2024年10月29日
代表的な「日本百低山」4種類を集計して,真・日本百低山を選抜する
世は空前の(?)低山登山ブームである。その火付け役はNHKの「にっぽん百低山」であろう。ただし,吉田類さん(以降敬称略)曰く「百は自分が百歳まで続けるの意味で,百座で終わりというわけではない」と言っており,実際に番組内でも登った山の数はさして気にしていないようであった(そもそも二回登っている山がいくつかあって,重複カウントを許すならとっくの昔に百座を超えている)。
ともあれ,このブームに乗って雑誌『山と溪谷』が11月号で「決定! 日本百低山」と銘打つ特集を組み,日本各地の登山家たちにアンケートをとって独自の百座を定めていた。この百座はNHKのものと全く異なっている。NHKのものは吉田類が決めており,「最初は小林泰彦さんの『日本百低山』を参考にしていたが,調べていくうちに,(地元の)人とのかかわりが深い場所を選定するようになった」と違いが生じたことを述べている。この小林泰彦の『日本百低山』こそ,そもそも「百低山」という概念を生み出した本で,1979年から『山と溪谷』で連載が始まり,2001年に単行本化された。その後2009年に文庫化している(連載時は単に「低山徘徊」のコラム名で387座に登り,百座を選抜して単行本化した)。しかし,本書について小林自身が「関東に偏っている欠点がある」「他の人にも百低山を選出してほしい」と述べていて,果たしてその通りになった。2017年,日本山岳ガイド協会が独自に『日本百低山』を幻冬舎から出版しており,これは小林の『日本百低山』と大きく異なる選抜であった。本書が出版されたことで小林版が神格化せず,良くも悪くも日本百低山が乱立した雰囲気がある。
というわけで,数多あると思しき百低山だが,ある程度権威がある人が選んだ知名度の高い日本百低山は4種類ある。以降は煩雑な表記を避けるためそれぞれ小林版,山岳ガイド版,NHK版,2024年版で通す。
小林泰彦『日本百低山』(2001):実は101座ある
日本山岳ガイド協会『日本百名山』(2017)
NHK「にっぽん百名山」(2022-24)
『山と溪谷』2024年11月号「決定! 日本百低山」(2024)
さて,名低山の条件とは何だろうか。この4種類の選出は定義した条件が似ているが,細部が少しずつ違うので説明しておこう。低山の定義で最も重要なものは,言うまでもなく標高である。小林版は深田久弥が1500m以上を百名山の基準としたため(例外が4座有),1500m以下から百座を選抜したと述べている。NHK版は小林版の定義に沿っている。山岳ガイド版はそれよりも少し緩く,標高がはみ出る山が含まれている。個人的にはこれはかなり問題があると思っている。さすがに1827mの社山(栃木)や1660mの日向山(山梨)を低山とは呼ぶまい。2024年版は逆に制限を強めていて,1200m前後を理想とし,1300mまでは許容範囲としていた。その上で,標高が低いことのメリットは大きく分けると次の3つである。
・アクセス性が良い(駅やバス停から近い傾向が強い)
・日帰りしやすい(時間や体力に問題がある人でも登りやすい)
・難易度が低い
