2026年05月19日
2026年4月に行った美術館・博物館(焼絵展,板橋区立郷土資料館,赤坂離宮迎賓館)
板橋区立美術館の焼絵展。紙(稀に絹)をこがして描く絵画で,近世東アジアで少し流行した珍しい技法。過去にこのような紹介記事もあった。焦げ茶色の発色が美しく,温度調整で意外とグラデーションを出せる。一方でどうしてもモノトーンになり,繊細な画面だと線がごちゃごちゃした時の見辛さは欠点である。正直に言って繊細に描線を入れている割には何を描いたものかがわかりにくい作品もかなりあった。そこは媒体に沿った対象や描き方があろうものだと思う。結果としてシンプルな画題の方が映えるのだろうという印象を受けた。まあ現代作家がやると超絶技巧が可能になってなんでもできそうな感じだったが。なお,日本で現存する絹本焼絵は2作品しかなく,うちの1品が今回出品されていた。非常に貴重である。
ついでに,板橋区立美術館は今回初めて訪問したのだが,昭和54年に開館した東京23区初の区立美術館だそうで,意外と区立美術館はどれも新しいのだなという印象を受けた。バブルの前後に一気に建ったということだろうか。機会があれば調べてみたい。
同日に行ったのが板橋区立郷土資料館。なんと無料。板橋区は南側の台地を走る東武東上線と北側の荒川が削った低湿地を走る都営三田線で分断されているが,意外と辿ってきた歴史は一体感がある模様(何なら豊島・練馬も近そう)。これはこれで珍しい。大概の地域は地形で分断されているものであるが,交流せざるを得ない物流上の事情でもあったということだろうか。何なら使う路線が違うということで現代の板橋区民の方が分断されていそうである。また,こうした関東の郷土資料館だと古代史は奈良時代まで追えるが,そこから史料も出土品も途絶えて中世まで時代が飛ぶことが多く,この資料館もご多分に漏れずそのような構成であった。どうしても平安前期・中期は何も展示できるものがない。一方,板橋区は豊島区と同様に豊島氏の拠点の中心地であったため,中世の前半は割と濃く,支配した領主の入れ替わりがなかなか激しい。これがこの資料館の見どころかもしれない。近世ではやはり板橋宿の話が中心で,練馬大根は板橋でも名産だったそうで,漬物にして板橋宿で売っていたらしい。バカでかい漬物樽が屋外展示されている。また,高島平の由来は高島秋帆が砲術稽古場として使っていたからだそうで勉強になった。その関係で幕末の大砲を収蔵しており,これも野外にある。現代では宅地造成の話題が中心になるが,展示の最後はモスバーガー初店舗の地を誇る成増であった。
赤坂離宮迎賓館。そう言えば行ったことがなかったと思っていたところ,両親が行きたいと言っていたので付き添った。前はもっと入りにくかったような気がしたのだが,いつの間にか予約不要になっている。内装は写真撮影不可は少し残念。
閑話休題,現状で明治以降の建築物で唯一の国宝。ネオ・バロック様式を基調としつつ新古典主義,ロココに和風も混ぜ込んだ歴史主義建築であり,正直混ぜすぎてカオスなのだが,それが味かもしれない。究極の擬洋風建築と言えるかもしれない。正面の外装からして,正面玄関だけ見るとかっちりとしたペディメントとコリント式の列柱があって新古典主義っぽいのに,横を見ると柱がイオニア式に変わってるし,屋根の上にゴテゴテなんか載ってるし,何よりも甲冑武者が無駄に仰々しい。内装もこの方向性で,変なところで和風のワンポイントがあるため奇抜さが際立っている。テーブルスタンドに魔改造された伊万里焼の花瓶が陳列されていたり,どう見ても日本人顔の太陽神(つまり天照大神)がアポロンの馬車を引く天井画があったり,西洋風・オリエント風の壁面装飾にまたしても甲冑武者が混ざってたり(甲冑武者が誰かの趣味だったのか),全体的に無理して洋風化したり,和風と洋風を混ぜ込もうとした明治のセンスが爆発している。
そして本館は,館内の説明にもある通り,そのカオスさのためになかなか紆余曲折を経た建物となっている。当初は明治天皇の居所として明治42年に建設したところ,当人に派手すぎると断られ,このため皇太子だった後の大正天皇が居住して東宮御所となった。その後すぐに明治天皇が逝去して大正天皇が即位し,引き続き東宮御所として今度は後の昭和天皇が入った。ところが昭和天皇も現平成上皇陛下もここを好かなかったようで,昭和天皇の即位後はしばらく無人の宮殿となってしまう。第二次世界大戦後は政府も使いあぐねて持て余し,最終的に迎賓館に転用しようという話が持ち上がって,昭和43年に改修されて現在の形となった。やはり奇抜すぎる建築は誰も長期的には住みたがらない。迎賓館に転用したのは正解だったのではないか。
ついでに,板橋区立美術館は今回初めて訪問したのだが,昭和54年に開館した東京23区初の区立美術館だそうで,意外と区立美術館はどれも新しいのだなという印象を受けた。バブルの前後に一気に建ったということだろうか。機会があれば調べてみたい。
