2024年01月29日

2024年大相撲初場所の感想

照ノ富士の3場所ぶりの復帰,霧島の綱取り,琴ノ若の大関取りと話題が豊富で,これに引っ張られて上位陣は内容の濃い取組が多く,非常に盛り上がった場所になった。結果は霧島だけが未達となったが,照ノ富士が9度目の優勝,琴ノ若が大関取り成功かつ優勝同点と,多くが達成された。

照ノ富士は休場が多いが出場すれば優勝するという,末期の横綱の過ごし方を全うしている。なんとかあと1回は身体が持ってほしい。序中盤で2敗したことについて不安視されたが,琴ノ若・霧島・豊昇龍に対しては生涯不敗のままであるので,本人は心配していなかったのかもしれない。負けが込んだら休場,体力が持ちそうなら完走という心持ちで,2敗はある程度織り込んでいたのではないだろうか。終盤は膂力や気迫もさることながら,やはり四つ相撲の技能が突出していた。小刻みにたぐって小手投げをうって崩し,右四つになってしまう。最後の優勝決定戦,照ノ富士が巻き替え合いを制してもろ差しに組まれたら琴ノ若でも為す術もない。

琴ノ若は先々場所が9勝,先場所が11勝の計20勝であったから,そもそも13勝は無理であって大関取りの場所とは言えないと言われていた。にもかかわらず13勝するかもしれないという望みがあって審判長が大関取りの場所と明言してしまったのは,審判長が師匠であるがゆえの甘めの裁定だとすら言われていた。それをひっくり返して13勝,しかも優勝決定戦まで残り,何より文句のつけようのない充実した内容であったから,前評判をひっくり返している。なお,私は先場所の評で「年間全て三役で勝ち越している安定感,横綱・大関の数も考えると初場所はかなり下駄を履かされそうであるが,それでも12勝で計32勝はないと話題にならないだろう。仮に初場所12勝以上するようなことになれば優勝争いをしており,霧島の綱取り最大の障害になっている可能性が高い。これも期待して待ちたい。」と書いていて,予想通り,期待通りの展開であった。内容については,従来より恵まれた体格を活かしてどっしりと構え,サラブレットらしい優れた技能で投げるか寄り切ってしまう。今場所はその技能に磨きがかかっていて,2回も肩透かしを見せている。体格から考えると相当に身軽であり,技能賞は納得の受賞である。ただし,それだけに同じように上体の体格と抜群の技能でとっている照ノ富士が完全上位互換と言え,それは苦手だろう。琴ノ若は対照ノ富士に限って別の相撲でいった方が勝機があるかもしれない。


個別評。照ノ富士は上述の通り。大関,霧島は器用貧乏に苦しんだ感があり,序盤は相撲に迷いが見えて上手く取れていなかった。終盤は調子を上げて四つ相撲が光り,豊昇龍戦の二枚蹴り等は見事であったが,結局序中盤の2敗が響いて優勝戦線に残れなかった。ここは2敗が響かなかった照ノ富士との大きな違いだろう。十四日目の琴ノ若戦は琴ノ若の出来が良すぎ,彼が重すぎて攻めきれなかった。しいて言えば押さずに早めに組むべきだったかもしれないが,あの日の琴ノ若は結局寄り切るのも難しかったかもしれない。豊昇龍はどうしても出足の強い相手に負けがちで,五日目の豪ノ山戦は単なる負けで済んだが,六日目の阿炎戦で右足を負傷したのが,まさか十三日目の霧島戦で蹴られて休場に追い込まれることにつながるとは。むしろ,その右足のケガを引きずったまま終盤まで2敗で優勝戦線に残っていたことを褒めるべきかもしれない。重傷では無さそうなので,しっかり直してほしい。貴景勝は場所前は好調そうだっただけに,早々に休場となったのは惜しかった。最後まで残っていたら照ノ富士も琴ノ若もどうなっていたか。

関脇・小結。琴ノ若は前述の通り。そういえば改名はするのだろうか。大栄翔は可も不可もなく。大関取りとなると5人目の大関であるので,ハードルがかなり高くなりそうな。高安は腰の古傷の悪化で一度目の休場,インフルエンザで二度目の休場と不運の極みである。宇良は勝ち星が上がらないなりに身体は動いていて,千秋楽には竜電相手に見事な伝え反りを見せた。

前頭上位。若元春は復調傾向で,左四つの強さが戻ってきた様子。大関取りに再挑戦してほしいが,状況は大栄翔と同じで相当に厳しい。熱海富士は上位挑戦で跳ね返された。体格は十分だが,まだまだ動きが鈍重で,幕内上位の早い展開についていけていない。琴ノ若以上には0−4(照ノ富士とは対戦せず),それ以外には6−5ではあるので,中盤では十分に通用するだろう。豪ノ山は豊昇龍を倒した相撲が会心の出来だったが,それ以外は出足を止められて苦しみ,熱海富士同様に跳ね返された形。翔猿は今場所も動き回って良い相撲を見せた。六日目の照ノ富士戦が少し物議を醸したが,私の感想はこの通り。

前頭中盤。金峰山は首と右膝に故障を抱えての場所となり,非常に痛々しかったので休場してほしかった気はする。その中で,押して一方的に勝てる取組だけ白星を拾い,7−8にまとめた。良いことではあるが,あまり良くない成功体験になってしまう気も。湘南の海も豪快な相撲がなりを潜め,押されると一方的に負け,特に中盤が不出来で大敗した。ケガを公表していないので様子がわからないが,どこか痛めていたのではないか。一山本は突きの威力が通用せず,家賃が重かった。先場所大勝ちして中盤に上がったが,跳ね返された。朝乃山は途中休場を挟んで9勝,本来の実力を考えれば妥当だが,どうも謹慎休場後はケガに弱い。謹慎休場でなまり,身体の作りに影響を与えているように思われる。北青鵬は無茶な相撲でも勝つのが持ち味だったが,とうとう右膝が限界を迎えた。やはり相撲ぶりを変えるしかない。勝った相撲で翌日から休場するのは少し珍しい。御嶽海はこの地位で6勝は意外な出来で,身体がしぼんでいるようにも見える。老け込むのはまだ早い。

前頭下位。剣翔は張り差しで相手の出足を止めるのが得意戦法になっていて,割りと効いている相手が多い印象。止められなくてもぼちぼち相撲になっている。隆の勝は久々に元気で10勝,これで中盤には戻れるだろう。王鵬も10勝したが,もはや登りエレーベーターと評した方がよく,問題は中盤で勝てるかどうかである。一方苦戦したのがベテランで,妙義龍は5−10に終わった。足腰が弱っていて脆い。遠藤も5勝に終わり,ばたついた相撲が多い。宝富士も6勝で,個人的にはこれが最もショックである。左四つになっても完勝できておらず,攻めが鈍っている。碧山は1勝も出来ないまま途中休場となった。彼も突いても相手を崩せなくなっている。

最後に大の里。熱海富士と並ぶ期待のルーキーで,前頭下位・中盤で取る分には十分な体格も技能もあり,出足が鈍いということもなく,現時点では明確な弱点が見当たらない。さすがに琴ノ若・豊昇龍・照ノ富士と当てられて3連敗したが,本割が崩されなかったら14勝で新入幕優勝でも全くおかしくなかった。さすがに来場所は対策されるであろうことと,宇良や翔猿,翠富士のような小兵やトリッキーな力士とは当たっていないので,その辺でどうなるかを楽しみに待ちたい。  続きを読む

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2023年12月02日

2023年大相撲九州場所の感想

先場所のような展開になるかと思われたが,星のつぶしあいとはならず,霧島が実力を発揮して頭一つ分抜け出し,2敗を維持して優勝した。横綱照ノ富士の優勝を除くと,つまり大関以下での2敗での優勝は7場所ぶり,去年の九月の玉鷲以来である。というよりも直近3年で照ノ富士を除いて2敗以内で優勝したのはその玉鷲と御嶽海と大栄翔が1回ずつという状況である(いずれも関脇以下)。照ノ富士にしても3敗での優勝が少なくなく,優勝ラインが3敗・4敗まで下がらなかったのは,令和の時代としては珍しい現象と言えよう。

優勝した霧島は,序盤はそこまで調子が良いようには見えず,実際に6日目までに2敗している。しかし,周囲もぽろぽろと取りこぼしていき,結果,優勝争いで優位な位置を占めると尻上がりに調子を上げていった。苦手な型がこれといってなく,どういう相撲になっても取れるが,立ち合いに当たり負けることが意外と多いのと,押し相撲になると本職に対しては流石に劣勢で危ない場面が増えるという弱点はある。今場所の2敗はいずれもまさにこれらのパターンで,綱取りに向けて成績を安定させるならこの課題と向き合わなければならない。逆に言ってその霧島を一歩も押せなかった貴景勝は,やはり状態がかなり悪かったのであろう。来場所こそ熱戦を期待したい。

優勝争いを千秋楽まで引っ張った功労者,熱海富士は二場所連続の活躍で,先場所の成績がフロックではないことを証明してみせた。単純に巨漢でパワーがあるが,それを無駄なく存分に生かした相撲ぶりである。巨漢力士にありがちな中に入られると脆い弱点はあるが,抱えて極める対抗策があり,照ノ富士に比べると不格好であるが,平幕力士にには十分な脅威であろう。上位戦にも少し慣れ,高安と豊昇龍を撃破したのは見事であったが,優勝争いのプレッシャーの前では流石に固くなった。次はとうとう上位挑戦であるが,流石に対策されそうである。

他のトピックでは琴ノ若が11ー9ー11の直近3場所が計31勝で,今場所の昇進には2勝足りない。年間全て三役で勝ち越している安定感,横綱・大関の数も考えると初場所はかなり下駄を履かされそうであるが,それでも12勝で計32勝はないと話題にならないだろう。仮に初場所12勝以上するようなことになれば優勝争いをしており,霧島の綱取り最大の障害になっている可能性が高い。これも期待して待ちたい。


個別評。大関はすでに二人語ってしまったのであとは豊昇龍だけだが,こちらは10勝しつつも貴景勝に負けているのが一つ象徴的で,そこでむきになって貴景勝の押し合いに応じてしまうところが霧島に差をつけられた原因である。熱海富士に対しても,決してなめてかかったわけではないのだろうが,重さを見誤っての拙攻で負けている。勝った相撲も技巧に頼りすぎて自滅寸前だった相撲があり,そろそろ負けん気の強さだけで相撲を取るのをやめてほしい。

三役。大栄翔は中終盤に失速して9勝で終戦した。11勝していれば霧島と並んで年間最多勝となったが,その2勝が遠かった。押し相撲力士の性質とはいえ,あまりに一度の連敗が長い。大栄翔の場合,不思議なのは不調に陥っても同じ押し相撲の力士には相撲になることで,終盤に一山本と貴景勝には勝っている。他の押し相撲力士よりも立ち合いの当たり偏重であるのが良いのだろうか。若元春は大関取りに向けての緊張感が一度切れたか,動きが鈍重で以前に戻ってしまった様子であった。平幕から出直しもやむなし。琴ノ若はすでに書いた通り。阿炎と北勝富士はある種順当な負け越しで特にコメントはない。

前頭上位。朝乃山は途中からの出場で不安視されたが,蓋を開けてみると普通にとっていた。その結果が4−4−7というのはコメントに窮する。最初から普通に出ていても8−7くらいで終わっていそう。やはり右四つになるまでが課題で,浅いまま寄っていこうとして振りほどかれる負けパターンはちょっと見飽きたかなと。宇良はらしい相撲が多く,見ていて面白かった。7−7からの千秋楽,動き回って北青鵬を良いように崩し,勝ち越しを決めた取組が白眉である。高安は立ち合いのかち上げの威力が戻ってきて10勝。問題は来場所も続くかどうか。翠富士は技能賞受賞ならなかったのが不思議な出来で,9勝ではあるが,立ち合いの変化を含めて上手い相撲が多かった。特筆すべきは七日目の北青鵬戦,水入りを挟んで計6分40秒超の大熱戦が繰り広げられた。それには報いなければなるまい。先場所ももらえなかったし,三賞選考委員会の目はどうなっているのか。

前頭中盤。北青鵬は大型力士の倒し方実践の場になってしまっていて,もう少し対抗策を練ってほしい。このままではどんどん対策が進んでいくだけである。先場所の評に「肩越しの上手をとってからの動きがスムーズになって負けにくくなった」と書いたが,全く続かずに今場所は元に戻ってしまった。熱海富士はすでに語った通り。

前頭下位。剣翔は後半に突如として調子が上向き,右四つかもろ差しに組んで腹に乗せて寄り切ってしまう取組が多かった。特につって崩した相撲が2番あり,好調ならそれもできるということなのだろう。友風は4年ぶりの幕内となった。大ケガの原因ともなった引く癖はまだ残っていて,その意味でこわごわと取っている感じもしたが,まずは戻ってきたことを祝いたい。復帰の場所で7−8であるから,下位では十分にとれるのだろう。一山本は相撲ぶりは変わっていないが,当たったら早々に頭をつける形の押し相撲は特徴的で,対策が立てづらい。今場所は当たりが強く,頭をつけてからの攻めも早かった。以前は序盤が好調だとスタミナが切れて息切れする傾向があったが,今場所はそれもなく完走した。しゃべりが面白いのだが,最近はあまり話す場面を見ないので寂しい。

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2023年09月29日

優勝の代わりに失くしたものは

土俵の充実に反して,締まらない結末となった。11勝で優勝が決まったこともさることながら,優勝決定戦の片方が平幕,しかも優勝した大関は決定戦で変化したとあっては盛り下がるのはやむをえまい。貴景勝本人は変化自体で決めるつもりは無かったと言っていたが,そういう問題ではあるまい。困るのは来場所の綱取りである。裏ルール的に片方が準ずる成績なら概ね27勝が求められ,過去の実績があれば1勝おまけされて26勝でも昇進が認められる傾向にある。貴景勝の場合はすでに優勝4回であるから実績十分として1勝おまけするとしても,全勝優勝以外ではこの条件を満たさない。14勝優勝は議論の末に昇進となるように思われる。確実に揉めるのは14勝で優勝同点と13勝優勝で,揉めた挙げ句来場所に12勝等の緩い条件で持ち越しになるのではないか。12勝優勝や13勝の優勝同点・次点あたりも来場所に持ち越しという議論になりそうである。


個別評。大関陣。貴景勝は優勝できるような体調であるようには見えず,霧島と豊昇龍の乱調,照ノ富士の休場に助けられた形である。これで優勝というのも不思議な感覚というのは本人も感じているのではないか。豊昇龍は相撲の歯車が噛み合っておらず,自滅する相撲が多かった。やはりメンタルは叔父ほど強くない。それでも最終盤に吹っ切れて強さが戻ってきたのは立派で,プレッシャーから解放される来場所に期待したい。霧島はよくわからない。押し相撲に付き合って負けた相撲が多く,結局のところ器用貧乏という弱点を突かれたのかなと思う。大関昇進前から押し相撲には意外と負けているので,そもそも意外と押し相撲に弱いのかもしれない。

関脇・小結。大栄翔は何とか二桁に乗せた。さすがにこれを起点に大関取りを決めたいところだが,さすがにツラ相撲の傾向が強すぎる。連敗に入ると急激に押す力が弱くなるのは何とかならないか。若元春と琴ノ若と翔猿は可も不可もない出来。錦木は急に元の強さに戻った。霧島と豊昇龍が大関に昇進したことで,急速に新大関誕生の気運がしぼんでおり,琴ノ若以外はさして若くないから強い危機感を持つ人が多かろう。

前頭上位。北勝富士は3大関撃破の出だしであったが,プレッシャーからかその後に相撲が縮んでしまった。3つの貯金でなんとか勝ち越した感じで,これでは優勝も大関も遠い。朝乃山は攻め急ぎすぎて前のめりに倒れる悪癖が大関時代から全く治っておらず,前の昇進時よりも関脇・小結が詰まっていて,勝ち越す地力はあるものの大関再昇進はかなり厳しい。右四つにがっちり組めれば強いのだが,対策されてしまっている。宇良は今場所もよく動いていた。本当に上手く土俵を使って回り込むものだ。湘南の海はそれほど印象に無かったが,終わってみると7勝で善戦した。前頭5枚目の位置ながら役力士との対戦がほとんど組まれず,ほぼ中盤の力士と同じ対戦表になったという幸運はあるが,巨体を生かした相撲で勝ち星を集めた。左四つで,寄りではなく投げで決める点で琴ノ若と違う。対して豪ノ山は同じ5枚目なのに頻繁に上位と組まれたが,なんと9勝で勝ち越した。早くも上位定着の様子である。すでに押す力は貴景勝・大栄翔・北勝富士に次ぐ。

前頭中盤。高安は今場所こそ優勝がありうる展開だったが,本当にメンタルが弱い。どうしたものか。平戸海は左前まわしをとっての相撲が冴えていた一方,体格差で当たり負けしたり,まわしを切られて相撲にならなかったりする場面も多く,6勝という結果は地力が出たように思われた。翠富士は好調で10勝のうち6勝が肩透かしである。来るとわかっていても回避できないのだから相当な切れ味で,相手からすると浅い差し手が入るだけで恐怖であるから,副次的な効果も出ている。今場所はさらに湘南の海相手に巻き落としも決めていて,これで技能賞が受賞できなかったのは意味不明である。これ以上どう技能を示せというのか。選考委員会は何を見ていたのか。金峰山も9勝,四つ相撲を覚えようとしている過渡期のように見え,その割にはよく白星を稼いだ。十分な素質を見せたと言えよう。

前頭下位。遠藤・御嶽海は登りエレベーターのはずだが9勝で終戦した。御嶽海は日毎の出来が異なり,その辺は上位にいた頃と変わらないというべきか,不調だと前頭下位でも勝てないということが判明したというべきだろう。遠藤は負けた相手も見ると好調な力士が多く,仕方がないという気も。北青鵬は肩越しの上手をとってなんとかしてしまおうとするところは直っていないが,肩越しの上手をとってからの動きがスムーズになって負けにくくなった。これを貫くなら上位戦でも見てみたい。来場所に期待したい。妙義龍は10勝で,久々に前傾姿勢のまま当たってすっと右四つかもろ差しとなり形をつくる一連の美しい動きが見られた。かなり体調が良かったのではないか。最後に熱海富士。琴ノ若や湘南の海に続き,これまた恵まれた体格であるが,右四つの四つ相撲を基本としつつも押し相撲でも割りと取れる。ただ,異常に好調だっただけのようにも見えたので,来場所に真価を見たい。
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2023年07月25日

3関脇大関取りと新入幕活躍の場所

3関脇の大関取りが場所を引っ張り,北勝富士と錦木と,伯桜鵬ら新入幕がそれを追い,充実した土俵で非常に面白い場所であった。欲を言えば霧島・貴景勝・照ノ富士のうちの一人ぐらいは完走・勝ち越ししてほしかったと思うが,こればっかりは仕方あるまい。

3関脇は大栄翔が11勝,豊昇龍・若元春は12勝必要という条件で始まった。本命視されていたのは11勝で良く,ここまでの実績もある大栄翔であった。しかし,突き押しの相撲は連勝も連敗も多いから一度躓くと立て直しが難しい。また出足で一気に押すスタイルであるので,スタミナが無いわけではないが一度受け止められると脆く,二の矢の無いまま止まり,まわしを触られると引いてしまい,あるいは引かれて前のめりに倒れてしまう。この弱点を突かれて終盤負けが込み,十四日目の阿武咲戦では立ち合い変化して評価を落とした。挙げ句千秋楽でも同じ押し相撲の隆の勝相手に前のめりに倒れて9勝で終戦した。押し相撲の大関取りの難しさを体現する形になった。若元春は遅咲きながら急成長し,左四つの型と驚異的な粘り腰を武器に安定していた。しかしこちらは遅咲きゆえの経験不足に泣き,緊張で体が動かなくなっていったのが見て取れた。対照的だったのが豊昇龍で,3人では最も若い24歳ながら上位に定着してから長く,いくつかの失敗もありながら,ここぞという時の精神の安定,闘志の奮い立たせ方を身に着けていた。十二日目に北勝富士に負けた時にはまずいかと思われたが,そこからの立て直し方が素晴らしかった。相撲の型が無いとは言われるが叔父譲りの技巧派ということで良いのではないかと思う。優勝と大関取りの両取りに成功した。

それ以外では新入幕の3人が全員10勝以上と好成績を挙げた。最近は新入幕がすぐに活躍することが目立つが,全員10勝以上という場所はさすがに珍しい。先場所十両優勝の豪ノ山は伯桜鵬よりも活躍する可能性があるという意見もあり,実際に良い押し相撲を見せていた。しかし,研究されると脆いかもしれない。伯桜鵬は11勝であわや新入幕優勝というところまで行った。遠藤並に技術が伸びることが見込まれ,あの体格なのによく足技がとぶところも魅力的である。遠藤はパワー不足に泣いてエレベーター化しているうちにケガがあり,上位に定着できなかった。伯桜鵬は逆にパワーがすでにかなりある一方で左肩にケガがある。左肩が治るか否かに全てがかかっている。湘南乃海は前2者に比べると有望視されていなかったが,目立たないうちに白星を重ねていた。3人の中では最も体格が良く,突き押し,四つのいずれでも取れ,押し込まれても冷静に組み止めたりかわしたりできている。右上手投げや右小手投げが強力で武器になっている。一方で大柄な力士にありがちな,細かく動かれると脆いという弱点がある。いずれも今後が楽しみだ。


個別評。照ノ富士は途中休場となった。三日目に翔猿のユルフンに付き合って相撲をとったのが原因で,適当なところでまわしを離していた方が膝がもったかもしれない。残念である。霧馬山改め霧島は初日から休場で驚いたが,直前になって右肋骨のケガとのことだった。四日目から照ノ富士と入れ替わりで出場した。日ごとに相撲の出来が異なったのはケガのゆえか。6−7−2となんとも言えない成績で終戦。負け越すなら全休でも良かったと思われる反面,大栄翔と若元春に勝っており,特に大栄翔はこの敗戦で調子を落としていったから,大関取りの関門としての役割は果たしている。来場所のカド番脱出は心配無いだろう。

3関脇はすでに語ってしまったので省略。小結,琴ノ若は11勝で,若元春と大栄翔の大関取りが降り出しに戻ったのとは対象的に出発の場所となった。脇の甘い弱点があったが,今場所は差し勝って右四つか左四つになる場面が多く,ある程度克服できている。現在の上位では照ノ富士に次ぐ上半身のパワーと重量があるのが魅力で,大関取りは十分に射程圏内だろう。阿炎は悪くない出来であったが,周囲の調子が良すぎて負け越した。連敗するのは突き押しの宿命か。

前頭上位。錦木は2018年の下半期以来3年ぶりの覚醒で,元より膂力は角界随一で特に投げが強く,特に初日に照ノ富士をすくい投げで投げ飛ばしたのは荒れる今場所の開幕として象徴的であった。優勝もありうるかなと思ったが,若元春と同様に,年齢を重ねたベテラン力士であっても優勝争いのプレッシャーは平等に襲ってくる。終盤見るからに体が固かったのは仕方がないことだろう。翔猿は三日目の照ノ富士戦と十三日目の宇良戦のユルフンの印象が非常に悪い。これまでまわしは固く締めている人という印象だったが,今場所は緩めてきたのだろうか。御嶽海は膝のケガあまりにも悪く星が伸びずに3勝に終わったが,不思議と精神面は悪くなく,普段に比べて粘りがあったように見えた。何か思うところがあったのだろうか。朝乃山は途中休場を挟んで勝ち越した。やはり力はある。しかし,右四つ得意ながら形が整わないうちに攻め込んで自滅する,右四つになれずに焦って前のめりになるという弱点は解消されていない。明生は当人が8勝のぎりぎりの勝ち越しながら,上位に同部屋がいるという点で豊昇龍の支えになっていたと思われる。優勝直後に豊昇龍がハグを求めに行っていて,慕われているのだなと。翠富士は研究されていて動きを読まれている感じがした。肩透かしにいけた場面が一度もなかった。4勝と惨敗であるが,霧島と北青鵬から白星があり,勝った相撲は印象が良い。同じく平戸海も5勝にとどまったが,勝った相撲は左前まわしの良い位置を引いていいようにとっていた相撲であり,印象深い。

前頭中盤。北青鵬は研究されて6勝にとどまり,(肩越しの)右上手だけでは耐えられなくなってきた。ただし師匠の白鵬は負けて覚える相撲の精神であえてそのままにしているという話もあり,実際に負けが込んだ今場所を踏まえて,来場所は相撲を変えてくるかもしれない。王鵬はもろに力負けしていて,まだ前頭中盤の家賃が重い感じ。北勝富士は相撲ぶりは大して変わっておらず,立ち合い当たった直後に左右どちらかにずれて相手の勢いを殺し,斜め横からおっつけて押し込む。突きはうたない反面で四つの体勢になってもある程度相撲になる。今場所はこの独自のスタイルが上手くはまって連勝が伸びた。老け顔で年齢不詳なところはあるがまだ31歳,もう一度や二度の優勝争いが会っても不思議ではない。

前頭下位。新入幕の3人はすでに書いたので省略。竜電と遠藤は大勝ちしているが,この番付なら当たり前の地力だろう。武将山は再入幕であったが,なかなか幕内に定着できずに苦しんでいる。よく聞くように,やはり立ち合いの速さや圧力が違うのだろうか。宝富士と碧山はこのところ苦しんでいたベテラン勢だが,今場所は9勝で復調の気配が見えた。それぞれ左腕を使った攻めと突いてからのはたきという得意技がよく出ていたように思われる。


千代の国が引退した。比較的大柄な体格に似合わないアクロバティックな動きで,宇良や翔猿とはまた違ったサーカス相撲であった。その取り口からチヨスランドのあだ名があり,ネットでは人気があった。しかしやはり体格と取り口が合わず,ケガが多くて大成できなかったのが悔やまれる。好角家には印象に残る力士だったと言える。石浦が引退した。小兵が多い白鵬の内弟子の一人で,小兵ながらに真っ向ぶつかっていく押し相撲と,小兵らしく潜って中に入る相撲を使い分けていて,立ち合いから相手を翻弄した。それができるだけの押す力があったということであったが,やはり身体への影響はあり,ケガが増えていっての引退となった。両名ともお疲れ様でした。
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2023年06月04日

栃ノ心引退に寄せて

栃ノ心ことレヴァン・ゴルガゼはジョージア(サカルトヴェロ,グルジア)の出身で,レスリング経験者が多い欧州勢の中では珍しく,柔道を出自とする。1987年生まれ,2004年から相撲を始め,春日野部屋に入門,2006年3月の初土俵から急激に番付を駆け上がり,2008年初場所で新十両,同年五月場所で新入幕となった。黒海以来二人目のジョージア出身の関取である(なお,栃ノ心はジョージアの呼称を気に入っていて大使館が呼称の変更を呼びかけるより前からジョージアを使用しているとのこと。本記事はそれに沿う)。ヨーロッパ人らしい力強さがあり,柔道ベースであるがゆえに相撲への順応も早かったため,大いに期待された。一方,不器用で身体が固くてばたつくところは琴欧州によく似ており,右四つにならないと相撲にならないと多くの弱点が露呈し始め,前頭をエレベーターすることが続いた。

そうして時間が経つうちに,2010年に春日野親方から素行不良を咎められてゴルフクラブで殴られた事件が発覚した。2023年現在であれば協会から懲戒されるのは春日野親方の方であるが(当時もゴルフクラブは無いだろうと春日野親方を批判する声がファンからは上がってはいた),当の栃ノ心本人が被害届を出さず,世間にも春日野親方を批判しないよう世間にお願いするにいたって事態は終息した。以後,むしろ栃ノ心は春日野親方からまわしを譲ってもらって身につけるなど親密になり,不思議な師弟である。2013年名古屋場所には徳勝龍戦で右膝の靭帯を損傷して休場,さらに3場所全休となった。この時の映像は協会が公開しているが,よくある下がって土俵から転げ落ちてのケガではなく,四つ相撲でこの取組自体は栃ノ心が寄り切りで勝っている。大ケガを負う相撲には見えず,勝った直後に栃ノ心が顔を歪めて一人では立てなくなったのだから,徳勝龍も驚いたことだろう。

再出発は2014年の大阪場所,幕下55枚目からとなったが,右膝の大ケガ以外も治し,身体を作り直す良い機会となったか,急速に番付を戻した。昔の角界は「ケガは稽古しながら直す」と言われ,比較的短期間で場所に戻らされていたが,ちょうど栃ノ心くらいから長期休場で一度関取の地位を失ってでも完全に直してから復帰した方がいいという風潮が広がり始めた。栃ノ心はその最初期の成功例と言ってよく,この後に照ノ富士が続く。とはいえ再出発後もエレベーターが長く続き,このまま終わるかに思われた矢先の2018年に突如として覚醒し,まず初場所に前頭3枚目の平幕で14勝の優勝。翌春場所は10勝,五月場所は13勝し,起点の場所が平幕であったものの3場所計37勝で大関取りに成功した。ヨーロッパ人としては琴欧州(ブルガリア)・把瑠都(エストニア)に続く3人目の大関である。この頃になるといきなり右四つにいくことをやめて,不格好ながら威力のある突きである程度崩してから組むようになり,これがよく効いた。左四つでも相撲がとれるようになり,本筋の右四つも力強さを増していた。

しかし栃ノ心の全盛期はこの2018年の前半で,大関として初めて土俵に上がった名古屋場所でいきなり右足親指を痛めて途中休場,次の秋場所はなんとかカド番を脱出したが,2019年初場所は右太ももが肉離れを起こして途中休場,その後も大関としては低空飛行となり,一度関脇で10勝して復帰したが,結局は累計5場所で陥落となった。特に古傷の右膝が再び悪化していて,一度下がると引き技をうつ間もなく土俵を割るしかなかったから,どうしようもなかったかもしれない。

それでも前頭中盤で,上手く右四つになれた時にはよくパワーを発揮して若手の壁となり,ベテラン力士の一人として長く地位を保った。衰えない膂力は驚嘆すべきものであった。負け越しても7勝か6勝というようにゆっくりと番付を下げつつも粘って3年続け,2023年の初場所に左肩を脱臼して休場,とうとう力尽きた。五月場所に十両の地位のまま引退した。


取り口は右四つ主体の四つ相撲であり,投げるよりは寄りで勝つ相撲が多かった。右下手よりも左上手が基盤になっており,左上手を取りさえすれば上位で通用する相撲になった。恐ろしい怪力であり,相手の体重が200kgを超えていようが大関だろうがつり上げて崩した。また前述の通り,不器用な力士であったが,2018年の全盛期にはそれを克服し,左四つでも相撲をとったり,突き押しでもある程度相撲になり,突いて崩してからの右四つが必勝パターンになった。一方で右四つになれば無双できたわけではなく,同じパワータイプである把瑠都には1勝12敗,照ノ富士には2勝11敗,何より白鵬には1勝27敗(唯一の勝利は大関取りの場所)といいようにやられている。前さばきが上手いわけでもなく,稀勢の里や琴奨菊には差し負けての左四つで,それぞれ9勝17敗・11勝25敗と大きく負け越している。豪栄道にも組んでもらえず10勝19敗。その不器用さゆえに右四つになれなかったり,なっても投げで打開されたりといったところが大関で定着できず,相撲人生の大半がエレベーター力士にとどまった理由かもしれない。むしろこれだけ苦手な力士が多くても大関にはなったのだから,得意にしていた力士も多いということで,合口の良し悪しの強い力士だったとも言えよう。引退後は未定とのこと。さしあたっては臥牙丸のYouTubeチャンネルに出演してほしいところ。お疲れ様でした。  
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2023年05月30日

2023年大相撲五月場所の感想

最近は大関をうかがう関脇・小結が多く,また彼らがそろって好調で星を潰し合う展開が多く,今場所もまさにその展開であった。先場所はその潰し合いの中で先場所は潰されなかった霧馬山が優勝したが,今場所は戻ってきた照ノ富士が場所を締めることになった。6場所ぶりで,三場所全休明けでの優勝は平成元年初場所の北勝海以来で,あとは大鵬がいるだけとのことだ。三場所全休自体があまり無いことなので,該当者も少ない。

今場所の照ノ富士は決して状態が良かったとは言えない。特に序盤は無理に振り回す相撲が多く,明らかに相撲勘が鈍っていたし,蹲踞のたびに顔を歪めていたように膝の調子も悪かった。振り回すから余計に膝に負担がかかるという悪循環でもある。それでも優勝したのだから,積み上げてきた心技体に感服するしかない。また一方で,現在の大関・関脇と照ノ富士の間にはまだそれだけの差があるということで,その差が照ノ富士の横綱昇進以降全く縮まっていない。明らかに今の関脇陣は成長著しいにもかかわらず。なお,照ノ富士の優勝は12勝や13勝が多くて12勝が4回で13勝が2回,14勝は今場所のみ,全勝が1回で計8回である。なお,これ以外に14勝で優勝できなかった場所が1回ある(白鵬が引退前最後の全勝優勝を飾った場所で,千秋楽にその白鵬に負けたのが唯一の黒星)。

霧馬山は見事に大関取りを果たした。序盤は変化した白星や下がっての白星があって内容が心配されたが,尻上がりによくなり,必須の10勝より一つ多い11勝,そもそも西の大関が空いている状況では文句なしの昇進である。引く相撲が多かったとはいえ大関取りのプレッシャーがかかる状況であり,逆に言えば引いて残す足腰があるということだから,精神が整えば調子は上向いた。その意味で,大関になってから鍛えるべきは精神力かもしれない。面白いのは他の関脇も続いていることで,来場所の展望としては,
・大栄翔:12+10=22勝
・豊昇龍:10+11=21勝
・若元春:11+10=21勝
と3人同時の大関取りが見どころになる。11勝でよく優勝1回の実績がある大栄翔は大本命だが,押し相撲で成績にムラっけがあり,場所の序盤に話が雲散霧消する可能性もある。豊昇龍は安定しているが,意外にも12勝したことがなく,大関取りには未知の領域の勝ち星が必要。12勝したことがないのは若元春も同じで,しかも若元春は遅咲きすぎてまだ上位に定着したばかりであるため,実績が大きく不足している。年齢の話をすると豊昇龍は若いが,大栄翔と若元春はいずれも29歳で,そろそろラストチャンスの可能性もある。


個別評。優勝した照ノ富士は上述の通り。貴景勝も横綱同様に休場明けで苦しい場所になった。立ち合いの変化も交えてなんとか勝ち越したのはやむを得まいが,来場所は内容を求めたい。

関脇陣。霧馬山は上述の通り。さらに言えば先場所・先々場所に書いた通りで,何をやらせても強い器用な力士に成長したと言えよう。豊昇龍も霧馬山と同系統ではあるが,相変わらず攻め急ぎや無理な投げによる自滅が多い。素早くかっこよく決めることを目指すのはやめて堅実に大関取りをねらってほしい。大栄翔は今場所も冴えた突き押しで止まらず攻め続ける場面が多かったが,先場所に続いて周囲も強かった。とはいえ大関取りは近く,間に霧馬山を挟み,貴景勝と突き押しの大関が並ぶ光景が見られるかどうか。若元春は急成長でありながら安定しているように見えるのがすごい。今場所もうっちゃりが見られてよかった。器用な力士ではないので相手の投げを食うことが多く,突き押しの展開になると厳しいので,その辺が改善点か。

小結。琴ノ若はここ数場所と同様になんとか勝ち越しで,ぎりぎり「次の大関」の地位をつないでいる。パワーも技術もあるのだがあと一歩勝てない。照ノ富士すら追い詰めているのだが,どうもこうなったら勝てるという型が無い。照ノ富士・豊昇龍・霧馬山に合口が悪いので,なんとか打開したいところ。正代は不調には見えなかったが,関脇陣が良すぎて負け越した。また下がると脆かったので,膝を痛めているのかもしれない。前頭上位にはとどまるし,相撲が崩れているわけではないので来場所に期待したい。

前頭上位。ここは関脇陣の活躍によって壊滅している。錦木は往年のパワーを発揮して数少ない勝ち越し。中日から8連勝で,若元春と貴景勝を破り,隠れた台風の目になっていた。宇良は負け越したが,レア決まり手ずぶねりを決める等,印象は良い。金峰山は上位初挑戦で見事に跳ね返された。突き押しの力士ながら組んでもなんとかなるという長所があったが,さすがに上位では組んだらどうにもならないケースが散見された。上位は四つ相撲のレベルが一段階違うし,組む展開に持ち込むのが上手い。

前頭中盤。御嶽海はさすがにこの地位なら勝ち越し。当たりは強いが一度出足が止まるとあとはずるずると引く悪癖があったが,今場所はよく二の矢があった。一応は復調過程なのかもしれない。動きが良かったのは平戸海で,今の幕内では軽量の部類で動きが早く,体重を考えるとパワーもある。今場所は右四つ左前まわしよりも中に入ってもろ差しという展開の方が多かった。

前頭下位。北青鵬は肩越しの上手で棒立ちなのに崩れない強固な足腰を見せて観衆の度肝を抜いた。一方で,あの守りでは足技に弱く簡単に刈り倒される,また肩越しの上手を切られても弱体化する,押し相撲にも耐えられない等の弱点も露見し,徐々に研究されてきての8勝止まりとなった。まだ上位には通じなさそうである。大翔鵬は立ち合いの威力が強いものの二の矢がなく,印象の割には6勝止まりであった。碧山はこの地位で5勝,突いていても効いておらず,さすがに加齢による衰えが隠せないか。朝乃山は12勝で大勝したが,元の地位を考えると平幕優勝してもおかしくなかったところで,大勝は不思議ではない。むしろ先場所十両を好成績で優勝したにも関わらず,平幕一桁の番付まで上がらなかったことがおかしいのである。審判部の判断がわからない。王鵬も11勝で,引き技の決まり手が多いが,押してからの引きなのでそこまで悪いことではなく,北青鵬を外掛けで刈り倒す器用さもあった。次は前頭中盤で勝ち越せるか。


栃ノ心の引退は別記事で。逸ノ城が引退した。照ノ富士と同じ飛行機で来日したのは有名な話で,高校から日本に留学し,すでに無類の強さを誇ったが,幕下付出資格を取るため実業団に進んでから大相撲に入った。2014年初場所デビュー,所要4場所のスピードで九月場所に新入幕となった。新入幕の場所で13勝の優勝次点,鶴竜を撃破しての金星獲得と目覚ましい活躍を見せ,翌場所には関脇に進出して8勝の勝ち越し,いきなり上位定着かと思われたが,ここで成長が止まってしまい,上位挑戦と下位での勝ち越しを繰り返すエレベーター化してしまう。2015年当時の好角家に「逸ノ城は大関に昇進しなかった」と言っても,あまり信用されないだろう。そのくらい当時は期待が持たれていた。原因は様々にあろうが,外国人1部屋1人制であまり大きい部屋に入れず競争相手が不在だったこと,にもかかわらずあまり出稽古に行かなかったこと,師匠との不仲など,環境があまり良くなかったことは指摘される。

せめて外国人力士の入門制限は緩和するのが逸ノ城が残した教訓ではないかと思う。2019年後半に腰を痛めて休場すると十両まで下がり,このまま終わるかという雰囲気も出てきたところ,2021年後半になって復活し,2022年の名古屋場所で初優勝を飾ったが,結果的にこれが最後の花火になってしまった。2023年初場所は新型コロナウィルスガイドライン違反により出場停止,翌場所は十両優勝したが,五月場所が始まる前に引退届を出した。表向きは腰痛の悪化となっているが,どう考えても逸ノ城の中でのやる気が失せてしまったのだろう。

取り口はパワーもあり相撲も上手く,左上手を取れば力を発揮した。左からは小手投げも上手く,ともかく左腕を自由にさせてはならないというのが相手力士の課題になった。一方で巨漢たるがゆえに横の動きに弱く,突き押しにも弱く,苦手なタイプが多数いた。また場所ごと,日ごとのやる気が明確に現れる気分屋であり,やる気のない場所は無気力相撲と指弾されかねないから休場した方がいいと思われる有様であった。引退に至る展開もこれがそのまま出たのではないかと思われ,電撃引退と報道されてはいたが,私を含めてあまり驚かなかった人も多かろう。今後が心配であるが,ひとまずお疲れ様でした。

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2023年03月27日

2023年大相撲春場所の感想

先場所の評で貴景勝は「スタミナが持ちさえすれば連続優勝は十分にありうる」と書いた。それが一転して休場である。貴景勝が休場した段階で優勝争いは全く読めなくなった。徳勝龍のようなパターンもありうるのではないかと思わせるだけ翠富士が活躍していた。大栄翔も二度目の優勝に近づいていた。しかし最終的に持っていったのは霧馬山であった。とはいえ,貴景勝休場の段階で残された力士では,霧馬山は大栄翔・豊昇龍に次いで優勝可能性が高いと見られていたと思われ,その意味で驚きは無い。先場所も小結で11勝,十分な実力を発揮していた。三役が詰まっていたから昇進できていなかっただけで直近7場所連続で勝ち越しており,ずっと上位総当たりの地位にいる。安定性は混戦の時に武器になる。