しかし,実は3つ目は怪しい。妙義山を挙げるまでもなく,標高1500m以下で難易度が高い山はいくらでもある。このため,選出の際に難易度を考慮するかどうかは個性が出るところになる。難易度が高い低山は低山の良さを殺しているとも言えるし,逆に気軽に高難易度に挑めるというメリットがあると考えることもできる。4つの中では,吉田類が登れないと企画が成立しないという意味でNHK版が最も難易度を考慮しており,山岳ガイド版と2024年版は一切難易度を考慮していない。むしろ堂々と妙義山が載っている。
次にその他の項目として,日本百名山を模倣した企画である以上,「品格(風格)」「歴史」「個性」はどの選出でも概ね重視されている。品格(風格)は実質的に山容の良さとほぼ同義語であるが,低山の山容を評価するのは難しく,強調しすぎると単独峰ばかりを選ぶことになる。また,低山の「歴史」を考えると,高山に比べて圧倒的に人との距離が近く,必然的に里山的な存在として地元の信仰や生活に根ざしていたかどうかが考慮するポイントになる。この点を強調しているのは元祖の小林版と,吉田類が自分で述べている通りのNHK版である。一方,2024年版は登山家目線が強く,他の3つに比べると「歴史」をあまり重視しない選出がちらほらある。このため「品格」「個性」(と登って楽しいかどうか)を重視する形になり,結果的に標高の低い単独峰や離島からの選出が多い。三原山・天上山・八丈富士の3座を全て選出したのは2024年版だけである(その割に沖縄の離島は1座も選んでいない)。
最後に知名度について。日本百名山への対抗である以上は,あまり知られていない山の紹介に徹するべきと考えているのが山岳ガイド版である。逆に「名山」と銘打つ以上は知名度の高い山が含まれているべきで,二百名山や三百名山との重複を気にしてはいけないとしたのが小林版である。この点でも先発の2つは好対照である。知名度を気にしていないのはNHK版も同じ。2024年版は中庸といった様子で,知名度の高さを気にしないのであれば絶対に入っている有名な山がいくつか落とされている。これらをまとめるとこうなる。
小林版:厳格に1500m以下。元祖なだけあって手探りで選抜している雰囲気。知名度の高さ,登りやすさ,地元民の親しみを重視。
山岳ガイド版:標高は厳格に縛っていない。知名度の低い隠れた名山を選抜。難易度の高さも個性として許容,登って楽しい登山家目線の選抜。
NHK版:標高は小林版に準じているが,500m以下の完全な低山も多い。歴史や信仰,地元民の親しみを特に重視。登りやすさも重要。
2024年版:標高は1200m以下(1200m台は一部許容)。歴史と親しみはあまり考慮せず。個性・品格・景観が重要。難易度は個性。登山家目線は最も強い。
こうした条件設定の違いにより,4種類の百低山はそれぞれ半分程度ずつしか重なっていない。この違いが面白かったので,試しに集計してみた。思っていたよりも膨大な時間がとられたが,面白かったのでこれを公開する。例によってライブドアブログはExcelで作成した表を直接貼れないので,元データははてなブログの方に掲載しておく。この場はjpgになる点,ご容赦いただきたい。転載は転載元を記載してくれれば自由である。誤記や集計等があればコメント欄で指摘してほしい。まずは単純に合算したもの。2024年版は「惜しくも入れなかったもの」について言及があったので,それらは△で示した。その上で2種類以上から選出されたものは行全体を赤字にし,3種類以上から選出されたものは山名を黄色で塗りつぶした。ついでに日本百名山・二百名山・三百名山にも選出されているものはそれも記載した。
日本百低山・全集計(かなり巨大な画像なので注意!)
