈り取られたり,鈍重であるがゆえに横に揺さぶられたりして,入幕の頃の勢いが失われていった。それでも技が磨かれれることを期待していたが,先場所は右膝を痛めて途中休場という触れ書きであったところ,実際には弟弟子への暴力行為が発覚しての謹慎であり,そのまま引退に至った。彼が相撲が好きだったのか,上に行く気があったのかは聞いてみたい。

照強が引退した。阪神大震災の日に淡路島で生まれたことや,大量の塩撒きパフォーマンスでも知られる。小兵にしては突進力があり,横に動いたり潜って足取りにいったりというような小兵らしいことも当然できた。ちょうど彼が幕内で活躍しだした2019-20年頃は石浦・炎鵬とそろって小兵旋風を巻き起こしていた。一方,幕内上位としてはスピードとパワーがどちらも中途半端でどうも上手くいかず,跳ね返されるうちにケガが増えて2022年頃には幕内残留が厳しくなっていった。伊勢ヶ濱部屋の関取として2020年の名古屋場所では朝乃山を破って照ノ富士の優勝を援護した。照強自身,引退会見で最も記憶に残る一番にこれを挙げていた。お疲れ様でした。

前頭上位がややつまり気味だが,これくらいなら小結を張り出しにはしないと予想する。幕内から十両に下がるのは遠藤・妙義龍・北の若・島津海。十両から上がってくるのは水戸龍・欧勝馬・時疾風までは確実で,残りは宝富士か友風か。両方上げて大奄美を落とし,5人入れ替えとする可能性もある。幕下と十両の入れ替えは,落ちるのが琴恵光・天空海・北播磨,これに引退する北青鵬も含めて4人空く。上がってくるのは千代丸・阿武剋・塚原・風賢央でほぼ確定だろう。嘉陽と琴手計は惜しい成績。

2024年春場所

この記事へのコメント
・「驚異の新鋭」二人の優勝争いになる、面白い場所であった

・貴乃花や稀勢の里の最後の優勝みたいになりそうだったが、それほど重くないといいが…

・「優勝争い1差先頭が千秋楽休場で他の力士の結果にすべてがかかる」
 パターンはちょっと見たかった

・大関陣は懸命に取っているが、序盤で負けが込み、若手二人に離されてしまったので優勝争いの盛り上がりに絡む、という点ではちょっと悔しい感じがあるのではないか
 宝生流が尊富士の12連勝を阻止したのはGJ
 (いや、尊富士に負けてほしいわけではなく、壁になったという意味で)

・宝生流は逆転相撲がうますぎるのが長期的には弱点になってしまっている

・ところで千秋楽の取組編成はわりと柔軟なのに、取組の順番は替えないのだろうか(尊富士優勝決まってからは見るからに消化試合感あって盛り下がった。相撲は面白かったけど)
Posted by acsusk at 2024年03月27日 12:32
更新お疲れ様です。

尊富士の新入幕優勝で、テレビでも久々の良い話題で取り上げられています。リアルタイムで見たことはないのですが、相撲っぷりは琴錦を思い出している人も多いですね。現在の大相撲ではあのような「F1相撲」が少なかったことや、十両一場所通過と出世が早かったことが大きくプラスに働いたような気がします。
気にかかるのは怪我で、脆弱性のある下半身の稽古が間に合うか微妙に思えます。優勝ボーナスで番付が想定より上がる可能性もありますが、来場所は6枚目ぐらいの地位でとるのが良いんじゃないかなと思ったり。いきなりの総当たりはきつい気もします。

大の里は順当に思えました。先場所負けた3人に今場所も負けているわけで、猛烈な当たりを受け止められたり、それを逆利用してくる相手には弱いのかなと思いますが、そのうち勝てそうな予感もあるので、不安視はしていないですね。来場所も楽しみです。