霧馬山は角界入りから8年目で,昇進はゆっくりではあったが,ケガによる休場以外では大きく負け越すこともなく,確実に昇進を重ねてきた。その中では2021年は左膝のケガが重くて停滞していたが,2022年春・夏頃に回復したようで,モンゴル人らしい強力な投げが持ち味として見られるようになった。そしてちょうど先場所の評に「今場所は普通に寄り切っても強く,巻き替えやとったりも上手かった。」「若隆景・豊昇龍に次ぐ大関候補に名乗りを挙げたのは間違いない。」と書いていた通りで,ここにきて投げ技や左からのいなし以外の技でも勝負を決められるようになった。また「突き押しの相撲にやや弱いのが今後の課題か」と書いていたが,これも今場所は大栄翔を破っての優勝となり,弱点克服に向けて強く前進している。

さて,今場所は年6場所制以降で史上初の横綱・大関不在の場所となった。貴景勝も照ノ富士もすぐに引退ということはないにせよ,やはり横綱1・大関1という状況は不安定であり,また横綱・大関が関脇以下から白星を荒稼ぎしないがために,大関候補たちの多くが好成績を残す結果となった。今場所勝ち越した関脇・小結の面々の2場所計の成績は以下の通り。
・霧馬山:11+12=23勝
・大栄翔:10+12=22勝
・豊昇龍:8+10=18勝
・若元春:9+11=20勝
・琴ノ若:8+9=17勝
霧馬山は来場所10勝でよく,優勝経験もあるから極めて有利である。9勝でも上がるかもしれない。大栄翔は先場所の10勝が前頭筆頭なのが大きなハンデで,照ノ富士のような事例もあるから来場所も優勝同点12勝なら昇進があるかもしれない。豊昇龍は少なくとも来場所の大関取りはなかろう。逆にここに来てあり得る星勘定になったのが若元春で,12勝優勝同点・次点なら昇進させてしまう気がする。ただ,成長が急激すぎて本当に安定するのかに少し不安が残るか。来場所に10勝か11勝で,再来場所に豊昇龍と同時昇進をねらう展開が穏当かもしれない。いずれにせよこのまま行くと若隆景よりも早い。琴ノ若はまだまだ先だ。

今場所は特に後半に熱戦が多く,優勝争いもあって非常に楽しめた場所となった。来場所はさらに大関取りで加熱しそうであるし,逆に照ノ富士が復活を告げる優勝を飾るかもしれない。今から楽しみで仕方がない。


個別評。貴景勝はどうしてこう,気合が乗りすぎるとケガが悪化するのか。関脇。霧馬山は上述の通り。若隆景は本当に序盤に弱い。仕上げすぎて序盤はむしろスタミナが切れているが,中盤以降は体がそれに慣れてきて勝てるようになるという説を読んだが,本当に調整ミスかもしれない。周囲にちょっと相談してみてほしい。豊昇龍は「投げに自信がありすぎて強引に投げにいって自滅する悪癖があり,今場所はそれがもろに出て左足の負傷につながった」と先場所に書いたことそのままで,今場所ケガしなかったのは幸運でしかない。もうちょっと落ち着いて相撲をとってほしい。あと立ち合いでじらしすぎ。

小結。急成長してきた若元春は本当に足腰が強く,うっちゃりが上手い。あれでは怖くて相手は不用意に土俵際に寄っていけまい。豊昇龍が強引にでも投げで決めたのもわかる。霧馬山も押し合いのうちに勝負を決めていた。このあたりが攻略法か。大栄翔は優勝した時のような出足の良さで,これで優勝できなかったのは不運というべきかそうでないか。琴ノ若は9勝で十分すごいのだが,周囲が皆10勝しているので埋没している。翔猿も動きは悪くなかったが,今場所は周りが良すぎた。

前頭上位。玉鷲は全く前に出る圧力がなく,らしくない相撲が多かった。御嶽海もあまりにらしくない相撲が多く,出足が止められると何もできなかった。あまりにも脆く,土俵を割る前から力を抜いていた相撲が多かった。よほどどこか悪いのだろうか。逆に出足が戻ってきたのが正代で,ケガが直ったのかプレッシャーがなくなったのか。最後に場所の前半を引っ張った翠富士。元から引き技は巧みで肩透かしの名手であったが,ちゃんと引けるだけの後背地を用意するだけの圧力がなかった。今場所の翠富士はその圧力があって低く中に入るのも上手かった。結果としてむしろ肩透かしがあまりなく勝ち星が積み重なった。どうしても圧力負けする相手,たとえば阿武咲には躊躇なく変化し,その変化もまた上手かった。

前頭中盤。高安は10勝ながら番付を考えるとむしろ優勝しても全然おかしくなかったと思う。千秋楽に豊昇龍を破って存在感は示した。宇良は今場所も名勝負製造機として活躍したが,土俵際で無理に粘るのは見ていて怖い。平戸海が右四つ左前まわしになると相当に強く,今場所は突き押しやもろ差しよりも形が良かった。これを磨いていった方がいいのかもしれない。あとは錦富士。中盤に崩れたが,序盤と終盤は好調であった。もろ差しか左四つなら相撲になったが,今場所は突き押しの相撲に敗れる場面が多く,上位挑戦だとそこが不安かもしれない。

前頭下位。カザフスタン出身の新入幕,金峰山は新入幕とは思えない強さを見せた。突き押しの人と聞いていたが四つ相撲でも十分に強く,右四つでも相撲になる。先場所は十両5枚目で11勝だったというのだから1場所ごとに急激に成長している。四股名について,師匠の木瀬親方(元肥後ノ海)の出身が熊本県でその地元の山から取ったとのことで,読みは「きんぼうざん」である。金峰山とは元は奈良県の大峰山を差し,蔵王信仰の拡大に沿って日本全国に同名の山があるが,最も有名なのは山梨県と長野県の県境にある金峰山であろう。日本百名山の一座を占め,読みは長野県では「きんぽうざん」,山梨県では「きんぷさん」になる。難易度がそれなりに高いので万人には勧めがたいが,実際に良い山であった。……私は大相撲観戦以外の趣味の登山と歴史が役に立ってちょっと感動している。

閑話休題,同じく新入幕の北青鵬は見るからにパワーだけで取っていて,これだけ勝てるのは大器である。相手の力士が技術を駆使して崩しにかかるところ,圧倒的なフィジカルで吹き飛ばすのは爽快ですらあった。これで腰がちゃんと割れて体勢が低くなり,投げの技術がついたら手がつけられなくなろう。白鵬の手腕に期待したい。最後に水戸龍。こちらもパワーはあるし右四つの形も良いのだが,動きが鈍重で幕内の速度についていけていないようにも見えた。調子の悪いときの魁聖を連想させた。もう少しだけ動きが機敏になればもっと勝てそうなものだが,改善されるか。


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Posted by dg_law at 23:15Comments(3)

2023年01月24日

2023年大相撲初場所の感想

本命がそのまま優勝し,引き締まった場所になった。土俵も充実しており,中日から10日目頃に少しだれたかなという感じもしたが,それ以外は熱戦が多くて面白かった。妙な誤審もなく,外の話題もなくて良かったと思う。

先場所の優勝同点で貴景勝は綱取りが名言されており,ハードルが高め,すなわち14勝以上での優勝が期待された。結果的に優勝ながら12勝ということで,綱取りは継続となる。来場所は勝ち星によらずの優勝または13勝以上の優勝同点以上ならあっさり横綱昇進が認められるのではないかと思われるが,12勝で優勝同点とか13勝で優勝次点だとかなり揉めそう。その貴景勝の相撲ぶりは,組んでもある程度相撲になるようになったところが明確な進化で,特に小手投げでの逆転はかなり強い。玉鷲も同じような特徴があるが,突き押しの力士でも小手投げは習得しやすいのだろうか。稽古論としては興味深いテーマかもしれない。一方で,どうも場所の中盤から終盤の入り口でスタミナが一度切れて突き押しが鈍るという弱点がある。終盤にはなぜか気合がもう一度入って回復するのだが,その中盤で星を落とすのでなかなか14勝といかない。今場所もそれで11・12日めに星を落とした。これを改善しないと来場所も12勝か13勝に終わり,上述の通り,揉めそうな星数になってしまうのではないかと危惧している。逆に言って,もはやここくらいしか明確な弱点はなく,スタミナが持ちさえすれば連続優勝は十分にありうる。


個別評。大関の貴景勝は上述の通り。三役,豊昇龍は投げに自信がありすぎて強引に投げにいって自滅する悪癖があり,今場所はそれがもろに出て左足の負傷につながった。再出場して勝ち越したのは良かったのか悪かったのか,とは今場所の好角家が皆思っていそう。大関取りは振り出しに戻ってしまった。彼自身のみならず多くの人が早く大関になって関脇を卒業してほしいと思っていただけに残念である。メンタル的にも血気盛んで強そうに見え,緊張する場面では脆いところがあり,そこも鍛えないと大関取りにはならないかもしれない。

今場所の三役で最も活躍したのは霧馬山である。右膝のケガがあって本来の実力が出ていないとは前から言われていたが,それが治ったか,今場所は存分に暴れていた。モンゴル人らしく投げが強烈なのが特徴であったが,今場所は普通に寄り切っても強く,巻き替えやとったりも上手かった。突き押しの相撲にやや弱いのが今後の課題か。若隆景・豊昇龍に次ぐ大関候補に名乗りを挙げたのは間違いない。若隆景は本格的に序盤に脆いのをなんとかしないと,豊昇龍や霧馬山に先を越されそう。将来的に大関になるのは間違いなさそうなのだが。高安はなんでこうも不運なのか。正代はどうも右足を痛めていて踏ん張りがきかないようだ。あののけぞって耐える独特の姿勢は足が健在でこそなのだな。

前頭上位。大栄翔は優勝した時のような相撲ぶりで好調であった。立ち合いの一気の出足から突き込んで持っていく相撲は見ていて気持ちが良い。御嶽海も立ち合いの出足勝負なのは同じで,今場所は日ごとに出足が異なった。まさか負け越すとは。当たり負けたらそこで終わるのでは相撲があまりにも脆い。阿炎は,平幕優勝の翌場所は負け越すの法則に負けずに勝ち越したが8勝止まりで,ややはたいて呼び込むパターンが多かったか。竜電は謹慎休場前よりも調子が良かったかもしれない。前傾姿勢で前進する豊真将のような相撲で9勝をあげた。錦木も好調で,左四つや外四つになると膂力を発揮して強かった。対照的に不調だったのが翠富士で,彼の得意技の肩透かしはけっこう深く差してから思い切って引くことに要点があるが,今場所は差し手があまり深く差さらず,肩透かしを決めるタイミングが無かった。それも含めて動きが読まれていたようにも見えた。

前頭中盤。好調だったのは阿武咲で,これまで長らく出足の圧力不足で伸び悩んでいたが,やっと少し貴景勝や大栄翔の出足に追いついたのかもしれない。1場所ではよくわからなかったので,来場所も様子を見たいところ。平戸海は8勝止まりであったが,印象は良い。突き押し相撲に見えて実は右四つの相撲であり,すくい投げが強烈でよく決まっていた。宇良は,九日目の錦富士戦で見せたはたき込み後の不思議な腕の動きがエアーはたき込みとして笑いを誘い,話題になっていた。こういうところでキャラが立つのもまた宇良という力士なのだろう。


前頭下位。琴勝峰は11勝と大きく勝ち越した。立ち合いでの当たり負けや引いての呼び込みが少なくなり,突き押しまたは右四つの寄りで勝負できている。これで上位に通じるかどうか。千代翔馬は強引な投げがあまり見られなくなった。それで勝ち星が増えたわけではなく,むしろ大きく負け越してしまったので,結局はあの投げに頼らざるを得ないのかもしれない。一山本は好調で二桁の勝利となった。突き放してからはたくか四つに組む相撲で,独特の間合いやリズムがあり,見ていて面白い。東龍は新入幕から約10年,所要58場所で初めて勝ち越した。右四つになればかなり強いが,左四つでも相撲がとれる。一方で体重の割にやや鈍重なところがあり,そこが今まで勝ち越せなかった原因なのだろう。同様に鈍重さを感じたのが水戸龍で,十両と幕内の違いは立ち合いの早さと言われるが,まさにそうなのだろうと思わせられる。


隠岐の海が引退した。名前の通り,隠岐の島出身の力士であり,その珍しさから新入幕で大きくわ台になった。2005年初土俵であるからちょうど18年実働し,ケガが少なくて休場も少なかった。大柄で頑丈な肉体であり,取り口もそれを活かしたスケールの大きなものとなった。懐が深く,四つに組んでからの引き技・投げ技は見応えがあった。もろ差しにこだわって相撲が小さくなって自滅するところがあったものの,2019年頃から,すなわちキャリアの終盤になって改善が見られたのも,キャリアが長引いた理由として挙げていいだろう。一方で飄々としており,自らの強さにこだわりがあまり無いことはインタビュー等でも垣間見られ,上位挑戦の場所でもあまり闘志をむき出しにすることが無かった。結果的に四つの地力が違う格上力士にはめっぽう勝てず,また出足があったわけでもないので押し相撲の力士にも弱かった。その辺りが体格の割に大成しなかった理由になろうが,そもそも本人が大成を望んでいなかった節がある以上は責めるべきことではない。これもまた人生である。にもかかわらず北の富士の孫弟子であるがために,NHKの解説でやたらと批判されていたのは同情する。いかにも面倒良さそうで,稽古嫌いの弟子の気持ちがわかるのは良いことで,良い親方になれるかもしれない。お疲れ様でした。  続きを読む
Posted by dg_law at 12:00Comments(4)

2022年12月25日

サッカーワールドカップ2022 in カタールの感想

サッカーワールドカップの感想をだらだらと書いておく。4年前の感想はこちら。

・日本
今回ほど予選が盛り上がらなかったワールドカップは無い。勝ち抜け自体は楽勝だろうと見られていたこと,最終予選が全然テレビ放映されなかったこと,ベテラン選手が一気に代表引退して流れが切れてしまったこと,いろいろあるだろう。だから様子のわからないまま本戦が始まってしまった。それゆえに下馬評も低かった。低かったというよりもよくわからないし,詳しい人が言うにはダメそうという感覚の人の方が多かっただろうと思われる。私もそれに近い。一方で,実は歴代で最強戦力,言うほど弱くないので期待して見るべきという人も少なからず見かけたのは,2010年とは少し状況が違う。見えていた人には見えていたのだろう。最終的に大きく盛り上がったのは,当然ながらちゃんと勝ち上がった日本代表チームが第一の要因だが,第二にはやはり全試合を放映してくれたAbema,第三には名解説を振るった本田圭佑の功績だろう。それぞれに感謝したい。

グループリーグ初戦のドイツ戦。前半の「やっぱりね」という雰囲気からの,後半に入って日本中の手のひらをぐるっと回転させた。不可解だったのはドイツの監督で,日本は交代がすぱっと決まるのに対して,ドイツは交代がことごとく状況を悪化させていた。ベテラン選手が多く,スタミナ切れで交代させるしかないが,交代で出てきた選手が戦術にフィットせずにどんどん状況が悪化していく。一方で本田さんが延々と「穴」と指摘していたズーレはずっと残した。ドイツも意外と台所事情が悪かったのだろうか。

第二戦のコスタリカ戦は「やっぱりね」という側の試合だった。横パスが多くて前線にボールが渡らない,渡っても創造性に欠くというのは森保ジャパンというよりも以前からの日本代表の課題だったような気がする。その悪癖は2010〜2018年のあたりには解消されていたように思えたのだが,森保ジャパンになってまた顔を見せ始めた。こういうチーム性あるいは国民性はなかなか払拭しきれないものではあるだろう。

第三戦のスペイン戦はドイツ戦の繰り返しで,前半はスペインらしいパスサッカーでズタズタになりながらも1失点で押さえ,後半に選手交代で攻撃のリズムを変えて一気に逆転という流れ。とはいえ前半は前田がブスケツを追い回していたのが,見るからにスペインに嫌がられていて,それもあってドイツ戦ほどの絶望感は無かった。あれは前田を褒めるしかない。後半,1点目の堂安のミドルシュートもすごかったが,世界の話題をさらったのはやはり「三笘の1mm」で,折り返してきたボールでシュートを決めた田中碧が幼馴染であることも含めて「三笘は持ってる」としか言いようがない。VARがサッカーの細かいところで戦術を変えたと呼ばれる今大会を象徴するシーンでもあった。試合終了後に友人がTwitterで「この前半気合で受け切ってHT修正からの後半一発目で刺しにいくスタイルは一体どこまで通用するだろうか」とつぶやいていたのだが,確かにもうワールドカップにおける日本の持ち味,格上に対する戦術になった感じはした。あと試合中にドイツ・コスタリカ戦の戦況とあわせて4ヶ国のうちどの2ヶ国が勝ち上がるか分単位で目まぐるしく変わったのは面白かった。さらに個人的には,この試合が終わった直後に羽田空港に移動して鹿児島に旅立つというエクストリーム出発をしたので,余計に記憶に残った試合になった。

トーナメント1回戦,クロアチア戦。終わってみれば3位のクロアチアと粘り合ってのPK戦敗退,誇らしい成果ではある。解説の本田さんが繰り返していたように,ラフにボールを蹴り込んで,中で競り合ってボールを保持してシュートに持っていくスタイルは,良くも悪くもきっちりとボールを運ぶ形の日本と相性が悪そうではあった。また,前半で1点とれたためにかえって交代が遅くなり,グループリーグでの勝ちパターンが上手く効力を発揮しなかったようにも見えた。そしてその交代カード,グループリーグ突破の攻撃的原動力,三笘はすっかりマークされていた。それでもドリブルで切り裂いていたのはすごいし,本田さんの言う通り,そのうちビッグクラブに移動しそう。いろいろあっての紙一重でのベスト16,一視聴者ながら悔しい。敗戦後は三笘にもらい泣きした。PK戦が始まる時に本田さんが「PK戦は運,そしてパラグアイ戦はそれで負けたんだから今回は勝たせくれよ」とサッカーの神様に祈っていたのは重かった。

あとまあ,日本が予定通りの2位通過でモロッコとぶつかっていたらどうなっていたか気になる。三決のモロッコ・クロアチア戦を見ていた感じで言えば,サイドの守備が空いていてクロアチアより与しやすそうな感じはしたが,サッカー有識者の意見も聞いてみたいところ。


<グループリーグ敗退勢>
・サウジアラビア
「アルゼンチンとの死闘に全てを出し尽くしたサウジアラビアは,続くグループリーグで嘘のようにボロ負けした」を地で行く展開。アルゼンチンとの初戦に勝利し,翌日が祝日になったのがハイライトだった。

・ドイツ
スペイン戦の引き分け,コスタリカ戦の大勝を実力通りとすると,日本戦の敗戦だけがボタンの掛け違いであった。私的には2010年大会からは日本でなければドイツを応援していて,つまりそれはトーマス・ミュラーが司令塔のドイツ代表ということだったことになるが,ミュラーのワールドカップがこれで終わりかもしれないと思うと少しの寂しさがある。次は37歳なのでまだ出られるかなとも思うが,すでに1回今後招集しないと言われているので難しい。

・ベルギー
下馬評時点で「チームが崩壊しているので,タレントがそろっていることに比して弱いのでは」と言われていた通りにグループリーグ敗退となった。モロッコの快進撃をお膳立てする立場に。


<ベスト16>
・オーストリアと韓国
自国のことを棚に上げて言えば,アフリカ勢がベスト4まで行ったのだから,アジア勢のベスト8以上も見たかったなと。オーストラリアも韓国も日本ほどではないにせよグループリーグ勝ち上がりの時点で上出来感あったので,高望みではあるが。韓国が初戦ブラジル,オーストラリアは優勝したアルゼンチンなので,やっぱりどうしようもないか。

・アメリカ
壮行会にバイデン大統領が激励のメッセージを送っていたのが印象的だった。サッカーがメジャーではない国なだけにね。なんだかんだで割りとベスト16には勝ち上がってくるあたりは流石にアメリカ人材豊富だなと思う。

・スペイン
試合結果よりも華麗なパスワークに殉じる姿勢,正直嫌いじゃない。日本がクロアチアに負けた後で監督が「所属チームでの1000回のPK特訓を指示していた」と言っていたのに,モロッコ相手にPKで敗退するという完璧なフラグ回収であった。日本人に慰めと笑いをありがとう。


<ベスト8>
・オランダ
アルゼンチンとの準々決勝が,アルゼンチン側の煽りで荒れ模様となり,そのままPKへ。オランダも「1年間PKの練習をしてきた」と言っていたにもかかわらず,そのPKで敗れた。PKは練習量では決まらないらしいぞ。PKのクソゲー感がどんどん増していく大会だった。

・ブラジル
クロアチアにPKで負け,ブラジルお前もかよという衝撃。とはいえ,あの試合についてはクロアチアのGKリバコビッチ(リヴァコヴィチ)が神がかっていたとしか言いようがない。スペインとは別の意味で日本への慰めとなった。あと,実は最近のブラジル代表はここぞの勝負に弱くて,毎回優勝の最有力候補に挙げられながら最後の優勝が2002年,2014年の4位以外は全部ベスト8止まりという。その2014年はミネイロンの悲劇と呼ばれるあれの年だし。なんなんでしょうね。


<ベスト4以上>
・モロッコ
アジアの国がベスト8以上に残れなかったのは残念ながら,アフリカの国がベスト4に躍進したのは喜ばしい。試合を見ていて,まともに強いと言えばいいのか,ヨーロッパ流のサッカーを真っ当にやっていて,なるほどベスト4という印象。その中では三決,明らかに疲れていて守備がちょっと緩かったのがもったいない。

・クロアチア
クロアチアは延長まで引きずり込むサッカー戦術と,PK戦の強さが際立っていた。その上,ベスト16,ベスト8を延長まで戦って,準決勝も三決も疲労を見せないタフさ。さすがは前回大会準優勝国という戦いぶりを見せた。さすがにモドリッチ(モドリチ)はここで代表引退だろうが,ブレイクしたDFのグヴァルディオル(グヴァルディオール)然り,層がめちゃくちゃ厚くて次のワールドカップも普通に強そう。

・フランス
優勝候補の筆頭で,前回優勝国はグループリーグ敗退するというジンクスを見事に打ち破り,実際に決勝までたどり着いた。タレント豊富ながらポグバにカンテと主役が体調不良で次々と脱落,さぞかしデシャン監督の胃は痛かっただろうが,最後はエムバペ(ムバッペ)に全てを託して一点突破,それをグリーズマンをはじめとする周囲が見事に支えた。決勝もまさにこの展開で,さすがにもうダメかと思われると息を吹き返す闘志で延長まで戦い抜いた。お見事。

・アルゼンチン
エンバペに殉じたのがフランスならメッシに殉じたのがアルゼンチンで,グループリーグやベスト16の時点では上手く噛み合ってなかった感じだったが,徐々に整っての準決勝・決勝戦であった。盟友のディ・マリア,新鋭のアルバレスと3枚看板の攻撃陣が強烈で,チーム全体からメッシを優勝させるんだという強い意気込みを感じた。個人的にメッシには全然思い入れが無いのだが,決勝戦の本田さんのサッカー少年に戻ったかのような熱狂ぶりを見て,全世界の大人たちがサッカー少年に戻ってこの試合にかじりついていたのだろうと思うと胸が熱い。

メッシの大会になるか,エンバペの大会になるかと言われていて,サッカーの神様からの「両方だよ」というアンサー。両国とも最高の決勝戦をありがとう。  
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2022年11月29日

2022年九州場所の感想

今年は優勝争いがわからない場所が多かったが,今場所ほどわからなかった場所は無い。千秋楽まで全く読めなかった。高安か貴景勝か豊昇龍かだろうと12日目くらいまでは思っていた。まさか阿炎が優勝するとは。先場所の評に「やはり貴景勝あたりが優勝して1991年以来(の年6場所全て優勝力士が違う事態)となる可能性が一番高そう(そして得てしてこういう予想は当たりにくい)。」と書いていたのだが,7割くらいは当たってしまった。

優勝した阿炎は相撲ぶりが変わったとは言いがたく……と平幕優勝する力士が出るたびに書いている気がするが,実際に幕内上位陣と三役陣の実力は拮抗しており,その中で頭一つ好調であったり,幸運をつかんだものが優勝する構図であるから,相撲ぶりが変わらずに優勝することに不思議はない。今場所のそれは高安と阿炎と貴景勝であり,特に阿炎であった。優勝争い以外で特筆すべき点はあまりないが,しいていえば土俵が滑りやすかった様子が見受けられた。以前から九州場所の土俵はいろいろと言われてしまう傾向があるように思われるので,何かしら調査をしてもよいのかもしれない。

今場所はいろいろと記録が生まれたので,書き留めておく。まず,3場所連続での平幕優勝は史上初。また6場所全て優勝者が異なるのは1991年以来,31年ぶりの珍事で史上3度目。ただしこれは2020年,新型コロナウイルスの流行によって5月場所が中止となったため年間5場所であったが,この5場所が全員優勝者が異なっていたため,これをカウントするなら2年ぶりとなってあまり珍しくなくなる。

優勝関係以外では,正代が大関から陥落したため,来場所は1横綱1大関となる。照ノ富士が横綱大関を兼任することになるが,これは2020年春場所以来の2年半ぶり。ただし,横綱と大関が1横綱1大関の2人という状態になるが,これは125年ぶりとのことで,すなわち年6場所制では初。また,年間最多勝は若隆景となったが,関脇以下が年間最多勝をとるのは2019年の朝乃山以来3年ぶりで4回目。他が大鵬・貴乃花なので,過去の3人は後に大関以上には昇進している。


個別評。貴景勝は優勝同点で,十分な出来であった。次回はハードル高めの綱取りになるとのこと。優勝決定戦の阿炎戦は,阿炎がその前の高安戦で変化していたのを見て,変化を警戒して立ち遅れたか。くじ運の無さで優勝を逃したが,そもそも貴景勝という力士は随所で不運に見舞われているように思う。正代は勝ち越してカド番脱出と思っていた。これまでの正代であれば後半に復調して勝ち越していたのだが……来場所の10勝も難しそうである。

関脇。御嶽海も10勝する可能性はあると思っていたのだが,最後まで調子が戻ってこなかった。彼は本当に一度躓くと復調できない。後半はあまりにも無気力であった。故障があったのであれば休場しても良かったのでは。若隆景も8勝の勝ち越しぎりぎりで,大関取りは振り出しに戻った。今場所はなんとなく馬力を欠けた相撲が多く,おっつけたり組んだりする前の段階で負けが決まっていた。彼らに比べると豊昇龍の11勝は立派で,もちろん大関取りの起点なのだけれども,優勝または優勝同点までいくと思っていたので,私的にはやや不出来である。10勝してからの相撲は明らかに雑で,彼も人の子であり,緊張するのだなと。大関取りという意味では一応これで2場所計19勝,来場所13勝で優勝同点以上なら一発大関もありうるか。

小結。玉鷲は優勝翌場所でこんなもんだろう。前回の優勝は5勝であったが,今回は6勝であった。霧馬山・大栄翔は可も不可もなく。翔猿は家賃が重いかと思われたが,押す力がどんどん増しており,これなら上位で定着できる。

前頭上位。優勝同点の高安。これが三役でないのがもったいない12勝で,貴景勝に次いで優勝の可能性が高いと思っていた。今年は新型コロナウイルスの濃厚接触者に二度もなってしまうという不運で,残った4場所は幕内中盤の番付も含むものの41−19の好成績,勝率は7割近い。大関時代の圧力も左四つも戻っており,この調子があと3場所続けば大関復帰は固い。琴ノ若も年6場所中,新型コロナウイルスの濃厚接触者で途中休場になった場所を除く5場所は全て勝ち越しで,完全に上位に定着したが,なぜか三役には昇進できず,番付運が悪い。来場所はさすがに小結になるだろうが,まだ上位で二桁はまだない。やや引き技に頼りがちなところと脇の甘さが解消されれば,あまりあるパワーで周囲をなぎ倒すことができよう。若元春は弟に続いて覚醒した感がある。左四つになれば負けないが左四つになれないきらいがあったところが改善され,差し勝つようになった。足腰が強く,押し相撲やうっちゃりもあって,まだまだ伸びしろもありそうである。これからの期待が大きい。最後に錦富士も挙げよう。押す力が強く,そこから左四つになるので良い形で組むことができている。ただ,終盤は疲れが見えて連敗があった。スタミナが問題とは思えないが,来場所はどうだろうか。

一方,逸ノ城は優勝から2場所経ってすっかり優勝前の相撲に戻ってしまい,動きが鈍重だった。あと禁酒しましょう。宇良はパワーがついたが動きが鈍っており,そろそろ体重増加にストップをかけたほうがよさそう。

前頭中盤は一転して,阿炎以外に挙げるべき人がいない。阿炎はともかく調子が良く,突きの威力があり,足が流れることも少なかった。千秋楽,優勝決定戦で変化ができる強心臓も良い(本人はあれで決めるつもりはなかったと語っていたが)。12勝優勝となったことはともかく,実力から言えばまだまだ単なる上りエレベーターにすぎないだろう。

前頭下位。王鵬は押しの威力が強いが,加えて左からのいなしが強い。左からの投げ技もあり,ともかく左腕の使い方に自信があるのだろう。左からの攻めを封じてくるであろう,上位陣との対戦でどうなるかは興味深い。優勝争いも後半戦まで生き残り,彼に敢闘賞が無かったのは理解できない。もう一人,平戸海を挙げる。押し相撲もとれるが,差し身が良くてもろ差しになるのが上手く,その意味で妙義龍に似ているかもしれない。

負け越し組では,琴勝峰は体格の割にどうも体が軽い。すり足の問題だろうか,ちょっとよくわからない。何かきっかけをつかめば上位でとれそうなものだが。期待の新入幕,熱海富士はまだ幕内のスピード感についていけておらず,家賃が高かった。立ち合いで遅れないこと,立ち合い後の動きで遅れないようにしてほしい。


千代大龍が引退した。本名が明月院という古風で珍しいものであったため,古参の好角家からは明月院の名でも呼ばれていた。日体大時代に活躍して幕下15枚目付け出し資格で角界入り。2011年5月が初土俵で,つまり技量審査場所である。しかもケガで途中休場したのだから,レアケースである。その後は順調に番付を戻し,2012年初場所に新十両,同年5月に新入幕となった。その後は2014年9月の小結が最高位で,典型的なエレベーター力士となる。取り口は体重を活かした強烈なぶちかましから,すぐに引いて引き技を決める,通称「MSP(明月院スペシャル)」で,本人もこの俗称を認識していたほどネットの好角家では有名であった。なお,同種の俗称にCSP(千代大海スペシャル)があるが,こちらは小刻みなうわづっぱりで相手の動きを止めてからの引き技であるので,似ているが細部が異なっている。ともあれ,千代大龍はその出足のまま押し切ってしまうこともあるため必ず引くわけではなく,押し切るかMSPかの選択肢で相手を惑わせて白星を稼いだ。しかし,捕まると全く相撲にならないことに加え,少なくない頻度で立ち後れ等によるMSP失敗があり,上位には定着できなかった。また,自他共に認める稽古嫌いであり,暴飲暴食もあって糖尿病にかかり,長く体調不良であった。そうした事情もあって,まだ余力がある中での引退を決断したのだろう。

豊山が引退した。東京農業大時代に大いに活躍し,同期の朝乃山とそろって活躍が期待され,三段目100枚目付け出し資格を行使して角界入りした初の事例となった。豊山という四股名自体,同郷・同大学出身の元大関のものを継いだものであり,期待の大きさがうかがえた。2016年春の初土俵から出世は早く,良い突き押し相撲を見せていたが,入幕したところで出世が止まってしまった。突き押しの威力はあったものの動きが鈍重で幕内のスピードについていかなかった。大学相撲出身であったので四つでもけっこう相撲になっていたが,取り口の修正の前にケガが多発し,大関まで進んだ朝乃山とは大きな差がついてしまった。それでもまだ十両では十分に力が通用していたので,引退は早いように思われるものの,とはいえここからの再出世も難しかろうと本人が見込むのであれば早すぎるということもあるまい。

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2022年11月25日

2022カタール・ワールドカップのグループリーグに見る世界史

本ブログの恒例企画なので。2018年の。


グループA(オランダ・エクアドル・セネガル・カタール)
関係が非常に薄そうな4ヶ国に見えるが,実はセネガルにある負の世界遺産ゴレ島をオランダが使っていた時期がある,つまり奴隷貿易という意外な接点がある。ゴレ島は17世紀後半に英仏と三つ巴で取り合いとなり,最終的にフランスが対岸のセネガルとともに占領した。なお,黒人奴隷貿易の輸送数ではポルトガル・イギリスが圧倒的に多く,次いでフランス,4番目がオランダである。オランダに黒人奴隷貿易当事国のイメージがあまり無いかもしれないが,17世紀の時点ではポルトガルに次ぐ主要国であった。18世紀に入ってから英仏が急速に輸送量を増やし,オランダを抜き去っていく。ゴレ島がフランス領となったのはその端緒である。他はちょっと見当たらなかった。ロイヤル・ダッチ・シェルがカタールの油田開発にかかわってたりしないかなと思って調べてみたけど,めぼしいものは見つからず。そういえば4ヶ国とも国土がそれほど大きくなく,それもあってか緯度も経度もかすりもしていないのはちょっと珍しいか。


グループB(イングランド・ウェールズ・アメリカ・イラン)
なんだこの因縁だらけのグループは。説明不要すぎるやろ。しいて補足するなら,イランの油田開発に着手したのはイギリスであり,1951年,イランの首相モサデグがアングロ・イラニアン石油会社(現BP)を国有化した。しかし結果的にイラン産の石油はセブンシスターズが支配していた市場から排除されてしまい,1953年,モサデグは国王パフレヴィー2世のクーデタによって失脚する。このクーデタを支援したのがCIAだったことから,石油による結びつきはイギリスからアメリカに交代し,アメリカとイランの深い因縁が始まった。あとまあ当然ウェールズからもアメリカには多くの移民がいて,英語版Wikipediaに載っていたデータを信用するなら約185万人がウェールズ系の子孫とのこと。……いや,これは建国前から移民がいたことを考えると少ないか。アラブ系やベトナム系とほぼ同じ規模で,韓国系よりはやや多い。有名所だとトマス・ジェファソン,ジョン・アダムズ,ジェファソン・デヴィス,ヒラリー・クリントン等。


グループC(サウジアラビア・ポーランド・メキシコ・アルゼンチン)
メキシコとアルゼンチンは旧宗主国が同じスペインで,独立時期も近い。また銀の生産量ではメキシコが1位,アルゼンチンが9位とよく似ている(金はメキシコが9位,アルゼンチンが17位)。アルゼンチンは国名の面目躍如というところだろうか。鉱物資源という意味ではポーランドは石炭生産量が世界10位,サウジアラビアは石油で3位と,いずれも鉱物資源で何かしら優位をとっている国が固まっている印象がある。メキシコとアルゼンチンが独立を達成したのは19世紀初頭であるが,これは逆にポーランド国家が消滅した時期であり,第3回ポーランド分割が1795年,ワルシャワ大公国の消滅が1815年である。言うまでもなくいずれもフランス革命とナポレオン戦争の影響が色濃い。ではサウジアラビアが無関係かというと,サウジアラビアの前身であるワッハーブ王国はエジプトのムハンマド=アリーに攻撃されて1818年に中断し,1823年に復活している。こうしたムハンマド=アリーの動きもまたナポレオン戦争の余波であり,かの戦争の影響範囲はかくも広い。


グループD(フランス・チュニジア・デンマーク・オーストラリア)
チュニジアはフランスが旧宗主国で,アルジェリアほどではないにせよ,経済的なつながりは現在でも強い。フランスとデンマークは,それほどつながりが無いように見えて探せばあるという感じ。ノルマンディー公国を建てたロロはデーン人であるから(指摘を受けたので追記:実はロロはデーン人と確定していおらずノルウェー系の可能性もあるとのこと。知らなかった。),これが両国のつながりのスタートと見なしてもいいかもしれない。そこからかなり経って,ナポレオン戦争ではデンマークがフランス側に立って参戦したため,ウィーン議定書ではノルウェーをスウェーデンに割譲する憂き目に遭っている(そう,ここでもナポレオン戦争がかかわる!)。さらにドイツ統一戦争でプロイセンに敗北した点でデンマークとフランスは共通し,同じことは二次大戦でも繰り返された。チュニジアとデンマークは,歴史的なつながりは薄いが,経度がほぼ全く同じという不思議な共通点がある。オーストラリアだけはどうにも何も思い浮かばず。


グループE(スペイン・日本・ドイツ・コスタリカ)
このグループも縁が深いつながりが多い。日本とドイツのつながりはあまりに豊富すぎるので割愛したい。日本とスペインも省略していい気もするが,何か一つ挙げろと言われたらザビエルを挙げる日本人は多そう。元枢軸国大集合というにはフランコ体制の定義問題が浮上してしまう。そういえば世界史とは一切関係ないが,イタリアで豚熱が流行してしまってプロシュートが輸入できなくなってしまったため,ハモンセラーノを見かける機会が増えたように思う。コスタリカは憲法に「常備軍の不保持」という日本国憲法と似た規定があることで有名。コスタリカの国防は,緊急時には軍隊を組織できるが,基本的にアメリカに丸投げしている。

コスタリカはスペインが旧宗主国だが,経緯がかなり複雑である。スペインから中央アメリカ連邦が独立を宣言した後,メキシコが一度これを併合,すぐに中央アメリカ連邦が再独立したが,約15年間しか持たずに連邦が解体し,コスタリカが成立した。スペインとドイツは長らくハプスブルク家の君主を戴いていたことで共通するが,やはり普仏戦争の引き金になったのがスペインの王位継承問題であったことを挙げたい。もちろん第二次世界大戦の前哨戦,スペイン内戦もある。


グループF(ベルギー・クロアチア・モロッコ・カナダ)
あまりつながりが無いグループなのだが,なんとかひねり出すと,他のグループは共和制国家と君主制国家の割合が半々以下だが,このグループFだけ,君主制国家が3つを占めている。また,ベルギーとカナダはどちらも国内にフランス語圏があり,分離独立運動だったり言語戦争だったりと問題を抱えている。あとはベルギーとクロアチアはどちらも元ハプスブルク家の領土で,重なっていた期間がけっこう長い。


グループG(ブラジル・スイス・カメルーン・セルビア)
またしても奴隷貿易の話題である。カメルーンは奴隷輸出地域で,ブラジルは輸入地域であった。ブラジル人の黒人で,祖先がカメルーン地域の出身だったという人はかなりいるのではないか。他は特に思いつかなかったが,しいて言えば今回の出場32カ国中の内陸国2つが両方ともグループGにいる。


グループH(ポルトガル・ウルグアイ・韓国・ガーナ)
ウルグアイは長くスペインとポルトガルの係争地で,18世紀末までにはスペイン領で概ね固まっていた。しかし,アルゼンチンとブラジルの独立後にブラジルが侵攻して激しく争われた。最終的にイギリスが和平を仲介してどちらの領土ともせず,ウルグアイが独立国家となったという経緯がある。ウルグアイはその後もブラジルとアルゼンチンの間で揺れ動く難しい外交を迫られ続けた。ポルトガルと韓国は世界史云々ではなく,サッカー・ワールドカップ史で語られるべきだろうが,ここでの言及は控えたい。ポルトガルとガーナは,またしても大西洋の奴隷貿易当事国・地域にあたる。今大会は何かそういう組合せのグループが多い。  
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2022年09月26日

2022年大相撲秋場所:玉鷲が二度目の優勝

今場所も全体的に熱戦が多くて,見ていて楽しい場所であった。今年の中で言えば3月に張る。しいて言えば終盤は熱戦の疲れが見えて息切れしていた雰囲気もあるが,これは本当に「しいて言えば」の範囲であろう。照ノ富士が4敗した後の優勝争いは混沌としていたように見えて,十一日目くらいにはもう玉鷲が優位な状態であり,そのまま落ち着いたという見方もできるだろう。

今年の優勝はここまで5人ばらばらである。来場所に御嶽海,若隆景,照ノ富士,逸ノ城,玉鷲以外であれば2020年以来であるが,実は2020年は年間5場所しかなかったので不完全である。その前となると1991年とのこと(霧島・北勝海・旭富士・琴富士・琴錦・小錦)。実は2場所連続で平幕が優勝したのも1991年以来(しかも同じ7月・9月)なので,これをなぞるならば今年も6場所バラバラになりそう。2019年は秋場所まで全員バラバラであったが,九州場所に白鵬が二度目の優勝を果たして阻止した。2019年通りなら来場所の優勝は照ノ富士になるが,あの膝の状況だとそもそも休場の可能性が高く,やはり貴景勝あたりが優勝して1991年以来となる可能性が一番高そう(そして得てしてこういう予想は当たりにくい)。

あとは,先場所猛威を振るった新型コロナウイルスの感染は,今場所は全く見られなかった。文字通り「感染症」なので一部屋からも出なければ蔓延することも無かったということなのか,先場所の混乱を見てそもそも検査を減らしていたり無症状だったから報告しなかったという部屋があったりしたということなのか,真相はおそらく半永久的にわからない。審判部は先場所に引き続いて物言いが多く,判定が明瞭で,明らかな誤審も無くて良かった。場所の後半に確認の物言いがあっても良かったような取組がいくつかあったが,どこかからクレームがあって物言いを減らしていたなら残念である。