文字データ版
総数は300座で,ちょうど「日本三百低山」にできそうである。この三百低山の状態で簡単に分析をして感想を述べたい。地域単位で比べると圧倒的に関東が多く,70座を占める。これは前述の通り小林版が自己批判している通り関東から多く選出している影響が大きいが(40座),実は2024年版も多い(30座)。地域差に気を使っているのは山岳ガイド版で15座,NHK版は19座である。加えて小林版は西日本が非常に少なく,そんなところまで本家「日本百名山」をリスペクトしなくていいのにと思ってしまう。一方,山岳ガイド版は地方に散らせることを徹底しすぎていて,中国・四国が不自然に多いという反動もある。この点,地域のバランスが最も良いのはNHK版で,やや沖縄県が多すぎる傾向がある点以外は気にならない。吉田類かNHKスタッフの配慮だろうか。
地域別に見ると,北海道では各選出ともニセコから何かを選出したいが,何を選出するかは意見が一致していないのが面白い。素直にニセコアンヌプリにしないのはなぜなのか。その中で2024年版は唯一ニセコを入れなかった。登って楽しい山は他にもあるからそちらを優先したか。2024年版では「北海道は低山なのに火山が多いのが特徴」と語られていて,実際に14座のうち7座が火山である。確かに火山そのものは本州や九州にも多いが,標高が高くなりがちだったり登れなかったりするものが多いので,低山・登頂可の火山は貴重かもしれない。
東北は意見の割れ具合がすごい。「東北の百名山といえばこれ!」という定番が少ないようである。その中で4種類全てから選ばれた姫神山と泉ヶ岳は,それぞれ二百名山と三百名山でもあり,よほど名山なのだと思われる。いつか登りに行きたい。その他では縫道石山と大尽山はどちらも下北半島の山で,大尽山は恐山の外輪山,縫道石山は青森湾・津軽海峡に面した山である。白神山地からは,二百名山の白神岳を外して二ツ森と田代岳が選ばれた。このどちらも外して白神山地自体を入れなかった2024年版はやはり少し奇をてらっている気はする。NHK版は遠野の石上山や,男鹿・本山を選んでいるところが非常に吉田類らしいセンスで,地元の信仰の登山である。
関東は前述の通り小林版と2024年版の影響で数が非常に多い。一方で定番と思しき山も多く,各選出での重なりも多い。低山の重要性の一つにアクセス性があり,アクセス性が悪い低山は低山の良さを損ねていると考えると,関東・関西が多くなるのはやむを得ないとも言える。特に定番の山はアクセス性が極めて良い。丹沢大山も御岳山も高尾山も筑波山も,都心からすぐに中腹まで着いてしまう。私自身登った山がかなり多く,金時山も棒ノ嶺も鋸山も,いずれも名低山であった。疑問があるのは伊豆ヶ岳と高水三山である。特に伊豆ヶ岳が4分の3から選ばれているのは信じがたい。どのガイドを読んでも「山頂の展望が抜群」と書かれているが,今の伊豆ヶ岳は樹木が繁茂していて何も見えない(正丸峠や子ノ権現の方が眺望が良い)。2001年版や2017年版はまだしも2024年版はちゃんと登ったのか聞きたくなる。高水三山はまだ理解できるが,同じような眺望なら御岳山や棒ノ折でも良くて,重複して選出する意味を感じない。ついでに言うと2024年版が選出した日和田山は間違いなく良い低山だが,伊豆ヶ岳・棒ノ折と合わせて飯能から3つも出す意味を感じない。2024年版は秩父・奥多摩にリテイクの要望を出したい。同様の文句を言うなら,山岳ガイド版が選出している日の出山は非常に良い低山であるが,通常は御岳山からの縦走で行く山なのであえて御岳山ではなくこちらを選出する意味を感じない。奇をてらわず素直に御岳山を選出すべきだろう……と秩父・奥多摩は細かく意見を言い出したら切りが無さそうなのでこの辺で終いにする。
