2024年08月31日
書評『西洋美術史』(美術出版),『バロック美術』(中公新書),『メンツェル』(三元社)
書評を2・3年さぼっていたら,積読ならぬ書評待ちの書籍の山が数十冊単位になってきて部屋を完全に圧迫しているので,いい加減手を付けることにした。書評待ちの山は乱雑に積み上げていっている(しかも度々崩落して順番が入れ替わっている)ため,書評順は読んだ順とは無関係である。
『西洋美術史』(秋山聰・田中正之監修,美術出版,2021年)
大部の西洋美術史の通史。当代一流の学者を集めて書かれた概説書であり,サイズが大きいので掲載されている図版も大きい。これで3,800円はお値段もがんばっている。一般人が西洋美術史の議論をする際には,とりあえず典拠はこれと言えるという意味で,持っていて損はない一冊。欲を言えば,あとがきで秋山聰先生本人が「デューラーも《1500年の自画像》等において未完了過去形で署名しているように,本書は現時点での研究成果の最新版でしかなく,決定版ではない」と書いているように,10年に一度くらいはこういう大部の通史概説書が出版されてほしい。
『メンツェル【サンスーシのフルート・コンサート】』(作品とコンテクストシリーズ,三元社,2014年)
アドルフ・フォン・メンツェルはドイツの19世紀半ばに活躍したアカデミー系の画家で,《サンスーシのフルート・コンサート》に代表される歴史画,とりわけフリードリヒ2世を描いたもので名高い。ただし,メンツェル自身は啓蒙専制君主たるフリードリヒ2世の下で,芸術が称揚され,身分の高低を問わず周囲の人々がフルートの音色に聞き入っている理想的な空間を描いたのであって,フリードリヒ2世を称賛する意図はあってもプロイセン国家を称賛する意図はなかったことが論証されている。本作品が描かれたのは1852年のことで,1848-49年の挫折に対する諦念が込められている。
また,アカデミー系の画家を等閑視してきたのが20世紀後半の西洋美術史学で,21世紀になってやっとフラットな目線で語られるようになってきた。本書はその20世紀後半,1985年に西ドイツの美術史家が書いた文章の翻訳であり,西洋美術史がまだ冷静でなかったどころか,冷戦がやっと終わろうかという時期で,本文はなかなか時代を反映する記述になっていて,その点でも面白かった。曰く,メンツェルの評価史としては,20世紀初頭にかっちりとした歴史画の中に自然主義・印象派を先取りするような描き方が採用されているという評価が生じ,これが愛国的な歴史画であるという評価と並立していた。戦後は東西ドイツ,それぞれの事情でメンツェルは忘れ去られ,やっと研究が進んできたのが,まさに原著が書かれた1985年頃だったというわけだ。翻訳である本書の発行は2014年であるが,翻訳まで30年空いたことで,原著の雰囲気が良い味を生んでいる。
『バロック美術』(宮下規久朗著,中公新書,2023年)
中公新書にしてはやけに分厚いが,それもそのはず,新書サイズでバロック美術を解説しつくそうとする書籍である。驚きのフルカラー。こうした断代史の解説では,時系列を追うか,画家別に説明するか,テーマ別に説明するかの選択が難しいが,本書はテーマ別を基盤としつつ,なんとなく時系列も終えるような順にテーマを配列するという両取りを図っている。その分,画家の解説は細切れになっていて,そこは追いにくい。すなわち第1章・第2章でカトリック改革(対抗宗教改革)とカラヴァッジョによる明暗の革新を扱い,第3章は殉教と疫病,第4章は幻視と法悦,第5章は教皇と絶対王政,第6章は古典主義とのかかわりや風俗画について,第7章は辺境のバロックと流れていく。山程バロック美術の画家・彫刻家・建築家が登場する上に人物説明は少ない。またフルカラーで作品は多めに掲載されているものの,それでも載せきれておらず本文に作品名だけ出てくることも多いので,都度ググりながら読むスタイルが推奨されているように感じた。
かなり無理気味に詰め込んだだけあって仰々しい天井画の歴史,日本の二十六聖人の殉教画や中南米のウルトラバロック,ロシアのバロック建築まで押さえた,まさにバロック美術の全てに言及した本になっている(ただし著者はあとがきでポーランド,ポルトガル,インド,フィリピンなどの地域は手薄になってしまったと悔いている)。対抗宗教改革による宗教的情熱,絶対王政による豪壮な芸術への需要,疫病・殉教・戦争によるメメントモリといった要素が絡みつき生まれたバロック美術は,人々が熱に浮かされていたにしては恐ろしい長く,100年以上も持続したことで表現面でも地域的にも多様に波及した。あとがきの著者による「バロック美術は内実よりも見せかけが大事」(なので定価を上げてまでフルカラーにした)という言葉が,まさに幻惑を最大の特徴とするバロック美術をよく示しているように思われる。