個別評。照ノ富士は何度か書いている通り,膝がもたなければ休場することが許されている横綱である。しかし,再手術が必要なほど膝の骨がずれているとあっては思っていたよりも重症で,再起は来年か。唯一勝ち越した大関の貴景勝は褒めるところも文句も無く,相撲ぶりも普通。いや,普通なのが貴重なのかもしれない。良いところでいなしが入るのは美点だと思う。正代は,普段なら序盤が1−4でも中盤で突然エンジンがかかって勝ち越すのだが,今場所は最後まで不調であった。ただし,直近1年は勝ち越しと負け越しを繰り返しているので,ぎりぎりの状況かつ2場所に1回しかエンジンがかからないのかもしれない。厄介である。御嶽海はどこか故障していたか,壊滅的な相撲ぶりで,無気力ととられかねなかったから休場すべきだった。

三役。若隆景は低い姿勢からのおっつけがよく決まっていて好調だった。今場所の若隆景は四つ相撲が上手くなっていて,おっつけたまま押し込むか,適当なタイミングでもろ差しか右四つになって寄り切るかという選択が絶妙だったと思う。欲を言えば四つ相撲のバリエーションが狭く,投げ技が無いから寄っていくしかないところを突かれると厳しいかもしれない。11勝で二度目の大関取りの起点となった。今度は成功させてほしい。序盤に不調な場所が多いのは,場所直前の稽古量が多すぎて疲労が残ったまま場所に入っているという形の調整不足なのではないか,と白鵬が指摘していた。その可能性はある。豊昇龍は中盤に相撲に迷いが見られて連敗があった。六日目に翔猿を相手にして感覚が狂ったか。七日目の翠富士は合口が悪いとしても,中日の宇良,九日目の佐田の海は完全に不用意な負けである。あれがなければ二桁勝利が固かったと思う。まだまだメンタルが未成熟か。大栄翔は可も不可もなく。逸ノ城は,平幕優勝の翌場所はこうなりがちという感じ。先場所通りの相撲が何故かとれない。霧馬山は今場所は膝の調子がよく,投げが気持ちよく決まっていた。

前頭上位。書くべき人が多い。優勝した玉鷲は3年半前の2019年1月に優勝したときと相撲ぶりに変化は無く,腕がよく伸びて喉輪が効いていた。むしろ34歳から37歳にかけて相撲ぶりに変化がないことの方に驚くべきだろう。優勝パターンもあの時と同じで,横綱・大関が不調・休場なら好調な玉鷲に十分なチャンスがある。追いすがった優勝次点の高安は3月の優勝争いの時よりは動きが固くなっておらず,メンタルが強くなったのではないか。この調子が維持できるなら2023年中の再度の33勝は十分に狙える。翔猿は覚醒した感があり,前傾姿勢でまわしをとられない技術が卓越していた。以前はうざったく撹乱して中に入ってどうにかする相撲で,不用意な動きすぎも多かったのに,今場所は中に入らなくてもそのまま押して崩し,そこから動いて撹乱する動きに変わり,無駄な動きも減ってスマートになった。この相撲ぶりが維持できるなら来場所も上位の台風の目になりそう。

上位初挑戦の翠富士は7−8の惜しい負け越しだが,強い印象を残した。小兵らしく軽やかな動きで,得意の肩透かしもよく決まっていた。馬力の差でどうしようもなく負けるのが視聴者としても見ていて悔しい。そうそう,宇良も挙げておかねばなるまい。こちらは紙一重の8−7で勝ち越しだが,上位に定着して数場所,その押し引きの感覚に慣れていた感じがした。何より今場所の宇良は神業・伝え反りを決めてくれただけでも感謝である。しかし,北の富士が指摘していたように,いくらなんでもインタビューが雑である。本人が「戦術を話すわけにはいかないので」とどこかで答えていたそうで,まあ気持ちはわかるけども。

前頭中盤。若元春は二度のうっちゃりが光り,足腰の強さを見せつけた。来場所は二度目の上位挑戦になろう。北勝富士は九日目まで全勝と場所を盛り上げたが,十日目以降に上位戦が組まれると一気に失速した。私は三賞の「勝てば」条件が嫌いだが,今場所の北勝富士については「勝てば」条件がついていたのは妥当だったように思う。最後の最後で覇気を取り戻してほしかったのだが,勝てなかった。真っ向勝負という顔をしておいて立ち合いで半歩ずれた立ち合いをするのは面白い。錦富士は新入幕から2場所連続で二桁勝利であるが,十一日目時点で9−2,優勝争いの影響で上位に当てられたために10勝で止まったのは少し不運だったかもしれない。もろ差しか左四つになると相当に強く,左からのすくい投げ,右からの小手投げがよく決まっていた。来場所は上位挑戦になるかどうか微妙な番付になりそうで,まだ家賃がやや重そうだが,奮闘を期待したい。

前頭下位。竜電はどうしても私生活が立て直せたのかどうかが気になってしまうが,それは置いといて,懲罰休場前通りの相撲ではあるかなと思った。前傾姿勢で押していってからのもろ差しか左差しで威力がある。あとは新入幕二人,水戸龍が跳ね返されたのは意外だった。動きが鈍く,幕内のテンポについていけていない様子だった。再入幕までに修正してきてほしい。平戸海は序盤の相撲を見ると順応できそうな勢いだったが,こちらは中に入る相撲が読まれるようになって調子を崩した。それでも7−8でまとめていて,あと一歩で幕内に定着できそう。何かもう一つ武器が欲しい。照強の足取りなり翠富士の肩透かしなり,宇良の馬力なり。


常幸龍が引退した。大学時代に個人タイトルを多く獲得し,当然幕下付出の資格を得ていたものの,事情があって失効してから角界入りした。そのため2011年から12年にかけて,序の口から幕下にかけて無敗の26連勝というレアな記録を打ち立てた。そのため,この頃の「佐久間山」の四股名が印象深い。その後も負け越し無しで十両に上がって四股名を常幸龍に改め,2012年11月に負け越し無しのまま新入幕となる。十両以下の全ての段で優勝決定戦に出場したというのもまた彼の持つレア記録である。初土俵から新入幕まで所要9場所も付出資格でのデビューを除くと最速記録であった。しかし,このまま順調に出世していくかと思いきや,幕内では壁にぶつかり,番付運の良さもあって一度小結まで出世したものの,前頭の中盤から下位,十両で取ることが多かった。2016年の初場所で右膝に大ケガを負うと,手術を挟んで三段目まで地位が下がり,その後は幕下上位と十両を行き来する状況が続き,右膝はとうとう完治しなかった。まだ十両に戻れそうな相撲ぶりではあったが,医者からこれ以上相撲を取ると人工関節になると警告されて引退となった。学生相撲の本格派は幕内に入ってからなぜか苦しむ人が多いという典型となってしまった。基本は右四つの相撲だが,突き押しがあったり変化があったりと学生相撲出身らしい多彩な技能があり,かえってそれで相撲に迷いがあったようにも見えた。お疲れ様でした。

魁聖が引退した。日系ブラジル人の出自であるが,本人はサッカーに全く関心がなく,ブラジルだからと結び付けられたインタビューがあると困惑していた。一方で大のゲーム好きで,ニコニコ超会議場所等ではテンション高く遊んでおり,そこは日系人らしさがある。ゲーム好きとしては親近感があって,私は好きな力士だった。相撲ぶりは大柄な体格を生かした四つ相撲であり,がっぷりで組み合えば幕内上位でも十分に通用した。栃ノ心との勝負は基本的にがっぷり四つになることが多かったが,12ー14で僅差の負け越しは堂々の成績である。四つ相撲の力士には珍しく,場所ごとの調子の波が激しく,また好調時には機敏だが不調時には鈍重になるためわかりやすさがあった。最高位は関脇。目立った大きいケガはなく,加齢による体力の低下での引退であるから,「やりきった」のではないだろうか。お疲れ様でした。  続きを読む
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2022年07月30日

2022年大相撲名古屋場所の感想

今場所の総括は圧倒的な休場の多さに尽きる。COVID-19に付き合わされて3年目,ここに来て大相撲がこれほど打撃を受けるとは思わなかった。場所前の感染者数からこの展開を予想することはできなかったわけで,場所中の二週間にずいぶんと状況が変わるものである。最終的に幕内は休場が16人,千秋楽の取り組みはわずか14番まで減ったのだから,平時の2/3に過ぎない。結果として残った力士たちのテンションも上がらず,かろうじて優勝争いはそれなりに盛り上がったものの,漫然とした印象のまま終わってしまった。優勝した逸ノ城からして普段に比べて断然出来が良かったようには思われず,周囲の力士が沈没していったと言った方がよさそうに思われた。見る側もこれでは疲れてしまい,場所後の感想を書くのも億劫になってしまって一週間も手を付ける気が起きなかった。協会が感染症対策をいかにがんばってもどうしようもないことではあり,休場になる規則を緩和する変更もありだとは思うが,それもまた正解かはわからない。

今場所の特徴をもう一つ挙げるなら,物言いが非常に多かったことであろう。これは良いことである一方で,休場者が少なく,審議に審議を重ねても進行上それほど支障が無かったために可能だったという気もする。きっちりと幕内で約20番取る中であの進行が可能かどうかはやや疑わしく,タイムキーパーの親方の負担があまりにも大きいように思われる。ここは審判部の今後の課題だろう。


個別評。照ノ富士は好調ではないけど絶不調というわけでもなく,膝をかばって取ると押し相撲に耐えきれずに2・3敗する。そこからもう1つ余分に負けてしまったところから,そこそこ不調だったとは言えそう。その余分な1敗が押し相撲ではない逸ノ城だったのだから,やはり今場所の優勝は逸ノ城で良かったのだろう。貴景勝は11勝で十分な出来,今場所は良いときの貴景勝のいなしがよく出ていたと思う。正代は,実はエンジンがかかるのが遅いだけなのでは。調整方法を変えれば最初から成績が良くなるのかもしれないし,今度はスタミナ不足になるのかもしれない。それにしても1−4からの9−1で計10勝5敗は極端である。良い時は立ち合いの出足がよく,受けてものけぞる独自の体勢で耐え,左四つをうかがいながら攻めきってしまう。御嶽海は復調の兆しが無いまま部屋ごと休場となってしまった。カド番持ち越しという形になるだろうが,来場所も不安である。

三役。期待された若隆景は,やはりまだ大関取りは早かったということなのだろう,日毎の強さが安定せず,15日間の勝った相手・負けた相手を見てもなんだかなと思ってしまう。もう少し四つ相撲になってからの打開策を磨いてほしい。豊昇龍は9勝で,負けた相手が千秋楽の翠富士を除けば格上+優勝した逸ノ城だから取りこぼしが無いことはいいことだが,逆に言えば今場所は格上を食うことがなく,その意味ではらしくない。

前頭上位。優勝した逸ノ城は,よく指摘されている通り,左上手または抱えての左からの小手投げが強く,それほど相撲ぶりが変わったわけではないが,あえて指摘するなら確かにここだろう。それ以外を挙げるなら,千秋楽の宇良戦や12日目の翔猿戦等のように,小兵や動き回る力士に対する対処が上手くなっていたように思われた。来場所も持続するかは少しあやしいと思われるが,ひとまず三役で勝ち越してほしい。霧馬山は,6日目の若隆景戦や14日目の若元春戦等の良い相撲が多かったが,終わってみると8勝の勝ち越しであった。投げの切れ味は見ていて気持ちがいい。琴ノ若は7−3からの部屋ごと休場で残念である。今場所も巨体を活かした大きな相撲で見応えがあり,上位戦が終わっていて逸ノ城にも勝っていたから,このまま出場が続いていたら優勝争いに加わっていた可能性があった。若元春も熱戦が多かったが,こちらは負け越しである。地力の問題だと思うが,熱戦が多かったということは紙一重で負けているということでもあり,あと少しで上位定着に届くのではないか。

前頭中盤……は好調だった翔猿と錦木が休場したために言及すべき人がいない。かれらが白星を稼いだ後で休場したために僅差の負け越し力士だらけで,番付編成が非常に難しい。

前頭下位。翠富士は10勝したが,決まり手に肩透かしが無かったのは少し意外。潜る相撲がやや多かったか。照強は5日連続で足取りにいっていて笑ってしまった。序盤から中盤不調だったが足取りで3連勝したので,ここに光明を見出していたように思う。一山本も6−2で部屋ごと休場になってしまったのが惜しい。相手が自分より軽ければ猛烈に突いて突ききってしまい,相手が重ければ適当なタイミングでいなすか左上手をとって頭をつける形で安定している。中盤に上がっても十分にとれそうである。あとは新入幕で敢闘賞の錦富士。また伊勢ヶ濱部屋で強い人がでてきた。不戦勝3つで10勝ではあるが,かえって「持ってる」という感じがする。左四つかもろ差しになると相撲になる様子だがまだよくわからない。来場所の様子を見たいところ。


松鳳山が引退した。強面であったがトークが抜群に面白く,話すと印象が全く異なる力士であり,Abemaで相撲中継が始まってから人気が出た力士の一人である。取り口としては中に入ってもろ差しになるのが上手く,突き押しからのもろ差しの動きのスムーズさは角界随一であった。これらの点で私も好きな力士だった。しかし,晩年は中に入ってからの打開策に欠き,身体が大きいわけでもないためにかえって捕まる形になっての黒星が多かったように思う。とはいえその技術を残してほしかった気がするが,引退会見での「あんまり自分は指導者に向いていないと思う」という率直な物言いも彼らしい。お疲れ様でした。  続きを読む
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2022年05月24日

2022年大相撲五月場所の感想

非常に感想が書きにくい場所である。大関陣が総崩れになりかけたのは,個人的にはこういう場所もたまにはあろう,休場者が出なかっただけマシではないかくらいの感覚である。照ノ富士が大関陣を擁護するコメントを場所後に出していたのがちょっと面白かった。どちらかというとそのせいで三役・前頭上位陣に好成績者が多くなりすぎて番付が渋滞したという弊害が起きている方が心配である。内容も面白い日としょっぱい日が入り混じっていて何ともコメントしがたい。最終的に照ノ富士が優勝したのは大関陣の不振との裏返しであって,皮肉な予定調和である。番付・本割というものはよくできている。割を崩せば平幕優勝になった可能性もあるが,秩序を優先するか優勝争いの面白さを優先するかの完全な二者択一になってしまって,やはり難しい。場所中に能町みね子氏が言っていたが,場所の中盤頃に早々に平幕の好成績者を上位陣や同士で当ててしまえば,大関陣がふがいなくても終盤に本割を崩すかどうかで悩まなくて済むという解決策はある。協会にはちょっと検討してほしい。


早々に個別評。照ノ富士は前述の通りで,体調は良くない場所であったが,前半は単純な実力差で5−3にまとめ,後半は相手の不調に乗じて7連勝で乗り切った。何度か以前にも書いているが照ノ富士の膝の状態のために,照ノ富士が単独横綱である限り優勝ラインは2敗か3敗まで下がってくる可能性が,他の単独横綱の時代よりも高い。その意味での名優勝争い製造機であるのだが,今場所のような展開はさすがに二度,三度は見なくていいかな……

大関陣。貴景勝は日毎の出来が違いすぎて別人のようであった。もとより押し切ってしまう押し相撲ではなく,細かく引いて間合いを測っていなしを入れて最終的に押し出す相撲であるのだが,押す力が弱すぎていなしが効かない相撲が何番かあり,もろくも負けている。馬力が戻ってこないことには,大関陥落は無いにせよ優勝もない。正代は,先場所のようになんだかんだで調子が戻ってきて勝ち越すのではないかと思っていたのだが,予想が外れてしまった。かける言葉がない。御嶽海は前半の二日目の豊昇龍戦で右肩を痛めて全てが狂ってしまった。ケガに弱いというかケガの痛みに弱い。いっそ途中休場でも良かったのかもしれない。

三役。若隆景の大関取りは来場所の焦点だろう。12ー9と来ているので12勝なら昇進,計32勝で許されるような甘い裁定は無いだろう。大関陣の不調が来場所も続くようなら可能性はあるが,カド番の二人がさすがに奮起するような気はする。相撲ぶりは特に変わっていないのだが,にもかかわらず6敗もしたのはやはり大関取りのプレッシャーか。来場所も己の精神との戦いになるのかも。豊昇龍は正代戦が明らかな誤審で本来なら9勝だろう。朝青龍には「ぎりぎりの勝負になるのが悪い」と言われていたようだが,悔しいものは悔しかろう。大栄翔は照ノ富士キラーの地位を確立した。こっそり11勝で,当然大関取りの起点になろう。阿炎は7勝の負け越しで,実力通りか。

前頭上位。逸ノ城は新型コロナウイルス感染で全休だが,出場していたらさらに混沌としていそうな場所だったから残念である。番付は据え置きになるだろうか。高安は不可解な負け越し。霧馬山は2場所連続で膝の調子が良く,普段以上に投げ技がよく決まっていた様子。相撲巧者にありがちだが,動きすぎて負けることがあるのが難点。琴ノ若は上位定着が固まってきた様子で,成長だけで言えばこの上半期で最も著しい成果が出ている。巨体を生かした相撲が型になってきた感じがする。この人が初日から三日連続で大関を撃破したことで,今場所の空気が決まった。玉鷲は本当に衰えない。驚異である。最後まで優勝争いに残っていた隆の勝は相撲ぶりが大きく変わったわけではないが,元関脇であるし11勝でもあまり驚くところではないだろう。よく押す圧力が出ていて,右四つなら四つ相撲でも相撲になるところは意外と御嶽海に近いように思う。

前頭中盤。阿武咲は肋骨が折れているそうで結構心配。翔猿は7勝の負け越しだが,印象は良い。動き回ってさばいて中に入るうざったい相撲を貫徹してほしい。押す力が強くなれば嘉風に近い取り口になるか。宇良も面白い相撲が多かった。途中休場でなければ技能賞が固かっただろう。しかし,無理にこらえてケガを誘発するのは本人のためにならないので本当にやめてほしい。見ていて怖い。若元春も9勝の割に印象がよく,二桁勝っていないことに驚いた。差し勝って左四つにさえなれれば上位でも通用する。あとは差し勝てるかどうか。琴恵光も6勝で負け越しているが,筋骨隆々の肉体が躍動する力強い相撲が多く,面白かった。しかし,小兵の相撲なのかまっとうな右四つの四つ相撲なのかがちょっと中途半端になっているかもしれない。

前頭下位。隠岐の海・碧山・佐田の海あたりが順当に勝ち越しているのは上りエレベーター。佐田の海はもう35歳だが速攻が光っていて衰えず,この人も衰え知らずの領域に入ってきた。敢闘賞は妥当だろう。王鵬は花田虎上氏に「突き押しをやろうとしているが,四つ相撲のほうがいいのでは」と指摘されていたが,そうだろうと思う。あるいは現在は修行期間と割り切って,わざと押し相撲をとっているのかもしれないが。一山本は序盤好調で勝ち越したが,終盤に5連敗があって8勝止まりであった。以前は左上手をうかがいながら押す相撲だったが,今場所は低い立ち合いから突き押す相撲が目立ち,この方がよくとれている気がする。課題は終盤のためのスタミナか。割りと息切れしている場所が多い印象。翠富士は肩透かしがよく決まっていて楽しかった。

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2022年04月01日

2022年大相撲春場所の感想

照ノ富士の休場はショックだったが,土俵内容が充実していて,見ていて非常に楽しい場所であった。好調の力士と不調の力士の差が激しかったが,好調の力士同士が上手く当たるように本割が組まれていて,そこは審判部の割が上手くいったところかなと思う。



この能町みね子氏の短評が完璧なのではあるが,自分の言葉でもまとめておきたい。

その土俵を牽引し,優勝した若隆景は近年急激に力をつけている注目株で,優勝するとまで思っていた人は少なかろうが,大活躍することは期待も予想もされていた。私自身も先場所の評に「完全に上位定着した雰囲気。新関脇にも期待が持てる」と書いている。言うまでもなく左右からおっつけて崩しそのまま押し出していくスタイルが主体だが,押せずに組んでしまったパターンでもかなり相撲になり,特にもろ差しになると強い。この器用さを身に着けたのが躍進のポイントだったのではないかと思う。Abemaで解説していた花田虎上氏も「大関取りのためには四つ相撲を磨いてほしい」とコメントしていたが,同感である。また,上位陣相手に連戦しても調子を落とさないメンタルの強さもあり,今場所の優勝決定戦も見るからに緊張していたが,高安よりは動けていた。それが初優勝の直接の鍵だったのであり,大関取りにも有利に働くだろう。関脇で12勝は当然大関取りの起点であり,大卒なのですでに27歳,このワンチャンスでとってしまってほしい。なお,表彰式で表彰状読む人が皆苦戦していたので地味に笑ってしまった。

次点の高安は大関時代の馬力が戻ってきていて,白鵬に「ジューシー」と評されてネットの相撲クラスタでちょっとだけ流行った。しかしまあ,稀勢の里から引き継いでしまったらしいメンタルの弱さが彼を初優勝から遠ざけている。私も,まさか優勝決定戦で負けるほど硬いとは思わなかった。優勝決定戦は良い内容だったのだが,あれは両者が緊張で固まっている中で力を出そうともがいていた,その必死さが観客に感動を与えたのであって,万全同士で当たったようには見えなかった。その中で地力は高安の方が高かったにもかかわらず,より動きが固かったのは高安の方であったのだ。親方チャンネルに出演していた元稀勢の里こと二所が関親方は「自分がとっている時より緊張する」と見守っていて,高安が優勝決定戦で負けると見るからにショックを受けていたのには,申し訳ないけど笑ってしまった。それに対して「当時の稀勢の里ファンの気持ちを理解した稀勢の里」と言われていたのを見てさらに笑った。いやでもマジでそれ。


その他の個別評。今場所は書くことが多い。照ノ富士は膝の調子次第ではこういう場所もある横綱ということは皆わかっていたので,今更どうこう言うことはあるまい。新型コロナウイルスに感染して10日間稽古ができなかった調整遅れが全てだろう。御嶽海は11勝で及第点だが,終盤にスタミナが切れて動きが鈍くなって10日目以降が3−3なのだから,本質的には大関昇進前とそれほど変わっていないのかもしれないと思った。正代は「正代直也の直は立ち直るの直」という横断幕を見てから本当に立ち直ったので,Twitterの相撲クラスタは盛り上がっていた。どこかを痛めていたようには見えないし,それならこんな急激に立ち直らないと思われるから,やはり精神的なものだったのだろうか。千秋楽に若隆景を破った相撲は,若隆景が固くなっていたことを差し引いても見事な正代らしい相撲で,身体が相手と密着すれば不格好でも負けないパワーが出るし,膂力も強い。逆にカド番を脱出したところでスタミナが切れたのが貴景勝で,終わってみれば8勝止まり,あと少しスタミナ切れが早かったら……と考えると正代よりもぎりぎりの脱出劇であった。貴景勝の相撲は押し切るというよりも切れ味鋭い押し引きの駆け引きで,それも一撃で決めるのではなく何度も繰り返して崩すところに特徴がある(その意味で千代大海のCSPともまた全く違う)。とはいえ押しに力があって足が前に出ないと引きも決まらないから,スタミナが切れて足が止まるとどうしようもない。大関取りのときは千秋楽までもったのだが,まだまだ若いのにどうしたことか。

三役。阿炎は本人の相撲ぶりはさして変わっていないが,ちょっと相撲が読まれてきている感じ。隆の勝は今場所の上位陣では珍しい不調組。豊昇龍は千秋楽後にTwitterの朝青龍に「俺の新小結も8勝だった」と妙な慰められ方をしていた。馬力がついてきたが,それに伴う相撲振りの変容に身体の感覚が追いついていない感じがした。それが相撲の雑さに現れているのではないか。

前頭上位。大栄翔は初日・二日目に正代・照ノ富士を倒して今場所行けるかとおもいきや,周囲も好調で8勝に止まり,しかも小結に上がれるかも怪しい。不運と言っていい。宇良は4勝止まりで上位の壁に跳ね返された。不調には見えなかったので,地力の問題だろう。相撲は面白く,各力士の対策に見応えがあった。幕内の最上位は低くつっこんで技の工夫を凝らしても,勝てないものは勝てないのだな。逸ノ城も9勝で良い活躍,引き続きやる気があって上位に再定着している。巨体を上手く使えている気がする。阿武咲は良い押し相撲なのだが,やはり大栄翔や貴景勝と比べて一歩分の馬力が足りない。それがエレベーターになっている理由だろう。霧馬山は膝の調子が成績にそのまま出ていて,調子が良かった今場所は投げの切れが異常で,これも今場所の上位が盛り上がった一因であった。前頭4枚目で10勝しているのだし,技能賞をあげても良かったのではないか。

前頭中盤。まずは琴ノ若。初場所の評に書いたこととほぼ同じになるが,今場所はよくパワーが出ていて相手を圧倒していた。敢闘賞は妥当で,間違いなく今場所を盛り上げた主要人物の一人。右四つが基本形ながらもろ差しも多いし,左四つや押しでも取れるから万能である。もう少しスピーディーに技が出ると上位に定着できそう。若元春は弟の活躍に引っ張られて新入幕にして9勝,左四つになるとなかなか強い。翔猿もよく身体が動いていて9勝しているが,相変わらず動きすぎての自滅も多い。

前頭下位。琴勝峰は二代目琴手計も生まれたことだし気合が入っていたと思う9勝だが,案外押し相撲で勝っていて,むしろ四つ相撲は豊山に敗れている。結果は出ているものの取り口がちょっと瞑想している感じも。その豊山は惜しい負け越しで,突きの威力はあるのだが,回転が遅い。天空海は掛け投げが全然決まらず,もう打たない方がいいのかも。錦木は約3年ぶりの勝ち越しだそうで,まわしを取らずに押していくか,右四つに組んでの左からの小手投げがよく決まっていた。新入幕の荒篤山は惜しい負け越しだが,幕内の立ち合いの早さになれれば,押しの馬力が出て定着できそうな雰囲気はあった。一山本も幕内で二度目の勝ち越し。馬力が足りないながら低く構えての動きがよく,何とか白星を拾っていた。

最後に見られなかった人のために,千秋楽エンディングを貼っておく。

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2022年03月13日

白鵬引退によせて

3/11にアップするつもりだったが,三度目のワクチン接種によって阻まれたので仕方がない。白鵬についてはすでにネット上に優れた評伝が多数上がっていて,特に付け足すところもない。たとえば次の2つの記事はすばらしい。
・「相撲社会の大先輩に何てことを言うんだ!」孤独の大横綱・白鵬が18歳でうけた“父のゲンコツ”《素は“仏”の男が“鬼”を標榜するようになった理由》(文春オンライン)
・「横綱・白鵬引退に思う」(視点・論点)(NHK解説委員室)
そこで,あくまで本ブログ上の記述に沿って私見をまとめつつ,こうした評伝で意外と触れられない取り口の変遷を中心に書き残しておきたい。

白鵬の人生は有名すぎるエピソードが多い。誕生日は3/11,父親のムンフバト氏はモンゴル相撲ことブフで5年連続6度優勝し,1964年東京オリンピックから5大会連続でレスリングで出場,特に1968年メキシコ大会では銀メダルをとった。モンゴルの英雄の息子,サラブレッドとして日本の大相撲に挑戦することになった彼だが,来日当初は身体が細すぎて部屋が決まらなかったという。しかし,結果として当時は新興でしがらみのない宮城野部屋に決まったことは,かえって白鵬にとって良かったのだということもよく語られるところである。

いざ大相撲に入ってからの出世は早かった……と言いたいところだが,やはり体格差のせいか,三段目脱出に6場所かかるなど,前相撲から新入幕まで17場所かかっている。後の大横綱と考えるとこれはかなり遅く,上位十傑にすら入っていない(12場所以内でなければ入らない)。実はその他のスピード記録も振るわず,2位や3位に入っているものすら少ない。ともあれ新入幕後は二度の休場のみで皆勤場所は全て勝ち越し,2007年五月場所後に所要38場所,歴代4位の早さで横綱に昇進した。しかし,不思議とこの頃の白鵬に対する私の印象は薄い。この頃の白鵬は受け相撲で,勝ち筋が右四つでの寄り切りに偏っていて,投げに展開したり離れて取ったりするのは後に比べると不得手であったように思われる。とはいえ長身で体格の良い右四つの本格派で,捕まえられさえすれば朝青龍でも脱出できなかったから,すでに並の横綱級の強さはあった。

なお,白鵬の綱取りについては,本来であれば2006年の五月・七月に14勝優勝・13勝次点であるから昇進していてもおかしくなかったのだが,2006年五月はまだ新大関であったので流され,その後で白鵬がケガをしたこともあって5場所遅れる結果となった。本件については,その前の三月が関脇で優勝同点13勝で三場所計が40勝というのは綱取りの隠れハードルである三場所計36勝を優に超えており,かつ長く朝青龍の一人横綱であったから二枚看板にする需要は高かった。にもかかわらず「時期尚早」という議論が出たのは不可思議で,現在の風潮なら確実にそのような声は出なかった。16年前の段階ではまだモンゴル人に対する疑念は残っていたのだろうし,その残滓がずっと白鵬の胸中に残り続けて後の不品行につながったのだとすると不幸の連鎖である。

白鵬の偉大さはやはり横綱になってからの安定感とその長さである。主要な史上最多記録を並べるだけでも優勝回数45回,年間最多勝10回,通算勝数1187勝,通算幕内勝数1093勝,横綱としての勝数899勝はいずれも前人未到の記録である。今後塗り替えられないとは断言できないが,更新のハードルは尋常でなく高い。横綱以降の取り口は何度かの変遷がある。長くなるので先にまとめておくと,関脇・大関時代を含めた2006-08年を初期型,09-11年を全盛期,12-14年を中期型,15-16年と21年に見られた後期型,17-20年の末期型と定義する。

2008年までは大関時代に近く,寄り切り中心で,朝青龍が上手投げで勝つと自分も上手投げで勝つといった妙な対抗心があったが,まだ後世に名が残るような上手投げではなかった。2008年初場所,13勝1敗で迎えた朝青龍との相星決戦は,大相撲史上でも稀に見る最強同士が真っ向勝負,卓越した身体と技巧をぶつけ合った一番となった。平成最高の名勝負としてこれを挙げる人も多い(私もこれに一票入れる)。しかしながら,朝青龍は全盛期だったにせよ,白鵬がまだ上昇曲線の途中だったからこそこれだけ白熱したのであって,このもう1年後には実力差が開いてしまった。

これが全盛期に入ると,左上手投げの切れ味が増して,離れて取っても押し負けなくなり,何よりも足腰の強くなった。「足に根が張っている」「身体が柔らかく,あらゆる衝撃が吸収されてしまって下がってくれない」等と評価されるようになったのはこの頃からである。私には2009年の春場所の全勝優勝で何かが変わったように思えた。2009年は86勝4敗という年間最多勝記録を樹立した年でもあるが,これに比して優勝は3回と振るわない。優勝できなかった場所は全て優勝決定戦での敗退だったので,この頃の白鵬はプレッシャーに弱いのではないかとも言われていた。まだまだ若かったということか。

続く2010・2011年は天下無双の強さを発揮し,右四つになっただけで勝ちを確信した観客が歓声を上げるというシーンもよくあった。2009-11年は238勝13敗で勝率.933という成績で,その完璧な相撲ぶりもさることながら,数字の上でも驚異的以外の言葉が見当たらない。2010年は大相撲史上2位の63連勝を記録し,九州場所で稀勢の里に負けると「これが負けか」「未だ木鶏たり得ず,だな」と名言を残した(後者は69連勝の双葉山をなぞったもの)。この「木鶏」発言からもわかる通り,白鵬はこの頃に大相撲の歴史について猛勉強しており,角界でも有数の有識者となっている。外国人として受け容れられないなら可能な限りに日本に馴染もうという努力だとすると涙ぐましい。2010年は野球賭博問題で,2011年は東日本大震災と八百長問題で大相撲に激震が走っていた時期であり,白鵬自身も前者において微額の花札をしていたことを自供して処罰されているが,それを差し引いても十分すぎるほど大相撲に貢献していた。この2009-11年頃の功績を忘れた後の不品行批判には賛同できない。


相撲の取り口に少し変調をきたすのが2012年で,まだ27歳,老け込むにはあまりにも早いが,天下無双の取り口は身体への負担が大きいのか,そのままの取り口では多少勝てなくなってきての2回優勝にとどまった。当時に本人が語っていたのは右膝のケガと腰痛である。環境の変化も大きい。2010-11年頃は朝青龍・千代大海・琴光喜・魁皇が次々に引退し,特に後者3人が辞めたことは大関互助会の崩壊を意味した。代わって稀勢の里・日馬富士・鶴竜・琴奨菊が台頭して,あまりにも盤石な白鵬の優勝の陰での二番手争い,大関取りが熾烈を極めていたのである。その刃がとうとう第一人者に届き始めたのが2012年である。

2013年は取り口が変わった時期であった。省エネ相撲の誕生である。前半戦の小結や前頭上位との戦いでは組まずに離れて取り,突き押しかとったりか,さっとつかんでの投げ技で仕留める。後半戦の大関・横綱戦に入ってから全盛期の取り口に戻していくという場所の過ごし方が固まっていった。これを中期型の白鵬と呼ぼう。これ以後に現れる後期型・末期型は中期型の変形であるから,中期型は引退までの基本形とも言える。場所の前半でとられた省エネ相撲はちゃんとした四つ相撲に比べるとやや勝率が下がるのでリスキーであった。しかし,15日間受けて立つのではスタミナが切れるのだから仕方がない。また,取り口が汚いということでもないので批判されるものではなかった。しいて言えば省エネ相撲の一貫として張り差しが多用されるようになったが,これも張り差し自体が悪いということではない。何よりも省エネ相撲のおかげでスタミナが温存されて,場所後半に日馬富士や鶴竜や稀勢の里に対して全盛期並の取り口を見せてくれるのであれば,ファンとして文句は無かった。にもかかわらず,一部の守旧派の好角家から省エネ相撲・張り差しそのものが批判されたのは白鵬の不幸で,これが民族差別と受け取られがちなところはあったのは,ここで必ず書き記しておかねばならない。

こうして中期型に移行した結果,2013年は4度優勝,2014年は途中休場1回を除く皆勤5場所のうち3度優勝と確実に復調した。2014年の九州場所での優勝がちょうど32回目,史上最多記録タイであり,名実ともに史上最強横綱となった。2013年には史上初の二度目の40連勝も記録している。最終的に43連勝まで伸びたが,これを止めたのはまたしても稀勢の里であった。なお,この稀勢の里が勝った取組後に九州の観客が万歳三唱をしたことは,いたく白鵬の精神を傷つけたと思われる蛮行であった。こうした心無いファンの言動は白鵬が一方的に批判されるべきではないと言われる一因である。


平幕から全盛期に至るまでケガが少なく,休場が極めて少ないことが特徴であった白鵬は,2015年九月に休んだのを皮切りに,ケガによる休場を頻発するようになる。一度休むとタガが外れるということなのだろうか。2016年には年間最多勝を稀勢の里に奪われた。それに伴う精神の乱れもあろう,前述の通り日本人に裏切られたショックもあろう。2013年には精神的な支えと言われていた大鵬氏が亡くなっている。加えて,単なる省エネ相撲では勝率が下がりすぎるようになったこともあろう,諸々が重なって2014年下半期からまた相撲ぶりが変わっていく。こうして2015年頃から現れたのが後期型の取り口である。基本は中期型と同じながら省エネ相撲にラフプレーが加わり,悪名高い立ち合いのかち上げエルボーが見られるようになった。また,盤石に勝つというよりは経験と持ち前の反射能力による土俵際の逆転劇も増え,これはこれで見応えがあったものの,全盛期の取り口を知っている観客からするとラフプレーと同様に寂しい勝ち方であった。

かち上げエルボー問題について補足しておく。白鵬のかち上げエルボーは張り差しとの併用にポイントがある。かち上げは本来,相手の胸に自分の二の腕を当てて上体を押し上げるものであって,顎に当てて身体的な打撃をねらう目的のものではないし,顎をねらって空振れば自らの立ち合いが崩れるからねらう人もいなかった。また張り差しは,立ち合いと同時に相手に張り手を見舞うことにより相手の立ち合いの勢いを止めることで,押され負けを避けたり,自分に優位な差し手を作るものである。しかし,張り差しとかち上げを組み合わせると,左からの張り差しで動きが止まった相手の顎に,右の二の腕をクリーンヒットさせることが可能になってしまう。悪魔の発明である。よくこんなことを思いついたものであるが,そもそも張り差しとかち上げという全く違う動きを左右同時に行うという神業ができたのもまた白鵬だけであったから,誰も真似しようとも思わなかった。さらに白鵬は右腕に分厚く硬いサポーターを巻いていて,これが事実上の凶器となっていた。さて,張り差し・かち上げ・サポーター着用の一つ一つは言うまでもなくルールの範囲内である。肘打ちはグレーゾーンであるが歴史上あれだけ明確にエルボーを打った力士はおらず,また肘打ちが故意か偶然かの判断は難しいと予想される。まとめると,倫理的なダーティーさはあるが,ルールブックの盲点を突く発想の上でも単純な技巧の上でも,実現できたのが白鵬だけというのが,かち上げエルボー問題の核心であろう。だからこそ協会も本質的な解決を目指さなかった節がある。私見では,やはり「肘打ちは握りこぶしと同等と見て反則」という規定を新設してほしかった。エルボーが顎に入れば脳震盪を起こす危険が高く,相手の選手生命を縮めるので,白鵬の引退を待っている場合ではなかっただろう。同様の指摘は協会内でもあり,代表的なところで元武蔵丸の武蔵川親方が頻繁に批判していた。
・“ご意見番”武蔵丸の苦言「白鵬よ、右ヒジで顔面を狙うのはいけない」「正代戦も元横綱の僕としては許せなかった」(Number)

この頃には所作の乱れも指摘されるようになり,ダメ押しも目立つようになった。デーモン閣下が最初にそれを指摘したのが2014年の七月というのが,やはり一つの画期であった。ここでデーモン閣下に先んじて指摘できなかった横審には本当に存在価値がない。2015年初場所には無意味に審判を批判して騒動を起こした。私自身,今回自分で書いた相撲の記事を読み返していて,2016年3月には早くも「個人的には「もう“無敵の横綱”じゃなくてもええんやで。気楽に普通の綱を張ってくれ」と心から言いたい。」と書いていて,なんとも悲しい気分になった。しかしこの場所で36回目の優勝を遂げた横綱にとって,それはプライドが許さない堕落であったのだろう。彼にとっては品格ある普通の横綱よりも不品行でも無敵の横綱の方が偉大な横綱像であったのだ。2017年以降は騒動が多くなるが,ここで書き連ねるのはやめておこう。

しかしながら,こうしたラフプレーを続けていくことはさすがに許されず,観客や協会から批判を受け,また筋トレ等を増やしてトレーニングをし直したとのことで多少なりとも中期型の相撲が戻っていた。すなわち前半・中盤を省エネでやり過ごし,苦戦しそうな有望な若手との取組だけ思い出したかのようにラフプレーに走って,最終盤の2・3日だけ右四つ万全の相撲を取ると細かく切り替えていく。また少しでもつまづけば早々に休場する代わりに,完走すれば優勝するというスタイルが2017-20年にとられた。これが末期型である。しかし,ケガ頻発してこれすらも難しくなったため,最後の場所となった2021年七月は後期型に戻って何でもありの取り口であった。その全勝優勝は評価が難しい。少なくとも私自身は,当時に書いた言葉をそのまま持ってくるなら「あんな取組を千秋楽にとる横綱白鵬は見たくなかったというのが偽らざる本音である」。さりながら全勝優勝を最後に引退したのは実に白鵬らしいものであった。



総合するに,ラフプレーについては一方的に批判するしかないし,2017年以降の騒動の多くも批判されるべきところが多い。しかし,その背景事情には少なからず大相撲側の事情もあることは割り引かねばならない。また大相撲が絶不調だった2009-11年頃を支えた朝青龍の対抗馬・一人横綱であったこと,数々の偉業というべき大記録といった功績もまた大きく,何よりも何より盤石極まりなかった全盛期の四つ相撲の美しさは代えがたいものがあった。私は,彼の功績から不祥事を差し引いたとしても,まだ功績の方が圧倒的に大きいと判断する。他の多くの好角家も同じ判断になろうと思う。取り口の変遷を中心にまとめたので漏れてしまったが,東日本大震災復興支援や,新人発掘に確実な成果を挙げている白鵬杯の開催など,これらの点でも彼は評価されるべきであろう。

これからは後進の育成にあたるわけだが,すでに内弟子が何人も幕内まで上ってきており,特に小兵の育成には定評がある。モンゴルとの縁も活かして自らの記録を脅かすような,新たな大横綱を育ててほしい。お疲れ様でした。  
Posted by dg_law at 21:34Comments(2)

2022年01月24日

信州から来た男がやっと(2022年初場所)