中部もかなり多く,かつばらけている。中部の山といえば日本アルプスであり,わざわざ低山を登りに行く人は少ないから,定番の低山が少ないとは言えそうである。中でも日本ガイド版は北陸での独特の選出が目立つ。やや驚いたのは岩殿山を選んでいるのが後発の2つだけ,昇仙峡を選んでいるのはNHK版だけという点で,これらは歴史も眺望も個性もアクセス性もあっていかにもな名低山だが,近年まではあまり注目を浴びていなかったということだろうか。愛知県については猿投山以外全て東三河であることに驚きつつも納得の選抜であり,特に神石山を入れている2024年版は慧眼。あれは葦毛湿原をセットでもっと推していくべきで,宣伝をサボっている豊橋市と湖西市が悪い。
関西は滋賀県と奈良県が多い。長く日本の中心地だったこともあって「歴史」で点を稼いでいる山が多く,関東と同様にアクセス性が良い山も多いため,定番の山が固まりやすいという傾向も強そうだ。その上で奇岩景勝の地を求めると,近すぎる大阪や京都よりも奈良や滋賀ということになるのだろう。御在所岳はその名山っぷりに反して4種完全制覇を逃しているが,山岳ガイド版の知名度の高い山を避ける傾向に泣かされた形。武奈ヶ岳も名高い山であるが,まだ吉田類が登っておらず,惜しい。賤ヶ岳はアクセス性と登りやすさ,「歴史」を考えると山岳ガイド版1種類のみが選んだというのはやや意外である。さすがに平坦すぎて山らしくなさすぎるのが嫌われたか。また,このリストを眺めていて自分が大文字山に登りそびれていることに気づいた。関西の他の山に登るついでにさっと登頂しておきたいところ。
中国・四国。自分が登ったことがある山が全然無いのだが,歴史が古くて説得力がある選出が並ぶところは関西に似ている。蒜山は小林版が上蒜山,2024年版が下蒜山という指定だったが,集計上は蒜山でまとめた。同様に琴平山も2017年版は大麻山,NHK版は象頭山という指定だったが,集計上は琴平山でまとめた。特に琴平山は普通縦走すると思われるので,分ける意味がないだろう。例によって,こういう歴史の古い山は2024年版だけが選出していない。三瓶山は二百名山である上に4種類をコンプリートしていて,これは岩手の姫神山と2座だけである。それはほぼ百名山格なのではないだろうか。弥山は百名山〜三百名山に全く入っていないが4種類全てから選出された唯一の山で,名低山の中の名低山と言っていい。
九州も東北同様に意見が割れている。定番の山が多くないということかもしれない。宝満山は2024年版が惜しくも選ばなかった山に挙げており,正式に選出されていれば広島の弥山と並んで三百名山指定の無い4種コンプリートの山になっていた。惜しい。英彦山は知名度の割に正式な選出は小林版のみという意外な結果。宝満山との差はどこにあるのだろうか。あとは離島が多いのはやはり特徴的で,対馬から3座選ばれているほか,平戸もあれば天草もあり,甑島列島に屋久島もある。西南諸島は吉田類のおかげで多く,最西端は西表島となった。
ここからさらに100座を選抜して,真・日本百低山を作ってみたい。まず,山岳ガイド版の1500m超からの選出は反則であるからこれは全て除外する。次にニセコの3座はニセコアンヌプリだけ残す等,あまりに近いものは統合する作業をした。そしてやはり多くの百低山に選ばれているのが第一で,1・2種類からしか選抜されていないものは削っていった。すると削れすぎてしまったので,
日本二百名山・三百名山と重なっているものを優先して残した。それでちょうど100座となったので完成とした。
真・日本百低山(こちらも巨大な画像につき注意!)