板橋区立美術館の焼絵展。紙(稀に絹)をこがして描く絵画で、近世東アジアで少し流行した珍しい技法。焦げ茶色の発色が美しく、温度調整で意外とグラデーションを出せる。一方でどうしてもモノトーンになり、繊細な画面だと線がごちゃごちゃした時の見辛さは欠点である。 pic.twitter.com/YOF3aXOJuh
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) April 12, 2026
同日に行ったのが板橋区立郷土資料館。なんと無料。板橋区は南側の台地を走る東武東上線と北側の荒川が削った低湿地を走る都営三田線で分断されているが,意外と辿ってきた歴史は一体感がある模様(何なら豊島・練馬も近そう)。これはこれで珍しい。大概の地域は地形で分断されているものであるが,交流せざるを得ない物流上の事情でもあったということだろうか。何なら使う路線が違うということで現代の板橋区民の方が分断されていそうである。また,こうした関東の郷土資料館だと古代史は奈良時代まで追えるが,そこから史料も出土品も途絶えて中世まで時代が飛ぶことが多く,この資料館もご多分に漏れずそのような構成であった。どうしても平安前期・中期は何も展示できるものがない。一方,板橋区は豊島区と同様に豊島氏の拠点の中心地であったため,中世の前半は割と濃く,支配した領主の入れ替わりがなかなか激しい。これがこの資料館の見どころかもしれない。近世ではやはり板橋宿の話が中心で,練馬大根は板橋でも名産だったそうで,漬物にして板橋宿で売っていたらしい。バカでかい漬物樽が屋外展示されている。また,高島平の由来は高島秋帆が砲術稽古場として使っていたからだそうで勉強になった。その関係で幕末の大砲を収蔵しており,これも野外にある。現代では宅地造成の話題が中心になるが,展示の最後はモスバーガー初店舗の地を誇る成増であった。
ついでの板橋その2、板橋区立郷土資料館。なんと無料。板橋区は南側の台地を走る東武東上線と北側の荒川が削った低湿地を走る都営三田線で分断されているが、意外と辿ってきた歴史は一体感がある模様(何なら豊島・練馬も近そう)。展示の最後はモスバーガー初店舗の地を誇る成増であった。 pic.twitter.com/191KNUolQF
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) April 12, 2026
赤坂離宮迎賓館。そう言えば行ったことがなかったと思っていたところ,両親が行きたいと言っていたので付き添った。前はもっと入りにくかったような気がしたのだが,いつの間にか予約不要になっている。内装は写真撮影不可は少し残念。
閑話休題,現状で明治以降の建築物で唯一の国宝。ネオ・バロック様式を基調としつつ新古典主義,ロココに和風も混ぜ込んだ歴史主義建築であり,正直混ぜすぎてカオスなのだが,それが味かもしれない。究極の擬洋風建築と言えるかもしれない。正面の外装からして,正面玄関だけ見るとかっちりとしたペディメントとコリント式の列柱があって新古典主義っぽいのに,横を見ると柱がイオニア式に変わってるし,屋根の上にゴテゴテなんか載ってるし,何よりも甲冑武者が無駄に仰々しい。内装もこの方向性で,変なところで和風のワンポイントがあるため奇抜さが際立っている。テーブルスタンドに魔改造された伊万里焼の花瓶が陳列されていたり,どう見ても日本人顔の太陽神(つまり天照大神)がアポロンの馬車を引く天井画があったり,西洋風・オリエント風の壁面装飾にまたしても甲冑武者が混ざってたり(甲冑武者が誰かの趣味だったのか),全体的に無理して洋風化したり,和風と洋風を混ぜ込もうとした明治のセンスが爆発している。
そして本館は,館内の説明にもある通り,そのカオスさのためになかなか紆余曲折を経た建物となっている。当初は明治天皇の居所として明治42年に建設したところ,当人に派手すぎると断られ,このため皇太子だった後の大正天皇が居住して東宮御所となった。その後すぐに明治天皇が逝去して大正天皇が即位し,引き続き東宮御所として今度は後の昭和天皇が入った。ところが昭和天皇も現平成上皇陛下もここを好かなかったようで,昭和天皇の即位後はしばらく無人の宮殿となってしまう。第二次世界大戦後は政府も使いあぐねて持て余し,最終的に迎賓館に転用しようという話が持ち上がって,昭和43年に改修されて現在の形となった。やはり奇抜すぎる建築は誰も長期的には住みたがらない。迎賓館に転用したのは正解だったのではないか。
赤坂離宮迎賓館。内装は写真撮影不可は少し残念。現状で明治以降の建築物で唯一の国宝。ネオ・バロック様式を基調としつつ新古典主義、ロココに和風も混ぜ込んだ歴史主義建築であり、正直混ぜすぎてカオスなのだが、それも味かもしれない。究極の擬洋風建築と言えるかもしれない。 pic.twitter.com/K15EdeFxCV
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) April 18, 2026
Posted by dg_law at 23:00│Comments(0)