お前はいつ覚醒するのだと言われ続けていた人が,やっと覚醒した場所であった。私事であるが,先場所に「私事ながら10月に木曽御嶽山に登り,泊まったペンションや登山道中の山小屋の人等と話して地元民に強く応援されているのを知ったので,けっこう応援していた。地元民に「彼は欲が無くてねぇ……」と言われてしまっていたが,今場所の11勝を起点に今度こそ大関取りを成功させてほしい。」と書いていた通りで,今頃あの地元の人たちが喜んでいるのだろうと思うと,昨年のうちに御嶽山に登っておいて本当に良かったと思う。

今場所の大関取りのハードルは高く,場所前に伊勢ケ浜審判長が「全勝優勝でもしたらね」という程度に御嶽海は期待されていなかった。なにせ先々場所は9勝,先場所は11勝であるから今場所は13勝が要求されていた。しかしながら,追い風も無かったわけではない。現大関の貴景勝は若いがケガが多く不安定,正代は毎場所勝ち越しがやっとであり,横綱照ノ富士も長命になるとは言いがたい。また根本的に横綱・大関が合わせて3人しかいないのはやや少ない。早々に4人目を作りたいという欲は協会にも好角家にもあった。隆の勝・明生・大栄翔は少なくとももう1年かかる見込みで,阿炎・豊昇龍あたりはさらにもう少しかかりそうであるから,もう御嶽海しかいない状況であった。

御嶽海はすでに2回優勝しており,何度も三役で二桁勝利していた。新小結が2016年の九州場所で,そこから上位総当たりの地位からほぼ下がっていないので持続力はある。にもかかわらず,その勢いが2場所持たないのが欠点で,少しどこか痛むと怯み,場所終盤でスタミナが切れたりしてやる気がなくなり(スタミナ切れに伴って稽古不足がしばしば指摘された),まさに「欲がない」と言われてしまう状況であった。関脇在位18場所は史上6位,三役在位は28場所でこれも史上6位である。そうして二桁勝利と勝ち越し1点を繰り返すことが続き,初優勝が2018年の名古屋場所だから,我々は3年半に渡る大関取りに付き合ったことになった。ひるがえって今場所は最終盤まで勢いが持続し,やっと大関になるという欲が出たのだろうと思う。人生になにか転機があったか,もうすぐ30歳という年齢に追い立てられたのかはわからない。書いてみて思ったのだが,もう30歳とは信じられないほど若々しく見える。これからも若々しい相撲をとってほしい。それこそ関脇時代の安定感があればそうそう陥落することはなさそうだ。


個別評。横綱照ノ富士は,やはり本人が望む横綱相撲は膝への負担が大きく,続けるのがつらそうである。今場所は前半から厳しそうな取組が多く,六日目に玉鷲に敗れると,その後は少し前に出る相撲に戻った。しかし,十二日目の明生戦は今度は前のめりに倒れることになり,そこでの落下で右かかとを負傷して,なおさら膝に力が入らなくなった。十三日目の隆の勝戦は立ち合いでとったりという奇襲で制したが,十四日目・千秋楽はなすすべなく終戦した。横綱としての照ノ富士は,優勝する場所の圧倒的な強さから忘れそうになるが,これからもこういう場所が少なからず出現することになろう。朝青龍や白鵬ほどの安定感は望めない。

大関陣。貴景勝は不運だったとしか言えない。それにしてもケガが多いし,ケガの箇所が毎回違うので若くして全身がボロボロという印象になってしまう。正代は長らく相撲の調子が狂っている。体調が悪いようには見えないし,目立ったケガがあるようにも見えないので,案外どこかの場所で復調するかもしれない。

関脇・小結。優勝した御嶽海は前述の通り,メンタルが強くなったのが勝因で相撲ぶりは変わっていない。立ち合いで強く当たって一気に持っていくのが持ち味で,持っていく形は押しでも四つでもどちらでも良いのが彼の強みであろう。しいて言うと突きは使わないが,むしろ相手が突いてきても密着して間合いをつぶしてしまうという上手さがあり,これがよく出たのが七日目の玉鷲戦であった。隆の勝と大栄翔はそれぞれ並の調子だったように思うが,周囲が好調だったのが1点負け越しという結果だろう。明生は腰に大きなテーピングをしていた日が何番があり,腰痛で脆かった。その中で照ノ富士・正代・貴景勝を全て倒しての5勝は奮戦したのではないだろうか。腰痛の痛みにより日毎の出来が違ったのだろう。

前頭上位。若隆景は完全に上位定着した雰囲気。新関脇にも期待が持てる。上位に勝てなくても取りこぼしがなく,連敗しても心が折れないのは良い。霧馬山はまだ膝が治りきっていなさそうで,攻めているうちは強いが下がると脆い。宇良はケガ明けの上位初挑戦で勝ち越した。馬力で押し切る相撲とアクロバット相撲を使い分けるので相手は対処しづらいのだろう。一方で展開を読まれると単純な力負けしたり,動きについてこられて負けてしまう。また,土俵際で粘りすぎて大ケガをしそうな転落が今場所も見られた。相手もケガをさせそうで怖いし,ただでさえそれで一度やり直しになっているのだから,プロなのだからそこは割り切って受け身をとってほしい。阿武咲は上位総当たりで10勝しているが,それほど印象がない。御嶽海にも勝っているのだが。

前頭中盤。上位と下位で好調な力士が多く,豊昇龍・阿炎・宝富士を除くと壊滅的に負け越している。豊昇龍は今場所も縦横無尽に暴れて11勝だが,番付運が悪く新三役は無理そうである。せめて技能賞をあげてほしかったところ。馬力不足を気迫で補っているが,やはり馬力がほしい。阿炎はまだ元の地位に戻っていく過程だと思うが,それでも12勝で千秋楽まで優勝争いに残ったのは立派。来場所は新関脇だと思うが,9勝以上なら本物である。

前頭下位。石浦は小兵相撲が光って11勝。十三日目に王鵬を4回転ほどして左下手捻りで倒した相撲がハイライト。琴ノ若も11勝で敢闘賞。身体の大きさを生かした正攻法の攻めがよく決まり,押しでも四つでも取れるのは相手に応じて取組内容を変えられるので強みである。土俵際での逆転や投げの打ち合いも多く,根性のある相撲が多かった。千代丸は結果負け越したが動きがよく,土俵際をつたって逃げ回る相撲が印象に残った。一山本は,序盤は左上手で頭をつけて攻める相撲がよく決まっていて良かったが,中盤で左膝を痛めてからは相撲になっていなかったのでもったいない。琴恵光は張り差しからもろ差しになる形が完成していて力強い。新入幕の若元春は9勝で,左四つになるとなかなか強い。来場所に相撲を覚えられてどうなるか。もう一人の新入幕の王鵬は7勝で僅差の負け越し。押し相撲で引きも上手かった。終盤で負けが込んで11日目から5連敗したのはよくわからない。スタミナ切れだろうか。

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2021年11月29日

とにかく照ノ富士が強かった場所

阿炎の大活躍がある程度予想できたという点も含めて,予定調和的な優勝争いと優勝者であった。また,超速の再出世を遂げた照ノ富士,ぴりっとしない正代,順当に二桁勝つも優勝争いには絡まない御嶽海,今年躍進した若手(明生・若隆景・豊昇龍・霧馬山)大集合の上位,謹慎後に大活躍した阿炎の存在も含めて今年の総まとめのような場所だったとも言える。相撲内容は日によって出来がバラバラで,内容が濃い日もあれば淡白な日もあり。

トピックを1つ挙げるなら,審判が物言いをつけるタイミングについての話題だろう。中日の貴景勝・逸ノ城戦で,取組途中で逸ノ城が貴景勝の髷をつかんでいたが,それから長い相撲になり,逸ノ城が一度は勝った。しかし物言いがついて髷の指摘が入り,軍配差し違えとなったという。九日目にも栃ノ心・松鳳山戦で,取組の途中で栃ノ心のかかとが出ていたが行司が気づかなかったために続行,栃ノ心が一度勝ってから物言いがついて軍配差し違えとなった。これらについては,2012年の奇しくも同じ九州場所の九日目(とっててよかった当時の記録),日馬富士・豪栄道戦で審判が日馬富士の足が出ていたと指摘して行司が取組を止めたが,映像や蛇の目の砂を確認するに足は出ていなかった。これがゆえに審判が原因で力士に取り直しさせてしまったという苦い記憶が審判部にあり,これ以降,指摘の内容が確実でない場合は取組が終わってから物言いをつけるという取り決めが作られたと,今回の2件のため協会から改めて説明があった。これに対して勝敗がついているのに取組を続けさせるのは体力の浪費であるという批判も一部にあって,ネット上で少し議論になっていた。私としては協会の判断が正しく,審判が取り直しさせるのは最悪であるし,審判が誤審を恐れて物言いをつけづらくなるのもまずい。力士の体力の浪費は仕方のないところだろう。


個別評。優勝した照ノ富士は,先場所の「自身が伝統的な横綱相撲を意識していて,受けの相撲に転向した」という路線がさらに強まっていた。先場所の段階ではまだ元安美錦の安治川親方が言っていたのに過ぎないが,今場所は優勝インタビューでそれを公言した。その上で全勝優勝したというのは偉業である。膝が悪く受けには向かないというのもあり,まだその相撲に転向してから2場所目というのもあって本来であれば全く真の実力が発揮できない場所であったところ,圧倒的な実力で15日間に渡り他の力士をしりぞけ続けた。面白かったのは,積極的に捕まえに行かない分,技が多様になったことである。初日には小股掬いという小技があり,得意の極め出し・小手投げもあり,寄り切り・すくい投げ・上手投げがあるのは当然として,十一日目には足取り(決まり手は寄り倒し),十二日目には掛け投げも出た。技巧があるのは知っていたが,ここまで多彩に見られたのは楽しかったし,四つ相撲の技術が出せないとなると技術の側が多彩になるというのは面白い現象だった。照ノ富士は自身初の全勝優勝。6度目の優勝で,今年4度目の優勝。新横綱からの連続優勝は大鵬以来59年ぶり。全場所優勝次点以上で11勝以上,計77勝で年間最多勝と大活躍であった。年間最多勝が70勝(平均約12勝)を超えるのは7年ぶり。照ノ富士は優勝インタビューで「優勝回数を二桁に乗せたい」と言っていた。そこまで行けば日馬富士の9回は超えることになる。身体に大きな故障があるという点では共通する武蔵丸は12回,そこを目指して続けてほしい。

大関陣。貴景勝は優勝争いに絡んでの12勝で十分な成績。突き押しが強く内容上も文句の付け所はない。12勝はしたが,優勝次点ではないので綱取りにならないのがややかわいそうか。正代はまあこんなもんだろう。例によって早々に負けが込んだので照ノ富士戦が消滅し,先場所に貴景勝が消えたのに続いて2場所連続で大関なのに上位総当たりではなかったという悲しい展開にはなったが,先場所・先々場所に比べると以前の防御力,上体をそらして相手の当たりを上方に逃すという不思議な防御が戻ってきたように見えた。そこから当たり直して左を差して勝つのだから面白い。

三役。御嶽海は,私事ながら10月に木曽御嶽山に登り,泊まったペンションや登山道中の山小屋の人等と話して地元民に強く応援されているのを知ったので,けっこう応援していた。地元民に「彼は欲が無くてねぇ……」と言われてしまっていたが,今場所の11勝を起点に今度こそ大関取りを成功させてほしい。四つ相撲が苦手というわけではないのだが,出足が止められると敗色濃厚になってしまうのが最後の欠点か。明生は惜しい負け越し。割りと何でもできるのだがこれという型が見当たらない点で豪栄道に似てきた気がする。逸ノ城は地力の限界を見てしまった気が。重さが発揮されれば貴景勝や照ノ富士でも苦労するのだが。霧馬山は膝が少し治ってきたのではないか。6勝だが星のつぶしあいの結果であって内容は悪くなかったと思われ,投げ技がよく効いていた。

前頭上位。若隆景は九日目まで上位総当たりで2勝7敗,そこから立て直して勝ち越した。こういうメンタルの強さは上位定着に必要なもので今後に期待が持てる。隆の勝は上位総当たりで二桁は2回目,低く強い押し相撲が見られた。隠岐の海はわずかに負け越したものの,久々に懐が深さを生かした相撲が見られ,照ノ富士も攻めきるのに苦労していた。豊昇龍はよくがんばっていたがやはり圧力が足りないか。技が出る前に崩れると立て直せない。高安は初日から四日目まで合計8分超の長い相撲をとったため,スタミナが尽きて後半失速した。いかに長い相撲が得意とはいえ限界はある。

前頭中盤。宇良は10勝,以前の小兵らしい立ち回りに前進する圧力も加わり,相手からすると圧力を警戒すればいいのか小兵の立ち回りを警戒すればいいのかわからない厄介な力士に成長した。まだもっと上で取れそうである。初の技能賞とのことで,4年前に幕内にいたときには受賞していなかったのが意外だった。碧山は4勝で大敗,突っ張りがあまりにも上突っ張りで相手に圧力がほとんど伝わっていなかったのが心配である。

前頭下位。北勝富士は11勝したが上りエレベーターだろう。琴ノ若は上りエレベーターとなるかと思いきや負け越した。身体の大きさが活かせず,動きがもっさりしていてダメな時の魁聖に似ていた。輝も相撲が小さく,もろ差しにこだわって自滅する悪癖が一時見られなくなったかと思っていたが,今場所は復活していて残念であった。最後に阿炎について書いて明るく終わろうと思う。謹慎前は三役常連であったわけだからそこまではスルスルと戻るだろうと思っていたが,それにしても今場所は動きが良く,貴景勝を沈めるまでに突きの威力・回転ともに良かった。突き押しの相撲の場合は引くのも1つの手段であって千代大海にせよ貴景勝にせよ要所で引くなりいなすなりしている。しかし,阿炎はあれだけ突いていけるのならば引かない相撲の方が良いだろう。次は一気に上位総当たりの地位まで上りそうだが,続く活躍を期待する。

白鵬の引退記念記事は近日中に書きたい。
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2021年09月27日

2021年秋場所:史上9人目の新横綱の優勝

前半はつまらなかったが,後半は熱戦が多くて見応えがある場所であった。宮城野部屋が新型コロナウイルス感染症により全員休場となった時点で,予想されていた通りの優勝争いで,予想されていた通りの人が優勝した。人によってはもう少し簡単に照ノ富士が優勝すると考えていたかもしれないが,私は2敗くらいはするだろうと思っていた。照ノ富士があまりにも強いので皆忘れがちなのであるが,彼は膝が極度に悪く,押し相撲に対して下がる展開になると,引き技を全く打てずに土俵を割るしか無いという致命的な弱点がある。それも序盤ならまだ耐えられるが,疲労が蓄積する後半は危ない。今場所はまさにその通りという展開で,大栄翔には押し込まれて負けた。明生は押し相撲ではないが,立ち合いの圧力で一気に持っていったという点で照ノ富士の弱点を見事に突いたと言える。

膝へのダメージの蓄積という点では,照ノ富士自身の取り口の変化も挙げなければなるまい。今場所は先場所までと比べて明らかに勝った相撲の取組時間が長く,負けた二番に限ると短かった。データで見ると,幕内復帰(2020年名古屋場所)以降の場所ごとの平均取組時間は全て15秒未満であり,皆勤で最も短いのは今年の五月で約8.7秒。それに対して今場所は約27.7秒だったとのことなので,これまでより2〜3倍の時間をかけているということになる。先場所に比べると自分から攻めていくというよりはどっしりと構えて,一度受けてから押し返したり上手をとったりという展開になることが多く,あえて攻撃を一呼吸分遅らせているように見えた。それが横綱たるもの受けて立つべきという意識によるものなのか,あるいは体調による仕方のないものなのかは今ひとつ判別がつかなかったが,元兄弟子の安治川親方が前者であると推測していた報道があったので,まず間違いなく意図的な取り口の変更ということになる。照ノ富士が自らの膝へのダメージを考慮してもなお,伝統的な横綱相撲を意識していたというのは意外な話であり,極私的な思いで言えば可能な限り長く横綱を張ってほしいので,先に攻めるスタイルに戻して膝への負担を軽減してほしいのだが,照ノ富士がそれを貫くのなら素直にかっこいいと思う。綱取りの頃から照ノ富士は常々「土俵はいつ何が起きるか分からない」「自分の力士生命は長くない」と公言していることも考えると,太く短いからこそ理想を貫こうと考えているのかもしれない。

その上で言えば,上手でも下手でも左でまわしが取れれば盤石で,よほどの土俵際で無い限り負ける要素が無かった。特に外四つになってもほとんど問題がない懐の深さは,これまでの横綱と比べても照ノ富士に特有と言っていい強みである。他の力士からすると照ノ富士対策は立ち合いの出足で一気に持っていくか,最低でも深くもろ差しになる展開以外だとほぼ勝つ見込みが無い(白鵬を除く)。今場所,照ノ富士が自分から右四つを早く作って即座に取組を終わらせた例外が二日目の豊昇龍戦だったが,あれは足技で刈り取られるのを警戒していたのかもしれない。とすると,これも有効な手段かもしれないが,できる人がそれこそ豊昇龍くらいに限られるだろう。今後も照ノ富士は会心の立ち合いを食らって場所中に1・2敗するのは避けられず,好角家を心配させながらも優勝はするという展開になりそう。


その他の力士の個別評。大関。貴景勝は「首のケガは治っていても,恐怖心が残っているのではないか」と指摘されていて,3連敗を含めて序盤は怖々取っていたように見えた。それを払拭して立て直したことを考えると,勝ち越し・カド番脱出ぎりぎりの8勝でも今場所は仕方がなかったように思う。14日目の照ノ富士戦も現状の貴景勝では善戦した部類だろう。来場所の全力の取組に期待したい。正代は,今場所は御嶽海並に強い日と弱い日の差が激しく,何だったのかよくわからない。終盤に多く弱い方が出てきたので印象が過剰に悪い……とは擁護する気もなく書いておく。

三役。御嶽海は本当に強い日と弱い日の違いが何なのか。立ち合いの当たりの強さで調子がわかるのはわかりやすい。照ノ富士戦前に「作戦を考えている」と発言してネット上の好角家を沸かせ,当日に特に工夫もない立ち合いであっさりと負けてネット上の好角家をしらけさせた。「作戦」とは何だったのか,マスコミの方は取材に行ってほしい。確実にPVを稼げるので。明生は12日目の照ノ富士戦で彼の弱点を見事に突いた強烈な立ち合いを披露し,14日目の勝ち越しがかかった相撲で変化して勝利し,千秋楽には優勝のかかった妙義龍が固くなっているの見るや冷静にいなして秒殺した。14日目のAbemaで花田虎上氏が「こういう変化は翌日の相撲が崩れる」と心配していたが,そんなことは全くなかった。明生の強心臓っぷりは今場所の影の立役者だったと思われる。明生は前からこんなにメンタル強者でしたっけ……それが発揮される場面が今まで無かっただけか。高安は途中休場だが,そうでなくても絶不調だった。逸ノ城は三役での勝ち越しが丸3年ぶりとのこと。令和3年に入ってから,特に5月以降の3場所はやる気が以前と違うが,なにか心境の変化があったのか。これもどなたかマスコミが聞いてきてほしい。

前頭上位。取り上げるべき人物が多い。豊昇龍は急性扁桃炎で体調悪く負けが込んで休場したが,中日に復帰後は4−4でまとめてトータル5−8−2となった。皆勤していれば勝ち越し,来場所新小結だった可能性は高く,非常にもったいない。今場所の豊昇龍のハイライトはなんと言っても9日目,若隆景との期待の若手対決を制した一本背負いにほかならず,14日目の千代大龍戦の懸命の粘りからのとったり等,足腰の強さと技巧が光った。来場所は番付が下がることを活かして大勝してほしい。霧馬山は上位挑戦の地位では初めての勝ち越し。膝のケガが治ってきたか。今場所も投げ技の切れが存分に発揮されていた。来場所は新小結だろう。豊昇龍・霧馬山と並ぶ期待の新星,若隆景も見事に9勝。これまでの上位挑戦はおっつけの技術に馬力が追いついていない場面が多くて跳ね返されていたが,今場所はかなり通用していた。豊昇龍ともども身体を作っていってほしい。上が詰まっていて再小結とはならなさそうなのが不運である。

琴ノ若は休場で残念。休場前でも3−6だったが,上位挑戦だっただけで星数ほど内容は悪くなかった。前に取り上げた3人と比べると身体に恵まれ大きな相撲が取れる上に,技術が無いわけでもないというアドバンテージがあるのを活かして渡り合ってほしい。大栄翔は優勝した場所に次いで調子が良かったのではないか。照ノ富士戦はこれが殊勲賞の取組でなければ他に何が該当するのだというべき会心の相撲で非常に良いものだった。千代翔馬は5−10だったが,前半が7連敗,後半が5−3で後半は悪くなかった。前出の若者たちと比べると張り差しを多用していて,良くも悪くも朝青龍・白鵬が作った流行にまだ乗っかっている感じがあり,この点がかえって特徴になっているように思われる。こうして見比べると大相撲にも流行ってあるのだなと。

前頭中盤。宇良は7−8で惜しい負け越し。先場所に比べると以前の小兵らしい相撲が復活していて,先場所のとにかく低く押す相撲とのハイブリット化が図られているように思われたし,相手がどちらで来るのかわからず戸惑っていたからある程度成功していたように思われる。ただし,照ノ富士戦の異様な粘りは意見が分かれるところだろう。私もあそこまで粘るのは勝負根性を超えてケガを誘発する素人相撲と批判されても仕方がないと思う。阿武咲は10勝で,地力を考えると上りエレベーターなのだが,来場所に照ノ富士と当たるのが楽しみだ。碧山はせっかく良い突きを持っているのに引き癖がひどすぎ,あの内容だと7勝で負け越す。でももう実は35歳で,玉鷲同様に年齢の割には強すぎると評価すべきなのかもしれない。優勝次点となった妙義龍も同様に34歳で,場所を盛り上げてくれて感謝である。差し身・前さばきの良さが健在で,立ち合いからすぱっと寄れる体勢になる相撲は見ていて気持ちが良い。

前頭下位。剣翔は蜂窩織炎にかかり途中休場かと思われたが,耐えて最後まで出場した。ケガではないので悪化するわけではないから,これも一つの選択だろう。あれだけ見るからに右足の色が変わるものなのだな。十一日目からは「腫れは引いてきたが膿が出てきた」ということで包帯とテーピングでぐるぐる巻きの状態で出場していたが,右足がきかないことに変わりはなく,全体を通して相撲になっていない取組も何番かあった。休場よりは一つでも白星を拾った方が番付は下がらないと想定される以上,判断が難しいという苦悩を見たような気がした。一山本は失言しない阿炎という感じで喋りがとにかく面白すぎるので幕内に残留してほしかったところだが,馬力が足りず4−11に終わった。十両で鍛え直しである。千代丸は「20kg痩せた」という触れ込みに対し,あらゆる解説者から「本当に?」と突っ込まれていたのが面白かった。8−7のぎりぎり勝ち越しで,その効果が出ていたかどうかはなんとも言えない。

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2021年07月23日

(何度目かの)白鵬の帰還

優勝争いが盛り上がればそれでいい,というのには他の力士の内容が薄く,私事で多忙であったので,その中で見させられる相撲がこれかという嘆き節から感想を書き始めなければならないのは不幸であった。なにかの負の連鎖なのか数名に生気をとられているのか,短くというよりはあっさり終わる相撲が多くて見応えが無かった。新たな謹慎者や感染者が出なかっただけ良しとすべきだろうか。

今場所の注目は照ノ富士の綱取り,白鵬の進退,高安の大関取りであった。照ノ富士の綱取りについては前回の記事で「優勝なら勝利数にかかわらず確実,そうでなくとも過去の事例から言って13勝次点以上なら確実,12勝同点・次点の場合は五分五分」と書いていたが,千秋楽まで14勝,優勝した白鵬にのみ負けるという圧倒的な戦績であっさりクリアすることになった。また,前回「「膝のスタミナ」という意味ではスタミナ不足の力士と同じ弱点を抱えた形であり,これからも終盤崩れる展開が多いと予想される」と書いたが,今場所の照ノ富士は膝に負担をかけない前進相撲がさらに進化しており,あれだけの前傾姿勢を維持しているのにはたきに落ちないのは,腰が重く,力士としては理想の姿勢と言える。組めば無論のことながら無敵に近いが,押すだけ決着がつくことが多く,取組時間が短く終わったのもスタミナの維持に貢献していたのだろう。本人が「膝のこともあるので残りの相撲人生は長くない」と明言しているので悲壮感があるが,綱取りの時の相撲を貫ければ膝に負担は少ないと思うので,可能な限り長く綱を張ってほしい。

白鵬もまた,初日・二日目の相撲はかなり危なかったが,これを乗り切ったことで相撲勘を取り戻していった。優勝したことはさして不思議でもなく,末期の大横綱とは「出場すれば優勝するが,そもそも出場できない」ということが常態化するものであって,出場しても優勝できなければ引退するのである。初日・二日目は白鵬の力士人生の分水嶺で,これを乗り切れなかったら引退もありえた。しかし,乗り切った以上は10勝以上は固い。取り口はやや変化があり,序盤・中盤は張り差しからの離れて取る省エネ相撲というのは通常通りだが,普段であれば終盤は右四つに組んでの盤石相撲に切り替わるはずであった。しかし,今場所の白鵬は13日目までこの省エネ相撲が続き,14日目と千秋楽も奇策で乗り切ったという点で異なる。白鵬は不安定でも省エネ相撲をとらざるを得ないのは全盛期と違って盤石相撲で15日間とるだけのスタミナがもう残っていないからだが,その盤石相撲を15日間で一度もとらなかったとなると,もう盤石相撲をとるスタミナが本当に残っていないのかもしれない。

ここでの私の感想は2つ。まず,白鵬が「前半省エネ,後半盤石」という戦略を取り始めたのは2013年頃からであったが,いくつかの場所で切り替わりが上手くいかずに後半戦でボロ負けしていた。そこへ行くと今場所は13日目までは悠々と省エネ相撲に徹していて,今の幕内上位陣は明らかに白鵬になめられている。まあこれだけ大関や大関候補が不在・休場では仕方がないとは思うのだが,それにしてもあれほどなめ腐った取り口で白鵬がやり過ごせてしまう辺り,今の幕内上位陣の弱体は深刻である。次に,白鵬の相撲の価値は盤石な相撲が中核であって,省エネ相撲はあくまで余技であってほしかった。以前から白鵬は省エネ相撲すらとるのが厳しい体調である際には,ラフプレーに走って周囲を閉口させる傾向があった。不調時の省エネ相撲をラフプレーで補って優勝するスタイルは2016年頃に最も多用されていたが,さすがに批判が多かったためにその後は鳴りを潜めていた。それが今場所の千秋楽の照ノ富士戦に限って復活したのは,5年も経っていれば皆忘れていると思ったか,一番くらいなら許されると思ったか。その5年前に私は「ラフプレーでしか優勝できないならもう優勝するな」と書いているが,あの頃はそれでもまだ相手が大関・横綱なら盤石相撲に切り替えていたし,そうでないと負けていたのであるし,そこにたどり着くまでのスタミナを持たせるためという擁護はあった。ところが今場所はそれすらなく,よりによって14日目を奇策で,千秋楽をラフプレーで乗り切った。照ノ富士も白鵬が最初からラフプレーで来るとわかっていれば対応できたであろうが,まさか千秋楽であの取り口の方が来るとは思っていなかっただろうという点で,あのラフプレーは奇策でもあった。あんな取組を千秋楽にとる横綱白鵬は見たくなかったというのが偽らざる本音である。

ラフプレーの代表格であるところの「(張り差しで視界を遮ってからの)かち上げの振りをしたエルボー」については,武蔵丸親方が「もうルールで禁止にしては」と提言していた。完全に同意する。昨今の脳震盪の危険性への対処を考えても,このまま残していい技ではないだろう。たとえあれを有効活用できるのが,現状では類稀な技巧を持つ白鵬だけだとしても。


その他の力士の個別評。大関。貴景勝は初日を見る限りで調子が良さそうだっただけに,二日目に大ケガで休場したのは悲しい。よくわからないタイミングでよくわからない場所をケガする大関であるが,来場所復帰できるだろうか。正代は強い日と弱い日が交互に出現したのは先場所と同じで,全般的には大関取りのときの防御力がない。

三役。高安は二日の休場がもったいないが,出場できていても9勝止まりだったので,いずれにせよ大関取りは途切れていたか。左差しにこだわって差し負けたり押し負けたりしていた印象。長い相撲が多かったが,ぎっくり腰なのに大丈夫なのか。長い相撲が得意で勝ててはいるが……。御嶽海はかも不可もなく。若隆景はおっつけが効く間合いになれば勝てるが,なれない辺り,他の上位陣による研究が進んでいる。おっつけ一本ではやはりきつい。明生はよくわからないが勝ち越した。初日の白鵬戦の善戦以外は印象が薄い。

前頭上位。逸ノ城は馬力が戻ってきたというよりもやる気が戻ってきたと評した方がよさそう。ここ3場所ほどのやる気は一体。いや,奮起しているのは良いことなのだけども。あとは豊昇龍くらいしか書くべき人がいない。豊昇龍は先場所に開花した足技に磨きがかかり,加えて今場所は投げ技も強く,あとは出足か寄る力がつけば手がつけられなくなりそうである。もう大関候補に名を挙げてもいいだろう。今場所は上位戦がありそうであまり無かった場所になってしまったので,来場所の上位戦フルコースをどうさばくかに期待したい。翔猿は奇策に出るのはいいが,もうちょっと考えてから奇策をとってほしい。奇策の持ち腐れになってしまっている。

前頭中盤。霧馬山は先場所まで膝が悪く,下がると脆かったが,今場所は下がらない相撲が多く,組んでからの投げがよく決まっていた。上位戦が入る位置に戻ることになる来場所に期待したい。玉鷲はまだ衰えている様子が見えないのがすごい。喉輪で突き放しそのまま押し出すか,組まれそうになったら小手投げで一発逆転というスタイルが完成されている。

前頭下位。琴ノ若は上りエレーベーターなだけという気はするが,12勝は見事で,彼が勝っていなければ今場所の白鵬・照ノ富士の独走がさらにひどかったことを考えると今場所の功労者である。身体能力が高く,今場所はそれに加えて右四つになるのが早く,投げの打ち合いも制するなど技巧が見られた。このまま右四つの本格派として開花してほしい。一山本は喋りが闊達すぎてYouTuberっぽいと評されていたのが一番おもしろかった。確かにインタビューを見ていても,終わり間際に「チャンネル登録よろしくお願いします」っていいそうな雰囲気があった。相撲もよく動く取り口ではつらつとしており,良い意味で社会人経験者とは思えない若々しさがある。終盤,勝ち越しがかかったプレッシャーで動きが硬かったのがもったいない。最後に,復活の宇良。居反りなどの技巧はそのままに押す力が圧倒的に増して帰ってきた。この人に敢闘賞が無かったのはあまりにもケチである。


豊響が引退した。北の富士に「平成の猛牛」とあだ名をつけられ,とにかく一直線に押す相撲で注目を浴びていたが,猛牛すぎて変化や横の動きには弱かった。山口県の響灘に面する豊浦町の出身で,後援会の名誉会長は安倍晋三であった。2005年の初土俵から出世は早く2007年には幕内にいたが,上位には定着できず,前頭の中盤・下位を移動していた。2018年以降は体調が思わしくなく,幕下でとっていたが,この度とうとう十両復帰を諦めた形だが,十分に長い力士人生であり,その長寿を誇ってよい。

旭日松が引退した。現在でこそ大量の塩まきパフォーマンスといえば照強だが,数年前はこの人であった。気風の良い押し相撲をとる力士ではあったが,押し相撲を貫徹するには身体が小さく馬力が足りず,幕内では押し負ける相撲が多かった。幕内在位はわずかに4場所だが,取り口や塩まき以外にも明るく楽しいキャラで印象が強い。この人も2018年以降は幕下で長くとっていたが,6月に引退届を出していた。

勢が引退した。稀勢の里・豪栄道・栃煌山と同年代のいわゆる「花のロクイチ組」の一人であるが,出世は遅く,2005年に初土俵で新入幕は2012年3月である。しかし,その後は長く幕内に定着し,典型的なエレベーター力士であった。最高位は関脇。右腕の使い方がとにかく巧みで,右四つで寄るというよりは右下手投げ・すくい投げが強く,左四つからの小手投げも強烈であったが,不思議と右上手投げだけはあまり見なかった。個人的には右すくい投げの印象が強い。身長が195cmと恵まれた体格で膂力もあったが,器用さに欠けるところがあり,右腕が効かなければ何も出来ず,ケガも多かった。ケガが多い割に強行出場するため,連続出場1090回という大記録を持つが,適当に休場していた方が力士寿命が延びていた気がしないではない。歌が上手い力士としても有名で,いろいろな意味でキャラの濃い力士であった。お三方とも,お疲れ様でした。
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2021年05月24日

2021年五月場所:内外ともに落ち着かない15日間

場所前に竜電が謹慎休場となり,さらに場所中に朝乃山まで謹慎休場となるなど,久々に場外が騒がしい場所であった。両名とも意外な人名であるが,続報を待ちたい。厳罰は避けられないだろうし,報道されている通りなら厳罰たるべきだろう。そのような騒動に引きずられてか,一部の元気な力士を除くとどこか沈滞した雰囲気が漂っていて,特に前半は中身のある日が少なかったように思う。最初の三日間が無観客になった影響も大きそうだ。全日程無観客ならまた違っただろうが,最初から三日間だけとなるとその三日間は気合が入らない力士もいそうである。結局緊急事態宣言は延長されたが,四日目以降は観客が入ることになった。何だったのだろうか。まあ,協会としても同じことを国や都に対して思っているだろうが。

優勝した照ノ富士は10日目まで見事な相撲で,何度も書いている通り,故障している膝は後退すると脆いが,攻めている分には影響が小さい。引っ張り込んだり投げたりすると負担がかかるが,普通に寄る・極める分には問題がない。そういうことが体現された取り口で,案外捕まえきらずに,差し手をうかがいながらそのまま押し出してしまう勝負も多かった。序盤は下位の相手が多く,あまり苦労なく倒せていたのもあるだろう。それでも膝へのダメージは如実に蓄積していて,終盤引っ張り込む相撲が増えてきたのは,膝の状態が悪いと動きが鈍くなって,そういう形しか取れないように相手に追い込まれてしまうのだろう。結果的により膝への負担が重くなるという悪循環に陥る。しかも後半は相手も関脇や大関,あるいは好調な力士が当てられるのでより苦戦する。11日目の妙義龍戦は勝負に勝っていながら髷を引っ張っての反則負けとなったが,あれは10日目までの照ノ富士なら投げるしかない状況に追い込まれていなかっただろうし,13日目の遠藤戦は投げの打ち合いからの軍配差し違えでの敗戦であるが,あれも遠藤にもろ差しになられて小手投げしか打開策がない状況になったこと自体が膝のスタミナが切れていた証である。「膝のスタミナ」という意味ではスタミナ不足の力士と同じ弱点を抱えた形であり,これからも終盤崩れる展開が多いと予想される。

とはいえ今場所は不調だった正代と謹慎休場となった朝乃山が本割から外れ,代わって好調の遠藤と逸ノ城が当てられたという不運はあった。このうち遠藤に負けての12勝であるが,相手が正代・朝乃山だった場合の方が苦戦しなかったと思われ,13勝で14日目に終戦していただろう。なお,今場所はそもそも初日から膝の調子は悪く,場所前に伊勢ケ浜親方が「膝が悪くて稽古があまりできていない」とコメントしていたし,場所後には安治川親方(元安美錦)が「実は三月場所中に膝の骨にヒビが入っていて,場所後は4/26頃までウェイトトレーニング以外やっていなかった」と明かしていた。それでも優勝したのだから地力は隔絶していると言える。なお,大関復帰の場所で優勝したのは11度目で史上初。関脇・大関での連続優勝は双葉山以来59年ぶり(これも地味にすごい記録である)。最高位が大関以下の地位での4度の優勝は歴代2位(1位は魁皇の5度)。外国出身力士の優勝は120度目で,そのうちモンゴル出身は90度目と切の良い数字となった。なお,照ノ富士は過去3度の優勝決定戦を全て敗れており,今回の4度で初めて勝った。

照ノ富士は来場所は綱取りとなるが,優勝4回に加えて「史上最大の復活劇」というストーリー性,直近6場所中3場所で優勝3回・準優勝1回ということから基準は非常にゆるくなると思われる。優勝なら勝利数にかかわらず確実,そうでなくとも過去の事例から言って13勝次点以上なら確実,12勝同点・次点の場合は五分五分といったところだろう。なお,貴景勝も12勝同点であり,直近6場所で優勝・優勝同点・優勝次点が1回ずつであるから十分来場所綱取りになっていいはず(ただしハードルは14勝優勝以上など高め)だが,話題が全く出ていないのは不憫である。事前に明言されているかどうかは議論の際に重視されるので,明言はしておいてあげてほしい。


照ノ富士以外の個別評。貴景勝は好調な時の貴景勝であった。初場所・三月場所の不調は太り過ぎが原因だったようで,ベスト体重に戻せたなら幸いである。正代は良い日と悪い日の差が激しく,良い日は彼らしい守りの相撲であったが,悪い日はただの腰高であった。朝乃山は序盤不調であったが,外出禁止違反が明るみに出るかどうかが相撲に出ていたのかもしれない。なかなか報道が出てこないので安心したのか調子が上向いていたところで文春砲が炸裂した形である。

三役。高安は好調だったが10勝止まり,来場所大関取りだが合わせて20勝しかなく,13勝がハードルとなるとかなり苦しい。押し合いで押し負ける展開が目立ち,本格的に左四つに転向した方がいいのかもしれない。御嶽海も10勝しているので一応は何度目かの大関取り起点になるはず。この人は本当に不安定なので,来場所終わってみるまで誰も大関取りの話題を出さないのが面白い。とはいえ,少なくとも今場所は押す力が強く出ていて良かったのではないか。

前頭上位。若隆景は成長著しく,今場所も絶大なおっつけの威力を見せた。今場所の楽しみといえば照ノ富士以外は若隆景と豊昇龍と遠藤しかないという状況で,はっきり言ってしまうと若隆景のためにあったような場所であった。左右どちらからでもおっつけがあるし,はず押しやたぐりもあって,押し相撲の間合いではすでに敵がいない。しかし,もうちょっと離れた突きの間合いは不得意なようで,四つ相撲もそこまで強くないから,間合いの取り方が今後の課題かもしれない。霧馬山はモンゴル相撲らしく投げが強いが,両膝の故障があってうまく相撲がとれていなかった。それでも6勝しているのは地力がついてきた証拠だろう。まだ25歳であるし,この人はまだ伸びると思う。あとは上位初挑戦となった豊昇龍が足技名人として開花し,負け越したもののこの人もまだ22歳,将来有望である。なお,豊昇龍はあまり指摘されていないが明らかなスロースターターで,毎場所序盤負けが込んで終盤取り戻す展開になっている。直近3場所の序盤5日は4−11で大きく負け越している。序盤対策をとった方が良い。

前頭中盤・下位はちょっとひどい状況なので3人だけしか書くことがない。今場所の逸ノ城はやる気のある逸ノ城だった。これだけ番付が上の方でやる気があるのは珍しいが,何か心境の変化なり体調の変化なりがあったのだろうか。右四つになれれば腰が重く,中に入られないよう差し手を入れて起こす等の工夫が見られた。来場所は丸2年ぶりの上位総当たりの地位になりそう。遠藤はいつも通りの技巧が光る相撲が多かったが,やはり照ノ富士を倒した14日目の一番が白眉である。右足一本で照ノ富士の掛け投げを耐えつつ右下手投げを合わせたのは妙技としか言いようがない。琴恵光は遠藤と若隆景を破っているが,その割に9勝止まりだった。もう1・2番勝っていたら敢闘賞になっていたかもしれない。この人は177cm・135kgなのであまり小兵と見られていないが,小兵らしい良い相撲が多いと思う。


琴勇輝が引退した。突き押し一本,それも限りなく突きに特化していて,手をテーピングでぐるぐるに縛ってしまってまわしをつかめない状態で土俵に上がっていたが,あれは四つ相撲は自主的には絶対に取らないという決意の現れだったのだろう。特化しているだけあって突きの威力はすさまじく,上位でも十分に通用しての最高位は関脇であったが,前進する決意が強すぎて引かざるをえない展開になるともろく,不得意な姿勢で無理に耐えて逆転をねらうために膝への負担が重く,幾度かの大ケガと休場により上位挑戦の機会は少なく終わってしまった。ルーチンとして取り組み直前に「ホゥ!」と吠える動作を採用していて幕内の名物となっていたが,2016年五月場所前に見苦しいとして注意されて封印された。今考えても,あれはあのままでも良かったと思うし,白鵬のラフプレーへの批判に巻き込まれて封印させられた雰囲気が無いでもない。それで明確に調子を落としていたのはかわいそうである。膝のケガが無くルーチンの封印がなければ大関も十分にありえた。