文字データ版
結果的に地域のバランスが良いものが誕生したと思われる。完全にデジタルな集計に基づくものであるから私の主観は入っていないが,主観を加えるとしても,前述の通りに伊豆ヶ岳を外して別のものを入れる(神石山か陣馬山)を入れるくらいでほぼ異論がない(登った山が少ないので意見を出しようがないというのはあるが)。異論・反論はこの記事のコメント欄に書かれても反応しようがなく困るので,何かある方は是非自分で真・日本百低山を作ってみてほしい。
さらに絞る場合,4種類全てから選ばれたのは姫神山・三瓶山・泉ヶ岳・丹沢大山・弥山の5座で,このうち姫神山と三瓶山は二百名山,泉ヶ岳と丹沢大山は三百名山,弥山のみ三百名山以内に入っていない。筑波山・開聞岳の2座は百名山ながら知名度が高い山をあえて外した山岳ガイド版から漏れた。御在所岳・蒜山も二百名山ながら同様の理由で3種類からの選出,武奈ヶ岳は二百名山ながらNHK版から漏れて3種類からの選出となった。ここまでで10座で,これが「日本十低山」と呼ぶべき山々だろう。読者の登る山の選択に貢献できれば幸いである。
ともあれ,このブームに乗って雑誌『山と溪谷』が11月号で「決定! 日本百低山」と銘打つ特集を組み,日本各地の登山家たちにアンケートをとって独自の百座を定めていた。この百座はNHKのものと全く異なっている。NHKのものは吉田類が決めており,「最初は小林泰彦さんの『日本百低山』を参考にしていたが,調べていくうちに,(地元の)人とのかかわりが深い場所を選定するようになった」と違いが生じたことを述べている。この小林泰彦の『日本百低山』こそ,そもそも「百低山」という概念を生み出した本で,1979年から『山と溪谷』で連載が始まり,2001年に単行本化された。その後2009年に文庫化している(連載時は単に「低山徘徊」のコラム名で387座に登り,百座を選抜して単行本化した)。しかし,本書について小林自身が「関東に偏っている欠点がある」「他の人にも百低山を選出してほしい」と述べていて,果たしてその通りになった。2017年,日本山岳ガイド協会が独自に『日本百低山』を幻冬舎から出版しており,これは小林の『日本百低山』と大きく異なる選抜であった。本書が出版されたことで小林版が神格化せず,良くも悪くも日本百低山が乱立した雰囲気がある。
というわけで,数多あると思しき百低山だが,ある程度権威がある人が選んだ知名度の高い日本百低山は4種類ある。以降は煩雑な表記を避けるためそれぞれ小林版,山岳ガイド版,NHK版,2024年版で通す。
小林泰彦『日本百低山』(2001):実は101座ある
日本山岳ガイド協会『日本百名山』(2017)
NHK「にっぽん百名山」(2022-24)
『山と溪谷』2024年11月号「決定! 日本百低山」(2024)
さて,名低山の条件とは何だろうか。この4種類の選出は定義した条件が似ているが,細部が少しずつ違うので説明しておこう。低山の定義で最も重要なものは,言うまでもなく標高である。小林版は深田久弥が1500m以上を百名山の基準としたため(例外が4座有),1500m以下から百座を選抜したと述べている。NHK版は小林版の定義に沿っている。山岳ガイド版はそれよりも少し緩く,標高がはみ出る山が含まれている。個人的にはこれはかなり問題があると思っている。さすがに1827mの社山(栃木)や1660mの日向山(山梨)を低山とは呼ぶまい。2024年版は逆に制限を強めていて,1200m前後を理想とし,1300mまでは許容範囲としていた。その上で,標高が低いことのメリットは大きく分けると次の3つである。
・アクセス性が良い(駅やバス停から近い傾向が強い)
・日帰りしやすい(時間や体力に問題がある人でも登りやすい)
・難易度が低い