大関陣。貴景勝の気迫には驚きました。あそこから琴ノ若を破るとは思いませんでしたが、首の状態が気がかりなことには変わりなく、場合によっては来場所の休場もありそうだと。豊昇龍は不調だったように思えます、それでも11勝あげられるのが強みではありますし、地味に3場所連続2桁勝利はすごいですが、「横綱」が見えてこない不思議さ。琴ノ若は、勝つときは圧倒的な一方、負けるときのガッカリさが拭えないのがなぁと(このあたり高安や朝乃山に似ている気がする)
霧島は、千秋楽結びが熱戦だったのは良かった気もしますが、本来なら休場すべき状態だった気も、陸奥部屋最後の場所だったことがその判断を妨げたんじゃないかなと。
正直、上位がふがいないとは簡単には思えず、どうしても幕内の特性上、内部で2部リーグ制が発生してしまうのがなと。実質ハンデ戦になっているので、致し方ない面もある気がします。今の上位力士は曲者が多すぎる感じもしますし。
Posted by gallery at 2024年03月28日 08:41
上位陣の一角が休場あるいは不調で平幕がまたしても優勝という、もはや珍しくもなくなった光景の場所となりました。横綱照ノ富士から金星を上げた3人と小結が全て負け越しという方がむしろ珍しいかもしれません。新鋭の尊富士と大の里と共に負かした豊昇龍が優勝できなかったのは、不運なのか実力不足なのか。優勝の尊富士は大記録を打ち立てたものの、千秋楽の強行出場で再起不能にならなかったのは単に幸運ですから、今後が気がかりです。

幕内では霧島に錦木に遠藤、十両では白鷹山に志摩ノ海に琴恵光、大敗力士が目立った気がしますが、いつもこれくらいの人数は二桁負けていたのかな、今場所はやけに気になりました。再び十両陥落の北播磨は、また諦めず頑張って欲しい。

ようやく三役復帰が見えてきた朝乃山、尊富士に勝ったのは流石ですが、思ったより星が伸びませんでした。そして今場所も快調の大の里も、以前の朝乃山と同様に、全勝できそうなのに必ず星を取りこぼす印象があります。

BS中継でしたが、今は香川で公務員をしている元希善龍が幕下の解説に座って、元気そうでした。こういう嬉しい解説はもっと呼んでもらいたいものです。
Posted by EN at 2024年03月29日 19:05
皆様コメントありがとうございます。

>acsuskさん
>・「優勝争い1差先頭が千秋楽休場で他の力士の結果にすべてがかかる」
> パターンはちょっと見たかった
その可能性があったのは正直面白かったですね。14日目の夜,割と皆楽しんでいたような気がします。

>・大関陣は懸命に取っているが、序盤で負けが込み〜〜
星数や内容以上に情けなかった扱いされているのはその辺でしょうね。もちろん当人たちも序盤で負けが込んでしまったのは反省していると思います。
豊昇龍は技巧に溺れる癖が大関昇進以前から治らないままですね。

>・ところで千秋楽の取組編成はわりと柔軟なのに〜〜
「これより三役」より後ろは難しいのでしょうね。


> galleryさん
>尊富士
確かに琴錦を思い出したという人は見かけますね。令和のF1相撲と言われるようになるのでしょうか。
ケガも番付もおっしゃる通りで,私も記事中の予想番付で西6枚目としています。これ以上に上がって上位総当たりはきついでしょう。

>大の里
正直ここまで勝てると思っていなかったので驚いています。まだ多少相撲が荒いですが,彼は普通に修正できそうなんですよね。

>大関陣
豊昇龍はやっぱり不調でしたよね。また,確かに何か13勝以上を続けられる安定性がある印象は無いですね。立ち合いの当たり負けや不用意な負け方が多いんですよね。逆転の投げがあるのでごまかせているだけで。
霧島が休場できなかったのはその通りのことを本人が千秋楽の後に言ってたような気がします。まあ,目立ったケガがあったわけではないですし,あの千秋楽の相撲があったので休場しなくてよかったかも。
Posted by DG-Law at 2024年03月30日 21:39
>ENさん
不調の横綱から序盤に金星をとった小結以下の力士,けっこう負け越しがちなんですよね。不調ではあれ気力を使い果たしちゃうんですかね。
豊昇龍は別の方へのコメントでも書きましたが,やはり不用意な負けがあって,その意味で実力不足ではないかと思います。

大敗力士は毎場所このくらいいるような気がします。遠藤や霧島だったので目立ったのかもしれません。志摩の海はぎりぎりで十両残留ですね。

BS中継,そういうことをやっていたのですね。Abemaもたまにやっていますが,協会を離れた人を解説に呼ぶのは面白いと思います。幕内でも見たいですね。
Posted by DG-Law at 2024年03月30日 21:39