しかし、それはさながら「ちょっとうまくいった軍人皇帝時代」のローマのようであり、結局ヴェネツィアも、自分の身のうちに気付かないような細かい傷を蓄積させ、緩やかに、しかし着実に衰退を始めていったのであった。引き伸ばした、という言葉がまさに適切であるというのは、ヴェネツィアが衰退した大きな要因というのは結局、大国の台頭と新大陸の発見という、15世紀の事象に過ぎないからだ。時代の流れそのものを変えた結果が、最盛期を長くしたというわけではないのである。
一つおもしろいのは、16世紀になされたその経済上の改革の一つが、それまでの交易特化から経営の多角化、とりわけ自国産業育成の強化であったということだ。普通覇権を握った国家というのは、生産力、軍事力、金融力の順番で成長し、同じ順番で衰退していくものである。これはヴェネツィア同様、交易が国家の主要産業であったオランダでさえもそうであった。しかし、ヴェネツィアの場合は、はなから生産力というのもはほとんど持たず、陸軍も干潟に守られるという利点からほとんど捨てられ、自慢の海軍は交易によってなされた。ゆえに、交易に国家が頼りきりになるのはリスキーであるという状況がオスマン帝国と新大陸によってもたらされて初めて、ヴェネツィアは生産力に注力し、そして実際に地中海では随一の工業国となり自国の最盛期を100年引き伸ばすことになる。これは非常に特徴的でおもしろい。もっとも、その生産力も、イギリスやフランスといった大国が本気を出し始めると次第に相対的な地位を低下させ、結果的に17世紀の緩やかな衰退の一部となっていくのだが。
著者自身「民族の魂の部分が変化していないのに、ゆえに気付かないうちに腐っていくという恐怖に勝るものはない」と書いているが、まったくもってその通りであると思う。『ローマ人』は最後、ローマ人でなくなったから滅んだが、ヴェネツィアは最後までヴェネツィア人であったのだ。しかし、時代の流れは残酷であった。最後の最後、ナポレオンがヴェネツィアに攻め入ったときも、ヴェネツィアっ子たちは、この干潟の上にある都市という利点を生かして、徹底抗戦をしようとした。しかし、抵抗の無意味と、いまだ生きていた諜報機関からの情報が、元老院に降伏を決断させたのだった。仮に徹底抗戦していたら、という架空戦記はおもしろいが、どう考えても悲劇に終わる公算が高いだろう。それほどまでに、時代の流れというものは、残酷なものなのだ。
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