2026年09月14日
滋賀県北部旅行記(2026年7月中旬,長浜・賤ヶ岳・彦根)
今年の7月中旬に一泊二日で滋賀県の長浜・賤ヶ岳・彦根を旅行してきたので,その記録を簡潔に残しておく。最初に行ったのが長浜城。この城は彦根城を建てる際に資材が流用されて廃城になっているので,現存しているものは復元であり,中は資料館になっている(しかも史料に乏しくそれっぽい形の天守閣であるため復元とすら言えないかもしれない)。もっとも長浜城も小谷城を廃城にして資材を流用しているので,リサイクルが激しい。中は入館料500円ならまあ高くも低くもないという内容。料金の半分は最上階からの展望で,これは間違いなく良かった。長浜城は水城であり琵琶湖に直接接している。戦国時代の意味としては琵琶湖の水を引いて堀にでき,かつここを水陸の交わる交通の要衝とする意味があったが,現代では琵琶湖を一望できるスポットに変わった。逆に山の側を見ると伊吹山がそびえている。その向こうは関ヶ原である。
次に向かったのが賤ヶ岳。真夏で低山であるので麓から登るのはバカバカしく,リフトを使って一気に頂上まで進み,その後は山頂から余呉湖へ向かった。山頂から余呉湖へは下り,その帰りが登りになるわけだが,その登りの30分だけでも汗だくになった。やはり真夏に低山ハイクをするものではない。とはいえ,余呉湖まで行ったのは我々だけであったが,山頂の人口自体はかなり多かった。ここも伊吹山や琵琶湖がよく見えて眺望がよい。しかも古戦場としてよく整備されていて,道中にどこでどの武将が陣取っていたかが細かく説明されている。観光地としては非常に満足できる内容で,人気の観光地になるのはわかる。特にTwitterに貼った2枚目の写真は「賤ヶ岳の戦いに勝利した羽柴方の架空の武将が岩に腰をかけて休んでいる」銅像があり,近くにはその設定が語られている銅板があり,これが名文であるのでぜひとも現地で読んでみてほしい。勝利した羽柴方の武将がなぜこんな疲れた表情で休んでいるのか,制作者の込めた思いが伝わるはずである。
この日の宿は賤ヶ岳の麓の想古亭げんない。明らかに以前はより大規模に経営していたが,人手不足で縮小営業している様子であった。このため3人で1部屋借りたつもりだったのだが,かなり広い離れを全部使ってよいと言われて入ってみると,古民家の一軒家をリノベーションしたものであり,10人くらいは泊まれる広さであった。この離れには宿泊した多くの有名人の色紙が飾ってあり,中には大内延介九段のものもあった。お夕飯のついでに話をいろいろとうかがったところ,宿の歴史はかなり古く,遥か昔は賤ヶ岳の案内をしていて,そこから次第に業態が宿に変わっていった歴史があるとのこと。その名残で現在でも「地元に伝わる賤ヶ岳の戦いの逸話」を語ってくれるサービスがある(有料)。食事は近江牛の関西風すき焼きが非常に良かった。こちらが「関西風のすき焼きだ。関東だと全然食べないんですよね」と話すと,「関東風は牛鍋ですよね」と返ってきて,なるほどすき焼きに対する意識が全く違う。サービスも行き届いている。インターネットは非常に弱いので,女将さんからポケットWi-Fiを借りるとよい。あと非常に重要なこととして,半野良の人懐っこい看板猫が二匹いる。
翌日は彦根城観光。全然意識していなかったが,これで国宝の現存天守五つは全て回ったことになった。彦根城が最後というのは,大都市からのアクセスの良さを考えると割と珍しいかもしれない。とはいえ姫路城は行ったのが小学生で記憶が薄れているので,再訪したいところ。ついでに言うと重文七天守は弘前城しか行ったことがなく,ねらって回っていないだけに著しく偏っている。閑話休題,国宝なだけあって規模は大きくないが立派な城で,長浜城や佐和山城等の周囲の廃城や廃寺の資材をかき集めて作ったサイボーグ城なのは面白い。近江が戦国時代の中心地の一つで,勢力が変わる度に城が造営されては破却されてきたという歴史を象徴しているようであり,にもかかわらず五つしかいない現存天守として生き残ったのは数奇な運命を辿ったと言えよう。作りや装飾が簡素で質実剛健,井伊家の家風を感じた。よくここにひこにゃんというゆるキャラが生まれたものだ。しかし,そう思ってから改めてひこにゃんを見るとシンプルなデザインであり,よく彦根城に似合っているのかもしれない。
彦根城は天守閣が国宝なので博物館が分離しており,天守閣は純粋な展望台である。眺望は長浜城に分があった。博物館は井伊家の歴史がよくわかる展示で,質実剛健とは言っても,音楽と能にはかなり関心が高い当主がいて,その展示は充実している。また,こういう博物館あるあるだが,井伊直弼は全力で擁護していた。
