2024年10月21日

こう言ってはなんだが謬説は受容史自体が面白い

・「源泉徴収はナチスの発明」というウソ(現代ビジネス)
→ 田野大輔先生がTwitterでちまちまと研究結果をつぶやいていたもの。まとまって一つの記事になったのは喜ばしい。源泉徴収を批判する文脈で日本がナチス=ドイツに倣って導入したことが,それを強調するうちにナチスが発明したことになり,さらに合理的な制度としてナチスを称揚するために使われるようになったと。源泉徴収の歴史が掘り起こされたのが35年ほど前というのは意外と歴史が浅い。そこから15〜20年ほどで上述の展開を遂げ,すっかりナチスの発明になってしまったのがここ15年ということのようだ。アウトバーン等の古典的な謬説に比べると謬説としての歴史の浅さが目立ち,源泉徴収の歴史自体がよく発掘されたものだ。


・イタリア最後の国王の息子、死去 ビットリオ・エマヌエレ氏(共同通信)
→ 今年の2月のこと。世が世ならヴィットーリオ=エマヌエーレ4世だった人。イタリアは国民投票の割りと僅差で王政を廃止したが,Wikipediaをさらっと読んでもわかるレベルであまりに風聞が悪く,まあ即位していても大変なことになっていた気はする。フアン=カルロス1世のようなことにはならなかっただろう。なお,ヴィットーリオ=エマヌエーレ(4世)は貴賤結婚をしているので王位継承権を失ったと見なすことができるため,王党派の一部は分家のサヴォイア=アオスタ家に継承権が移ったと主張し,イタリアの王党派は分裂している。完全に他人事として言えば,サヴォイア=アオスタ家はヴィットーリオ=エマヌエーレ2世まで遡らないと本家と合流しない(両家とも5世遡らないと合流しない)ので血がかなり離れており,これはこれで継承権が移ったと見なすのは難しいように見える。


・「寺院かモスクか」続く法廷闘争 ヒンズーとイスラム、聖地住民に亀裂も―インド(時事通信)
>議論を呼んでいるのはバラナシにある「ギャンバピ・モスク」。17世紀にインドを支配したイスラム王朝、ムガール帝国の皇帝が建設したとされる。1991年、モスクがヒンズー教寺院の跡地に建てられたとして、同教聖職者らが敷地内での礼拝などを求め、裁判所に訴えを起こした。
→ と読んでギャーンヴァーピー・モスクを調べてみると,建てたのはアウラングゼーブなのは確かなようだった。日本語版Wikipediaにはヒンドゥー教寺院を破壊して建てられたとあるが,当然Wikipediaなので信用できない。日本語ではろくな情報が見つからなかった。英語版Wikipediaは冷静で,ヒンドゥー教寺院が破壊されて建てられたというのはヒンドゥー教徒側の主張としてまとめられていた。こうしたヒンドゥー教徒の主張が胡散臭いにせよ(後述のアヨーディヤー事件に鑑みても),ここで出てくる名前がアウラングゼーブというのはやはり面白い。彼の事績がいろいろな意味でイギリスに付け込まれる原因となり,イギリスが分割統治を行って今のインドがあるわけで,不思議な”因縁”を感じる。ヒンドゥー過激派からすると罪を押し付けやすい便利な存在かもしれない。
→ ググると当然,アヨーディヤー事件を思い出した人がいた(というよりも時事通信の記事にアヨーディヤー事件が引かれていない方が不自然である)。あちらは建てたのがバーブルであり,当地がヒンドゥー教の聖地であったという主張は歴史家や考古学者により否定されているようだ。ヒンドゥー教徒側が無理筋を通した事件であるが,今回はどうなるか。


・「ポリネシアンセックス」という単語の起源(ハンガーの巣)
→ 全然知らなかったので面白かった。記事中にある通り「「スローセックス」などの単語で置き換え可能なので、「ポリネシアンセックス」という単語をわざわざ使う理由は無いと感じた。実在する地域の人々にまつわる単語に対してはやや慎重に扱うのが良い」,おっしゃる通りである。熱帯ポリネシアのエキゾチックさに乗っかった,一種のオリエンタリズムかもしれない。