舛ノ山が引退した。押しの威力が高かったが,肺に障害があって20秒までしか息が持たない,刹那を生きる力士であった。番付最高位の前頭4枚目を記録したのは2012年の九州場所で,最後に幕内にいたのは2014年五月であったから全盛期は7年以上前であるが,その特徴から鮮烈な印象を残した。母親がフィリピン人のハーフで母子家庭育ち,同じくフィリピン人とのハーフの高安と同時に平成生まれ初の関取となったという奇縁もあった。引退も後縦靱帯骨化症という難病にかかっていることが発覚したためだそうで,不幸に次ぐ不幸という感じもするが,治療をがんばってほしい。あとは舛東欧も引退していた。ロシアと並ぶ隠れた相撲大国で,レスリングの選手が余技的に相撲をとっていて盛んである。そこからアマチュアの国際大会で活躍して鳴り物入りで角界に進出したが,最高位は幕下8枚目と振るわなかった。なんだかんだ言っても日本とモンゴルの選手層は厚い。3名ともお疲れさまでした。
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2021年04月01日

鶴竜引退に寄せて

鶴竜が引退した。最後の1年は実質的にほとんど稼働しておらず,最後にまともに相撲をとったのはちょうど1年前の春場所であるから,もう一度くらい相撲を見たかったなと思う。

鶴竜は1985年生まれで,他のモンゴル人と違ってスポーツエリートの家系だったり遊牧民の血筋だったりするわけではない。モンゴルとしては裕福な家庭の出身であり,だからこそ日本の大相撲をNHKで観戦することができる環境であった。身体の小ささゆえに来日するまでに苦労したのはよく知られている逸話である。また,その家庭環境で中卒・単身で来日したということを合わせて考えると,ハングリー精神ではない根性があったというべきだろう。当初は痩せていたために三段目で昇進が止まったが,所要24場所で関取にたどり着いた。

2006年は十両,2007-8年は前頭でエレベーター状態であったが,2009年に覚醒して上位に定着し,そこからさらに丸3年かかって2012年の春場所で大関取りに成功した。鶴竜の昇進により,大相撲は史上初の6大関となった。この3年・18場所の間に技能賞が6回であるから,3場所に1回技能賞をとっていたことになり,この時点で恐ろしく技量が評価されていたことがわかる。実際にこの頃からすでに器用で,どんな形勢になってもある程度形になっていた。右四つからの下手投げもあれば足技もあり,突き押しもあればとったりもあり,立ち合いの変化もあるから対戦相手は対処が難しい。それもあってか大負けしない安定感があり,これは大関・横綱になっても鶴竜の美点として続くことになる。逆に言ってなかなか大勝することもなく,これは大関になってから綱取りで苦労する理由になるのだけど。

そういうわけで9勝・10勝はするけど11勝以上にならないので綱取りを期待されない大関であった。しかし,鶴竜はワンチャンスを活かす運があった。「横綱は宿命を持った人がなる」と言ったのは白鵬だったか。鶴竜は2014年初場所に14勝で準優勝し,翌場所の綱取りが明言されていながら,先場所までの状況から14勝はフロックだろうと言われていた。その下馬評を覆して春場所も14勝優勝し,見事に綱取りに成功した。まさに宿命の持ち主であった。この頃には技術だけでなく緻密な戦術も兼ね備えるようになり,突き押しもある程度できることから,立ち合いからさばいて先にきれいな右四つを作るという勝ち筋が完成したのが綱取りの原動力となった。一方で計算通りに事が進まないと途端にパニックとなり,引き技しか出さなくなるという悪癖もこの頃から顕在化し,鶴竜を倒したければとにかく押し込むという必勝法が生まれて,横綱時代に苦戦することになる。また,遠慮があるのか稽古でしごかれたトラウマか,他のモンゴル人にはめっぽう弱く,特に白鵬戦は一時的に33-4という対戦成績を達成したことがあり,インターネットの一部界隈がそれはもう盛り上がったものだった。

ともあれ,白鵬・日馬富士という圧倒的な実力者の影に隠れていたものの,第三の横綱として安定した成績を残し,1年に1度の頻度でこっそり優勝するという立ち回りで2015-16年を過ごす。しかし,2017年に持病の腰痛が極度に悪化して最初の引退危機を迎えた。これは持ち直して2018年には春と五月で連続優勝を果たし,折しも日馬富士が暴行事件で引退,稀勢の里もケガで引退目前の状態,白鵬も休場が増加していたから鶴竜の天下かと思われたが,鶴竜自身も2018年の下半期に腰痛が再発し,それでも2019年はなんとか持ったが,2020年春場所で12勝したのが最後の活躍となった。横綱になる宿命は持っていたが,大横綱になる宿命には足りなかった。最終的な優勝回数は6回と目立つ数にはならないが,白鵬と日馬富士の存在を考えると十分な成績であろう。


取り口はすでに書いているが,右四つまたはもろ差しを基本とするものの器用でどんな形になっても相撲がとれ,また頭の回転も技の切れもよいので,一番上手く行ったときは立ち合いから全て鶴竜の計算通りに技が決まり,相手がきっちりと崩れてから倒れるので見ていて気持ちがいい。技の切れがあるのは白鵬も朝青龍も日馬富士も同じだが,彼らの場合は相手を綿密に研究しているものの,それは自分の型に持っていくためのものであって,最後は必殺の型で倒していた。鶴竜は必殺の型が無かった分,変幻自在の技巧がそれを補った。引退に至るまで必殺の型が無かったという点で特異な横綱であったと言えよう。一方,鶴竜は立ち合いの変化も技巧の一つと考えていた節があり,横綱になってもなお変化を使っていたので,一部の好角家にしかめっ面をさせることがあった。特に2015年九月場所の14日目,優勝がかかった一番で稀勢の里相手に変化,これが立ち合い不成立と見なされ,二度目も変化して勝利した際には大いに物議を醸し,私はこれはこれで面白いと爆笑しながら肯定していたが,場所後に様々な人々から猛烈な批判を受けていた。

弱点も前述の通りで,メンタルは決して図太くなく,計算から外れるととにかく引き技しか出ず,自滅する上にケガをするという悪癖中の悪癖があり,持病の腰痛と重なって全身ケガだらけとなって引退に追い込まれることとなった。ただし,この引きがよく決まっていたのもまた確かであり,晩期の2018年春・五月の鶴竜唯一の連覇は明確に引き技の賜である。同様にメンタルの弱さから意外と連敗癖があり,一度負けるとずるずるといって優勝戦線から消え去った。


角界の誰からも悪評を聞かない人格者で,様々な苦労を重ねて横綱にまで上った人である。亡くなられた先代井筒親方からの信認も厚く,次の井筒親方の襲名が期待されている。良い親方になるだろう。期待して今後の鶴竜親方も見ていきたい。  
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2021年03月29日

2021年三月場所:大阪でやらない三月場所

昨年は大阪で実施したものの無観客,今年は観客は数を制限して入場させたが東京開催と,二年連続でイレギュラーな開催となった。昨年は五月は開催中止となったが,今年はさすがに実施できるだろうか……

今場所こそはカムバックした2横綱が中心に展開するかと思いきや,直前になって鶴竜が休場を発表,白鵬も二日目までとって三日目前に休場を発表した。鶴竜の引退については後日に1記事立てて書きたい。白鵬は名古屋場所に進退をかけると言っているのなら,現時点では余計なプレッシャーをかけない方がよいと思う。今場所に出場した二日間が連勝だったのは大きい。

そうなると優勝争いは朝乃山・貴景勝・照ノ富士辺りが中心になるのは序盤から明白であった。そこに割って入ってきた高安には期待がかかり,一時は単独首位となったが,優勝へのプレッシャーがかかった途端に弱くなるという兄弟子譲りのメンタルの弱さが見えて敗退,最終的に3大関全員を撃破した照ノ富士が優勝した。3場所で33勝規定で生涯に二度大関に昇進したのは魁傑以来2人目で44年ぶり,間が22場所あいたのは当然ながら史上最大,再大関を優勝で決めたのは史上初,序二段まで下がった力士による大関昇進も史上初,関脇以下の地位で優勝3度も史上初と記録ラッシュである。個人的には高安も照ノ富士もどちらも応援していたので終盤は心中複雑であった。照ノ富士については称賛するしかないが,高安の初優勝も見てみたかった。その他の力士も含めた全体的な雰囲気はどことなく低調で,土俵が充実しているここ2・3年では最も平凡な内容の場所だったという印象が残った。

こうなると照ノ富士は綱取りの期待がかかるが,そうなるとやはり膝が心配で,特に今場所は以前の悪癖である引っ張り込む相撲がよく見られたので負担が大きかったと思われる。これに関連するが立ち合いでとにかく脇が甘く,「最悪もろ差しで中に入られても,自分には極め出しか小手投げがある」という甘えがまだどこかにあるのだと思う。千秋楽の貴景勝戦を見ていてもそうだが,照ノ富士は突き押しでもけっこう取れるので,四つに組めなかったら突き放すくらいの対応でよいのではないかという気はした。四つに組んでさえしまえば,天下無双の膂力と,現在の大相撲では最高レベルのテクニックがあり,おそらく全盛期の白鵬を持ってこないと太刀打ちできる力士がいない。実は白鵬・照ノ富士戦は照ノ富士が前に大関だった時代にしかなく,直近4年ほどは取組が無い。白鵬はおそらく突き放して組まないように持っていくと思われ,今の白鵬でいいから,白鵬の引退前に取組を見てみたいところ。


個別評。大関陣。朝乃山は不調そうに見えても10勝5敗にまとめてしまうところに,四つ相撲の安定性を感じる。その四つ相撲で照ノ富士に全く勝てないのはちょっと残念だが,照ノ富士が完璧すぎるので,ここを改善するよりも照ノ富士以外に取りこぼさないことを考えた方が綱が近くなりそう。貴景勝は無難な出来。正代は大関取りの時の防御力が無く,伸び悩んでいる。来場所カド番。

三役。(正代以外)全員勝ち越したために枠が空かず,渋滞が置きている。本来であれば2横綱が全員なぎ倒して2敗ずつするはずなので負け越しが出るのだが,横綱不在が長引くとどうしてもこういうことになる。照ノ富士は上述したのでパス。隆の勝は可も不可もなく。御嶽海はいつもにも増して日毎の出来の差が激しかった。私の観察力が足りていないだけかもしれないが,立ち合いまで「今日はどちらか」わからないのは極端である。大栄翔は,関脇以下で優勝した力士は来場所負け越す可能性が高いというジンクスを破っての勝ち越しで価値が高い。突き押しの力士は多いが,あれだけ圧力が立ち合いの出足に偏っている力士は珍しい。最後に高安は,立ち合いの圧力そのままで押し相撲もとれるし,左四つを作っての四つ相撲も上手いし,時間をかけて長期戦に持ち込みスタミナで勝つという変則相撲もとれ,隙がかなり少なくなってきたのだが,プレッシャーがかかる場面になると途端に脆くなるのは本当に……まあ,再大関は可能性が高いと思う。来場所・再来場所も二桁勝てるだろう。

前頭上位。宝富士と阿武咲は思った以上に大敗であった。宝富士は他の伊勢ケ浜勢が好調だっただけに肩身が狭そう。全く左四つにさせてもらえず,差し負けるか押し負ける場面が目立った。阿武咲はやっと家賃が払えるだけの地力がついてきたのかなと思ったら,そうでもなかったという。若隆景は技能賞に値する見事な技巧相撲で10勝した。やっぱり今場所も離れて取る相撲が多く,土俵際の逆転劇も多かった。明生も10勝で敢闘賞。組んでも押し相撲でも取れるというのはやっぱり有利である。志摩の海は照ノ富士を破っている割に,いつの間にか11敗と大敗していた。低い姿勢で押していくのが持ち味だが,相手も低かったり突き起こされたりしてけっこう押し負ける場面が多かったかなと思う。

前頭中盤。10勝した翔猿は技能賞をあげてもよかったと思う。機敏な身のこなしで白星を量産したものの,動きすぎて自滅するパターンもあった。それも含めてやはり嘉風の相撲に似ていると思う。豊昇龍も技能賞レベルの技能を見せていて,特に投げ技・足技の切れ味は素晴らしい。足技は時天空レベルだと思う。しかしパワーで押し負ける場面が多く,8勝にとどまったのが三賞に届かなかった理由だろう。あとエンジンのかかりが遅くて序盤の5日間に弱い傾向があるのは何故なのか。逸ノ城はやる気がある場所に見えたが普通に負け越していた。中に入られて負けるという巨体力士の典型的なパターンが多く,もうちょっと対策をとってほしい。琴ノ若はパワーが強く,それを活かした四つ相撲は良いのだが,相撲が単調でもうちょっと工夫が欲しい。翠富士は肩透かしのタイミングが読まれていて大敗した。

前頭下位。碧山が11勝で敢闘賞,家賃が安かったための大勝だが,千秋楽は高安を破って展開を面白くする活躍を見せた。最後は英乃海は翔猿の兄で,兄弟幕内を達成した。翔猿に引きずられてか好調で(まあ部屋が違うのだが),右四つの典型的なあんこ型の力士である。けっこう差し勝って右四つになるのが得意で,前頭中盤でも家賃を払えそうな雰囲気がした。  続きを読む
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2021年02月07日

大相撲における関脇・小結という地位について

・豊ノ島の引退で考える「関脇」問題。初昇進から1年の成績が未来を占う?(西尾克洋,Number)
この記事に,非常に興味深いデータがある。昭和33年以降の入幕で関脇に昇進した経験がある力士136人のうち,
1.関脇で勝ち越し経験が無い力士:38名
2.関脇で勝ち越し経験はあるが二桁勝利経験が無い力士:22名
3.関脇で二桁勝利経験はあるが大関に昇進していない力士:16名
4.大関に昇進した経験のある力士:60名
とのことだ。大関昇進率は60/136であるから,関脇まで来れば半数弱は大関に昇進することになる。私の実感としてもそのくらいで,関脇昇進は大関昇進に片腕届いていると言っていい。小結は番付運が良ければ上位戦の無い前頭中盤で好成績をあげるとなれてしまう。また小結は初日に横綱と当たって前半は上位総当たりになるため,前半で負けがこむとそのまま調子を崩して後半も勝ち星をあげられないというパターンが多く,好成績を残しにくい地位である。その小結で勝ち越さないと関脇になれないわけだから,関脇になれた時点で実力はかなり保証されるのだ。まあ,小結をすっ飛ばして関脇に二段階特進する強運の持ち主もたまにいるが,これについては後述する。

しかも関脇は小結と違って,その場所の横綱・大関の数にもよるが,上位戦は中盤か終盤に回ってくるので小結ほど調子の維持の面で厳しくない。にもかかわらず,上述のパターンで4に次いで多いのが1,つまり勝ち越し経験が無い力士というのは意外である。豊ノ島も小結は在位8場所で3度勝ち越している。しかし関脇は5場所在位して一度も勝ち越していないーー前述の通り,関脇の方が良い環境であるにもかかわらず。大関に片腕がかかっているというプレッシャーゆえか。

以上の説明からすると,「初めての関脇昇進から1年以内に二桁勝利を挙げるケースが多く、その割合は実に81%に上る。関脇で勝ち越しを経験した力士の68%が、昇進した最初の場所で勝ち越しを決めている。」というデータはすんなり納得が行くところだろう。やはり,関脇という地位にプレッシャーさえ感じなければ,小結で勝ち越せた実力があれば関脇で勝ち越すのは容易であり,そのまま大関への足がかりも作っていく。逆に小結で勝ち越せておいて関脇で勝ち越せないのは,その力士は実力以外の点で”何か”ある。

最後のページの指摘も示唆的で,私も「横綱・大関世代表」の記事で指摘したのだが,2020-21年の大相撲は前頭上位・小結・関脇に若者が少なく,2021年初場所で言えば横綱の平均昇進年齢25.7歳よりも若い人が琴勝峰と阿武咲しかいないというのはかなり悲観的な状況と言わざるを得ない。2017-19年頃によく言われた「世代交代」は2021年現在,完全に止まってしまっている。


このNumberの記事に対する反応として自分は「同じようなデータを小結でも見たいところ。」と書いたものの,ネットにそんなデータが落ちてなかったので自分で数えてみた。母集団は「昭和33年初場所以降に入幕し,かつ小結以上の地位に昇進した経験がある力士」で計204人。このうち最高位が大関以上が62人,関脇が78人,小結が64人である。まずこの数を比較するとわかることだが,実は最高位が小結のまま引退する力士は少ない。小結まで昇進した者の約7割は関脇以上に昇進できる。小結・関脇・大関以上で概ね1:1:1になるのは面白い。その上で以下のデータを見てほしい。

1.小結で勝ち越し経験が無い力士:53人
2.小結で勝ち越し経験はあるが関脇に昇進していない力士:11人
(最高位が小結の力士小計:64人)
3.小結で勝ち越し経験が無いまま関脇に昇進した力士:24人
 このうち小結未経験のまま関脇に昇進した力士:4人
4.小結で勝ち越して関脇に昇進した力士:54人
(最高が関脇の力士小計:78人)
5.最高位が大関・横綱の力士:62人

前述の通り,小結という地位は序盤に上位戦が組まれるために勝ち越しが非常に難しい。そのため,前頭上位で勝ち越して小結に昇進するわけだから,大関・横綱にも勝てる実力が保証されているにもかかわらず,小結では実力が発揮できずに散っていく力士が多いのである。ゆえに,小結が最高位の力士のうち6人に5人は勝ち越し経験がなく,しかもその内情を見ると小結が最高位の力士のほとんどが3勝12敗や4勝11敗,在位が1〜3場所という結果に終わっている。いかに小結という地位が過酷かわかろう。小結での序盤上位挑戦は,それ以上の地位への試練になっていて,良い選抜として機能している。

ところが,その試練をスルーして関脇になった幸運な者が長い大相撲の歴史で4人だけいる。そのうち2人は平成以降であるので名前を挙げておくと,北勝力と隆の勝である。また,小結での勝ち越しを未経験のまま関脇になった者も20人いて,意外に多い。逆に小結で勝ち越して試練を突破したにもかかわらず関脇に昇進できなかった不運な者も11人いる。しかも小結での勝ち越しで関脇に昇進できなかった11人のうち5人は直近15年に集中している(露鵬・黒海・遠藤・阿炎・阿武咲,まあ後ろ3人はまだ関脇になる可能性があるが)。ちょっと古いところだと旭道山がそう。最近の番付は3人めの関脇(いわゆる張り出し関脇)を極力認めていないが,その弊害がここに現れていると言えよう。この調査内容を踏まえるに,負け越しとの差別化を図るべくもっと寛容に張り出していけばいいのではないか,という提言を本記事のまとめとしたい。
  
Posted by dg_law at 23:00Comments(4)

2021年01月25日

本当に6年連続の出来事になるとは

初場所は過去5年にわたって初優勝力士の優勝が続いていたが,6年目も続くことになった(琴奨菊・稀勢の里・栃ノ心・玉鷲・徳勝龍)。4年目まではまだそんなに話題になっていなかったが,5年目の徳勝龍で一気に注目を浴び,6年目も続いていよいよちょっと怖くなってきた。7年目も続いてしまうのだろうか。

なお,2020年はこの次の3月が無観客,5月は中止,7月は「場所中に感染者が出たら即中止」の制限の下で開催,9・11月は感染状況が一旦落ち着いていたことから入場者数を減らしていたもののほぼ通常開催となっていた。この初場所はいくつかの部屋で感染者が出た状況であったが,強行開催となった。Twitter上の好角家の間でも「中止にすべき」「中止でも仕方がない」という声は多く,私自身もそう思っていたが,結果的に場所中に新規の感染者が出なかったので安心している(厳密には後2週間様子見しないとわからないけど)。しかし,「感染者を出した部屋の力士は全員出場停止,代わりに番付は据え置き」という措置は防疫上の措置としては正解だったものの,本割が完全に崩壊していて場所の運営としてはまずい方法だった。また,来場所の番付編成を考えても大いなる悪手で,予想番付を作ってみたが非常に苦しくなった。3月でも感染状況が劇的に改善されているとは思えないので,同じようなことになるならやはり中止にしてもらった方が見ている側は安心する。

優勝した大栄翔の相撲は文句の全く無い突き押し相撲で,怒涛の圧力で,特に立ち合いの一気の出足で持っていく相撲が多かった。この覚醒は突然のものではなく,大栄翔は2019〜20年にかけて徐々に突き押しの実力を付けていて,2019年の3月に前頭2枚目になってからこれより低い地位に下がったことがなく,成績が安定していて,貴景勝相手でも押し負けない相撲が見られていた。意外な優勝ではあったが,玉鷲や徳勝龍ほどの驚きは無い。

今場所の大栄翔は,前述の法則もあって初日から3日連続で大関を破った段階ですでに「今場所は大栄翔の初優勝だろう」という予想もネット上では多く見かけた。優勝争いに初めて参加する力士の場合,終盤に向けて次第に精神的に苦しくなって動きが固くなっていくもので,大栄翔も九〜十二日目の四日間はかなり動きが硬かったが,その後に振り切れて動きが良くなったのは素晴らしかった。その意味で十三日目で立て直した時はかなり驚いた。この精神力があれば大関取りは可能かもしれない。27歳という年齢がややひっかかるが,正代も28歳での大関取りだったし,最近はそんなもんなのかもしれない。惜しいことに大栄翔は今場所前頭筆頭だったから13勝が計算に入らないのだが,実は先場所の大栄翔は前頭2枚目で10勝していて,小結になれなかったのは番付運が悪かっただけである。1場所目が前頭2枚目だった照ノ富士の例もあるし,次と次の次の場所の成績次第では効いてくるかもしれない。ただし,その照ノ富士が来場所に大関取りを成功させると大関の枠が4つ埋まってしまい,協会は5大関を避ける傾向があるから,誰かが陥落しない限りはハードルが高くなりそうである。


個別評。大関陣。一応は千秋楽まで優勝争いを引っ張ったのは正代だったが,今場所の正代は初優勝した時よりも動きが固く,地力があるからなんとか取れていたという様相だった。幸運な勝ち星も多かったので勝利の女神に微笑まれているかとも思えたが,十四日目の照ノ富士が勝利の女神ごと吹っ飛ばしていってほぼ終戦した。さすがにもう少し大関らしく優勝争いに強くあってほしい。対して朝乃山は前半不調だったが,後半は歯車が噛み合って良い相撲が多かった。3敗して早々に優勝争いから脱落して気が楽になった面はあるかもしれない。変に押す力が強いためか四つに組みながら前進することがあり,別に悪癖というほど悪いことではないものの,四つになっていないがための隙があってやや危なっかしく,また右四つがっぷりなら無敵かというと照ノ富士に全く歯が立たない。おそらく白鵬にも勝てないだろう。改善点は多い。貴景勝は綱取りのプレッシャーに潰されたか。途中休場の直接の原因は三日目に右足首を捻ったこととなっているが,そもそも三日目までが3連敗であるから言い訳になるまい。

三役。照ノ富士は負けたのが阿武咲・高安・隆の勝・大栄翔と全員押し相撲で,膝の調子がかなり良さそうだったものの,耐えられないものは耐えられないとして諦めている節もあった。逆に言ってそこまで押してこない相手には全勝したということで(玉鷲と北勝富士にも勝っている),それで11勝できると判断した自信もすごいが達成したのはもっとすごい。来場所の大関復帰を願っている。隆の勝は大栄翔に話題を持っていかれた形だが,彼も関脇9勝で見事な押し相撲だった。1月17日(中日):おむすびの日に白星を上げていたので笑った。高安もかなり前に出る圧力が戻ってきた感じ。御嶽海は本当に日毎の調子が違いすぎて安定しない。強い日は見事な電車道で勝つのだが……

前頭上位。宝富士は朝乃山・大栄翔に勝って正代に負けるという立ち回りで今場所の優勝争いを引き立てていたと思う。左四つにならないとどうしようもない相撲が多い中,なぜか六日目に朝乃山に対して右四つで勝っていたのが意味不明で面白かった。あれで今場所の朝乃山は不調かと思われたのだが,七日目から朝乃山の調子が好転したので,朝乃山を目覚めさせる取組になったのかもしれない。やはりキーパーソンだったのだろう。琴勝峰は大敗で良いところがなく,家賃が高かった。まだ若いのでいくらでも再挑戦の機会はある。懐が広いのが彼の良いところであるが,それが活きることなく普通に圧力負け・スピード負けしていた。地力が足りない。阿武咲も隆の勝と同じく,良い押し相撲が多かった。

前頭中盤。明生は本来であれば上位戦が組まれない番付であるが,貴景勝途中休場のあおりで最終盤で上位戦が組まれて調子を落とした様子であり,ぎりぎり8勝の勝ち越しはちょっとかわいそうだった。前からこの人は不運だと思っていたが,今場所も同じ印象。身長は180cmあるが体重は120kgと比較的細く,低い立ち合いから押し込むか,前まわしか左下手を取って寄っていくかという取り口で,がっぷりの四つ相撲が強い印象は無い。同じような印象なのが志摩の海で,志摩の海も立ち合いから押していく体勢が低く,9勝の割に印象が良い。翔猿は押し引きのセンスが良く,見ている分には面白い。徳勝龍は1年前の優勝の貯金で前頭中盤で粘っていたが,とうとう底を尽きた。今場所も不調には見えなかったが,相手に引くタイミングを見切られていてどうしようもなかった感じ。霧馬山は左膝のケガが痛そうで前に出る力が全く無かったが,上半身の力だけで,引き技と投げ技だけで8勝,勝ち越しをもぎ取った。これはこれでお見事である。投げ技のセンスが荒鷲や千代翔馬を彷彿とさせて個人的には嫌いではない。

前頭下位。まずは豊昇龍を挙げたい。今場所は5連敗のあとに9連勝で千秋楽に負けるという,オセロだったら全敗になってしまう星取表であったが,9連勝中は見事な技巧相撲であった。豊昇龍は腕と足の連動が見事で,内掛け・外掛けと投げ技の連動がすばらしい。あれで技能賞でないというのは私的に不満である。次に挙げるのはその技能賞受賞者で,翠富士は前評判通りの肩透かしっぷりが良かった。切れ味鋭く,相手が押す圧力をかけてきた瞬間に正面から消えるのでよく決まる。翠富士が相手なら四つで捕えなければ安心して勝てまい。10勝の琴ノ若はサラブレッドらしい恵まれた体格で勝ち星を積み上げたが,個人的にはまだよくわからない。最後に,能町みね子氏により「パンの山」のあだ名を与えられた明瀬山は,確かに見事なお腹でよくそれを活かした相撲が見られた。前さばきもけっこう上手く,左四つを作るのは上手い。35歳で二度目の入幕でこのフィーバーは狂い咲きと言っていいかもしれない。
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2020年11月24日

琴奨菊引退に寄せて

稀勢の里・琴奨菊・豪栄道・栃煌山というと,2010年代前半の「次代の日本人大関・横綱」と呼ばれて期待を集めていた力士たちである。これでその全員が引退したことになり,「白鵬の全盛期に挑んだ日本人たち」というテーマでは一つの画期が終わりを告げたと言っていい。白鵬の全盛期の終わりとともに感慨がある。

琴奨菊は2002年初場所に前相撲で初土俵,2004年7月に新十両,2005年初場所に新入幕で,2007年3月に関脇に昇進していたから,ここまでの出世は早かった。しかし,そこからが長く,エレベーターからの脱出に時間がかかった。ともかく三役で二桁勝てないのである。特に上位陣には得意のがぶり寄りが対策されて全く勝てず,同格以下からなんとか白星を稼いで定着しているという状況であった。稀勢の里も豪栄道も2007-8年頃には同様の状況であったから,やはり彼らはよく似ている。しかしながら,この3人で言えばいち早く抜け出たのは琴奨菊であった。これは当時として意外なことで,琴奨菊のがぶり寄りはすでにやり方が固まってしまっていて伸び代が短いと思われていたためである。しかし,後段で詳述するが,得意のがぶり寄りに右からの突き落としを加える改良によってこれを打破し,2011年の5・7・9月で計33勝,大関取りに成功する。この2011年は年間5場所で計55勝,平均11勝と好成績で年間最多勝が白鵬の次点であった(白鵬は66勝だから大差がついているが,この頃の白鵬は全盛期なので)。また,この頃から立ち合い前に大きく背をそらす,本人命名「琴バウアー」のルーティンも取り入れられ,メンタル面も強化された。

大関になってからはケガに苦しみ,肝心のがぶり寄りの馬力が落ちる場所が見られた。特に右肩のケガが重く,新戦法の右からの突き落としに響いた。2012-15年はなんとか8・9勝で勝ち越すか負け越してカド番という成績が繰り返され,周囲の期待もしぼんでいった。とはいえ往時の大関互助会が存在せず,実力で延命していたのだから偉い。その矢先の2016年の初場所,誰も期待していなかった場所で琴奨菊が民族的日本人として10年ぶりの優勝を果たすのだから,相撲はわからない(2006年初場所の栃東以来)。この場所の琴奨菊の相撲は彼の相撲の完成形で,がぶり寄りからの右突き落としが光り,左四つでの奇襲もあった。元が満身創痍の身体であるので綱取りはあまり期待されておらず,実際に達成されなかった。しかしながら,白鵬・日馬富士・鶴竜でなければ優勝できないという空気が打破される契機にはなり,同年9月の豪栄道,翌年初場所の稀勢の里の優勝につながり,ひいては白鵬の衰えとともに現在の戦国時代の呼び水となった。その意味で,歴史的意義は高い優勝であった。もう一つ,こちらは偶然性が高いが,2016年から20年まで5年連続で初優勝の力士の優勝が続いていて(琴奨菊・稀勢の里・栃ノ心・玉鷲・徳勝龍),この起点にもなっている。

綱取り失敗後は元のぎりぎり勝ち越すか負け越すかという成績に戻っていき,2017年初場所でとうとう陥落する。翌3月場所では8ー5での14日目,照ノ富士に変化されて6敗目を喫して琴奨菊の1場所特例復帰の可能性が潰えた,という取組があった。照ノ富士が普段は全く変化をしない力士だっただけに琴奨菊は全く予想していなかったようだ。しかし,照ノ富士は14日目で自分が変化という切り札を使ってしまったために,千秋楽に稀勢の里の変化を食らって優勝を逃す。そしてここから照ノ富士の膝が限界となって番付の転落が始まり,稀勢の里も優勝はしたが大ケガを負って短命横綱となる……とこの一番はとんでもない三者の運命の分岐点となった。

琴奨菊は大関陥落後もがぶり寄りの一芸により若手の門番となり,番付運もあって長く幕内上位に残った。加齢による衰えでどうにもならなくなったのは2020年に入ってからで,11月に十両で勝ち越す見込みが無くなって引退となった。実働はまるっと18年と非常に長く,21世紀になってから伸びた力士寿命の典型例と言えよう。長かっただけに幕内在位92場所で歴代7位,幕内勝利718勝で歴代6位という記録も残した。


取り口について。琴奨菊の代名詞とも言うべき左四つがぶり寄りであるが,平幕にいた頃は単純ながぶり寄りで攻めが直線的であった。それゆえにまわしのとり方が不十分だったりするとかえって横の動きに弱くなり,振られたり引かれたりして前のめりに落ちる弱点があった。しかし,2011年の大関取りの年に,右上手の使い方に大きな技術的進歩が見られた。左四つであるから以前の琴奨菊は左下手にこだわっていて,右は雑であった。しかしこの改良により,右で前まわしをとって相手の左を殺す,がぶり寄りと見せかけて左に動いて突き落とす・極めて小手投げを放つ等,攻守に左が活きてくるようになり,見違えて相撲が改善された。特にがぶり寄りで相手の腰を浮かせてからの右突き落とし・右小手投げは強烈で,また右突き落としでフェイントを入れてからの左すくい投げというパターンもあった。これにより,がぶり寄りだけだと土俵際で粘られたり横に動かれたりすると自分が落ちていたところ,この突き落としのためにこれらの弱点が消えた。また,左右逆の右四つでも相撲がとれる稽古を積んでいて,これもかなりの効果があった。特に白鵬は一時期,琴奨菊の浅い左上手で右の差し手を殺されて苦戦するというパターンが目立つようになり,琴奨菊の戦術は全盛期の白鵬の数少ない攻略法にもなった。あわせて,攻め手のバリエーションの重要性を知らしめる進化であったと言えよう。

しかしながら,得意のがぶり寄りの突進力を高めるため,また本人の性格的にも立ち合いの変化をほとんど見せず,逆に変化にはめっぽう弱かった。加えて四つ相撲でしか相撲がとれないので突き押しの間合いになるとどうしようもなくなる他,まわしを中途半端にしか取れていないのに焦って攻勢を始めてしまうという悪癖があり,せっかくのがぶり寄りの突進力が半減してしまって押しきれず,逆転負けを喫するという場面も多かった。

それでも,一芸に特化し,その一芸の上にバリエーションを構築するというやり方で,がぶり寄りという古典的な戦法に新たな戦法を打ち立て,自らの伸び代を増やして大関まで勝ち取ったスタイルは異形であり偉業である。「琴バウアー」のルーティンも,相撲界にルーティンを取り入れてメンタルを安定させる手法を取り入れた点で先駆者だった。本人の温厚な性格やどっしりとした体型,がぶり寄りの直線的な印象とは裏腹に,むしろ革新的な創意工夫があった力士だったと言えよう。後進の育成にも期待したい。  
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2020年11月23日

2020年十一月場所:九州でやらない十一月場所

記事名は七月場所に重ねた。優勝争いも盛り上がったが,全体的に相撲内容がよく,見ていて楽しい場所であった。横綱・大関が4人休場していても,盛り上がらないということはないのである。

大関3人のうち2人が早々に脱落したが,優勝したのは残った大関であった。大関の優勝は2017年初場所の稀勢の里以来,22場所ぶり。随分と長い期間が開いたものである。間の21回の内訳は年によってかなり内実が違う。2017年の5場所は全て横綱の優勝であるが,2018年以降の16場所ではうち7回が横綱の優勝だが,関脇・小結の優勝が5回,平幕優勝が4回と割れている。特に平幕優勝4回のうち,今年の幕尻優勝が2回含まれている。その2017年初場所の大関陣は稀勢の里・照ノ富士・豪栄道・琴奨菊の4人で,この場所後に稀勢の里が横綱に昇進し,琴奨菊が陥落し,照ノ富士も4場所後に陥落した。そして今場所には当時のメンバーが誰も残っておらず,十両にいた琴奨菊が引退し,照ノ富士は二度目の大関取りにとって重要な優勝同点と4年の時間の経過を感じる。

貴景勝は自身二度目の優勝で10場所ぶり,最初の優勝は大関取りの起点となった。この間の貴景勝は左胸の筋肉断裂とそれを原因とする一度の陥落を含み,順調な歩みとは言いがたかった。先場所にやっと本調子の相撲が見れたくらいで,今場所も初日の時点では優勝本命とは見られていなかった。来場所は綱取りになるが,突き押し相撲の綱取りは難しいということについて,本人は「だから目指す価値がある」とコメントしていて心強い。貴景勝の取り口は以前と変わったわけではないが,改めて書いておくと貴景勝は突き押しの威力が強い上に,いなしを打つタイミングの見極めが極めて上手い。”組ませない”技術も高い。貴景勝は意外にも突き押しだけで勝負を決めることが少ないが,いなしが呼び込みになってしまうことが少なく,また組まれると負けるものの組まれる場面自体をほとんど見ない。こう書くと千代大海に近いようにも見えるが,千代大海の場合は引き技が決め技であったのに対し貴景勝はいなしはあくまでいなしであって決め技は突き押しである。また,千代大海と貴景勝はいわゆる「組んだら序二段」という点で同じだろうが,貴景勝は組まさせる場面が少なくてその印象が薄い。この新しいタイプの突き押し相撲に期待したい。綱取り要件は優勝か,14-1以上での優勝同点あたりだろう。


個別評。優勝した貴景勝以外の横綱・大関。鶴竜の休場は理由が理由なので,そろそろ親方は日本国籍を必須とする条項を廃止するなり特例をつけるなりの議論を協会はした方がいいだろう。白鵬は場所前まで稽古好調と報道されていたのは何だったのだろうか。朝乃山と正代の休場は全く予測がつかなかった。特に朝乃山の休場は花田虎上氏のデス予想の魔力が強すぎて,なんかもう笑ってしまった。照ノ富士に対しては意地になって右四つで勝とうとしていて,実際に私も実力は拮抗していると思うのだが,なぜだか勝てない。朝乃山は基本寄っていくしかないが,照ノ富士は投げ技のオプションがある分,朝乃山が不利ということなのだろうか。初日で右肩を負傷したから休場ということだったが,どちらかというと二日目に照ノ富士に負けて心が折れた雰囲気がした。正代は動きが固く,引き技で右足首をひねってのケガで,朝乃山よりも心配である。

三役。照ノ富士は先場所の8勝からすると大きな躍進で,膝の調子が良かったというか,要するに引くと膝がダメージを受けるので,そのような負担がかかる場面が多くなければ千秋楽まで持つということが改めて実証されたか。13勝優勝同点は大関取りの起点としては十分で,元大関であり優勝経験二度という経歴も加味すればハードルは極めて低くなると思われ,32勝あれば再昇進になると思われる。来場所も12勝以上なら,来場所後に再昇進もありうるのではないか。隆の勝は引き続き押し相撲が上り調子。高安はとりあえずこんなもんだろうというところ。御嶽海は悲しくなるほどその日の気分で強弱が違う。連敗すると心が折れるのも悲しい。なお,今場所の三役は全員7勝以上で来場所もメンバーが変わらない見込みである。これに大栄翔を足した5人でメンバーが固定されてしまった感があり,照ノ富士にさっさと大関に再昇進してもらわないと枠が空かない疑惑も。

前頭上位。大栄翔も隆の勝と同様に今場所も良い押し相撲だったが,10勝したのに再三役がなさそうで番付運が悪い。阿武咲は7−8で負け越したが悪い印象はない。先場所に続いて随分押す力が戻ってきていて,足が流れてばったり前に倒れることが減ってきた。来場所の成績によっては北勝富士・隆の勝・大栄翔に並べてよさそう。北勝富士は今場所やたらと長い相撲が多く名勝負製造機になっていた。特に十日目の宝富士との熱戦は同体取り直しとなったことも含めて,北勝富士の相撲人生を振り返るときに必ず触れられる一番になった。

霧馬山は上位挑戦3場所にしてとうとう左への回り込みが読まれるようになって大苦戦となった。動きと技の切れで勝負するタイプだが,動きが読まれると膂力の勝負となり,そうなると弱い。一方,上位初挑戦となった若隆景は7−8で,上位陣には全滅したが同格以下にはほとんど勝ってのこの成績であったので,初挑戦の結果としては上々だろう。先場所は押し相撲が多かったが今場所はもろ差しになる相撲が多かった。ところで,相撲協会の取り口を見ると「右四つ・寄り」になっているので,最近になって相撲が変わってきたのかもしれない。少なくとも直近2場所は右四つになった場面が少ない。最後に翔猿。翔猿も上位初挑戦だったが,オールドルーキーらしい物怖じしない相撲が見られ,貴景勝からも白星をもぎ取り,鮮烈なインパクトを残した。6−9で跳ね返されたが,これは地力の差で仕方がない。十三日目の高安にみまった蹴返しは教科書に載せたい見事なもの。また,翔猿は照ノ富士に吊り出しを食らった際に微動だにせず,北の富士から二代目シャケの襲名なったことも付記しておきたい。

前頭中盤……は竜電くらいしか書くことがある人がいない。今場所の竜電は場所の途中から立ち合いで腰を振ってリズムを取ることを始め,好調だった。あれは相手が立ち合いの呼吸を乱されて立ちにくい一方,リズムを合わせられれば一転して動きを読まれやすく,諸刃の剣であると思われる。来場所はどうなるか。

前頭下位。炎鵬は動きが読まれている上に痩せすぎ,公称の90kg台すら本当にあるのかという様子で,3−12という惨敗は納得が行くところ。豊昇龍は先場所と同じになるが,技の切れや粘り強さはあるが,身体が完成していない。力負けがさすがに多すぎる。一方で,力負けするからこそ技巧で補う相撲が見られ,これは今しか見れないと思えば貴重かもしれない。魁聖は動きがもっさりで悪い時の魁聖だった。逸ノ城は負けが込んできた後半になってから奮起しての8−7で,最初からやる気を出してほしい。

千代の国は10勝で敢闘賞だが,むしろただの上りエスカレーターで,三賞の価値があったかと言われると微妙な出来だったと思う。あまりに動きが良かったので,右肩のテーピングに偽装疑惑が出ていたのが面白かった。

新入幕の天空海は翔猿に続くオールドルーキーで,押し相撲が主体だが四つでもとれて案外器用であるが,真価はよく見えなかった。ところで,天空海は茨城県大洗町出身で,四股名の由来はアクアワールド由来というのを知らなかったのでけっこう驚いた。これはやっぱりガルパンおじさんとして応援しないとダメだろうか。最後に幕尻で11勝した志摩の海。またも幕尻優勝あるかと期待を持たせたが,さすがにそうもいかなかった。左右のおっつけが強く,そのまま押し続けるか右四つに組むかで白星を量産した。


