2025年12月15日

2025年10月後半〜11月前半に行った美術館・博物館(円山応挙展,聖地巡礼展,飛鳥万葉文化館)

三井記念美術館の円山応挙展。冒頭いきなり「近年は伊藤若冲のような奇想の系譜に注目が集まりすぎている。円山応挙こそが王道」という説明から始まって笑ってしまったが,実際そうかもしれない。円山応挙は一番得意な動植物画以外に風景も人物も静物も描けたし,弟子の育成も工房の経営でも成果を残した人徳者であり,多才すぎてかえって評価しにくいところはありそう。もう奇想の画家も十分に評価が高まったと思うので,王道の画家も評価される社会であってほしい。ちなみにこの巻頭言の恨み節を書いたのは監修の山下裕二氏である。また図録では,この懸念を発してしたのは師の辻惟雄氏であると書かれていた。自分の始めた物語をたたみにかかっていて偉い。エレンにあおられなくてすみそう。
 雪松図屏風は何度見ても天才の仕事で,金地に墨と紙地の白のバランスが良く,見飽きない。見飽きないので実際に何度も三井記念美術館に足を運んでしまう。あと虎という名の巨大な猫がかわいい。
 さて,今回の最大の目的は2024年発見の応挙と若冲の合作屏風《梅鯉・竹鶏図屏風》である。あまりに突然見つかったのでやや疑ってかかっていたが,作品は確かにすばらしく,特に応挙側の鯉は傑作だろう。図録を読むと,意外にも大正時代にはちゃんとセットで鑑賞されていた記録があり,真贋の疑いは(少なくとも私の中では)晴れた。質の面でも来歴から言っても贋作を疑う余地がほぼなくなってしまった。一方で,大正時代までセットで鑑賞されていたなら,なぜ昭和以降に離れ離れになっていたのか。また,昔から言われていた通り「近所に住んでいたのに交流の記録が希薄で,合作もない」とされていたのに,なぜこの一作だけ合作が存在するのかという2つの新たな疑問は生じる。出来の良い歴史小説が書けそうな謎であるので,腕に覚えのある小説家に挑戦してみてほしい。
 



 山種美術館の日本画の聖地巡礼展。日本画の風景画と,それが描かれた土地の写真を並べて鑑賞しようという斬新な企画である。加えてそれをVTuberの儒烏風亭らでんが宣伝したことで(リンク先YouTube注意),この展覧会自体も聖地となった。非常に仕掛けが上手い。かく言う私もらでんが宣伝しているなら乗っかっておくかと思って来館した一人である。館内にも儒烏風亭らでんのミニ特設コーナーがあり,美術館としても今回のコラボはけっこう期待をかけているようであった。ただし,私が行った時点で儒烏風亭らでんのオタクは私以外見当たらず,コラボがどの程度成功だったのかはわからない。まあ,美術館として楽しそうにコラボしていたので,採算はそれほど気にしていないのかもしれない。
 展示を見ると画家がいかに景を切り取り,加工して絵にしているかがよくわかる。忠実さよりも差異に注目してみるとより楽しめる展覧会だったと言える。また,この企画を進めた当人は館長のようで,館長が行ったことがある場所についてはキャプションに館長の聖地巡礼コメントが入っていて,このコメントも面白かった。儒烏風亭らでんとのコラボを進めたのもこの館長さんのようなので,けっこうなお歳であるはずだが,進取の気性に富んでいてすばらしい。




 飛鳥万葉文化館。施設を建てる際に「元は池だった場所だから何も出土せんだろうけど,念のため……」と試掘したら,案の定,飛鳥時代の大規模工房が発掘されたため,発掘現場の真上に建てられたことで有名な施設。工房であったため銅銭の鋳造もここで行われており,結果としてここで大量の富本銭が見つかった。その発掘調査現場の復元がされているのが最大の特徴だろうが,復元された場所と実際の発掘場所は微妙に違っていて厳密に同じ場所ではないことには注意が必要。出土品は概ね全て(橿考研などの)別の施設に持っていってしまっているが,その分ここは飛鳥時代の復元展示が豊富で,これはこれで面白い。
 ついでに,飛鳥万葉文化館内のレストランは非常に評判が良かったので試しに入ってみたところ,確かに料理もデザートも工夫があって面白かった。特にデザートは出色の出来で,下記のツイートの写真を参照のこと。
 なお,この旅ではこれ以外に藤原京跡,飛鳥寺,飛鳥宮跡,石舞台古墳,飛鳥資料館,畝傍山までは回れたのだが,藤原宮跡資料室は休館は行った日からちょうど休館。橿原考古学研究所附属博物館はタイムアップで行けなかった。まだ飛鳥をコンプリートできたとは言い難い。そういえば飛鳥寺の住職と話していて気づいたのだが,2025年は”乙巳”であり,かの乙巳の変から1380年である。60年に一度,非常に奇遇な年に飛鳥を訪れることができたのは幸運であった。