2024年12月29日

2024年11〜12月に行った展覧会

これが2024年最後の更新です。良いお年を。

SOMPO美術館のカナレット展。17・18世紀にイギリスの貴族の間で大流行したグランドツアーは,若者をイタリアに旅行させる修学旅行である。その際に若手貴族が土産物として買って帰ったのがイタリアの都市景観画「ヴェドゥータ」であった。ヴェドゥータはイギリスのみならず全欧的に人気で,都市景観画の画法に強い影響を与えている。ヴェドゥータというジャンルで最大の画家はカナレットで,ヴェネツィアのヴェドゥータで活躍した。本展覧会はヴェネツィアという都市史と,カナレットの画業の2つに焦点が当たっていた。個人的にもヴェドゥータは好きなので単純に目の保養になった。
 カナレットについてもイギリス渡航時代の作品が見られたのは貴重な機会で嬉しかった。オーストリア継承戦争のためグランドツアーの旅行者が減少したのを見て,逆にイギリスに渡航してロンドンを描きに行ったというのは商魂たくましくもあり,本人が旅行者の地元を見ておきたかったというのもあるだろう。弟子のベルナルド・ベロットの作品や19世紀のヴェネツィア景観画も多く展示されていたのもよかったが,あえて言えばこれだけあってベロットのドレスデンの絵が無いのは画竜点睛を欠くか。ベロットは師匠と同様にオーストリア継承戦争の影響にヴェネツィアを離れており,師匠とは違ってそのまま帰らなかった。その際に長期的に滞在したのがドレスデンで,ベロットがドレスデンで多くの作品を残し,留学に来たC.D.フリードリヒがその影響下でロマン主義風景画を生み出すことになるので,ベロットのドレスデン滞在は西洋美術史上でかなり重要である。今回の展示はスコットランド国立美術館から借りてきたもの中心なので,なくても仕方ないが。
 なお,今回の展覧会はキャプションがけっこう凝っていて面白かった。一番笑ったのは下記のツイートの通り。




東博の埴輪展。過去に例を見ないレベルの大規模な埴輪の展覧会。古今東西の有名埴輪・レア埴輪が集められていることに加えて,きちんと発掘調査の成果に基づいた埴輪の形象の変遷を追っており,学術的関心の点から言っても良い展覧会であった。無記録による断絶が強調されがちな弥生時代と古墳時代だが,埴輪の先祖と推定されている土器が展示されていたのも良かった。また,挂甲埴輪は彩色復元や挂甲の実物もあったのも良かった。白と赤のツートンカラーと想像されているのだな。
 なお,隣の表慶館で開催されていたハローキティ展は混雑による混乱が報道されていたが,私が埴輪展に行った時も,すでに事前予約制が導入されていたにもかかわらず1時間待ちとなっていた。この後に待ち時間は2時間まで伸びたようだ。埴輪展もそこそこ混んでいたのだが,会期末はこちらも1時間の入場待機列が発生したそうで,大人気である。合わせて東博内の混雑が想像を絶する状況になっていたのでは。埴輪の持つ緩い雰囲気が受けているのではないかという分析を報道で見たが,それについては私にはよくわからない。




近美の「埴輪と土偶の近代」展。江戸時代に博物学・考古学的な流行から埴輪や土偶に知識人の関心が集まって以降,近現代の日本でこれらがどう扱われてきたのかを追った展覧会。近美らしいコンセプトである。やはり戦前の昭和期には国威発揚のための歴史利用として埴輪が使われ,これが戦後直後から60年代になると,国内の古墳の大規模な発掘が進んだこともあいまって,皇国史観ではない自国の歴史を見つめ直すためのアイテムになる。その大規模な発掘の様子の記録映像・当時の報道も展示されていた。一方で,埴輪の造形そのものに注目が集まり,プリミティブアートとして現代アートの題材にもなっていく。ここは近美の本領発揮で,岡本太郎やイサム・ノグチあたりは当然いるとしても,よくもこれだけ埴輪や土偶に関連がありそうな現代アート作品を集めてきたものだと思う。それはそれとして,埴輪や土偶をプリミティブアートとみなして現代アートに活用するのには限界があると思われ,私が現代アートの素養が無いことを抜きにしてもあまり面白くなかった。その中で,谷川俊太郎の詩集も展示されていた。ちょうど亡くなられたニュースが流れていた頃に展覧会に行ったので,偶然に少し驚いた。
 1970年代以降はハイアートからサブカルに変わり,サブカルが埴輪や土偶を扱ってきた様子を描く。下記のツイートに貼った通り,この年表は永久保存版の価値があろう。アリスソフトのハニーがいないことだけはいただけない。展覧会の出口には,はにまるとひんべぇの像が立つフォトスポットが。そして本展の主催はNHK。展覧会構成がよくできている。




十日町市博物館。巻機山への登山の前日に訪れた。市の規模に比して立派な博物館であるが,これだけの建物を建てたくなる気持ちがわかる展示物であった。展示は大きく3つ,縄文時代・雪国の暮らし・越後縮に分かれている。やはり目玉は縄文時代の展示室で,国宝や重文の火焔式土器が陳列されており,迫力がある。この展示室だけは東博と比肩する。翌日に巻機山に登るとどんぐりが豊富で,博物館の展示を思い出しながら登ることになったという点でも,この博物館には行っておいてよかった。雪国の生活を紹介する展示も充実していて良かった。流石は『北越雪譜』の舞台である。婿投げは奇祭だと思う。越後縮も全然知らないものだったので,新鮮だった。苧麻から始まって絹織物も作るようになった歴史が紹介されている。




箱根ガラスの森美術館の香水瓶展。儒烏風亭らでんコラボのため,自分としては非常に珍しいことに音声ガイドを聞くべく企画展に行った。企画展は,普通に目の保養という感じ。ガラスの展覧会としてはさして珍しいものはなかったが,やはり良い声の音声ガイドを聞きながら鑑賞できたのは良い体験だった。常設展は現代アート中心で,売っているギャラリーもあり,高額のガラスがケースに入れられずに売っていたから少し怖かった。あそこで転んだら大変なことになりそう。
 箱根ガラスの森美術館は庭園もすばらしく,陽光できらめくガラスのカーテン,その奥に大涌谷の噴煙が見え,立地が活かされている。晴れの日に行ったのも大涌谷の噴煙が(珍しく)激しい日だったのも,紅葉の時期だったのも幸運だったか。レストランも美味しかった。
 この後は時間が余ったので,ついでに岡田美術館に行った。岡田美術館は日本・中国の陶磁器と日本美術を中心に収集している美術館で,常設展中心である。規模がかなり大きく,ついでで行くにしては少し無理があったが,何とか全ての展示品を見ることができた。特に中国陶磁器のコレクションは相当なもので,唐三彩がこれだけの数そろっているのは珍しい。また,岡田美術館は全般的に収集者の美意識・趣味がわかりやすいのが面白いところで,続けざまに見ていくとだんだん「これだけそろっていてあれやそれがない」という欠けている部分から,なるほどこういうジャンルのものは嫌いなのだろうという推測が立っていく。
 なお,岡田美術館は警備が尋常じゃなく厳しく,展示室ごとを区切る扉も分厚い。創設者の来歴を見るとさもありなんという察しがついてしまうが,自覚があるだけに厳重なのは良いことだと思う。




最後に,今年に行った展覧会約25個から,良かったものベスト3を選ぶと,SOMPO美術館の北欧展都美のキリコ展,そして東博の埴輪展になるか。来年も良い展覧会を期待したい。