臥牙丸が引退した。サカルトヴェロの出身で,2005年11月に初土俵であったから,15年勤め上げたことになる。2009年11月に新十両,2010年7月に新入幕,2012年3月に小結でこれが最高位。以後は2014年頃までエレベーター生活で,2014年下半期に突如力を落として幕内下位と十両を往復するようになる。2017年からは十両が中心になり,2020年は膝のケガでほぼ全休であったから,実質的なキャリアは2019年までであった。200kg近い体重を活かした押し相撲で,四つでも取れたが突きの威力は無かった。攻めが鈍重で二の矢が打てないまま逆に押されて負けるシーンが目立ち,キャリアハイの2011-12年頃を除くと変化やはたきにも弱かった。逆に言えばキャリアハイの頃は弱点克服の兆しが見えていたということであり,できていれば上位定着もあっただろうが,それがなかなか難しいのが相撲人生というものである。臥牙丸といえば日本人と見紛うほど日本語が達者で有名であり,口も達者でユーモアがあった。だからこそ引退後は協会に残らないのが意外で,日本にはとどまり,日本語を活かした仕事に就きたいとのことである。お疲れ様でした。もう一人の引退力士,琴奨菊は別記事で扱う。

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2020年09月28日

ネガティブ発言集の力士が優勝

両横綱の休場が発表された時点である程度混戦は予想された。両大関が関脇以下に比べて突出した実力というわけではなく,両大関が優勝候補一番手・二番手ではあるにせよ,それ以外の力士が優勝する可能性も十分にあると見なされていた。その関脇以下では最も順当な人が優勝をした。なお,熊本県出身力士としては初とのことだ。

前兆は十分にあった。先場所の評で「正代も今年の初場所以降の受け将棋ならぬ受け相撲が板についてきた印象。好不調の並が小さいので,このまま持続すれば御嶽海に先行して大関をとっても不思議ではない。」と書いた通りであるのだが,まさか今場所のうちに大関取りを終わらせるほどの成績になるとは思っていなかった。以前から「防御に全振り」スタイルの取り口であったが,受けたら受けっぱなしで反転・反撃までに時間がかかり,もたもたしているうちに倒されてしまっていた。しかし,今年に入ってからは見るからに攻守の切り替わりが早くなり,今場所に至っては立ち合い強く当たって先制攻撃も見せるようになった。立ち合いで胸から当たっているので,まさに攻められても崩れないための要素をそのまま攻めに転じているといったところか。ただし,負けた2つの取組を見るに,攻め急いで良さが死んでいた印象であるので,やはり彼はこのまま受け相撲を突き詰めるべきなのだろう。

正代は現代っ子の一類型で,「(十両昇進に当たって)できればみんなと当たりたくない」「(白鵬戦に際して)ケガしないで生還できたらいい」「(優勝争いしているのに)三賞もらえますかね?」等のネガティブ発言が有名であるが,というよりも冷めているのだろう。メンタルは特に弱いわけではなく,今場所も千秋楽はさすがに緊張が見られたが,逆に言えば14日目までは全く硬さが無かったし,千秋楽も稀勢の里などと比べると全然マシであった。私生活でも漫画をよく読み,動画サイトをよく見て,アニメは直近でメイドインアビスを部屋の若い衆に見せるという悪魔の所業布教活動を行う(なお公式作者も反応していた)といったように割とカジュアルにオタク趣味を公言している。そうした正直さで周囲に愛されていると聞く。遠藤や高安のような古風な力士も,御嶽海や翔猿のような方向性の現代っ子も面白いが,また一人面白いキャラが頭角を現したことを言祝ぐべきだろう。

大関取りとしては直近3場所で32勝,それも大関取りの場所と明言されておらず(これはAbemaで花田虎上氏が指摘していたが私も明言はされていた方が良いと思う),今場所・先場所は事実上横綱不在であるから,今場所の優勝を加味してもちょっと物足りない成績である。個人的にはもう1場所,10勝くらいの緩い基準で様子を見ても良かったかなと思うが,強く反対するほどでもない。両横綱が来場所も出場するとは限らず,引退も近そうなことから大関を3人にしておきたいという協会の思惑がありそうだ。貴景勝と朝乃山も横綱が遠そうということもある。

あとは今場所のトピックというと,再び立ち合いの手付きの厳格化が行われたことと,休場が異常に多かったことか。前者については,以前に何度か厳格化がなされた際に行司ごとの基準が異なっていたり,それでも守らない力士が多かったりで大混乱であったが,今場所はそれほど混乱が見られなかった印象である。何度目かの厳格化でいよいよ皆慣れてきたのか,偶然かはわからないのでもうしばらく様子を見たい。後者は,やはり上手く稽古ができない環境の悪影響がじわじわと出てきているのか。人によってはいつも通りであるが,こういうのは個人差が出すぎるのもあまり良いこととは思われない。本割が崩壊するレベルであるので,協会は何か手を打つべきだろう。


個別評。大関陣。朝乃山は両横綱不在・不戦勝2つあっての10勝はちょっと物足りない出来。相変わらず立ち合いに立ち遅れて右四つになれないと勝負にならない。逆に立ち合いすぱっと立てれば右四つにならなくても押し切れる馬力が見られ,立ち合いで全てが決まってしまうところがある。特に場所が始まってからの3日間は動きが鈍く,もろに立ち合いに悪影響が出ていた。出稽古できるようになれば改善されるのだろうか。貴景勝は好調で,正代という伏兵がいなければ13勝優勝は彼だっただろう。攻め込むと土俵際でやや足が流れる悪癖があったが,そこを突いた力士がいなかった。思い切って引くとはたきこめそうで,ちょっとハラハラしながら見ていたところはある。

三役。正代はすでに詳述済。御嶽海は相変わらず,日毎の出来が違いすぎ,その調子の波は本当に何とかならないものか。一応,これで関脇2場所で19勝だが,来場所13勝優勝で大関という正代パターンは引けるだろうか。大栄翔は先場所と大して変わらないように見えたが,全然勝てなかった。押すリズムが読まれているところがあり,良いところでいなされて崩れたり捕まったりということが多かった。小結と関脇ではまた少し家賃が違うということかもしれない。隠岐の海と遠藤も見るべきところはあったが,今場所は周囲が好調すぎた。

前頭上位。照ノ富士は膝の負傷をかばいながらの相撲になるので,どうしてもそこを突かれると厳しく,上位陣は容赦がない。以前ならもろ差しになられたら外四つか抱えてからの極め出し・小手投げができたが今はそれは難しく,せめて外四つになれれば上手投げが使えるが抱える形だとどうしようもない。隆の勝や阿武咲に負けたのが典型的で,押し相撲で押し込まれてもどうにもならなくなる。ひとまず勝ち越して再小結になるので,再大関までいってほしいところ。隆の勝は今場所も成長著しく,大栄翔とともに貴景勝に押し相撲で挑む後続として活躍してほしい。来場所は新三役になる。

照強は上位の壁に跳ね返された。前頭中盤以下だったら,彼のスピードとパワーのバランスがちょうど良かったが,上位だと途端にどっちつかずになってしまった様子である。小さい割にパワーがあるのが美点なので,今のバランスを保ってほしい気はするが。霧馬山は休場を挟んでの勝ち越し9勝はお見事。右肩の負傷であったのだが,休場明けは負傷を感じさせない動きであった。今場所も動きが軽快で技の切れ味もよく,組んでも離れても取れてよい。霧馬山は今場所も左へのいなし・回り込みが多く,これはいつか対策されるから直した方がいいと思う。

前頭中盤。高安はぼちぼち好調で地力通りの地位に戻っていく。立ち合いの圧力が戻ってきた。戻ってきたといえば阿武咲で,復活まで随分時間がかかったが,阿武咲の押す力も回復してきた。若隆景は11勝したのに三賞が無かったのはかわいそうである。押し相撲でも右四つでもとれるが,ともかく横に動いて自分の形をつくるのが上手く,まだもう少し躍進できそう。炎鵬は完全に動きが読まれるようになり,6勝に終わった。潜る技術をさらに磨かないと厳しい。

前頭下位。まずは翔猿。28歳で新入幕であることから「オールドルーキー」と呼ばれ,体重が120kgしかない割にあんこ体型で足腰が重く,動き回って撹乱してから押すタイプで,翔猿は嘉風に近いが嘉風よりも動きがトリッキーである。名は体を表しており,完璧な四股名である。新入幕11勝,14日目・千秋楽で上位に当てられていなければもう少し勝ち星が伸びた可能性もあり,すばらしい幕内デビューとなった。次に琴勝峰を挙げる。琴勝峰は隠岐の海に近いタイプで懐の広さを活かした引き技や投げ技が光っていた。先場所に比べて幕内のスピード感に適応していて,やっと長所が出てきたと思う。逸ノ城は引くと脆かった。膝が悪いのだろうか。最後に新入幕となった豊昇龍。動きの切れの良さ・勝負勘は叔父の血が垣間見られるが,まだ見るからに身体が小さい。身体が大きくなれば化けるかもしれないが,過剰な期待は本人をプレッシャーで潰しそうなので,身体が大きくなるまでは静観したい力士である。
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2020年08月03日

2020年七月場所:名古屋でやらない七月場所

名古屋でやらない七月場所,しかも千秋楽が8月に食い込み,観客数・声援制限というイレギュラー開催であった。展開もドラマチックで,白鵬優勝で固いと誰しもが思っていた矢先の白鵬休場,では朝乃山だろうと思われたが,幕尻の照ノ富士が実力で奪還した。照強が朝乃山を倒した援護射撃は,5年前の照ノ富士初優勝時の日馬富士の援護射撃を思い起こさせる。伊勢ヶ濱部屋の結束力はなんと美しいことか。しかし,何よりも照ノ富士の復活は喜ばしく,朝乃山との決戦に勝利したのを見て涙した好角家は,山根千佳さんを挙げるまでもなく,私を含めて多かろう。

先場所に続いて声援の無い本場所ではあったが,拍手の応援があっただけでもかなり違った。やはり盛り上がるタイミングで拍手が湧くのはよいし,下品なコールが無い分かえって落ち着いて見ていられたところはある。また,最も盛り上がった箇所ではどよめきが生じたのも耐えきれなくなった観客の感情が伝わって面白かった。協会の収入を考えなければ,しばらくはこのやり方でよいのではないか。

そうそう,今場所は照ノ富士が幕内に戻ってきたことで,とうとう平幕に元大関が4人そろうことになった。大関を陥落してもすぐにはやめない,どころか幕下以下に落ちてもまだ続けて良いと風潮が変わったことを象徴するかのような場所であった。すでに長らく若手の門番と化している琴奨菊やそのポジションにつきそうな栃ノ心,まだ落ちたばかりで再昇進をうかがう高安,史上最大の逆転劇を見せた照ノ富士と役者がそろっていて,幕内下位も見ていて面白かった。上位陣に限定するとちょっと寂しい場所であったが,幕内全体ではかなり熱気があり,相撲のレベルも高かった場所だったと思う。


個別評。白鵬は十日目までは本当に完璧な相撲ぶりであったが,十一日目に右足が滑って狂いが生じ,十二日目も右足が滑って負傷が決定的となった。加齢の危険性としか評しようがない。鶴竜は休場の判断が早かったが,あれなら開幕前に休場届を出しておくべきだったのではないか。貴景勝も明らかに馬力不足だったが,引き技がよく決まってカド番脱出まではこぎつけた。本音を言えば,カド番でなければもっと早く休みたかったのだろう。あのよく決まった引きが彼の地力の高さではあり,大関の地位にふさわしいことは証明したが,観客が見たい相撲は馬力の強さであって物足りない。

新大関の朝乃山は,こちらも十二日目までは11勝1敗でほぼ完璧な内容,優勝して来場所綱取りかと思われたが,照ノ富士に四つ相撲で完敗して歯車が狂った。右四つなら白鵬以外には負けようがないと思われていたところ,"元"大関に右四つで完敗したのはショックが大きかったのではないか。しかし,朝乃山は立ち合いで立ち遅れて右四つになれないことがたまにあることと,ここぞという一番で緊張して体が固くなることが2つの大きな弱点であったが,今場所は前者の立ち合いの失敗は激減していて,むしろ強く当たって右四つになれなくとも押し切ってしまうシーンすら見られた。見事な修正であり,収穫も大きい。後者はまさにそのハートの弱さを突かれて伊勢ヶ濱部屋二人に惨敗したが,一朝一夕に鍛えられるものでもなく,長い目で見守りたいところ。

三役。全員好調で,11勝で大関取りの起点になった人が3人もいる。とはいえ御嶽海は好不調の並が激しすぎて大関になれていないだけで,11勝はむしろ好調時の平常運転に過ぎないだろう。正代も今年の初場所以降の受け将棋ならぬ受け相撲が板についてきた印象。好不調の並が小さいので,このまま持続すれば御嶽海に先行して大関をとっても不思議ではない。彼らに比べて躍進の印象が強いのは大栄翔である。彼も2019年に急激に伸びた力士であったが,今場所に白鵬を倒したことでさらに一皮むけた印象を受けた。3人の躍進に期待したい。惜しくも9勝に終わり三役全員二桁達成ならなかった隠岐の海は,一人だけ35歳のベテランで,2019年9月に突如覚醒してとうとうここまで来た。最近,徳勝龍といい玉鷲・嘉風といいこの展開多くないか。異様に深い懐の深さを生かした引き技は見どころがあり,普通の引き技との違いが際立って面白い。

前頭上位。隆の勝は上位初挑戦で勝ち越しはお見事。彼もまた押し相撲に力強さがある。貴景勝に鍛えられた成果か。現時点では大栄翔に一日の長があるが,隆の勝もまだ伸びるだろう。「おにぎりくん」のあだ名に反して梅干しが苦手というエピソード,すき。一方,阿武咲は事前の予想に反して上位挑戦は跳ね返されてしまった。どうも最後の詰めが甘く,そこを押し切るだけの馬力が足りない。とはいえ引き技が上手いわけでもなく,他の押し相撲力士に勝てない原因になっている。どうしたものか。霧馬山も上位初挑戦で,6勝で終わったものの,印象は悪くなかった。左四つか離れて相撲を取り,実に器用に動き,千秋楽に宝富士を左四つからの右上手ひねりで破った相撲など実に見事だった。謹慎休場となった阿炎は……さすがにそろそろ本当に怒られるラインに来てしまったので,破滅する前に自省してほしい。それだけである。

前頭中盤。炎鵬はかなり対策が進められての10敗で苦しい。読まれているなら潜らずに横に動き回って送り出しを狙ったほうがいいのかもしれない。照強は14日目の朝乃山戦の足取りが神がかっていた。実際,今場所は低く入って押し込むか足取りという取り口が多く,上手くいっていた。一方でそのまま押しつぶされる相撲も多かったが,14日目は押しつぶされる前に足取りに成功したので良かった。石浦は右足首を痛めていて相撲にならず。玉鷲と妙義龍は上りエレベーターの10勝であるが,その年でまだエレーベーターをできているのがすごい。

前頭下位。元大関と佐渡ヶ嶽部屋がひしめきあっているカオス。若隆景が初日から5日連続で佐渡ヶ嶽部屋との取組が組まれて「びっくりした」とコメントしていた。佐渡ヶ嶽部屋は琴恵光が10勝,琴奨菊と琴勝峰が8勝で5人中3人が勝ち越したが,琴ノ若と琴勇輝は休場となり,団体戦としては五分五分の情勢。琴恵光は良い相撲が多かった。体重が135kgとそこまで重くない割に,右四つで組むとかなり力強い。新入幕の琴手計改め琴勝峰は,新入幕と思えない落ち着いた振る舞いで,膂力があるところも見せたが,相手の十分になられての敗戦が多く,まだ幕内に慣れていないのも垣間見えた。同じく新入幕,若隆景は,誰かが舌を噛む前に改名しよう(提案)。アナウンサーですらしばしば「わかたたたかげ」になってしまっていて,これは誰もが言えないんだなと。今私も口に出してみたが,見事に噛んだ。完敗である。若隆景は押し相撲だが,押す力が強いというよりもよく動き回って崩してから押すタイプで,照強や石浦が近い。これでこのタイプは3人めで,近年になって突然増えてきた印象であるが,メソッドが確立されたか。10勝はお見事。高安は初場所・3月と見る影もない状態で心配であったが,今場所は立ち合いの威力がかなり回復していて,この回復軌道なら来場所は上位でもかなり取れそうである。

最後に照ノ富士。大ケガをする前から「モンゴル由来の投げの巧みさ・パワーに,高校から来日して磨いた相撲の技術が合わさった,モンゴル出身力士の完成形」と言われていたが,今場所はまさにそれが光った相撲であった。四つ相撲の技量が突出しており,相手のまわしを切る技術,差し手を殺す上手の使い方が巧みで,ケガのない両腕の腕力で白星を積み上げた。大ケガをする前はその技術があるのに,安直にパワーだけで振り回し,膝に負担をかける悪癖があったから,力士としては現在方が完成しているとさえ言えるだろう。大関再昇進が現実味を帯びてきた。膝の大ケガゆえに守勢になると脆く,引き技はほとんど全く打てないという巨大なハンデの中,どこまでやれるのか,応援していきたい。


さて,本場所が中止となって空いた間に引退した力士のうち3人にコメントしておく。最初に栃煌山。もろ差しの名手で,はず押しでも相撲が取れた。2007年新入幕,2010年から17年にかけて長く上位に定着し,琴奨菊・豪栄道・稀勢の里と並ぶ大関候補として若い頃から名を挙げられていたが,この面々では唯一大関に上がれなかった。小結・関脇でしばしば二桁勝利するのだが,これが3場所続かない。最高が3場所計30勝で紙一重で届かず,大関取りの厳しさとはこういうものであろう。もろ差し・はず押しの前進力なら天下無双であったが,離れて取る相撲はおろかまともな四つ相撲でも弱体化する等さすがに相撲の幅が狭すぎたことと,「稀勢の里並」と評された心臓の弱さが響いた。また,160kg前後あった体重の割にはつり技にめっぽう弱く,把瑠都につり出しを決められた際にはNHK解説の北の富士に「シャケじゃないんだから(つられたらもっともがくべき)」と苦言を呈され,以降ネット好角家でシャケとあだ名されるという不名誉な称号も得てしまった(この件は引退後に北の富士が謝罪していた)。とはいえ,栃煌山のもろ差しになる上手さ,もろ差し・はず押しの突進力は眼を見張る物があり,2010年代の大相撲の名物であったと言えよう。

次に豊ノ島。典型的なあんこ型の体型で,太鼓腹を生かしたもろ差し・左四つの寄りが強かった一方で,体重の割に機敏で土俵際でしぶとく,逆転も多かった。場所ごとの好不調の波が激しく,稽古不足も時折指摘される等もあって,三賞受賞が10回に及ぶ一方で,関脇で勝ち越したことがない。典型的なエレベーター力士であり,番付上位の力士には地力の差そのままに負ける一方,若手力士を老獪に土俵際で突き落とす門番であった。

三人目は蒼国来。中国内モンゴル自治区出身というモンゴル人力士の変わり種である。蒼国来の相撲人生といえば,八百長事件裁判で,多くの力士が身の潔白を証明できず,あるいは諦めて土俵を去る中,裁判で粘り強く戦って復帰を勝ち取った。2011年3月から2013年5月までの約2年に渡って大相撲から引き離されたにもかかわらず,引退まで相撲を取り,荒汐部屋の親方にまでなった。今考えてもあの八百長調査は杜撰であり,27〜29歳という脂の乗った時期をつぶされた蒼国来は大きな回り道をさせられた。取り口はモンゴル人らしい投げ技の名手で,左右いずれかの下手が入れば下手投げ・寄り・つりと多彩に展開して攻め立てた。下手のこじ入れ方が強引でケガをするのではないかと心配する取り口であったが,ケガにはならず,肘の強さも才能と言えるのかもしれない。荒汐部屋で飼っている猫も話題となり,名物親方としての今後を期待したい。

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2020年07月24日

大相撲の横綱・大関を世代で分析する

はてな匿名ダイアリー(通称増田)に次のような記事があった。
・将棋界の現時点での世代表
・2010年7月18日の世代表
・2000年7月18日の世代表

3つ並べてみると一目瞭然で「羽生世代のタイトル独占が20年に渡った結果,真上・真下の10年がタイトルホルダーになれず,非常に苦しんでいる」というのがよくわかる表になっている。大変に面白かったので,大相撲ではどうなるかを調べてみた。将棋と大相撲では,大相撲の方が競技寿命が短いという違いがあるものの,
・年間の主要タイトル数が6と7(8)でほぼ同じ
・個人競技であり,単発ならともかく,複数回のタイトル獲得には絶対王者を撃破する必要が生じる
・絶対王者でも年間タイトル完全制覇は困難で,半分から2/3くらいの支配にとどまる
・絶対王者が弱体化・引退すると,なぜか戦国時代は短くすぐに次の絶対王者が登場する
という全く同じ構造・性質を持つために,むしろ比較は非常にしやすい。

で,作る前からわかってはいたのだが,やはり大横綱が一人誕生すると,直下の世代は悲惨な目に遭っている。また,羽生世代が羽生善治一人ではなかったのと同様に,なぜか大横綱の生年の前後1年(計3年)にライバル的な横綱が出現し,世代で見ると向こう8〜10年ほどは完全制覇の様相になる。

まずは,直近の白鵬世代の支配から。なお,livedoorブログの仕様上,Excelデータが上手く貼れないので,画像でご勘弁を。はてなブログの方にちゃんとしたのを貼っておきます。

大相撲世代表(1980〜2000)


これはわかりやすく,真下の世代が完全に殺されている。少し上の朝青龍は時代が短かった。将棋の世代でいうところの「逆向きの渡辺明」と言えばいいのか,白鵬世代に一人で立ち向かったベテランという立ち位置と言った方がいい。そう考えると朝青龍の存在は稀有なもので,前後3年ほどに他の横綱・大関昇進者が全くおらず,完全に孤高の存在であった。不祥事で引退したのはかえすがえすも惜しい。

朝青龍が引退したことで,白鵬・日馬富士・鶴竜・稀勢の里の4人に誰も立ち向かえなくなってしまった。白鵬が横綱に昇進した2007年から稀勢の里と日馬富士が最後に優勝した2017年の11年間の65場所のうち,白鵬が39回,白鵬世代では53回優勝している。残りの12回のうち朝青龍が6回を占めているので,この5人以外での優勝がわずかに6場所しかなく,それも琴欧州・把瑠都・旭天鵬・照ノ富士・琴奨菊・豪栄道で1回ずつであるから,白鵬世代を大関に拡張して把瑠都・琴奨菊・豪栄道も入れるとさらに圧倒的な支配率になる。

一つ面白いのは,欄外に入れたように昭和61年生まれを「花のロクイチ組」と呼ぶが,期待に反して稀勢の里と豪栄道以外に大成しなかった。すでに散々書いてきたように,「花のロクイチ組」は少し手前に拡張して「白鵬世代」と呼んだ方が実態に適合する。今振り返ると,1・2年上の白鵬・日馬富士・鶴竜を無視して,なぜに民族的日本人だけでそうくくってしまったのか疑問である。以上のように白鵬世代の支配は10年以上にわたっているが,これは白鵬が歴史的に強い横綱であることに加えて,近年になって急速にスポーツ医学が大相撲に導入されていて,明らかに関取の現役寿命が伸びているために支配の延長されているという点は指摘しておきたい。白鵬世代はすでに35歳前後で,昔の大相撲ならとっくに引退している年齢だが,まだ白鵬と鶴竜と二人も残っている。琴欧州〜高安の大関陣では,琴欧州と把瑠都を除くと全員大関昇進が遅く,昔の現役寿命だったらまず無理だったという点も指摘しておきたい。試しに琴奨菊から高安までの4名の名前を消してみると,より白鵬世代支配の過酷さが実感できるだろう。

この11年間に比べると2018年以降は戦国時代と言っていいほど優勝経験者がばらばらであるのだが,不思議と横綱には誰も昇進しない。実はタイムリミットが迫っていて,横綱昇進平均年齢は年間六場所定着以後の面々で約25.7歳であり,かついわゆる大横綱に限定すると,これを超えて昇進したのは千代の富士一人しかいない(その千代の富士にしたって26歳3ヶ月)。朝乃山が白鵬世代を退けて時代を築くなら,今年のうちに二度優勝する必要はある。それにふさわしい実力はついてきたように見えるが,どうなるか。そして,現状で朝乃山に追随する強い横綱候補がおらず(大関候補なら28歳の御嶽海・26歳の阿炎など),正直に言ってポスト白鵬世代の大相撲の様子が全く予測できない。極めて惜しいのがやはり照ノ富士で,大ケガなく出世していれば彼は間違いなく横綱に昇進していたし,白鵬世代に楔をうち,場合によってはそのまま白鵬から政権交代を達成していただろう。「高照世代」が存在した世界線を見てみたかった。


次に若貴世代の支配。

大相撲世代表(1969〜1986)


先に注釈を一つ。「花の六三組」は初土俵が1988年3月だったというくくり方であるので,生年ではない。これは将棋でも世代を生年でくくるか四段昇進年でくくるかという議論があるのと同じで,大相撲の場合は生年でくくることの方が多いが,ここだけは初土俵のくくりである。該当するのが曙・貴乃花・若乃花・魁皇であるので表の上ではこのように表記した。

さて,やはりこの世代の支配力も高く,横綱4人であれだけ潰しあえばそうなるなという様相である。1992〜2001年の約10年間はほぼこの4人で優勝を回している。面白いのは若貴世代支配の崩壊過程で,少し遅れて出てきた武蔵丸を除く3人は後半の4年間,1997年あたりからケガだらけで「出場すれば優勝するが……」という状態であった。76〜77年生まれに大関昇進者が固まっているように,この頃にはすでに支配がやや緩んでいる。また比較的有名な話として朝青龍は貴乃花に0勝2敗,武蔵丸に4勝5敗と勝てておらず,これは朝青龍自身が「勝ち逃げされた!」と嘆いている。若貴世代は重量で自壊したのであって,実力でひっくり返されたのではないのである。前述の大関陣が横綱になれなかったのは,若貴世代につぶされたというよりは朝青龍につぶされたと言った方が正しい。若貴世代は華々しくはあったが,それゆえに短く散っていった。

特異点はやはり魁皇で,この人は本来横綱になっていたと思われるし,ならなかったおかげで長寿大関となって晩節を汚したようにも思われる。あとは栃東。当時「全盛期の朝青龍に伍した唯一の日本人」と言われ,横綱まであと一歩まで確実に来ていたが,ともかくケガに悩まされ,最後はまさかの病気で引退となった。魁皇はともかく,栃東が横綱になれなかったのは時代の不思議としか言いようがない。


最後に,千代の富士の支配。

大相撲世代表(1952〜72)


その後の白鵬世代・若貴世代と全く異なる点が3つある。まず,後ろ2つの世代の支配は約10年ほどであったが,千代の富士の支配はやや短く,約8年(1982〜89年)である。次に,後ろ2つの世代は4人の横綱による集団支配であったが,これは千代の富士単独の時代であった。3つ目はその内実である。通常の大横綱は20代後半に大半の優勝回数を稼ぐが,千代の富士の場合は20代後半に稼いだ優勝回数は10回,30代前半の優勝回数が21回と,圧倒的な晩成なのである。つまり活躍が5年ほどずれるので,彼は活躍時期だけで言えば限りなく「花のサンパチ組」に近い。少し不思議な仮定になるが,千代の富士を花のサンパチ組に混ぜ込んでいいなら,支配が1991年まで伸びて約10年になるし,横綱4人による集団支配になるから,後ろ2つの世代との違いが薄くなる。千代の富士はちょっと間違って5年ほど早く生まれて,5年ほど早く横綱になってしまったということか。

その花のサンパチ組は全員,横綱になってからの現役寿命が短いが,これは千代の富士時代の末期に成長し,引退したと思ったら若貴世代に轢き潰されたためである。1990-91年の2年間は大相撲でも数少ない戦国時代であったが,あっという間に若貴世代が台頭する予兆はすでに見えていた。「花のサンパチ組」について言えば,改めて各関取の成績を調べて思ったが,双羽黒が横綱に昇進していて,魁皇と小錦が横綱に昇進していないのはおかしい。双羽黒が残した爪痕は大きい。

表にはしなかったが,この手前に輪湖の時代(1973〜81),短い北玉の時代(1970〜72),大鵬の時代(1961〜68)とさかのぼれる。長期的に世代を区切ると,やはり次第に時代が長くなっていて,スポーツ医学の発展の恩恵が大きいのは時代を築く大横綱なのかもしれないと思った。上述の通り,白鵬世代の支配は一応2018年に切れていて,直近2年半ほどは白鵬世代の黄昏を感じさせる戦国時代である。朝乃山が千代の富士ばりの晩成を見せて時代を築くか,それとも今の10代後半の力士が急速に台頭して時代を築くか,それともとうとう10年周期の支配のサイクルが崩れて,このまま長く戦国時代が続くのか。見守っていきたい。  
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2020年03月30日

感想:『火ノ丸相撲』28巻

・『火ノ丸相撲』28巻(完結)。千秋楽の本割:鬼丸・太郎太刀戦,刃皇・草薙戦。四つ巴の優勝決定戦:刃皇・大包平戦,鬼丸・冴ノ山戦,鬼丸・刃皇戦。エピローグとしての番外編。
→ この巻は終幕までの展開が完成されきっていて,鬼丸優勝の決着から逆算してこうなるだろうと展開が読めてしまうのだけれど,そんな読者の予想なんてどうでもよくなるくらいに展開が美しい。鬼丸の相撲を最も熟知している二人を当てて「火ノ丸相撲」を読者に想起させつつ,最後に刃皇をぶつける。逆に刃皇には全盛期の大和国のコピーをぶつけてそれを凌駕させつつ,新世代の意地により黒星をつけられる。明らかに現実の白鵬を意識したキャラが,白鵬がやった力士による物言いによって行司軍配差し違えの黒星となるという,現実とのクロスオーバーも楽しく,まさにここでしか使えない小技である。大包平戦では横綱の特徴の百面相が想起させられ,最終決戦へ。勝敗の要因は高校生編のラストと同じ,小ささゆえにくぐった死線の量であった。結局のところ,不利な体格がゆえに隙を見逃さない最強の勝負勘を得たというのが火ノ丸相撲の中核であったと言えよう。
→ 改めて書くが,冴ノ山は本当に良いキャラに育ったと思う。鬼丸くらい強くて嫌味のない後輩がいたら先輩としての心情は複雑で,しかしその後輩が挫折したら強い背中を見せて引っ張っていく。同部屋同士で唯一取組がある優勝決定戦では,手の内を知り尽くしているがゆえに鬼丸の勝負感を際立たせる重要な役どころを全うする。最終巻に至って,登場当初の凡庸な関取もまた取り口同様に円熟味のある主要な登場人物に成長した。
→ 最後の鬼丸・刃皇戦を見て思ったのは,鬼丸が真っ向勝負に加えて身につけた小兵力士らしい小技とは要するに足技とたぐりであって,これだけたぐって横に付かれたら実際に非常に面倒だと思う。現実だと炎鵬と照強を足して二で割らない感じで,まあそりゃ上位定着するよねと。それにしても,この火ノ丸相撲が始まった6年前にはどちらも幕内にいなかったことを思うと,ここ2年ほどの小兵旋風の強さにも思いが至る。
→ 最後に細かい話を。まず,冴ノ山は直近3場所計32勝で3場所目に優勝決定戦進出となると,実質33勝扱いだろうが,大関がすでに3人いて席が空いていないのが厳しい(正確には4人いて1人はこの場所に陥落)。実際に作中で1場所見送りになったようだが,細かいところでリアルだ。この4大関体制,大相撲編が始まった当初の3年ほど前なら現実にちゃんと沿っていたのだが,この単行本が出た昨年12月の段階では2大関,この間の春場所に至っては1大関であった。現実の大関の数が不安定すぎる。作中では1年も経っていないので差異が生じてしまった。次に,番付表を見ると童子切は8−5−2での勝ち越しだが,最後の白星が不戦勝。その上,千秋楽では7−7だった金鎧山に負けているので,これは現実だった間違いなく互助会を疑われているw。これは当然ツッコミ待ちのし掛けだろう(実際には童子切がガチ力士だろうから互助会ではないのだろうが)。番付表の話だと,鬼丸は前頭4枚目で13勝優勝なのに,上が詰まっていて来場所小結にすらなれなさそうなのも,それっぽくて良い。最後に番外編の鬼丸表彰式,ちゃんとしいたけ詰め合わせとマカロン詰め合わせを出しているのも好角家には伝わる楽しい演出。最後の最後まで,実に大相撲ファンが喜ぶ,大相撲に対する愛が伝わる漫画であった。川田先生にはまた別の角度から大相撲を描いた作品を期待したい。



  
Posted by dg_law at 00:06Comments(2)

2020年03月23日

音を楽しむべき場所

本場所としては史上初,技量審査場所をカウントするならそれ以来の無観客開催であった。NHKで見てもAbemaで見ても,その最大の特徴は”音”で,四股のどすんどすんと鳴る音,塩のまかれるパサーっという音,立ち合いで骨と骨がぶつかるの音,果てはケガをした力士のうめき声まで,普段は歓声でかき消されて聞こえない音がこの場所の空気を作っていた。そういった事情で,映像で見ていた我々はその特殊さを一方的に楽しめたが,力士たちは普段と全く違う環境に戸惑っていた様子が見て取れた。その中には碧山のようにむしろ調子よく取れた力士もいたのが面白かったが,歓声を味方にする炎鵬や照強にとっては不利な場所であった。来場所がどうなるかは現時点でもすでに怪しいが,また無観客になるという覚悟はしておくべきだろう。

今場所のもう一つの焦点は朝乃山の大関取りであった。結果は11勝で3場所計32勝と1勝足りないが,どうやら昇進になるようである。私はこれに賛成で,2019年九州場所の評で「状況があまりにも朝乃山に味方していて大関取りラインが恐ろしく下がりそうな予感がしている。32勝まではほぼ確実に下がると思われる。」と書いたのが,ずばり的中した形である。
・右四つになると角界随一の強さで,勝った相撲の内容がある。
・4場所42勝である。加えて言えば6場所61勝で,優勝経験を含む。
・「横綱大関」が生じている大関不足で,かつ貴景勝が来場所カド番である。
・1年以内に他に大関取りができそうなのが御嶽海くらいしかいない。
しいて言えば横綱に対する戦績が悪く,不戦勝を除くと白鵬戦が0−3,鶴竜戦1−2というのが不安材料である。しかし,朝乃山の上位挑戦が1年くらい前からであり,この直近1年で二人の横綱が皆勤した場所が少ないから,そもそも戦う機会が全然なかったという,本人の努力ではどうしようもなかった点は加味してもよいと思う。優勝を経験してから強くなった人であるので地位が人を作るタイプとも思われるので,今後に期待してさくっと昇進させるがよい。ところで,若い若いと言われるが実はもう26歳であり,本人や協会が横綱へのロードマップを描いているのならそれほど時間が残っていないことは,この場で示しておきたい。


個別評。優勝した白鵬は,異様な惨敗を喫した正代戦以外はいつもの白鵬で,序盤から中盤は立ち合いの張り差しを多用して離れたままの短期決戦を仕掛ける省エネ相撲,温存したスタミナで終盤は盤石の四つ相撲という使い分けを巧みに効かせた。序盤の省エネ相撲は,立ち合いの張り差しさえ攻略すれば,先場所の遠藤や今場所の阿武咲のように勝機があるし,負けが込むとあっさり休場する。あるいは序盤の省エネが上手く行かないとスタミナが切れて終盤の本気相撲が弱体化して,三役・大関には脆くも負ける。逆に言えば序盤を省エネで,かつ1〜2敗程度で乗り切られた時の終盤の本気相撲に勝つのは,いまだもって困難であり,そこに白鵬の真の強さがあると言えよう。白鵬は2011年の技量審査場所も制しており,こういう特別な場所の白鵬は強い。

もう一人の横綱鶴竜は,序盤は引退間近かと思わせられるような不安定さであったが,これを2敗で乗り切ると千秋楽まで連勝し,平成25年九州場所以来の横綱相星決戦を実現させた(この時は白鵬と日馬富士で,日馬富士が14勝優勝)。これで力士寿命が2・3場所は伸びた。白鵬もそうだが,右四つでも左四つでも押し相撲でも取れるのはすごい。唯一の大関の貴景勝はまさかのカド番。明らかに突き押しの威力が鈍っていた。ケガがあったのだろう。組むとどうしようもなくなるのはしょうがないとして,阿炎や豊山に負けているのが重症。来場所に立て直せるとは思うが……

三役。大関取りの朝乃山は強かったと思うし,上述の通り大関に値するとは思うが,その上で言えば大関取り期間中に目覚ましい進歩があったわけではなく,2つほど苦言を呈しておく。まず立ち合いが遅れることがたまにある。それでも右四つになれれば勝てるが,なれずにそのまま負けるパターンの方が多い。次に,ここぞという相手の時に固くなることが多い。その意味で千秋楽は負けるのではないかと不安だったが,朝乃山の固さ以上に貴景勝の体調が悪かった。心技体の心を鍛える必要があろう。

正代は結果8−7だが,先場所に見えた足腰の粘り強さはかなりの程度残っていて,守備面での強さは印象に残った。特に十二日目,乱心した白鵬の張り手乱発を耐えきったのはお見事。しかし,そのためかえって攻めが遅く,そこから守ってもどうしようもないという状況になったことも多く,課題は残る。遠藤は可も不可もない出来。北勝富士は序盤・終盤はそうでもなかったが中盤が絶不調で,押しの威力が全く無かった。ケガでないならよくわからない。

前頭上位。4連敗からの大ケガで休場となった高安は非常に心配。来場所は平幕下位になるが,そこも休場して十両まで落ちる可能性もあるだろう。年齢を考えてもまだ引退しないと思うが,復帰は長期計画になりそう。徳勝龍は2〜4勝と予想していたので,予想の中では好成績だった。先場所見せた突き落としは今場所も生きていて,一皮むけたには違いないと思われる。勝ち星の割には好印象。炎鵬は上位挑戦を跳ね返されたが,こちらも徳勝龍同様に思っていたよりも善戦したという感想を持った。炎鵬は,左下手をとっても強引な下手投げをうつのは上位だと通用しないので止めたほうがいい。御嶽海は10勝で,安定してこの成績がとれればとっくに大関なのだが。阿武咲はやっと突き押しの圧力が戻ってきた。阿武咲の押しの圧力がこれだけ強かったのは2018年初場所のケガ以来で,復調に二年以上,大変に長かった。今場所の押しなら上位に定着可能だろう。

前頭中盤。入幕2場所目の霧馬山は9−6ながら目立ち,勝った相撲は強かった。霧馬山はモンゴル出身らしく器用で投げ技に華がある。十四日目の隠岐の海戦で見せた上手捻りはお見事としか言えない切れ味であった。鶴竜が部屋に合流したのが影響したか。今後の期待が非常に大きい。まずは来場所の上位初挑戦を早く見てみたい。次に挙げるべきは当然,12勝した隆の勝は押し相撲への開眼が目覚ましい。彼も次の場所で上位初挑戦になるが,今場所すでに御嶽海は撃破している。貴景勝や阿武咲とどう渡り合うかが楽しみ。顔が「おにぎりくん」というあだ名通りであるのでインパクトがあり,愛嬌があるので人気も出そう。

前頭下位。照強は押すだけでなく,他の小兵力士のような立ち合い変化や潜る動作を取り入れていて,去年の下半期はそれで失敗していたが,今場所は奏功していた。まだたまに立ち合いの変化失敗があるが,もっと機能するようなって攻めにバリエーションが出れば成績が伸びそう。碧山は何場所かに1回来る突き押しの威力が強かった場所で,今場所はどうも無観客が肌に合っていたから強かったようだ。無観客は碧山にとっては追い風なのかもしれない。終盤,優勝争いの先頭に立つと動きが固くなったところを見ても緊張しやすいのだろう。千代丸は蜂窩織炎で高熱が出て二日間休場していた。今場所は一人でも新型コロナウイルスによる肺炎が出たら中止になっていたので,関係者全員が緊張していた。そんな高熱が出たなら場所が終わるまで休んでいてくれ,とは正直思っていたが,11日目に復帰するや7−6−2でまとめ上げ,千秋楽に勝っていれば普通に勝ち越していた。力士の体調,一般人には理解できないところがある。

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2020年01月31日

豪栄道引退に寄せて

豪栄道は大阪の寝屋川市出身だが,巨人ファンだそうで,どうしてそうなったのかはちょっと気になる。稀勢の里と同い年だが,稀勢の里が中卒で入門してはやばやと出世していったのに対し,豪栄道は埼玉栄高校に進学,高校横綱になるなど,アマチュア時代から名を馳せていた。全日本相撲選手権大会が3位であったから,あと少しで史上初の「高卒幕下付出」であったし,現在の制度であれば余裕の三段目付出であった。そのため本名の「澤井」も早くから注目していた人たちの間では通りが良く,四股名を得てからもしばらくは澤井と呼んでいた人も多かった。