次に向かったのが賤ヶ岳。真夏で低山であるので麓から登るのはバカバカしく,リフトを使って一気に頂上まで進み,その後は山頂から余呉湖へ向かった。山頂から余呉湖へは下り,その帰りが登りになるわけだが,その登りの30分だけでも汗だくになった。やはり真夏に低山ハイクをするものではない。とはいえ,余呉湖まで行ったのは我々だけであったが,山頂の人口自体はかなり多かった。ここも伊吹山や琵琶湖がよく見えて眺望がよい。しかも古戦場としてよく整備されていて,道中にどこでどの武将が陣取っていたかが細かく説明されている。観光地としては非常に満足できる内容で,人気の観光地になるのはわかる。特にTwitterに貼った2枚目の写真は「賤ヶ岳の戦いに勝利した羽柴方の架空の武将が岩に腰をかけて休んでいる」銅像があり,近くにはその設定が語られている銅板があり,これが名文であるのでぜひとも現地で読んでみてほしい。勝利した羽柴方の武将がなぜこんな疲れた表情で休んでいるのか,制作者の込めた思いが伝わるはずである。
この土日は滋賀県北部にいて、賤ヶ岳に登っていた。リフトで行程の大部分をすっ飛ばし、獲得標高差400mでも汗だく。意外と晴れて眺めが良く、余呉湖まで行って古戦場の史跡も見られたので満足。 pic.twitter.com/fPA5YMA1uR
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) July 12, 2026
この日の宿は賤ヶ岳の麓の想古亭げんない。明らかに以前はより大規模に経営していたが,人手不足で縮小営業している様子であった。このため3人で1部屋借りたつもりだったのだが,かなり広い離れを全部使ってよいと言われて入ってみると,古民家の一軒家をリノベーションしたものであり,10人くらいは泊まれる広さであった。この離れには宿泊した多くの有名人の色紙が飾ってあり,中には大内延介九段のものもあった。お夕飯のついでに話をいろいろとうかがったところ,宿の歴史はかなり古く,遥か昔は賤ヶ岳の案内をしていて,そこから次第に業態が宿に変わっていった歴史があるとのこと。その名残で現在でも「地元に伝わる賤ヶ岳の戦いの逸話」を語ってくれるサービスがある(有料)。食事は近江牛の関西風すき焼きが非常に良かった。こちらが「関西風のすき焼きだ。関東だと全然食べないんですよね」と話すと,「関東風は牛鍋ですよね」と返ってきて,なるほどすき焼きに対する意識が全く違う。サービスも行き届いている。インターネットは非常に弱いので,女将さんからポケットWi-Fiを借りるとよい。あと非常に重要なこととして,半野良の人懐っこい看板猫が二匹いる。
翌日は彦根城観光。全然意識していなかったが,これで国宝の現存天守五つは全て回ったことになった。彦根城が最後というのは,大都市からのアクセスの良さを考えると割と珍しいかもしれない。とはいえ姫路城は行ったのが小学生で記憶が薄れているので,再訪したいところ。ついでに言うと重文七天守は弘前城しか行ったことがなく,ねらって回っていないだけに著しく偏っている。閑話休題,国宝なだけあって規模は大きくないが立派な城で,長浜城や佐和山城等の周囲の廃城や廃寺の資材をかき集めて作ったサイボーグ城なのは面白い。近江が戦国時代の中心地の一つで,勢力が変わる度に城が造営されては破却されてきたという歴史を象徴しているようであり,にもかかわらず五つしかいない現存天守として生き残ったのは数奇な運命を辿ったと言えよう。作りや装飾が簡素で質実剛健,井伊家の家風を感じた。よくここにひこにゃんというゆるキャラが生まれたものだ。しかし,そう思ってから改めてひこにゃんを見るとシンプルなデザインであり,よく彦根城に似合っているのかもしれない。
彦根城は天守閣が国宝なので博物館が分離しており,天守閣は純粋な展望台である。眺望は長浜城に分があった。博物館は井伊家の歴史がよくわかる展示で,質実剛健とは言っても,音楽と能にはかなり関心が高い当主がいて,その展示は充実している。また,こういう博物館あるあるだが,井伊直弼は全力で擁護していた。
本日は彦根観光。これで国宝の現存天守コンプリートになった。長浜城や佐和山城等の周囲の廃城や廃寺の資材をかき集めて作ったサイボーグ城なのは面白い。作りや装飾が簡素で井伊家の家風を感じる。よくここにひこにゃんが生まれたな。 pic.twitter.com/c36605iAUU
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) July 12, 2026
Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)