しかし,実は3つ目は怪しい。妙義山を挙げるまでもなく,標高1500m以下で難易度が高い山はいくらでもある。このため,選出の際に難易度を考慮するかどうかは個性が出るところになる。難易度が高い低山は低山の良さを殺しているとも言えるし,逆に気軽に高難易度に挑めるというメリットがあると考えることもできる。4つの中では,吉田類が登れないと企画が成立しないという意味でNHK版が最も難易度を考慮しており,山岳ガイド版と2024年版は一切難易度を考慮していない。むしろ堂々と妙義山が載っている。
次にその他の項目として,日本百名山を模倣した企画である以上,「品格(風格)」「歴史」「個性」はどの選出でも概ね重視されている。品格(風格)は実質的に山容の良さとほぼ同義語であるが,低山の山容を評価するのは難しく,強調しすぎると単独峰ばかりを選ぶことになる。また,低山の「歴史」を考えると,高山に比べて圧倒的に人との距離が近く,必然的に里山的な存在として地元の信仰や生活に根ざしていたかどうかが考慮するポイントになる。この点を強調しているのは元祖の小林版と,吉田類が自分で述べている通りのNHK版である。一方,2024年版は登山家目線が強く,他の3つに比べると「歴史」をあまり重視しない選出がちらほらある。このため「品格」「個性」(と登って楽しいかどうか)を重視する形になり,結果的に標高の低い単独峰や離島からの選出が多い。三原山・天上山・八丈富士の3座を全て選出したのは2024年版だけである(その割に沖縄の離島は1座も選んでいない)。
最後に知名度について。日本百名山への対抗である以上は,あまり知られていない山の紹介に徹するべきと考えているのが山岳ガイド版である。逆に「名山」と銘打つ以上は知名度の高い山が含まれているべきで,二百名山や三百名山との重複を気にしてはいけないとしたのが小林版である。この点でも先発の2つは好対照である。知名度を気にしていないのはNHK版も同じ。2024年版は中庸といった様子で,知名度の高さを気にしないのであれば絶対に入っている有名な山がいくつか落とされている。これらをまとめるとこうなる。
小林版:厳格に1500m以下。元祖なだけあって手探りで選抜している雰囲気。知名度の高さ,登りやすさ,地元民の親しみを重視。
山岳ガイド版:標高は厳格に縛っていない。知名度の低い隠れた名山を選抜。難易度の高さも個性として許容,登って楽しい登山家目線の選抜。
NHK版:標高は小林版に準じているが,500m以下の完全な低山も多い。歴史や信仰,地元民の親しみを特に重視。登りやすさも重要。
2024年版:標高は1200m以下(1200m台は一部許容)。歴史と親しみはあまり考慮せず。個性・品格・景観が重要。難易度は個性。登山家目線は最も強い。
こうした条件設定の違いにより,4種類の百低山はそれぞれ半分程度ずつしか重なっていない。この違いが面白かったので,試しに集計してみた。思っていたよりも膨大な時間がとられたが,面白かったのでこれを公開する。例によってライブドアブログはExcelで作成した表を直接貼れないので,元データははてなブログの方に掲載しておく。この場はjpgになる点,ご容赦いただきたい。転載は転載元を記載してくれれば自由である。誤記や集計等があればコメント欄で指摘してほしい。まずは単純に合算したもの。2024年版は「惜しくも入れなかったもの」について言及があったので,それらは△で示した。その上で2種類以上から選出されたものは行全体を赤字にし,3種類以上から選出されたものは山名を黄色で塗りつぶした。ついでに日本百名山・二百名山・三百名山にも選出されているものはそれも記載した。
日本百低山・全集計(かなり巨大な画像なので注意!)
文字データ版
総数は300座で,ちょうど「日本三百低山」にできそうである。この三百低山の状態で簡単に分析をして感想を述べたい。地域単位で比べると圧倒的に関東が多く,70座を占める。これは前述の通り小林版が自己批判している通り関東から多く選出している影響が大きいが(40座),実は2024年版も多い(30座)。地域差に気を使っているのは山岳ガイド版で15座,NHK版は19座である。加えて小林版は西日本が非常に少なく,そんなところまで本家「日本百名山」をリスペクトしなくていいのにと思ってしまう。一方,山岳ガイド版は地方に散らせることを徹底しすぎていて,中国・四国が不自然に多いという反動もある。この点,地域のバランスが最も良いのはNHK版で,やや沖縄県が多すぎる傾向がある点以外は気にならない。吉田類かNHKスタッフの配慮だろうか。
