2025年07月13日

様々なテーマを発掘しただけでも弥助騒動は意味があったと思う

・日本一道迷いしやすい登山道 2024(YAMAP)
・【道迷いしやすい登山道2024発表】多発ポイントを分析|ガードレールをくぐる難関分岐も判明(YAMAP)
→ 毎年恒例のものの2024年版。2025年版は現在未発表だが,例年6月下旬から8月上旬の間に発表されていてけっこう時期が動くので,今年は遅い発表なのだと思われる。
→ このランキングは2021年に始まり当初は埼玉の山が多かったのだが,あまりにも怒られていたために改善が進み,2024年版ではすっかり姿を消した。他の都道府県もがんばってほしい。
→ 登山道の整備では異常に丁寧な東京都が関東の2位・3位にランクインしているが,実際に意外と手が届いていない登山道もある。単純に登山道が多いのだろうなと思う。
→ 北海道・東北の1位・関東の1位・近畿の1位はいずれも同じパターンであり,確かに舗装路と登山道の分岐はわかりにくいものが多い。私もいくつかの山で,こういう舗装路をそのまま歩いてしまって,登山道はどこかと探した経験がある。ここまでデータが蓄積している以上,迷わせないように切れ目はわかりやすくしてもらえるとありがたい。甲信越の1位と北陸の1位も舗装路と登山道の分岐なので類似例である。それにしても近畿の1位,ガードレールの下をくぐるのはわかりにくすぎる。これはさすがにどういう設定なのだろう。いやまあ,面白いのもそうなんだけど。
→ 中国・四国の2位・甲信越の2位・近畿の2位で出てくる(枝)尾根の分岐も確かによくあるトラップで,自然と道が続いていて踏み跡もある方向に注意せず進んでいくと,そっちが枝尾根で間違い(突然崖になって進めない)というのもよく見る。これは登山者本人が注意深くYAMAPを見て進むしかあるまい。


・異国で羊を買って、お世話になった学校に寄付をする(デイリーポータルZ)
→ ウズベキスタンのマドラサにザカートをしたという,大変素晴らしいお話。高校の世界史や地理で学んだ用語もこうやって活きる。
→ インシャラーは本当によく使うようで,イスラーム圏に旅行した事ある人は皆同じことを言う。 便利な言葉ではあるが,曖昧の極みなので,ザカートをしたいという異邦人からの申し出の返事として使われてしまうと,異邦人としてはどう解釈していいものか確かに困ると思うw。


・アサクリ・弥助騒動問題点箇条書き 自分用備忘兼ねて(増田)
→ 去年の今頃に盛り上がっていたアサクリ・弥助騒動。この増田の■節ごと,また節内でも複数に議論が分散したために盛り上がった反面,誰もついていけなくなって沈静化したので,終わってみると良くも悪くも議論が分散しすぎたのだろう。また,この増田の他,意外と適切に情報がまとまっているのが日本語版Wikipediaのトーマス・ロックリーの項目なので合わせて参照したい。現在ではアサクリが発売され,すっかり沈静化した。
→ というわけで様々な論点はあるが,歴史学者とコンテンツ・ビジネスの距離感の問題として,大衆に興味を持ってもらうためとはいえ,学者がこれまでUBIを褒めすぎていたのかなと思わないでもない。褒めすぎるのもファンタジーやフィクションだからと無視したり批判したりするのも間違いという,当然ながら難しい適切な距離感が重要という点では,意外と司馬遼太郎や塩野七生問題に近いのかもしれない。
→ その意味では研究とフィクションの境界を自分から壊していたロックリー氏はけっこうギルティかなと思っている。『信長と弥助』と日本語版Wikipediaの記述だけなら少し筆が滑ったレベルだったと思うのだが,英語と日本語の使い分けにより,英語では故意としか解釈できないほど自らの創作と史実を混ぜ込んで語っていた節があるのは,ちょっと擁護のしようがない。


・スペインはなぜ日本を「征服」しなかったのか(三分の一)
→ たまに話題になる「スペインは日本を征服する意図があり,豊臣秀吉の朝鮮出兵の目的の一つにはそれへの対抗策ということがあった」というトンデモ説に対し,「スペインにはそもそも日本を征服を企図するような能力や余裕が無かった」という反論が唱えられることが多いが,その反論は筋悪ではないか,ということを主張した記事。16-17世紀のスペインはアメリカ大陸にせよフィリピンにせよ現地の勢力争いに介入する形で征服を進めていて,極少数のスペイン兵での征服が可能と(少なくとも当時のスペイン人は)考えていたと思われること,この時期の日本は戦国・安土桃山時代でキリシタン大名も豊富だったこと,フィリピンは現地人兵も含めれば1万人弱は動員できたと思われること等が述べられている。また,スペインに日本征服を企図するだけの理由が無いのも確かであって,結局冒頭の説がトンデモであるという論証まで含めて,説得力がある記事である。これから上述のトンデモ説を見かけたらこの記事を想起したい。