2005年初場所で前相撲,2006年九州で新十両,2007年九月に新入幕でその場所11勝の敢闘賞,2008年九州で新小結であるから,出世はかなり早い。だが,そこから先が長かったのは稀勢の里と同じだった。エレベーターの状態を脱したのは2012年頃。その間に野球賭博問題により2010年の名古屋場所は出場停止となった。今思い返すにこの出場停止から相撲が改善されたので,本人としては思うところがあった転機だったのかもしれない。この足踏みもあり,2010年頃までは栃煌山や琴奨菊の方が評価が高かった。栃煌山はもろ差し,琴奨菊はがぶり寄りの技が確立されていたのに対して,豪栄道はこれといった型が無かったというのもあった。もっとも,最後まで型の無いまま引退するとは思っていなかったが。

2012年五月に新関脇に昇進してからは14場所連続で関脇に在位し,史上最高記録を樹立。丸二年以上関脇の片方を独占していた形になる。琴光喜も2005年から2007年にかけて11場所連続で関脇,魁皇も1995年から1997年にかけて13場所連続で関脇であったが,これらの記録がこれほど短い間隔で破られるとは思っていなかった。関脇最後の三場所は合計32勝で目安に達していなかったが,14場所連続在位も評価されて大関昇進となった。稀勢の里同様に「いつかは大関になる」と言われ続けていた人ではあったが,その稀勢の里から2年遅れることになった。稀勢の里も随分かかったという印象であったが,豪栄道も長かった。とはいえ大関昇進前後で相撲ぶりが変わったというわけではなく,関脇時代とさして変わらなかったので,大崩れも少ないが二桁もなかなか勝てないという状況が続いた。ただし,後述するように豪栄道は日ごとの調子の波が激しいがために終わってみるとそのような成績になってしまうのだが,好調で相撲勘が抜群の日が連続で続けば自然と無敵であり,2016年九月のように優勝する場所も出現した。逆に言えば不調の日が続けば普通に負け越すので,カド番は9度に渡った。大関在位時の勝率は.572とお世辞にも高くなく,歴代の大関は.580〜.590になったあたりで引退に追い込まれているので,むしろよく低空飛行を維持したという部類に入る。ケガの存在を全く公言しない力士であるので休場の際の診断書でしか推測できないが,それだけで全身ケガだらけの満身創痍であったことはうかがいい知れる。


取り口について。まず日本人としてはがっちりとした体格でほとんどの力士に当たり負けせず,立ち合いで立ち遅れる悪癖が大関昇進頃まで改善されなかったが,それでも形になるだけの受け止められる力があった。立ってさえしまえばむしろ瞬発力があり,良くも悪くも出たとこ勝負で勝負が決まるのが豪栄道の相撲であった。一つ一つの技の切れ味が鋭く,相手の隙を突いて一撃の投げ技なり押し相撲なりで決めてしまう相撲は見ていて痛快であった。良くもあんな変な差し手で寄れる(投げられる)ものだ。というのも力をかけていいタイミングの見極めが絶妙なのだろう。組んでも離れても取れ,後述するように極端な苦手力士もいなかったので,そのフラットさはかえって際立つ特徴だったと言えるかもしれない。

一方,相撲全体に戦略がなく,こうなったら必ず勝てるというような必殺技も無かったので,理詰めで攻められると逆転の機会無く詰んでしまう。相手が攻め急いで攻め込んでくれた方が豪栄道にとっては良く,あえて豪栄道の特徴と言える技を挙げるなら,絶体絶命の状況から繰り出される首投げとなるのは満場一致の解答になろう。好調な時は首投げを出さざるを得ない状況にならないから,首投げが出る時はどちらかというと不調な時であり,得意技は調子のバロメーターであるという不思議さも豪栄道の魅力であったと言えるかもしれない。優勝した2016年九月では12日目まで一度も出なかった……それだけに13日目で日馬富士に見舞った(最終的にこの場所の首投げはここだけ)のには爆笑してしまったが。

そういう取り口であるので調子がその日の相撲勘に完全に左右され,場所ごとの調子どころかその日の調子に勝敗が大きく左右されたのも,豪栄道の特徴だろう。極端に合口の悪い力士はいなかったが,逆に言えば実力通り・番付通りの勝率になるということで,白鵬・日馬富士・鶴竜・稀勢の里戦の勝率は悪い。あとは遠藤に負け越したが,これは前述の通りで理由がわかる気がする。逆に相手も身体頼みで来る貴景勝や照ノ富士には勝ち越しており,パワープレイヤーキラーであったとは言えよう(その割に逸ノ城には分が悪かったのだが)。実は白鵬については大関昇進直前期に限れば勝率が高く,これは白鵬の「場所前半は可能な限り手抜きして,省エネで勝つ」という戦略を突いて,雑になった部分を攻めて勝つということをしていたためである。これは大関に昇進した結果,白鵬が大関相手だと省エネ相撲をとらないので,再び白鵬の分が良くなっていったのだが。


古風な力士で,極力自分のケガの有無を言わず,よほどのことがなければ休場せず,言い訳もせずに沈黙を貫き,あくまで土俵の上の振る舞いですべてを示すというタイプであった。それだけに9度のカド番は本人が一番こたえたのではないかと思われ,すぱっと引退を決めたのもわかる気がする。個人的な好みで言えば力士にはアスリートであってほしいのでもうちょっと話してほしかったところだが,「古き良き」を尊重すべき部分もあろう。遠藤もそうであるようにこの流儀は今後も引き継がれていくだろう。お疲れ様でした。  
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2020年01月27日

2020年初場所:本人すら予想しない優勝

初場所は5年連続で初優勝の力士が優勝する展開となった(琴奨菊・稀勢の里・栃ノ心・玉鷲・徳勝龍)。しかも,仮に「初優勝の力士が優勝する」と予言されていたとしても,初日の時点で徳勝龍の名を挙げられた人は皆無であろう。なにせ本人が「自分なんかが優勝していいんでしょうか」と言っていたほどである。全く予測のつかない優勝争いであったが,横綱二人が早々に休場,豪栄道はカド番なのに絶不調,10勝で大関復帰の高安も負け越しで上位陣で元気だったのが貴景勝一人であった。それに対して平幕は元気な力士が多く,今場所に限って言えば前半の方が良い相撲が多く,熱戦が多かったという意味では良い場所であったので,その結果として幕尻が優勝したというのは順当と言えるのかもしれない。

優勝争いした徳勝龍と正代は,奇しくも勝ち残っていた理由が似通っていて,今場所はどちらも腰が重く,打たれ強かった。受け将棋ならぬ受け相撲で,相撲は普通受けに回ると,”後の先”のような例外や実力差が著しい場合を除けば不利になる。しかし今場所の両者は腰の重さでまず受けてから次の一手で逆転するという相撲が多く,意外な逆転劇が多かった。特に徳勝龍は十日目から十四日目までの5日間は連続で決まり手が「突き落とし」であったが,これは引き技の中では比較的ポジティブな部類の技で,引くというよりも横に動く技になるという点で自らが後ろに下がったことにならない。逆転技としては自分が不利になりづらいという利点があり,今場所の徳勝龍はこの利点をよく生かしていたように思う。正代の場合はもともと上半身が柔らかく,突かれても残すことの多い力士だったが,今場所は腰も重かったので本当に相手の攻撃がびくともしなかった。今季のアニメに合わせていうなら「防御力全振り」状態だろうか。それだけに負けた2番,琴奨菊戦と徳勝龍戦は正代が攻めての逆転”負け”であったから惜しい。

ともあれ,徳勝龍の優勝は記録づくめとなった。33歳5ヶ月での初優勝は歴代3位のスロー記録(1・2位は旭天鵬と玉鷲)。3人とも直近10年であり,スポーツ科学発展の影響は大きい。結びの一番で平幕力士が登場するのは48年ぶり,幕尻力士が登場するのは史上初。徳勝龍の優勝は,奈良県出身力士として98年ぶり,幕尻優勝は20年ぶり。一方,豪栄道は33場所守った大関から陥落し,大関は1人となるが,これは38年ぶりのこと。1人横綱は珍しくもないが,1人大関は異常事態と言っていい。横綱不在であってもよいが,大関は不在となれば横綱が代理するという番付上必須の地位であり,東西があることも考えると2人はいないとバランスが悪い。これは早いところ朝乃山に上がってもらわないとなるまいが(豪栄道が10勝する可能性もあるが),彼(ら)への余計なプレッシャーにもなりそうである。


個別評。白鵬は二日目の遠藤に負けて歯車が狂った。しかし,それで四日目から休場するのはあまりにも見切りが早すぎる。思い切りが良いのは悪いことではないが,もうちょっと相撲を見せてほしかった。今場所の優勝争いの様相を見ても,出ていれば違ったのではないか。一方,鶴竜は本当に腰痛がひどそうで厳しい。ただ,来場所で進退というのは,去年の7月に優勝していることに鑑みればちょっと評価が厳しいのではないかと思う。少なくとも今年の7月までは見てもよいのではいか。貴景勝は可も不可もない出来で,突き押しきれずに引きを交えたり組もうとしたりしたところを見るに,他の上位陣が絶不調だったから11勝できただけで,実のところ貴景勝自身も不調だったのではないかと思われる。豪栄道は5勝に終わるとはさすがに思わなかった。ひたすらに脆く,攻撃力も欠いていて,いつもなら決まるところで決まらなかったのは,本人が一番悔しかろうと思う。千秋楽に,押し相撲の阿武咲相手に組んで負けてしまったのが象徴的な取組で,場内も静まり勝ってしまい,いたたまれなかった。(追記)豪栄道の引退が発表された。これは別記事にまとめた。


関脇。高安もまさかの負け越し。こちらも豪栄道に同じで,全く本調子ではなく,脆いし決まらない。かち上げの威力もなければ突き押しも効かず,組んでも寄れないのではどうしようもない。ただし,相撲内容を見ていると豪栄道よりはまだ復活の余地があるようには見えた。朝乃山はなんとか10勝に到達して来場所の大関取りにつなげたが,貴景勝に同じでこれだけ上位陣が不調だったのだから,むしろ12勝くらいしておきたかったところ。場所の中盤,中日に正代に負けたところで歯車が狂ってしまい,翌日の大栄翔には辛勝したが,十日目・十一日目は栃ノ心・炎鵬に為す術なく敗れてしまった。右四つになればほとんど負けないし,右四つになる技術も卓越しているのだから,多少ペースを乱されたくらいで連敗しないでほしいところ。そのハートの強さが大関取りの最後の砦なのかもしれない。その意味で十二日目以降は復調したのが好材料。

小結。阿炎は場所前に右膝を痛めてかばいながらの相撲となり,中盤ちょっと盛り返したように見えたが,終盤は再び失速した。休場すべきだったかは判断が難しいところ。大栄翔は負け越したが7−8だったから惜しい。引き続き押し相撲に見るべきところがあり,このまま上位に定着しそう。

前頭上位。遠藤は金星2つがお見事で,特に白鵬戦,張り差しからのかち上げコンボを遠藤が左に完全にかわし切り,最後は切り返しでとどめを差したのは近年稀に見る対白鵬の完勝相撲であった。その後の場所の主役が遠藤自身でなかったのは本人にとって悔しいところではあろうが,あれが白鵬休場,今場所のターニングポイントであったのは間違いなく,今場所を作ったのは遠藤であったと言える。遠藤は立ち合いに失敗することが少なくなく,当然失敗すれば相撲にならないのが玉に瑕で,それが今場所も9勝に終わった理由になる。もっと技巧が活きる相撲が見たいので,立ち合いで終わるのは減らしてほしい。もう一人の金星2つの妙義龍は,金星以外に見るところなく5勝に終わった。上位は甘くない。

北勝富士は11勝で技能賞ゲット。良い押し相撲を見せてくれたが,優勝争いという点では影が薄かったのがもったいない。御嶽海は7勝に終わって負け越し。相変わらず気分屋で,気持ちが切れるとずるずるといってしまうのが良くない。勝った相撲は強いのだが。正代についてはすでに触れた通りで,今場所の正代は突かれようが寄られようが崩れない鉄壁の防御で,柔らかい上体と重い腰が噛み合っていた。相手が疲れて隙ができたところで逆転できてしまう。それだけに自らが攻め急いだがために落とした星2つが惜しい。炎鵬は上位挑戦勝ち越し。どうせなら9勝して技能賞をとってほしかったところ。慣れて対策をとられたら苦しいとは言われているが,あの低さはなかなか慣れるものではあるまい。

前頭中盤。あまり触れる力士がいない。竜電は10勝だがこれは上りエレベーター。阿武咲も9勝だが相撲が変わったとは思われず。あとは11勝した豊山くらいだろうか。良い突きを見せていた。中途半端に組みに行かないほうがいいだろう。隆の勝は良い相撲をとっていた印象があるが7勝で負け越していた。良い低さで押していっていたのだが,土俵際でよく逆転されていた。詰めを大事に。石浦は6勝で負け越し。潜る相撲と押していく相撲を使い分けているのはよいのだが,どちらも中途半端になっている感じもする。

前頭下位。幕尻優勝した徳勝龍についてはすでに触れた通り。なんだったのかというくらいに腰が重かった。二日目にいともたやすく魁聖に押し出しで負けているのが,今となってはよくわからない。その魁聖は8勝でぎりぎりの勝ち越しである。不調な時のもっさりした動きで,番付が前頭下位だったから勝ち越せたという様子。前頭下位は徳勝龍と同じ17枚目,霧馬山が新入幕で11勝の敢闘賞であった。動きが軽やかで投げが鋭く,いかにもモンゴル勢である。趣味が絵を描くことだそうで,相撲の取り口も日馬富士の路線になるのだろうか。AbemaTVの解説で花田虎上氏に「左に回り込む癖がある」と指摘されていたので,自分の記録を見直してみると,霧馬山は確かに左からの突き落としや肩透かし,送り出しが多い。また,これだけ送り出しが多い力士も珍しく,いかによく動けているかの証拠にはなるだろう。


(追記)荒鷲が引退した。晩成の力士で新入幕まで所要68場所,すでに28歳であった。取り口はトリッキーで「何をしてくるかわからない」とまで評されたが,実のところそれは組むまでの話で,右下手を取ってからの強烈な下手投げが最大の持ち味であった。あるいは離れたまま相手の差し手をたぐってとったりという勝ちパターンもあった。一方で,体重が120〜130kgだったことを考慮したとしても幕内で取るには当たりが弱く,押し相撲は当然苦手で,組んだとしても投げる前に胸が合うとあっさり寄り切られて負けてしまった。そうした弱点もあって前頭2枚目が最高位であったが,ともかくインパクトの強い下手投げが印象に残った好角家は私を含めて多かろう。お疲れ様でした。
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2019年11月25日

2019年九州場所の感想と来年への展望

タイトルを考えるのが面倒になった。今後はこれで行こうと思う。何か思いついたらサブタイトル的につけるかも。

今場所は世代交代という観点から見て停滞した場所だったと評することもできようが,私はそれは白鵬にフォーカスを当てすぎた見方であって,今場所はむしろ一段と世代交代が進んだ場所だと思う。高安を若手と見なすべきかどうかは難しいところだが,鶴竜・豪栄道と栃ノ心が休場して,貴景勝はぱっとしなかったにしてもケガの影響を見せず,阿炎と朝乃山が活躍したのだから,成果はあったと思われる。改めてその波に飲まれない白鵬の別格ぶりが際立ったとも言えよう。

ここ4・5年の白鵬は4日目くらいまでで2敗するか,勝っていてもどこか故障しかけたらすぱっと休場する(2015年9月・2017年春・2018年初と名,2019年9月)傾向にあるところ,2日目で"そういう負け方”をしたのに休場しなかったのを見るに,今場所は大丈夫という勝算が彼の中にあったのだろう。なので割と安心して見ていたところ,終盤は余裕がかなり無さそうな態度であった。白鵬の中の全盛期と現在のズレはかなり修正されてきたように思われ,だからこそ「皆勤すれば優勝する」という形が作れたのが2019年の白鵬だったと思うのだが,まだズレが残っているらしきことが観察できたのがこの九州場所であった。とはいえ,「皆勤すれば優勝する」を達成したのはお見事。14日目の御嶽海戦で,張り差しとかち上げエルボーのコンボを解禁したことだけがいただけなかった。これも思っていたよりも自分に余裕が無かったことが発覚し,それが露出したということだろう。

もはや毎場所話題になる休場の多さと誤審・立ち合いの正常化であるが,今場所は誤審らしい誤審がなく,また立ち合いの手付き不十分で行司が止める基準が概ね一致していたから,行司・審判団は及第点といえる。止められた立ち合い自体は多数見られたものの,基準の不統一でいらっとすることはほとんど無かった。行司の待ったで不可解だったのは中日の炎鵬・豊山戦だけである。あれは両者立ったがその場で立ち上がって当たらなかったのを見て行司が仕切り直しを命じたが,立ち合いの成立要件に身体的接触は無いので,止める方がおかしい。実際,全く同じ展開であったのに三回目の立ち合いは成立と見なされている。相撲協会は何かしらの見解を示すべきだろう。残りの休場は本当に何とかしてくれんかね……これだけ内外から批判されているのに協会が全く何の動きも起こさないのは不可解というべき段階になってきた。現状維持であっても,これも見解を示してほしいところ。


個別評,今場所と年間を兼ねて。白鵬は前述の通り。「出場すれば優勝する」ないし少なくとも優勝争いはする,ができるうちは引退すると思われず,横綱として五輪に臨むという夢は達成されたと見ていいだろう。鶴竜は今場所休場で,年間評は前回に同じ。白鵬と同じく,出場すれば優勝争いに絡む限りは寿命があろう。短くても7月くらいまでは引退ということはないのではないか。

一方,大関はあわや貴景勝を残して消滅という情勢で,来場所以降もしばらく心配である。貴景勝は今場所は勝ち越しただけで及第点で,左胸の負傷を忘れさせる程度には実力を示した。高安はまさかの陥落で,来場所10勝はちょっと不安である。致命傷には見えないので,仮に来場所を逃してもしばらく三役や幕内上位では取りそうだし,何なら二度目の大関取りもありうる。あまりそういうイメージがないが,高安の大関在位中の勝率は.679で,これは横綱に昇進しうる水準である。豪栄道の方は何とか来場所8勝ならできそうだが,2020年いっぱいもつかという話になると高安より危うい。高安は落ちても取りそうだが,豪栄道は大関陥落したらすぱっと辞めそうな雰囲気もある。

三役。御嶽海は三日目の明生戦で右眉が深く切れたことで運命が大きく狂ってしまった。「そのくらい痛みに耐えるのが関取では」と言うのは易いが,こればっかりは実際に相撲をとっていない素人が言うのはさすがにはばかられる。とはいえ,親方衆からの評価は散々で,誰しもが「あのくらいの痛みで萎縮しているようでは……」と言っていたのは印象的であった。大関取りは完全に振り出しに戻ったが,来年に再チャンスはありそう。栃ノ心はどう見ても身体が限界だったので,仕方ないと思われる。今の琴奨菊のような感じでまだしばらく幕内で取るのではないか。

さて,やっと活躍した力士について書ける。阿炎は年間全場所勝ち越しで進境著しい。今年を通じて立ち合いの諸手突きから小気味よく突き続け,よければそのまま突き出し,引き技を食うことが少なかった。本人自身に引き癖があったが徐々に改善されていき,守勢に回った時を除けば引く場面は少なくなっていった。一方でその引き技の切れも悪くなく,これで逆転という場面もけっこうあった。来年大関取りになるかと言われると疑問だが,再来年まで見通せば可能性はあると思う。もう一人,朝乃山は完全に右四つに自信をつけた取り口で,特に右下手よりも左上手をとった時に強い。先場所の段階ですでに右四つになる技術の向上が見られていたが,今場所はさらにかなり対策されていても形を作れるようになっていた。技能賞は納得の受賞である。今場所11勝,年間最多勝をとっているボーナスと優勝経験というボーナス,御嶽海の大関取り失敗に大関が貴景勝一人になりそうな危惧まで加味すると,状況があまりにも朝乃山に味方していて大関取りラインが恐ろしく下がりそうな予感がしている。32勝まではほぼ確実に下がると思われる。遠藤と北勝富士は負け越したとはいえ7勝,こんなもんだろう。

前頭上位。大栄翔は7・9月は目立たなかったが,今年の上半期に急激に実力をつけていた。そうして今場所とうとう前頭筆頭で勝ち越し,白鵬を破っての殊勲賞であるから,阿炎・朝乃山の次に躍進した力士ということになろう。今場所の大栄翔は北勝富士・明生・阿武咲・妙義龍との押し合いを制して勝っている。確実に押す力を身に着けており,貴景勝や阿炎が突く相撲,朝乃山が四つ相撲なのでタイプが異なる。近いのは御嶽海で,四つでも取れるところも近い。阿炎や朝乃山に比べるとまだそこまで信用できないが,来年注目の力士には違いない。唯一,突きの間合いには弱く,阿炎と玉鷲には押し負けていた。そこが課題か。

明生は善戦するけど最終的に負け越す人という印象がどんどん強く。まだまだエレベーターである。友風の休場は残念だが,あまりにも下がる相撲が多かったので危ないとは思っていた。琴勇輝は「ミトン」と言われているテーピングの巻き方,相手は擦れた時に切れるらしく,であれば凶器になっているので大相撲の規定から言ってアウトなのでは……? 竜電は動きがもっさりしていて,不調時の魁聖を見ているかのようだった。


前頭中盤。炎鵬は勝ち越したら毎場所技能賞でもいい。今年一番面白かった大賞をあげたい。先場所までは気負いすぎた自滅や,潜って左下手をとったところで二の矢が無いという負け方が見られたが,今場所は攻め方にバリエーションがあって落ち着いていた。潜られない対策がとられるようになってきているので,そこが課題。炎鵬は次が上位挑戦の場所になるが,白鵬に当たらないだけ圧倒的に有利。そのアドバンテージを活かしてほしい。今年の松鳳山はAbemaTVのインタビューが面白すぎて新たなキャラが立った。何アレ,面白すぎるでしょ。NHKのインタビューでもあれくらいかましてほしい。取り口はベテランらしく,細々技を仕掛けているうちにいつの間にか勝っている感じで,あれはあれで面白い。正代は11勝したが,まあ上りエレベーター。番付運が良く,ものすごく上がりそう。


前頭下位。隆の勝は押し相撲が活きて10勝。右四つやもろ差しでもいい形で,来場所も活躍するかも。輝も10勝。実は敢闘賞をあげていいのではというくらい,今場所の輝の相撲は面白かった。巨体の割に窮屈な相撲をとる,腰高,もろ差しにこだわりすぎて自滅するというのが輝の欠点であったが,今場所は腰が低く,丸い前傾姿勢でぶつかって懐の深さを生かした深いもろ差し,そのまま一気に寄るという必勝パターンが完成していて,勝った相撲だけ見ればむしろ10勝止まりだったのが不思議なくらいである。動きが軽快なわけではないので小兵に弱いのと,もろ差しか右四つならいいが左四つや離れて取る相撲は苦手らしい。最後に若隆景。新入幕で素早い動きによる押し相撲による4連勝,嘉風の系譜で期待が持たれたが残念ながら5日目から休場となった。もったいない。また上ってくるのを期待して待ちたい。  続きを読む
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2019年09月23日

関脇のまま二度目の優勝

鶴竜の連覇が堅いとされた始まりから一転,最近のトレンドである混戦模様となり,こうなると関脇以下の力士が初優勝するのが最近の展開であったが,今回はそこまでは荒れなかった。優勝決定戦が貴景勝と御嶽海となり御嶽海が優勝したというのは,落ち着くところに落ち着いたのかなと思う。豪栄道がここに入らなかったのが残念なところではあるが。

トピックらしいトピックに欠く場所ではあったのだが,しいて言えばやはり誤審・わかりにくい判定に振り回された場所の一つではあるといえ,2016年には多かったが近年はそのショックからか少し減っていたように思われていたところ,今場所はまたしても頭が痛くなるような判定が多かった。十四日目の遠藤・隠岐の海戦が最もひどく,直接の誤審ではないが十二日目の豪栄道・竜電戦が四度もやり直しさせられたのもよくわからなかった。こうなると立ち合いの正常化に励むべきなのは行司と審判も同様なのではないか。

御嶽海の大関取りについては,16場所連続三役に優勝2回という実績,ついでに現在の横綱・大関の力士寿命がさほど長くなさそうなことも考慮するとハードルを相当低くするのが当然と思われ,33勝の目安通りだったら十分に上げてよく,稀勢の里の事例を考えると32勝でも審議はすべきと思われる。八角理事長は当然チャンスと言っているが審判団は先場所が9勝だからならないと言っており,協会内の意思が一致していないのだが,これは八角理事長の意見が正しく,起点が9勝ではダメというのは過去の事例を見ても通らない(照ノ富士なんて起点が8勝だったわけで)。すると現在は9+12=21勝であるから,来場所は12勝必要,最低でも11勝はほしい。白鵬・鶴竜・高安が戻ってくるが,実際には戻ってくること自体よりも彼らが万全の相撲をとれるかどうかの方が重要で,私はけっこう怪しいと思っている。白鵬・鶴竜はまた途中休場もありうるだろう。次の九州場所は本当にチャンスと思われ,御嶽海には成功させてほしい。一方,栃ノ心の10勝復帰チャレンジは,誰しもがそう思っている通り非常に厳しく,勝ち越しまではできても10勝は難しいのではないか。


個別評。鶴竜の不調は本当に読めなかった。一度崩れると立て直せず,気力が持たなかったということだろうか。序盤危なっしくても際どく勝っていけばなんとなく14勝にはなっていて優勝している,というパターンが多い横綱なだけにもったいない途中休場であった。豪栄道は10勝したものの,休場者の顔ぶれを見ると優勝次点がノルマだったと思われ,褒められる相撲をとっていたわけではない。豪栄道らしからぬ負け方がちらほら見られ,星数の割には評価できない。栃ノ心はまあ……膝が悪くて後退すると脆いのだが,その状況下では粘る努力を見せる相撲が多かったかとは思う。しかし,はたきの際に髷をつかんでしまう悪癖はどうにかならんのか。あれで不運を呼び込んでいるところはある。

三役。優勝した御嶽海は,抜群の圧力がある押し相撲に判断の良い引き,組んでもまずまず取れてメンタルも強い。特に実は突き相撲の力士に強く,密着してしまえば彼らが突けなくなるのを上手く使っていると思う。ただし,たまに致命的に立ち合いで当たり負けるのと,完全に組まれるとどうしようもなくなるという傾向はあり,立ち合いの失敗がいわゆる「調子の良い日と悪い日の差が激しい」と言われてしまう原因になっている。以前よりはツラ相撲ではなくなってきたように思われるので,来場所は上手く連敗しないようにとってほしいところ。

貴景勝は順当に10勝のハードルを突破して大関に復帰したが,優勝決定戦で左胸の筋肉が断裂したようで病院に直行となった。稀勢の里の悪夢が蘇るような痛がり方をしていたので,極めて心配である。最悪,来場所全休で初場所カド番というパターンもありうるのでは。阿炎は今場所もよく突いていた。千秋楽で右膝を強打していたのがやや気がかり。遠藤は,今場所実は好調だったのではないかと思われ,彼の技巧がよく出ていた。栃ノ心に思わぬ変化をされたのと14日目の誤審疑惑で8勝止まりと考えると,10勝まで伸びていた可能性もあり,普通に不運だったのでは。

前頭上位。北勝富士も貴景勝・御嶽海のように良い突き押しを見せていたが9勝止まり。ほぼ綺麗に上位総当たりが大敗でそれ以外から白星を回収しての勝ち越しというのは,前頭上位の力士としては順当な勝ち越しの方法であるのだが,それでは大関が取れない。もうひと工夫ほしいところ。碧山は序盤がひどい惨状でケガがあるなら休場した方がいいというような出来だったが,後半にエンジンがかかってきて5勝にまとめた。調子が上がるのが遅すぎたのだが,ケガが治ったようにも見えず,何だったのか全くわからない。朝乃山は右四つになった時の強さが突出しつつあり,周囲のそうさせない対策にも対応できつつあり,10勝は立派な成績。やはり初優勝で一皮むけた。来場所にも期待したい。

前頭中盤。まあ隠岐の海は挙げざるをえない。隠岐の海は元々恵まれた巨体で懐が深く,にもかかわらずなぜかそれが活きないもろ差しにこだわって負けてきていた。今場所の隠岐の海は離れて取る押し合いやそこからの引き技,あるいは左四つ・右四つで取った相撲が多く(力士プロフィールには右四つとあるが実際には差がなさそう),まさに懐の深さが活きる大きな相撲で見応えがあった。中盤以降は初めてのこうした展開に緊張したか,固くなって動きが鈍くなっていたのが残念である。照強は先場所の活躍から一転して大敗。先場所の圧力が無かった。四つ相撲をとろうとしたり変化の失敗もあり,かなり迷いが見られたが,押し相撲でやっていってほしい。明生は先場所の上位挑戦で「4勝止まりの大敗ながら悪い印象がなく」と書いた通りで,前頭中盤なら10勝はできるのを証明した形。強く当たってからいなして崩すのが上手かった。

前頭下位。炎鵬は今場所も目を瞠るような技巧相撲であった。潜った後は押し込むか左下手であるが,どうも押し込む方が機能しているように見える。負けるとすると潜れないか,下手をとったが攻め手がなくなって逆に寄り切られるかという形で,どうせなら後者になるのは避けた方がいい。阿武咲は9勝で,当初の期待から言えば大勝してほしかったところで,このままエレベーターにはなってほしくない。新入幕の剣翔は10勝で敢闘賞。あれだけインタビューで「三賞がほしい」という力士も珍しい(個人的には嫌いじゃない)。ただ,勝ち星の大半が引き技で,さすがにもうちょっと攻めてくれないと真価がわからない。来場所注視したい。豊山の10勝は当然と思いたいところで,押し相撲ではあるが今場所は四つでも相撲を取れていた。石浦は8勝でなんとか勝ち越していたが,照強と炎鵬の小兵旋風には今ひとつ乗り切れておらず,出遅れている印象。栃煌山は6勝に終わりとうとう十両に落ちることになりそうで,完全に脆かった。しかし,まだ十両でなら取れるだろうと思う。


嘉風が引退した。初場所に豪風,先場所に安美錦が引退していたので,ここに来てベテランが一気に減ってしまった。嘉風は突き押し相撲ながら,押し切って勝つわけでも途中ではたくわけでもなく,立ち合いはまっすぐぶつかった後に横に動いていなすが得意で,機敏に丸い土俵を活かす「撹乱型」の取り口であったから,どちらかというと小兵の闘い方に近い。現在の石浦の取り口などは明らかに嘉風の影響がある。しかしながら嘉風は身長177cmであるから比較的小さいが小兵というわけでもなく,あんこ型で体重も大きかったから,むしろあの体格で膝も壊れず,よくあれだけ機敏な立ち回りができたものだ。それでも三役定着といかなかったのは力でねじ伏せられる相撲に弱く,また組まれると何も出来ない押し相撲力士特有の弱点もあった。2006年から引退した2019年までのほとんどの期間で幕内にいて,悪く言えばエレベーターではあったのだが,二桁黒星の大敗を喫することもめったになく,ベテランと呼ばれるまで勤め上げた。2014年5月に新小結,2016年初場所で新関脇で,30代になってからの方が強くなったのも特徴的で,同時期に玉鷲も上り調子であったから,2015年頃はベテラン奮起の印象がある。年齢を重ねてから身体のケアに気をつけるようになったから力士寿命が延びたとは本人の弁で,真に効果があったのか,本人が力を入れていたマニフレックスの宣伝はおしゃれなイタリアの寝具メーカーとのギャップもあって異様なインパクトがあった。

誉富士が引退した。良い突き押し相撲であったが幕内中盤以上で通用する威力ではなかった。2015年に6場所すべて幕内にいたのが全盛期で,同時期に横綱の日馬富士,照ノ富士は大関に昇進した年であり,さらに前頭上位に安美錦と宝富士がいたため,この年の伊勢ヶ濱部屋は幕内に5人いたことになり,部屋自体が黄金期であったと言える。どちらかというと,伊勢ヶ濱部屋黄金期を支えた一角としての印象の方が強い。両名ともお疲れさまでした。  続きを読む
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2019年07月22日

小兵力士活躍の場所,とまとめておきたい

大関4人全員休場という珍事をはじめとして,今ひとつ盛り上がりに欠けてしまった名古屋場所であった。大関4人は,事前に貴景勝が休場を届け出ていて,栃ノ心が休場するのはケガの状態から言ってわかるところ,豪栄道もともかくとして,高安まで休場したのはなにか呪われていたのでは。それよりは,9勝にケチをつけるのもなんだが御嶽海が9勝止まり,あとは遠藤が10勝したくらいで,関脇以下の前頭上位陣がぱっとしなかったのが今場所が中途半端だった最大の要因であろう。世代交代が叫ばれる昨今の大相撲ながら,今場所に限れば時が止まったか戻ったか。相撲自体も全体的に淡白であった。見応えがあったのは三賞を受賞した4人(炎鵬・遠藤・照強・友風)くらいで,今場所の三賞は妥当も妥当である。

それでも両横綱に罪はなく,ある種の「つまらなさ」をするのが横綱の役目であるから,見事に果たしたとは言える。鶴竜が7場所ぶりに優勝したのは好材料で,素直に喜ばしい。完全な不覚により1敗したが,今場所の鶴竜は白鵬を差し置いて完全に一人だけ別格の強さであった。それだけに全勝優勝してほしかったところで,返す返すもあの1敗が惜しい。いや,あれは友風を褒めるべきではあるのだが。これで鶴竜の力士寿命は大きく延びた。休場を挟みつつもあと1年はとれるだろう。東京五輪にたどり着きそうである。白鵬はどうなるか。


個別評。優勝した鶴竜は白鵬を彷彿とさせる省エネ相撲で前半をやり過ごしていたが,これは意図的だったという報道を読んだ。年齢的にどうしてもスタミナ不足との問題には直面してしまい,腰のケガもあって,そうせざるをえなかった。しかし,かえって吹っ切れて動きが軽快で,この人になまくら四つという言葉は通用せず,右四つだろうが左四つだろうがかまわず寄っていき,ここぞで投げるという判断も的確であった。要所で引いて呼び込む悪癖が見られず,決まるタイミングでしか引いていなかった。残したスタミナで千秋楽は白鵬と長い相撲をとっての完勝,見事な15日間戦略としか言いようがない。白鵬は休場明けであったが,この人に休場明けのブランク云々というのはかえって失礼な気がする。調子は近年の好調ではないときの白鵬という様子で,鶴竜とは対照的に前半の相撲で省エネ相撲に失敗し,長い相撲がそこそこあってスタミナを使い切った。高安休場の不戦勝が無ければもっと崩れていたかもしれない。その不戦勝の翌日12日目,御嶽海相手に長い相撲になったのも影響した。千秋楽の鶴竜戦が熱戦だったが,それ以外にはあまり見どころがない。

大関陣……は高安以外に論評しようがない。高安は本当に不運で,7勝目というタイミングだったのが不幸中の小さな幸いだっただったか。奇しくも左腕で,これが使えない中の戦い方は稀勢の里の先例があって乗り越えられたのかもしれない。勝ち越したその日に休場したのでほっとした。

三役。御嶽海は二桁に乗せてほしかった。ようやく初場所のケガが癒えてきた様子ではある。押しているうちは強いのだが,守勢に回るとどうしようもない相撲になるので,勝った時の相撲ばかり印象に残り,終わってみると9勝という数字は「こんなに負けてたっけ」と印象とのズレが強い。阿炎は勝ち越し。こんなに早く上位定着するとは予想外だった。先場所評に「思っていたよりもかなり早く上位に定着しそう。」とは書いたが,むしろ1場所で小結勝ち越しとなるとは。変な引き癖が修正されつつあり,諸手突きから一気の出足で押し込んでしまう場面が増えたのは好材料。竜電の大敗は意外だった。ケガの様子はなく圧力が減じた印象もないが,頭を付けてもろ差しか左差しという得意の形にさせてもらえず,突き放されて負けるパターンが多かった。対策されている。

前頭上位。朝乃山は負け越したが,平幕優勝翌場所によくあるパターンからして大敗する可能性もそれなりに高かったので,7勝にまとめたのはむしろ好印象である。やはり右四つになれば強いのだが,なかなかそうさせてもらえないのが上位陣の相撲といったところ。遠藤はいつもながらに見事な技巧。毎場所勝ち越しさえすれば技能賞をあげたいくらい。そしてやっとその技巧に身体が追いついてきた感じもする。明生は4勝止まりの大敗ながら悪い印象がなく,理由を考えながら今場所の相撲を振り返ってみると,前に出る相撲が多くよく攻めていた。引かれたり土俵際で投げられたりの逆転負けを喫していて,詰めを厳しくしてほしい。琴奨菊は14日目に会心の相撲で白鵬を2敗とする活躍を見せたが,むしろ今場所はそれ以外の相撲は光ったものがなかった。

前頭中盤。友風の謎の勝ち越し力。いまだにデビュー以来負け越しを知らない。かなりの勝ち星をはたき込みで稼いでおり,押し引きのセンスは抜群に良い。13日目の鶴竜戦は特に見事で,横綱初挑戦,しかも押し込まれていながら隙をついてはたきを決めた強心臓も素晴らしい。インタビューを見ていると,彼の場合はビッグマウスというよりも物怖じしない性格なのではないかと思う。問題は上位陣は引いてもなかなか落ちないので,そこに対応できるかどうか。来場所がいよいよ上位初挑戦になるので,まだ勝負の女神が微笑んでくれるか。阿武咲は場所ごとにパワーが落ちているような。大きなケガではないのならかえって心配である。

前頭下位。負け越し力士ばかりが目立ったので,以下は概ねその批評になる。錦木はまさかの負け越しで,今年の初場所あたりまでの覚醒状態はなんだったのか。引っ張り込む力は強いのだが,小手投げをうてる状況になる前に土俵を割っていた相撲が多かった。栃煌山もこの番付で大敗。寄る年波に勝てないか。輝も一時期修正されていた腰高が戻ってきてしまい,脆かった。千代丸も腰高で,せっかくの太鼓腹が死んでいた。

なんかもう散々な状態の前頭下位で光っていたのは小兵2名で,しかも対照的な取り口である。炎鵬は小兵らしい小兵で,とにかく動き回って撹乱して潜り,深めに差して相手の動きを止めるか前みつをとって寄っていく。ただし,気負いすぎて往時の日馬富士のような自滅や,形を作ったはいいが非力で攻めきれず逆転を食う場面があり,その辺りが課題。もう一人の照強は小兵らしい低さに小兵らしからぬ前進力を兼ね備えた取り口で,今場所これが開花した。あの低さであんなに押し込まれると対処が難しいだろうし,小兵らしい脆さもないのでこれは手強い。それでも先場所までは潜らせなければ何とかなったが,今場所は潜れなくてもそのまま押し込んでくるし,引いても落ちないので勝ち星が12まで伸びた。来場所はまだ上位までいかず中盤あたりの地位に留まりそうなので,来場所もまた大勝してもおかしくない。炎鵬・照強・石浦の小兵勢では(琴恵光も入れてもいいかもしれない),現状なら照強が見ていて思わぬ相撲になって一番面白い。


安美錦が引退した。頭から当たって一気に押していく相撲と,変化といなしを多用して何とかまとめてしまう相撲の二系統があり,しかも押し相撲に対しては土俵際で絶妙ないなして逆転する「土俵際の魔術師」でもあったから,対戦相手からすると大変に苦労する”曲者”であった。取材に対するコメントも面白いものが多く,土俵外ではあるがこれも曲者感が増す理由であったと思う。安美錦が苦手という力士は多く,上位では琴欧洲が有名で,琴欧洲は何度安美錦に優勝のチャンスをつぶされたことか。稀勢の里も大関昇進前はカモにされていた。良い壁だったと思う。一方で真正面から押し負けたり,策士策に溺れる場面もあり,また捕まるとわりとどうしようもなくなるという欠点もあった(一応右四つならとれたが,左四つは完全にどうにもならなかった)。この辺が上位定着はできても大関とりとは一度も言われずに終わった要因と言えよう。

非常に長命な力士で,貴乃花の現役最後の取組相手となったことは有名。驚くべきことにまず右膝,やや時間があいて左膝を負傷し,両膝を故障してからが長かった。2015年頃になると加齢もあってさすがに押し込む力はかなり落ちていたが,土俵際の魔術師っぷりは衰えることなく,そこから4年も取るとは思っていなかった。普通は引き技を多用すれば力士寿命が縮むものだが,それは失敗した際に不自然に土俵から落ちるためであって,成功が続きさえすればそんなこともないのだというレアケースと言えよう。両膝が故障しているはずなのに土俵際で強いので,魔術としか言いようがなかった。記録としては,関取在位117場所は史上最多タイ(魁皇と並ぶ)。年長関取は引退時点の40歳7ヶ月で史上2位。あと3ヶ月で旭天鵬を抜いて1位になっていた。通算出場1805回で史上3位。幕内在位97場所でこれも史上3位タイ。幕内出場回数1399回で史上4位。錚々たる記録である。しかし何より,倒した横綱は11人,倒した大関は64人というのが,最も偉大な記録かもしれない。お疲れ様でした。  続きを読む
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2019年05月27日