『西洋美術史』(秋山聰・田中正之監修,美術出版,2021年)
大部の西洋美術史の通史。当代一流の学者を集めて書かれた概説書であり,サイズが大きいので掲載されている図版も大きい。これで3,800円はお値段もがんばっている。一般人が西洋美術史の議論をする際には,とりあえず典拠はこれと言えるという意味で,持っていて損はない一冊。欲を言えば,あとがきで秋山聰先生本人が「デューラーも《1500年の自画像》等において未完了過去形で署名しているように,本書は現時点での研究成果の最新版でしかなく,決定版ではない」と書いているように,10年に一度くらいはこういう大部の通史概説書が出版されてほしい。
『メンツェル【サンスーシのフルート・コンサート】』(作品とコンテクストシリーズ,三元社,2014年)
アドルフ・フォン・メンツェルはドイツの19世紀半ばに活躍したアカデミー系の画家で,《サンスーシのフルート・コンサート》に代表される歴史画,とりわけフリードリヒ2世を描いたもので名高い。ただし,メンツェル自身は啓蒙専制君主たるフリードリヒ2世の下で,芸術が称揚され,身分の高低を問わず周囲の人々がフルートの音色に聞き入っている理想的な空間を描いたのであって,フリードリヒ2世を称賛する意図はあってもプロイセン国家を称賛する意図はなかったことが論証されている。本作品が描かれたのは1852年のことで,1848-49年の挫折に対する諦念が込められている。
また,アカデミー系の画家を等閑視してきたのが20世紀後半の西洋美術史学で,21世紀になってやっとフラットな目線で語られるようになってきた。本書はその20世紀後半,1985年に西ドイツの美術史家が書いた文章の翻訳であり,西洋美術史がまだ冷静でなかったどころか,冷戦がやっと終わろうかという時期で,本文はなかなか時代を反映する記述になっていて,その点でも面白かった。曰く,メンツェルの評価史としては,20世紀初頭にかっちりとした歴史画の中に自然主義・印象派を先取りするような描き方が採用されているという評価が生じ,これが愛国的な歴史画であるという評価と並立していた。戦後は東西ドイツ,それぞれの事情でメンツェルは忘れ去られ,やっと研究が進んできたのが,まさに原著が書かれた1985年頃だったというわけだ。翻訳である本書の発行は2014年であるが,翻訳まで30年空いたことで,原著の雰囲気が良い味を生んでいる。
『バロック美術』(宮下規久朗著,中公新書,2023年)
中公新書にしてはやけに分厚いが,それもそのはず,新書サイズでバロック美術を解説しつくそうとする書籍である。驚きのフルカラー。こうした断代史の解説では,時系列を追うか,画家別に説明するか,テーマ別に説明するかの選択が難しいが,本書はテーマ別を基盤としつつ,なんとなく時系列も終えるような順にテーマを配列するという両取りを図っている。その分,画家の解説は細切れになっていて,そこは追いにくい。すなわち第1章・第2章でカトリック改革(対抗宗教改革)とカラヴァッジョによる明暗の革新を扱い,第3章は殉教と疫病,第4章は幻視と法悦,第5章は教皇と絶対王政,第6章は古典主義とのかかわりや風俗画について,第7章は辺境のバロックと流れていく。山程バロック美術の画家・彫刻家・建築家が登場する上に人物説明は少ない。またフルカラーで作品は多めに掲載されているものの,それでも載せきれておらず本文に作品名だけ出てくることも多いので,都度ググりながら読むスタイルが推奨されているように感じた。
かなり無理気味に詰め込んだだけあって仰々しい天井画の歴史,日本の二十六聖人の殉教画や中南米のウルトラバロック,ロシアのバロック建築まで押さえた,まさにバロック美術の全てに言及した本になっている(ただし著者はあとがきでポーランド,ポルトガル,インド,フィリピンなどの地域は手薄になってしまったと悔いている)。対抗宗教改革による宗教的情熱,絶対王政による豪壮な芸術への需要,疫病・殉教・戦争によるメメントモリといった要素が絡みつき生まれたバロック美術は,人々が熱に浮かされていたにしては恐ろしい長く,100年以上も持続したことで表現面でも地域的にも多様に波及した。あとがきの著者による「バロック美術は内実よりも見せかけが大事」(なので定価を上げてまでフルカラーにした)という言葉が,まさに幻惑を最大の特徴とするバロック美術をよく示しているように思われる。
Posted by dg_law at 16:29│Comments(0)