地域別に見ると,北海道では各選出ともニセコから何かを選出したいが,何を選出するかは意見が一致していないのが面白い。素直にニセコアンヌプリにしないのはなぜなのか。その中で2024年版は唯一ニセコを入れなかった。登って楽しい山は他にもあるからそちらを優先したか。2024年版では「北海道は低山なのに火山が多いのが特徴」と語られていて,実際に14座のうち7座が火山である。確かに火山そのものは本州や九州にも多いが,標高が高くなりがちだったり登れなかったりするものが多いので,低山・登頂可の火山は貴重かもしれない。
東北は意見の割れ具合がすごい。「東北の百名山といえばこれ!」という定番が少ないようである。その中で4種類全てから選ばれた姫神山と泉ヶ岳は,それぞれ二百名山と三百名山でもあり,よほど名山なのだと思われる。いつか登りに行きたい。その他では縫道石山と大尽山はどちらも下北半島の山で,大尽山は恐山の外輪山,縫道石山は青森湾・津軽海峡に面した山である。白神山地からは,二百名山の白神岳を外して二ツ森と田代岳が選ばれた。このどちらも外して白神山地自体を入れなかった2024年版はやはり少し奇をてらっている気はする。NHK版は遠野の石上山や,男鹿・本山を選んでいるところが非常に吉田類らしいセンスで,地元の信仰の登山である。
関東は前述の通り小林版と2024年版の影響で数が非常に多い。一方で定番と思しき山も多く,各選出での重なりも多い。低山の重要性の一つにアクセス性があり,アクセス性が悪い低山は低山の良さを損ねていると考えると,関東・関西が多くなるのはやむを得ないとも言える。特に定番の山はアクセス性が極めて良い。丹沢大山も御岳山も高尾山も筑波山も,都心からすぐに中腹まで着いてしまう。私自身登った山がかなり多く,金時山も棒ノ嶺も鋸山も,いずれも名低山であった。疑問があるのは伊豆ヶ岳と高水三山である。特に伊豆ヶ岳が4分の3から選ばれているのは信じがたい。どのガイドを読んでも「山頂の展望が抜群」と書かれているが,今の伊豆ヶ岳は樹木が繁茂していて何も見えない(正丸峠や子ノ権現の方が眺望が良い)。2001年版や2017年版はまだしも2024年版はちゃんと登ったのか聞きたくなる。高水三山はまだ理解できるが,同じような眺望なら御岳山や棒ノ折でも良くて,重複して選出する意味を感じない。ついでに言うと2024年版が選出した日和田山は間違いなく良い低山だが,伊豆ヶ岳・棒ノ折と合わせて飯能から3つも出す意味を感じない。2024年版は秩父・奥多摩にリテイクの要望を出したい。同様の文句を言うなら,山岳ガイド版が選出している日の出山は非常に良い低山であるが,通常は御岳山からの縦走で行く山なのであえて御岳山ではなくこちらを選出する意味を感じない。奇をてらわず素直に御岳山を選出すべきだろう……と秩父・奥多摩は細かく意見を言い出したら切りが無さそうなのでこの辺で終いにする。
中部もかなり多く,かつばらけている。中部の山といえば日本アルプスであり,わざわざ低山を登りに行く人は少ないから,定番の低山が少ないとは言えそうである。中でも日本ガイド版は北陸での独特の選出が目立つ。やや驚いたのは岩殿山を選んでいるのが後発の2つだけ,昇仙峡を選んでいるのはNHK版だけという点で,これらは歴史も眺望も個性もアクセス性もあっていかにもな名低山だが,近年まではあまり注目を浴びていなかったということだろうか。愛知県については猿投山以外全て東三河であることに驚きつつも納得の選抜であり,特に神石山を入れている2024年版は慧眼。あれは葦毛湿原をセットでもっと推していくべきで,宣伝をサボっている豊橋市と湖西市が悪い。
