2026年09月06日

2026年5月後半〜6月に行った美術館・博物館(加賀前田家,ワイエス,ベル・エポックのカフェ)

気づくと美術館の記録をかなりサボっていた。今日から4ヶ月分を順次書いていく。

 東博の加賀前田家展。幼少期に富山県にいた人間としては加賀百万石と言われると半分は越中だと条件反射で補足したくなるものだが,ともあれ莫大な収入で築いた文化的遺産は目を見張るものがある。前評判通り,前田綱紀から昭和のご当主まで連綿と続くコレクター魂が前面に出た展示であった。「天下の書府」と呼ばれただけのことはあり書籍関係は特に充実していたが,その中では東寺百合文書が傑出していて,収蔵する箱を寄贈したのが前田家で,その見返りに書写の権利を得ていたというのは知らなかった。また,戦前のうちに法人化して戦後の混乱の散逸を防いでいたのは先見の明がある。また戦後も書物の収集を続けており,コナン・ドイル書簡やラフマニノフ楽譜といったものの展示があって,これらも珍しく良いものを見た。
 その豪華なコレクションは前田家当主の持ち物(武具や茶道具)や書物に偏っていて,持っていないはずがない九谷焼や輪島塗,加賀友禅といった石川県の伝統工芸はあまり展示されていなかった。単に相対的に展示する価値がないと判断された可能性もある。一方で,昨年の秋に金沢観光をした際に,地元の博物館や城は戦国大名や藩主を英雄化し顕彰する施設になりがちなところ,金沢城も石川県立博物館もそうした雰囲気が薄いことに驚いたものだった。石川県には前田家と付かず離れずの態度を取るという謎の伝統が根付いているのかもしれない。また金沢には行く機会があると思われるので,そこに留意して観光してみたい。




 東京都美術館のアンドリュー・ワイエス展。20世紀のアメリカ東海岸の田舎を描いた国民的画家で,街角を描いたエドワード・ホッパーとは対照的ながら,共通して風景に明暗あるのが面白い。孤独さ漂う影もまたアメリカの情景なのだろう。 企画展の紹介ページにもある通り20世紀のアメリカ絵画というと抽象絵画だったりポップ・アートだったりと前衛的なイメージが強いが,アンドリュー・ワイエスやエドワード・ホッパーというような具象画の天才もいるので層が厚い。彼らが生前からちゃんと評価されているのも良い。
 一方で,アンドリュー・ワイエスは「何気ない日常の中の,ふと記憶に残る風景」の切り取り方が抜群に上手く,デジャヴュにも襲われるような,写真的な画面で印象に残る。マジックリアリズムと評価されることがあるのも理解できるし,ホラー映画のようでもある。その意味ではきちんと20世紀の絵画らしさもある。この展覧会で改めて好きになった。
 ついでにこの時のレストラン「サロン」で実施されていた企画展コラボメニューが非常に良かった。「サロン」は毎回企画展コラボメニューを作るのが上手いのだが,これまで特に印象に残っているのは今回のアンドリュー・ワイエス展と2024年のキリコ展,次いで今年の年初のスウェーデン絵画展である。企画展で展示されている作品を模していたり,画家の好物が入っていたりと創意工夫が巧みで,今後にも期待が持てる。




 三菱一号館のカフェに集う芸術家展。ありそうでなかったコンセプトである。大きく分けると展示内容は3つ。まず19世紀後半から20世紀初頭,いわゆるベルエポック期の画家をカフェやキャバレーという交流の場という観点から追ったもの。次にそれらが題材となった絵,そしてカフェやキャバレーを彩ったロートレックらのポスターである。三つ合わせて眺めていくと,文化人がカフェに集まる文化はモンマルトルの丘から始まり,それがバルセロナで模倣され,一次大戦後にピカソとともにパリに戻っていく……ただし今度はモンパルナスに,という流れが自然と追える展示になっている。テーマがしっかりしていて,伏線が回収されたかのような満足感があった。
 作品を一つだけ挙げるならホームページの冒頭にも使われているラモン・カザスの《マドレーヌ》で,ラモン・カザスはカタルーニャ出身でフランスではなく,日本ではそれほど有名な画家ではないが(私も今回初めて知った),確かにベル・エポックのカフェと言われて思い浮かぶ情景はこれである。見事な作品選択であると思う。
 もう一つ作品を挙げるとするとテオフィル・アレクサンドル・スタンランの《シャ・ノワール巡業公演》で,西洋美術史ファンなら見たことがあるあの黒猫のポスターである。モンマルトルにあった代表的なカフェが「シャ・ノワール(黒猫)」,それを模したバルセロナのカフェも「四匹の猫」であるためベル・エポックのカフェ文化にとって黒猫は欠かすことのできない存在であった。私が実家が飼っていた黒猫の方がかわいい。本展ではこれを用いて,館内に黒猫が闊歩する演出があった。五匹見つけたが,途中で気づいたので見落としがけっこうありそう(すでにTwitterで入口近くにいたものを見落としているという指摘を受けている)。こういう遊びも含めて満足度の高い展覧会だったと言えよう。
 あと,そういえば常設展は今回は陶磁器ではなく,印象派とルドンであった。常設展の部屋が小さいだけで所蔵品はあるという状態なので,今後は企画展ごとに展示替えするのかもしれない。ついでに最後に自分のブログなので少しだけ自分語りをしておくと,人生で唯一行ったことがあるキャバレーがクレイジーホースで……と書いたところで昔同じ話題を出したことがあったことを思い出した。返す返すも,もう少し人生経験を積んでからああいうところに行くべきだったなとは思う。