関西は滋賀県と奈良県が多い。長く日本の中心地だったこともあって「歴史」で点を稼いでいる山が多く,関東と同様にアクセス性が良い山も多いため,定番の山が固まりやすいという傾向も強そうだ。その上で奇岩景勝の地を求めると,近すぎる大阪や京都よりも奈良や滋賀ということになるのだろう。御在所岳はその名山っぷりに反して4種完全制覇を逃しているが,山岳ガイド版の知名度の高い山を避ける傾向に泣かされた形。武奈ヶ岳も名高い山であるが,まだ吉田類が登っておらず,惜しい。賤ヶ岳はアクセス性と登りやすさ,「歴史」を考えると山岳ガイド版1種類のみが選んだというのはやや意外である。さすがに平坦すぎて山らしくなさすぎるのが嫌われたか。また,このリストを眺めていて自分が大文字山に登りそびれていることに気づいた。関西の他の山に登るついでにさっと登頂しておきたいところ。
中国・四国。自分が登ったことがある山が全然無いのだが,歴史が古くて説得力がある選出が並ぶところは関西に似ている。蒜山は小林版が上蒜山,2024年版が下蒜山という指定だったが,集計上は蒜山でまとめた。同様に琴平山も2017年版は大麻山,NHK版は象頭山という指定だったが,集計上は琴平山でまとめた。特に琴平山は普通縦走すると思われるので,分ける意味がないだろう。例によって,こういう歴史の古い山は2024年版だけが選出していない。三瓶山は二百名山である上に4種類をコンプリートしていて,これは岩手の姫神山と2座だけである。それはほぼ百名山格なのではないだろうか。弥山は百名山〜三百名山に全く入っていないが4種類全てから選出された唯一の山で,名低山の中の名低山と言っていい。
九州も東北同様に意見が割れている。定番の山が多くないということかもしれない。宝満山は2024年版が惜しくも選ばなかった山に挙げており,正式に選出されていれば広島の弥山と並んで三百名山指定の無い4種コンプリートの山になっていた。惜しい。英彦山は知名度の割に正式な選出は小林版のみという意外な結果。宝満山との差はどこにあるのだろうか。あとは離島が多いのはやはり特徴的で,対馬から3座選ばれているほか,平戸もあれば天草もあり,甑島列島に屋久島もある。西南諸島は吉田類のおかげで多く,最西端は西表島となった。
ここからさらに100座を選抜して,真・日本百低山を作ってみたい。まず,山岳ガイド版の1500m超からの選出は反則であるからこれは全て除外する。次にニセコの3座はニセコアンヌプリだけ残す等,あまりに近いものは統合する作業をした。そしてやはり多くの百低山に選ばれているのが第一で,1・2種類からしか選抜されていないものは削っていった。すると削れすぎてしまったので,
日本二百名山・三百名山と重なっているものを優先して残した。それでちょうど100座となったので完成とした。
真・日本百低山(こちらも巨大な画像につき注意!)
文字データ版
結果的に地域のバランスが良いものが誕生したと思われる。完全にデジタルな集計に基づくものであるから私の主観は入っていないが,主観を加えるとしても,前述の通りに伊豆ヶ岳を外して別のものを入れる(神石山か陣馬山)を入れるくらいでほぼ異論がない(登った山が少ないので意見を出しようがないというのはあるが)。異論・反論はこの記事のコメント欄に書かれても反応しようがなく困るので,何かある方は是非自分で真・日本百低山を作ってみてほしい。
さらに絞る場合,4種類全てから選ばれたのは姫神山・三瓶山・泉ヶ岳・丹沢大山・弥山の5座で,このうち姫神山と三瓶山は二百名山,泉ヶ岳と丹沢大山は三百名山,弥山のみ三百名山以内に入っていない。筑波山・開聞岳の2座は百名山ながら知名度が高い山をあえて外した山岳ガイド版から漏れた。御在所岳・蒜山も二百名山ながら同様の理由で3種類からの選出,武奈ヶ岳は二百名山ながらNHK版から漏れて3種類からの選出となった。ここまでで10座で,これが「日本十低山」と呼ぶべき山々だろう。読者の登る山の選択に貢献できれば幸いである。
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