アメリカ合衆国大統領杯は毎年夏場所に授与だそうで

令和の最初からひどく荒れた場所となった。見ている方はまずまず楽しかったが,関係者はいろいろと気が気でない状況が続いたことだろう。

今場所の焦点はどうしたって13日目の栃ノ心・朝乃山戦である。正直に言って誤審にしか見えないのだが,何よりもまずかったのはビデオ判定でもわからないような不明瞭なら行司の判断を優先すべきであって,しかも死に体と蛇の目の砂のような争いならまだしも審判の判断が入る余地があるが,今回は純粋に栃ノ心のかかとが出ていれば栃ノ心の負け,そうでなければ栃ノ心の勝ちという物理的な接触の有無以外に争点がない(ゆえに同体取り直しも理屈の上でありえないので,審判団は白黒つける羽目になった)。一番近い位置の審判の意見は当然優先して採用されるべきであるが,その審判の意見だけで決めてしまうには今回の蛇の目の砂はあまりにも不明瞭すぎた。それでも今までの誤審疑惑よりもましなのは,今回の場合朝乃山が攻めていたのは間違いなく,疑わしいなら攻めている側に有利な判定を下すのは大相撲の不文律から言って理解されるからである。

結果的に栃ノ心は翌日鶴竜に勝って10勝到達で丸く収まったように見える。しかし,栃ノ心が13日目で10勝に到達していれば翌日の鶴竜戦は真っ向勝負になっていたと思われ,この場合は合口が良い鶴竜が勝っていた可能性が非常に高い。すると千秋楽は鶴竜と朝乃山の12勝3敗の相星決戦の優勝決定戦という運びになり,鶴竜が賜杯を得ていたと思われる。あの判定で一番割りを食ったのは鶴竜ではないかと言っていた人がtwitterにいたが,確かに。時事通信が「千秋楽に優勝決定戦をやりたくなかったから判定をひっくり返したのではないかと勘ぐりたくなる」と書いていたが,さすがにそれはなかろうが(あの時点では結びの一番の鶴竜の勝敗がわかっていないので),そう邪推したくなる気持ちはわからんでもない。言うまでもなく阿武松審判長の説明はひどかった。前述の通り,今回の判定は軍配差し違えとするならそれなりに細やかな説明が必要であったのに,審判長の説明は全く要を得なかった。前から意味不明で批判も多かったのに,いまだに審判長をやっているのは解せない。審判長から退いてもらうべきであろう。トランプ大統領の観戦をめぐる話もひどかった。枡席にソファというのは大掛かりすぎ,普通に貴賓席に案内すべきであったし,あんな最後の5番だけ見せられてもわけがわからないうちに終わったという感じであろう。

その千秋楽は厳重な手荷物検査の影響で幕内の取り組みが始まるまでに客が入りきらなかったという話もあるし,今回は本当に運営面での不手際が目立った。普段の世論では協会が過剰に批判される傾向にあるのでなるべく擁護することにしているが,今場所の審判も含めた運営は擁護できない。猛省してほしい。


個別評。鶴竜は前述の通り,本来とっていたはずの賜杯が不運な形で滑り落ちてしまった被害者であるが,そもそもそれ以外で3敗していること自体が優勝に不適格である。他はともかく11日目の妙義龍戦,不用意に引いて呼び込む悪癖が出たのはもったいない敗戦で,それで相撲の神様が朝乃山を選んだのかもしれない。豪栄道は,豪栄道にはありがちだが日によって強さが違いすぎ,弱い方の豪栄道が14日目・千秋楽と出てしまったのでどうしようもなかった。高安は可も不可もなく。貴景勝は非常に不運な休場で,何を考えて再出場できると考えたのかという一点だけが批判される材料。来場所は軽くカド番脱出してほしいところ。

関脇・小結。栃ノ心は中盤まで好調だったが,右膝に水が溜まって痛みで動かなくなったので水を抜いたらかえって力が入らなくなり,ふんばりが効かなくなったとのこと。動かないほど痛いか力が入らないかならまだ後者の方がましであるが,厄介な故障の仕方をしている。10勝による特例復帰は史上5人目とのこと。逸ノ城は貴景勝と違って再出場に成功した。しかし,先場所の評で「今場所の成績をもって逸ノ城覚醒と見なすには尚早と考えており」と書いた通りで,身体の大きさ・強さで相手の当たりを受け止めてさっとはたくという前頭中盤では通じた必勝戦法が上位にはほとんど通用しなかった。碧山は特になにもない。御嶽海は,やっぱり大関候補だし好調が続けば優勝する地力はあるよなと再確認した。大関が4枠埋まってしまったのでかなり厳しいが……

前頭上位。大栄翔は負け越したが,先場所同様,突き押しの威力が上がってきていて印象は良い。四つ相撲の力士と当たってもなかなか捕まらないが,離れて取る展開になっても意外と押し負けたりいなされたりして勝てない(ので7勝止まりになる)のは好材料なのか欠点なのか。千代大龍は立ち合いの当たりがとにかく強烈だが,なかなか二の矢が出ない。玉鷲は高安・鶴竜・朝乃山に勝っておきながら10勝止まりで優勝戦線には出てこなかった。完全にかき回す役を務めた今場所影の主役。阿炎は先場所に「動きに無駄が多いように見え,もっとスマートに動けたらよいのにとは思う」と書いたが,今場所は無駄な突きやはたきが多少なりとも減っていて,比較的スマートな動きをしていた。その結果が10勝敢闘賞だったか。思っていたよりもかなり早く上位に定着しそう。

前頭中盤。まず朝乃山から。恵まれた体格の右四つの本格派で将来が嘱望されるとは以前から言われていたが,以前よりも多少攻めが早くなっており,右四つを作るのが早くなった。14日目,豪栄道に対して自分の方が早く右四つの形をつくった相撲などは見事なもので,あれは自分に優勝の価値があると見せつけたと言ってよい。ただし,幕内上位定着が可能なほど覚醒したかは疑問なところで,本人に悪いところは全くないにせよ,類まれなる幸運に恵まれたのは否めない。これが彼の相撲人生の足がかりになるとよいのだが。なお,朝乃山の優勝は入幕11場所目での優勝で史上8位,初土俵からは所要20場所目で史上3位のスピード記録。三役経験のない力士の優勝は58年ぶり,富山県出身としては103年ぶり(年6場所制としては初)。

他の力士について,正代は10勝したがその印象が無い。敢闘賞から外れているのは納得できるところ。明生も10勝。序盤の三日間はひどかったのに,4日目で突如として復調した。右四つになりたがっていたが,離れて取った方が白星を稼げているように思う。友風は途中まで絶対に負け越すと思っていたのに終わってみたら8勝で勝ち越しである。何かの運命力でも持っているのか。相撲は特に印象に残らず,全く評するところがない。

前頭下位。新入幕志摩の海は序盤はひどかったが,見事に修正して10勝にのせ,敢闘賞にかなう働きをした。押し相撲も取れるし右四つになっても力を発揮するが,どちらも中途半端ではあるかもしれない。今後に期待したい。炎鵬は身体の動きのキレが明らかに周囲と一段違い,小兵ゆえというところもあろうが,加えて頭の回転も早そうである。とにかく相手の嫌がる方に動き,技を素早く出す相撲は見応えがあった。ただ,こらえるときの膝の角度に危ういものを感じていたら,案の定右太ももを傷めて終盤失速し,負け越したのが残念である。なかなかそういうわけにいかないだろうが,諦めるときはすぱっと諦めてほしい。照強も石浦も負け越しており,潜る相撲がある程度対策されるようになってきている。小兵力士が増えてきたがゆえに対策もとりやすくなっていると思われ,全員工夫が必要だろう。  続きを読む
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2019年03月25日

「平成最後の」良い相撲

「平成最後の」という聞き飽きつつあるフレーズではあるが,さすがに感慨深い場所であった。終盤まで栃ノ心を除く上位陣が好調で,だからこそ貴景勝の大関取りも緊張感のあるものとなったし,優勝争いも千秋楽結びの一番まで引っ張られた。最後まで見応えのある場所であった。文句を言うとすると立ち合い不成立がかなり多かったことくらいであろう。

優勝した白鵬はかなり気負っていたところが見られ,平成最後の場所だから優勝したかったのだろうと散々周囲から言われている通りだろう。内容も良く,前に優勝した昨年の九月場所の時に「2016年以降の直近17場所では最も強かったと思う」と書いているが,今場所もやや落ちるくらいの出来で,かなり完成度の高い白鵬の相撲が見られた。何番か張り差しの相撲はあったが汚いというほどのものではなく,また何番か危ない相撲があったが,先場所のように崩れなかったのは見事な修正と言える。それだけに千秋楽で右腕をかなり傷めたらしいのが気がかりである。彼のことなので,「新元号最初の場所」もかなり気負うと思われるので……

貴景勝の大関取りは誰からも文句の出ようもない形で決着したが,それにしても千秋楽の一番がカド番・7−7で来ていた栃ノ心との入れ替わり戦になろうとは。相撲の神様も残酷であるが,当の栃ノ心が負けた後「自分が弱かっただけ」と言っていたのが救われるところか。どこかで当たるのは確実であったし,それが千秋楽であっただけである。変に貴景勝がすでに10勝していて栃ノ心は7−7という状況で当たるよりも,今回のような入れ替わり戦になっただけ栃ノ心としては踏ん切りがつけやすかったかもしれない。なお,現行の大関陥落の制度になった1969年以降,このような入れ替え戦は史上二度目で,しかも前回の2006年の魁皇・白鵬戦は,それ自体は魁皇が勝ったものの,場所が終わってみると白鵬も13勝で昇進したので,入れ替えとはならなかった。今回のような純粋な,不可避の入れ替え戦は史上初ということになる。平成の最後に,歴史的な一番が生まれた。


個別評。白鵬は前述の通り。鶴竜は千秋楽こそ意地の相撲を見せてもらったが,基本的に先場所や昨年の九月場所と変わらず。出れば10勝はするが,終盤までスタミナが続かない。ちょうど白鵬も同じような感じではあるが,白鵬は全勝するので,どうしたって見劣りする。来場所優勝すればちょうど1年ぶりの優勝になるが,どうなるか。豪栄道は珍しくも大阪の声援がちゃんとパワーになっていた様子で,動きが軽快で技の切れがある,いい時の豪栄道だった。白鵬があの好調ぶりでなければ,千秋楽に逸ノ城と決戦という展開になっていたかもしれない。負けたのがその逸ノ城と白鵬であるから,六日目に大栄翔戦を落としたのが痛い。高安も好調ではあったのだが,終盤に逸ノ城・白鵬・豪栄道と3連敗しているようでは,地力が足りないと言うしかない。

栃ノ心は先場所よりはましな状態で,ケガを押して出ている分,むしろ気力はみなぎっていたが,力が及ばなかった。本人の弁の通りである。九日目までは6−3,十日目以降で1−5であるように,上位陣には通用しなかったのが明白であった。むしろ中日によく逸ノ城戦に勝っており,結果的にこの黒星が逸ノ城の初優勝を阻んだのであるから,一定の活躍は認めるべきであろう。右膝に負担がかかるような形にならなければ,引く展開にならなければ序盤で取りこぼすことはないのだから,来場所10勝の復帰を期待したい。

関脇。貴景勝は今場所も押しに力があり,相手が四つ相撲の力士でも容易に捕まることはなく,押し引きの判断も概ね妥当で,10勝は地力通りの成績を示したと言える。であるからこそ,動きが機敏で押し引き以外の引き出しが豊富な相手,白鵬や豪栄道には今後も苦戦しそうで,取ったはいいが大関としての道は険しい。とはいえ大関昇進22歳7ヶ月は史上9位の年少記録,所要28場所も史上6位と非常に早い。苦手克服(あるいはそれを補うパワーの強化)に期待したい。玉鷲は旭天鵬の優勝の翌場所を思い起こすに,まあ。御嶽海は惜しい負け越しで,さすがにケガをかばいながら短期決戦は可能でも15日間は戦えなかった。北勝富士も惜しい負け越しだが,こちらは上位が概ね全員好調だと気鋭の若者もこうなるという様子。

前頭上位。魁聖は下りエレベーター。遠藤はいつもの遠藤で,前頭上位で勝ち越すにはもう一つ何かが足りない。何かは何でもいいのだが,すでに極まっているテクニック以外のパワーなり出足なり。大栄翔は序盤突き押しが強く,覚醒の場所かと思われたが,終盤失速してスタミナ不足が露呈。上位戦が終わってこれからという時にパワーが出なかった。錦木もすっかりしぼんでしまって残念である。千秋楽の御嶽海戦の極め出しにだけ,覚醒時の残滓が見えた。阿武咲はここに来て貴景勝・北勝富士と比べた時にパワー不足が目立ってきていて,差をつけられる前に押す力を追加したいところ。最後に14勝した逸ノ城。今場所の逸ノ城はやけにしぶとく,普段ならケガを危惧してすぐに諦めるところ,最後まで粘りに粘っていた。上位戦が3番しか組まれず,特に横綱戦がなかったことから気楽にパワーが発揮しやすかったか。そういうわけで,私は今場所の成績をもって逸ノ城覚醒と見なすには尚早と考えており,ちゃんと横綱・三役総当たりの地位で10勝以上できるのかどうか見たほうがよいと思う。

前頭中盤。阿炎は動きが派手で見ていて面白いのだが,逆に言えば動きに無駄が多いように見え,もっとスマートに動けたらよいのにとは思う。碧山は上りエレベーターなのだが,12勝は上出来。琴奨菊はちょっとした復活。最近はこの地位でも成績が不安定であったので。勢は絶対に休場すべきであった。13敗という成績もさることながら,負けた後になかなか立ち上がれないのを繰り返すのは良くない。ケガを押して戦う姿が美しいといっても限度がある。矢後は組んでも負ける展開が目立ち,根本的に鍛え直しであろう。

前頭下位。竜電は三賞が無いのが驚きの良い出来で,私は正代や隠岐の海を見て「巨体がもろ差しにこだわると窮屈になるからやめたほうが良い」と評してきたが,竜電のような形なら巨体でもろ差しも有効になるだろうと思う。左四つかもろ差しで相手を捕えて頭をつけた状態で崩し,万全になってから胸をあわせて一気に寄り切る相撲は非常に完成度が高い。まわしが取れないとどうにもならず,鈍重ではあるので動きの良い相手には分が悪いものの,これはこれで力士として完成していると言っていい。事実,これだけ良い相撲であるのにこの地位で5敗しているのはそういう勝てそうにない相手が含まれているからだが,勝てないなりに上位戦で見たい力士である。2018年九月の上位初挑戦では前頭3枚目で6−9で終わっているが,次はどうなるか。

明生も立ち合いが低く非常に強いが,当たれなかったり捕まったら負けるという非常に明快な相撲で,9勝で終わった割には記憶に残った。謎に組みに行くことがあったり,離れて取る展開でも長引くと負けたりしているのが課題か。嘉風は上りエレベーター。37歳だがまだまだ動けそう。新入幕の友風はいつの間にか9勝していた。印象が無くて書くことがないので,来場所注視したい。逆に照強は塩まきが見たいので残ってほしかったが6勝に終わった。低く潜って押していくが,同じタイプなら経験の差で石浦の方が型が完成している。まあその石浦も6勝であったが。

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2019年01月30日

稀勢の里引退に寄せて

多くの好角家がそうだと思うが,稀勢の里については言いたいことがありすぎて全くまとまらない。一言で言えば,これほど好角家の気持ちを振り回し続けた力士は稀有,あるいは空前絶後ということである。かく言う私もその一人で,この記事を書くためにブログ内検索をかけたところ,「稀勢の里」というワードを使った回数は約300回にも上っていた。

まず,彼の力士人生を振り返ることにする。稀勢の里は出世が早い力士と言われるが,中卒の叩き上げとしては,という前提条件がつく。そのため,若くして出世したという方が正確になる。2004年,17歳9ヶ月での十両昇進は貴乃花(当時は貴花田)に次ぐ史上2位の記録。その後も前頭上位定着までは早かったのだが,その後が非常に長かった。上位には勝つのに下位に取りこぼす,肝心の大事なところで落とす,空気を読まないところではなぜかめっぽう強いとは散々に言われており,本人はガラスのハートなのに,ファンの精神は鍛えられていくとは早いうちから言われていた。なぜこれほど人をどきどきさせるのかと言えば,勝つ時の勝ち方が圧倒的に強く,大器の片鱗どころか大器しか見えなかったからである。2010年九州場所には白鵬の63連勝を止めて喝采を浴びた。

そうして我々はこの大器が開花するのはいつかいつかと辛抱強く待ち続け,待ち続け,待ち続け,とにかく待ち続けた。ハラハラドキドキに耐える精神とともに,忍耐力まで鍛えられていった我々は,2011年にやっと大関に昇進したことで報われた。入幕から7年,少なくとも2007年頃には大関候補と呼ばれていたから,そこから数えても4年である。しかし,大関に昇進してからもガラスのハートは治っておらず,相変わらず我々の精神を翻弄させてはいたが,安定して10勝はしたのでカド番の心配はしなくてもよかった。この安定はしているが大事なところで負ける性質は,2016年に上げた優勝ゼロのまま年間最多勝(69勝)という珍記録にもよく現れている。また,メンタルで言えば2016年に改善の兆しが見られ,同時に土俵下で不気味にニヤつく稀勢の里の姿がよく現れるようになり(稀勢の里アルカイックスマイルと呼ばれた),あれは彼なりの精神統一法だったらしいことが後からわかった。

そしてこの安定性が評価され,2017年初場所に初優勝を果たすと,実質的に連続優勝した実力があると見なされて横綱に昇進した。大関在位31場所,新入幕から所要73場所はどちらも史上2位のスロー昇進である。この昇進については,大関昇進も基準に満たない32勝であったことから甘すぎる「稀勢の里基準」と揶揄されたが,稀勢の里の実力に鑑みると特例ではあれ甘すぎるということもない。しかし,「待望の日本人横綱のために基準が緩められ続けた」というストーリーが欲しい人々にとっての良いサンドバックになってしまったのは,稀勢の里にとって不幸であった。

その甘い基準という印象を払拭するかのごとく,2017年の春場所は鬼神のような強さで優勝戦線の先頭を走っていたが,13日目の日馬富士戦で生命線の左腕の筋肉が断裂,14日目は全く勝負にならず,休場した方が良いのではと言われる中,千秋楽は出場,左腕を全く使わないクレバーな戦法で見事に優勝した。当時の私の興奮は当時の記事を読めば伝わると思う。稀勢の里はとうとう,精神の脆さも,不器用な相撲も克服したのだとファンは歓喜した。しかし,結果的にこれが最後の喜びとなってしまう。その後の稀勢の里はこの時のケガが克服できず,出場と休場を繰り返す中で次第に相撲勘を失っていき,2019年初場所になって引退となった。

改めて主張しておきたいのだが,稀勢の里のミスはケガ直後に優勝にこだわって出場したことではなく,翌場所全休せずに出場したことである。あの優勝自体はケガが極端に悪化する取組をしたわけではなく,取組は1番だけであり,価値あるものだった。しかし,翌場所は違う。15日間,左腕を使って戦い続ける必要があることがわかっていて出場したことで,取り返しのつかないケガの悪化を呼び起こしてしまった。初・春と連続優勝して口さがない外野も黙ったことだし,横綱の特権を生かして完全回復まで休めばよかったのである。これについて当時の横審が休ませてくれなかったのではないかと主張する向きがあるが,当時の横審もファンも休場を許容していた。裏で協会や横審に「出てくれ」と言われていた可能性もあることは否定しないが,少なくとも表向きは周囲のほとんどが休場を容認していたことはここで証言しておきたい。本人の性格を考えても,自己責任で出場を決めたのは稀勢の里本人と思われる。しかしこれも,「ケガを押して出場させる悪しき旧弊が残っている相撲界」というイメージに凝り固まった人々に悪用されることになってしまった。これに前述の「弱いのに無理やり横綱に上げられた」論が混ざって非常に醜悪なものを見ることになったのは,稀勢の里ファンにとって本当に不幸であった。あまり言いたくなかったが,ここでくらい言わせてほしい。


取り口は左四つ,最大の武器は左おっつけで,少なくとも平成の30年間では最強の左おっつけだった。左おっつけだけで天下を取ったと言っても過言ではなく,むしろ左おっつけだけで一時代を築いたと言えなかったのが惜しい。膂力があって角度もよく,当てられた側はまわしが切れるどころか土俵の外までぶっ飛んでいったという必殺の一撃であった。問題は中距離なら左おっつけ,近距離なら左四つ以外の取り口が全く無いという不器用さで,強引にでも左四つに持っていく力強さもまた武器ではあったが,多様な取り口がないというのはどうしたって弱点であった。この不器用さはガラスのハートに次ぐ弱点としてこれは終始つきまとうことになった。また,腰が重く,引きつけ合いの力比べになっても強かった。一方で腰高で脇が甘く,しかも前述のメンタルのせいでここぞという一番で脇ががら空きになる悪癖があったので,相手に良い形で組まれるといかに重い腰でも抵抗のしようがなかった。これが好取組であっさり負ける要因であった。「メンタルが鍛えられないなら,せめて腰高を直せ」とは特に大関時代に常々言われていたが,結局腰高が一向に治らず,意外にもメンタルの方が改善されて横綱に昇進するという形になった。

合口について。白鵬戦は16勝44敗で負け越しているものの,白鵬と10戦以上している力士で稀勢の里より分が良いのは朝青龍・日馬富士・琴光喜・照ノ富士くらいしかおらず(あとは白鵬が若い頃にしか当たっていない若の里),比較的白鵬戦を苦にしていなかった。苦手な力士としては日馬富士・把瑠都・琴奨菊・碧山がおり,要するに自分よりパワーがある相手には弱い。意外にも器用で動き回る相手には分が悪くなく,というよりもそもそも苦手力士が少ない。稀勢の里の場合,相手に負けるというよりも自分に負けるということが多かったので,合口は問題ではなかった。


書けば書くだけ何か出てくる人ではあるので,まだ書き足りない気はするが,キーボードに向かうと不思議と何も書けない。心のうちにあるものが言葉になって出てこず,手元で止まっているのかもしれないが,ここいらにしておこう。これからの好角家に訪れるのは,ハラハラドキドキしなくてもいい平穏な日々であるとともに,稀勢の里のいない土俵である。それがどんなに寂しいものであることか。稀勢の里関,お疲れ様でした。  
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2019年01月29日

不休の34歳の優勝

予期せぬ優勝が続く昨今であるが,もう慣れてきて,その中での玉鷲というとそこまで驚く結果でもなかったりはする。高齢優勝も少し昔だが旭天鵬の事例があった。ただし,今場所は初日時点で横綱大関全員出場,十日目まで白鵬全勝という展開であったから,そこから見れば当然予想外の結果ではあった。これで貴景勝が優勝していれば「物語」としては綺麗だったのかもしれないが,そんなカギカッコ付の「物語」に反する,しかし面白いストーリーを提供してくれるのが現実であったりする。これは大相撲がどうこうというよりも世の真理の一つであろう。何より,同日第二子が出産したという玉鷲個人の物語としては,これ以上美しいものは無い。大相撲の物語力が個人の物語力に負けたとさえ言える。それでもあえて教訓めいた物語を付与するなら,休場しなかったやつが勝ったとしか言えない。その中で引退という結果になった稀勢の里については別記事を立てるが,この場合は運命だったというよりは,同義語でも必然だったと言ったほうがしっくり来る。むしろもっと別の運命があったのではないか,というのはこれから相撲界が考えなくてはいけない命題だ。

さて,直近33勝しておきながら見送られた貴景勝であるが,判断材料が多くてかえって判断しづらい。まず,上げない理由として,安定感を議論する以前の問題として実績が無さすぎることについてはその通りとしか言えず,この点は稀勢の里や豪栄道が32勝で認められたのとはちょうど好対照になる。これは照ノ富士を早期に上げてああなった反省もありそうだ。また,千秋楽の負け方がよくなかったから昇進させないというのは,個人的には理由にならないと思うが,確かに大関昇進は過去の事例に鑑みるとこういう印象論が結構強いので,審判部があれを見てダメだという雰囲気になったのはわかる。逆に上げるべき理由として,ある有名相撲評論家が「貴乃花騒動が完全に終焉したことを示すためにも33勝できっちりと昇進させるべき」とは指摘していて,私自身先場所の評で「来場所11勝で33勝で昇進させなければ(中略)余計な勘ぐりを絶対に引き起こすことになる」と書いている。結局,私の中での納得感は五分五分といったところ。確かに彼なら次の場所でどうせ10勝くらいしそうだという見込は高いが,人生どういう運命になるかはわからないというのが昨今の大相撲にはよくあるので,偶然つかみかけたファーストトライを有効に使わせてあげたかったという気持ちもする。


個別評。白鵬は序盤・中盤好調からの終盤連敗というパターン,衰えてきてからは実はよくあるので(例えば2018年五月・2017年九州),今回もそれだったというだけではないかと思う。序盤から危うい勝ち方が多かったが,その危うさを抜群すぎる相撲勘で拾っていく様は,あれはあれで見応えがあったのだが,後の連敗の予兆ではあったか。鶴竜は稀勢の里の影に隠れてはいるが,おそらくもう全身ケガだらけで,相撲を取り続けるのはかなり厳しいのだろう。稀勢の里と違うのは,相撲勘が衰えているというほどには休んでいないので,千秋楽まで出られれば10勝くらいはする,という点で,それもできなくなればいよいよ引退か。

豪栄道は危なっかしい相撲が多く来場所は確実にカド番と思っていたところ,終盤は不戦勝含みの5連勝で,明らかに動きがよかった。スタミナ温存だろうか。高安も同じ,終盤は動きが良かった。何なの君たち。高安は立ち合いの当たりの威力は弱っていたが,左四つになったときの馬力はあったので,豪栄道よりはまだ安心感があった。栃ノ心は下がった時の踏ん張りの効かなさが深刻で,元々スピードがある力士ではなくて,相手の出方を見てから突き起こして右四つか(この突きの強さも大関取りの原動力だった),左四つでもいいから組むかという取り口なので,立ち合いか初手で押し込まれるとどうにもならない。困ったところだ。

三役。玉鷲の相撲は先場所まで特に違いが無かったのだが,しいて言えば先々場所に傷めていた右足首の調子が良かったか。元より上位総当たりでも10勝は何度かしていた実力の持ち主であり,今場所のように横綱・大関総崩れで運が向けばこうなる可能性はあった。これは先場所の貴景勝や七月の御嶽海も同じであるが,決定的に違うのは彼らは若くして勢いと運があったというべきところ,玉鷲は不休という鉄人ぶりと長期のキャリアで運を引き寄せたと言え,関脇という地位を考えるとその実力との重ね合わせは驚嘆と賞賛しかわかない。一応今場所が大関取りの起点ということになるだろうが,さすがに無理だろう……とは栃ノ心の事例があって軽々しくは言えない。

御嶽海は休場を挟んでの殊勲賞は史上初とのこと。膝や太もものケガの場合,引くと致命傷になるが押している分にはさして響かないとはよく聞くところで,休場明けの御嶽海はその鉄則に従った取り口であった。負ける時には非常にあっさり力を抜いていた。後に引かない戦い方ができて結果が残せると踏む冷静な判断の下でなら,私はケガを押しての出場はまずいとは思わない。29年春の稀勢の里もそうだった。問題は場所後や来場所にきっちり治せるか(休めるか)という点になり,稀勢の里はここを決定的に間違えたわけだが……御嶽海には同じ轍を踏んでほしくない。妙義龍は久々の上位総当たりお疲れ様でしたとしか。


前頭上位。逸ノ城は序盤調子が良かったのに中盤以降で狂いが生じた。押し相撲,特にはず押しにめっぽう弱いという弱点が広まりつつある彼に明日はあるか。錦木は先場所の覚醒が序盤は続いていたが,中盤で失速。どうも五日目の白鵬戦で右手首を傷めたそうで,仕方がない負け方ではあるか。左四つになってからの右小手投げ,または外四つで極めが強く,先場所で「錦木にもろ差しは危険」と書いたが,まさにその展開で負ける人が多かった。もろ差しで強い人には鬼門になるべき力士で,上位に定着しているし,今後も面白い存在になるだろう。北勝富士は今場所も押し相撲が強く,御嶽海と貴景勝があまりにも躍進しているので三番手に甘んじているのが少々かわいそう。しかも来場所新三役というのは番付運がなさすぎるのでは。

前頭中盤。阿武咲はこう言ってはなんだが去年の初場所のケガがまだ上手く治っていないのではないか。馬力がどうも回復していない。この地位で8勝に終わるとは思わなかったが,取組を見ているとそう思う。同様のことが言えるのが朝乃山で,この人ももっと勝つかと思ったら8勝止まり。右四つの本格派に見えて実はけっこういろいろできる人だが,その分流れで相手のいいように取らされている感じの相撲が多く見られた。魁聖は上りエレベーターで10勝。本当に組むと中盤では無敵に近い。遠藤も上りエレーベーターで10勝。毎場所技能賞上げたいくらい上手い。阿炎は10勝しているのだが,そんなに勝ってた印象がないのは引きすぎということだろうか。あとは大栄翔の終盤の馬力の強さが目立った。

前頭下位。佐田の海は足技頼りだった印象が強いが,今場所は右四つかもろ差しになれば強いという相撲でやや印象が変わった。下位はこの人くらいしか見るべきところがなかった。


貴ノ岩が引退した。入門当時から貴乃花部屋初の関取候補呼び声高く,初土俵から4年弱の2014年初場所で実際にそうなった。身体能力が抜群で技能もあるが,どこかそれらが噛み合っておらず動きに硬さがあり,しばらくは十両上位と前頭下位を行き来する日々が続いていたが,2016年の七月場所で謎の覚醒を遂げて12勝,右四つで組めば強いという定評を得て,上位定着とまでは行かずともエレベーターをするようにはなった。ところがその後,思わぬ展開が貴ノ岩を襲う。2017年九州場所前に日馬富士に暴行され,その影響で長期休場となった。明けてからは順調に番付を戻していったが,そもそもこれは番付を落とした協会側に問題があり,理由が理由だったのだから据え置きで良かったと思われる。さらに貴乃花部屋が消滅して千賀ノ浦部屋に移籍。しかし,ちょうど一年後の2018年末に今度は自身が付け人を暴行し,引責辞任した。残念な幕切れである。貴ノ岩というと,2017年の初場所の千秋楽は白鵬に差し勝って完封して勝ち,稀勢の里の横綱昇進を決定づけるという大きな仕事をした。その稀勢の里と同じ場所で引退となったのも含めて,数奇な運命に惑わされ続けた相撲人生だったと言えるかもしれない。

豪風が引退した。大卒で幕下十五枚目付け出しデビュー,出世も幕内中盤までは早かったものの,そこから長らくエレベーター力士であった。豪風の場合,上位定着とは行かなかったものの,2006年から2017年の約11年間に渡ってエレベーターであり続けたというのが偉業であろう。2014年七月場所では35歳で初の金星という最高齢記録を作った。押し相撲力士で,2016年は決まり手に一度も寄り切りが無かったという珍記録を打ち立てている。押し一辺倒というよりも引き技や立ち合いの変化が多かったが,これは「これらも歴とした技」とする尾車部屋の指導方針に寄るものだろうと思うし,個人的にはこれに賛同するので,嫌いではなかった。休場が少なく幕内通算86場所でたったの31休と,あまり注目されないがこれも素晴らしい。それでも寄る年波には勝てず,39歳の2019年初場所で引退となった。両名ともお疲れ様でした。
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2018年11月30日

平成で4人目の小結優勝

仕事で忙しかったが,やっと九州場所の感想に手を付けることができる。優勝争いは読めないというよりか読む気も起きないほど既存の優勝経験者が次々と脱落していく展開であったが,混戦とならず,早々に二人に絞られた。こうなったら大関の意地を見たいところであったが,記録づくめの小結の優勝という結果もそれはそれで面白かった。

貴景勝の優勝について。22歳3ヶ月での優勝は年6場所制以降で史上6位……とNHKで言われていたが,軽く調べてみた感じで上に貴花田・大鵬・北の湖・白鵬・柏戸・朝青龍・若花田がいるので,これで行くと8位になる。何か私の勘違いがあれば指摘してほしい。初土俵から所要26場所は4位タイ(上に貴花田・朝青龍・照ノ富士がいて,曙が同じ26場所)。平成での小結での優勝は貴花田・若花田・魁皇とあわせて4人だけ。同期間の平幕優勝は9人(うち一人は今年の初場所の栃ノ心)で,これは比較が難しいとしても,同期間の関脇優勝は6人(曙・千代大海・武双山・出島・照ノ富士・御嶽海)とおり,序盤に横綱・大関と総当たりする小結での優勝の難しさを感じさせる。小結・関脇での優勝者10人は,御嶽海以外全員,その場所の優勝を含む形で大関に昇進している。御嶽海で法則が破れてしまった形であるが,貴景勝には御嶽海の轍を踏まずにさくっと進んでほしいものだ。

貴景勝はいろいろあって貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋に移って最初の場所で,胸中複雑であったことは容易に想像できるが,見事に取りきった。これを発奮材料にできるのはメンタルが強い(案外,単純に心機一転できたのかもしれないが)。相撲ぶりは先場所と変わっていない,というよりは先場所の相撲が目覚ましく良く,今場所躍進する予兆はあったと言える。先場所の自分の評を引用する。「貴景勝は好調上位陣に混ざってこっそり9勝をあげており,実は高評価材料しかない。押し切るか引くかの判断が良く,引いて呼び込んだ負けが少ない。組まされて負けることも少なく,負けるときは概ね相手の引きに落ちるパターンである。前半上位総当たりは当然負けが込んだが,多くの力士がそうであるようにそこで不調にならず,後半で取り戻したメンタルも良い。これで関脇に上がれないのは不運である。」

さて,来場所は当然大関取りになる……はずなのだが,阿武松審判長は「初場所が明確な大関とりではない」という謎コメントであった。横綱が不在であったからというのは一理あるものの,優勝自体にそれを相殺するだけの価値があろう。確かに今年の初場所は小結で負け越し,その後ケガがあって休場という不安定さはあるが,来場所大関取りにならないほどの理由とは思えない。御嶽海が失敗したことについては理由にするだけおかしかろう。来場所11勝で33勝で昇進させなければ,32勝で上がった稀勢の里・豪栄道や,33勝ではあれども1場所目が平幕だった照ノ富士との差を指摘され,余計な勘ぐりを絶対に引き起こすことになる。一方,高安の綱取りは「来場所の成績次第」と言われているが,むしろこちらは可能性が無いだろう。確かに年間成績で言えば12勝が3回,残りも9勝・11勝・全休と安定感は高いが,13勝をしたことが一度もない。この点で13勝ならばコンスタントにあった稀勢の里と異なる。今場所が13勝で優勝同点だったなら起点になったかもしれないが,12勝優勝次点では大きな差がある。仮に初場所全勝優勝であっても昇進は見送るべきだろう。


個別評。稀勢の里は初日でボタンを掛け違えて,そのまま治らず相撲が崩壊していった様子。取れそうで取れないというように見えるので,不本意な休場だろう。不運だとは思うが,こうなった以上は来場所10勝以上できなかったら引退で仕方がないと思う。というよりも来場所以降は毎場所引退がかかった場所が永続すると思う。豪栄道は変化のような立ち合いしやがってと思っていたが,七日目の相撲で右肩負傷でままならなかったそうで,むしろそこから勝ち越しの決まる十一日目までよくごまかして取っていた。であれば褒めもしないが批判もしないかな。高安は変なところで稀勢の里のメンタルを継がなくていいから。それしかない。栃ノ心は膝のケガが慢性化していて,大関取り前の強さしかない。最初から短命大関になるだろうとは思っていたが,あの右四つが見られなくなるのは寂しいので何とか延命してほしいところ。

関脇・小結。御嶽海は失速甚だしく,本格的にツラ相撲で気分屋なのが致命的な弱点になってきた感じがする。貴景勝は前述の通り。逸ノ城と魁聖はノーコメントで。

前頭上位。妙義龍は久々に彼の前傾姿勢でぐいぐい押していく・寄っていく取り口が上位に通用している姿を見た。8勝ではあれ勝ち越しお見事。錦木も8勝ではあるが,取り口は見違えるように良くなった。ここまで印象が薄く(ブログ上で検索したところ最後に言及したのは2016年9月であった),上位総当たり初挑戦で,その上位陣がスカスカとはいえもっと負けが込んでもおかしくなかったところ,突然目覚ましい極め技・小手投げをうちだし,上位に通用してしまった。もろ差しで入ろうとした豪栄道・栃煌山・妙義龍を全て小手投げで投げ捨てている。今場所見ていて一番面白かったのは錦木かもしれない。来場所,これが続けばさらに面白く,今後錦木にもろ差しは危険という評価になるかもしれない。

前頭中盤・下位。松鳳山は10勝で,本人の相撲内容もさることながら,熱戦が多く面白かった。それはそれとして立ち合い不成立も多すぎるので何とかしてほしい。琴奨菊は先場所負け越しで心配だったが,今場所は復調10勝で安心した。大関から陥落後では一番がぶれていた場所だったのでは。碧山は突きの威力が強く11勝。内容も良く,敢闘賞でもよかったと思うのだが,漏れてしまった。一方,阿武咲は敢闘賞。確かに強い突き押し相撲であったが,碧山との差異がわからない。



最後に。里山が引退した。立ち合いの超低空飛行から何が何でも左下手をとり,これを命綱に相手を引きずり倒すかのような下手投げを主力武器として,非常に独特の相撲を取った。出世は非常に早く2007年に新入幕となっているが,2場所だけ務めて十両に下がり,その後は十両・幕下上位での相撲が長かった。2014年に再入幕したが,結局幕内で取ったのは合計6場所のみである。にもかかわらず基本的に幕内しか見ていない私にとっても印象深い理由は2つ。1つは前述の独特な取り口があまりにも目に焼き付いたことと,もう1つは身近に応援している人がいたからである(その方,やはり引退会見当日は気が動転していたそうで)。取り口だけで言えば不世出の力士と言ってよいだろう。お疲れ様でした。

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2018年09月25日

上位総好調の稀有な場所

この九月場所は上位陣が勢揃いだっただけではなく,目立って不調だった人がおらず,それぞれ期するものがあってぶつかり合っていた。結果として熱い取組が多く大変に面白かったのだが,それだけにかえって書くべきことが多い。嬉しい悲鳴である。不祥事で外野がうるさいということもなく,上位陣全員好調で相撲に内容があり,個々にドラマもあったという場所全体の完成度で言えば,ここ5年ほどで一番だったのではないか(ドラマという一点だけなら2015年5月や2017年春があるが)。


まずは優勝した白鵬からいこう。5場所ぶりの優勝であり,以前6場所ぶりの優勝があるのでそれに比べると短いが,逆に言えば5場所空いたのは二度目ということになる。しかも,前回優勝したのは例の日馬富士の事件があった九州場所のことであり,優勝インタビューで「彼をもう一度土俵に立たせる」と大見得を切って,それはならなかった。ご存じの通り,その後も大相撲はいくつかの不祥事があり,その間白鵬は土俵に立っていない期間が長かった。さらに前回の6場所は間の休場が2回(うち全休は1回)であるが,今回の5場所は3回(うち全休は1回)である。特に一つ前の名古屋場所は好調そうに見えた矢先のケガで序盤の休場であった。

それでも白鵬は戻ってきたのである。不屈の闘志で。ちょうどその前回の優勝の際に私は「前半は完璧な相撲ぶりで,全盛期とまでは言わずとも2012-13年頃くらいの強さは見られたと思う。後半はややスタミナ切れの雰囲気もあったが,何とか千秋楽まで持たせた。相変わらず張り差し・かち上げは多いものの」と書いているが,今場所の白鵬もまたその2012-13年頃の強さであり,というよりも2016年以降の直近17場所では最も強かったと思う。しかも,今場所は張り差しこそ多用していたが,あれは問題のないやり方であった。白鵬のラフプレーが最もブーイングを浴びていたのが2016年春場所であったことを思い出したい。3年かかって,幾多の休場も挟んで,よくこれだけ相撲の完成度を戻したものだ。素直に感動してしまった。毎場所こうとはいくまいから,来場所またこの強さかはたまた途中休場かは全く予想がつかないが。

次に,やはり稀勢の里。前半戦の不安定感と言ったらこの上なく,私のTwitterのTL上には毎日心臓が止まりそうな人が大勢いて,むしろそのTLに笑ってしまった。それでも相撲勘が今ひとつな中でも勝ち星が拾えていたのは,足腰の強さが戻ってきたからであり,これは安心材料であった。九日目に栃ノ心に真っ向から立ち向かって勝ったのには本当に安堵させられた。10勝という勝数以上に相撲内容から言って,復帰場所としては奇跡の及第点であろう。無論のことながら,奇跡を起こしたのは幸運ではなく本人の努力である。とはいえ復帰前ほど強いかというと2017年初・春とは比較にならないほど弱く,横審から「来場所は12勝くらいしてほしい」とか言われているので,稀勢の里の復帰物語はまだ終わっていない。

御嶽海の大関取りもまた,来場所へ薄い望みをつなぐ形となった。調子は悪そうになかったのだが,最後の最後で彼に11勝させなかったのはツラ相撲(連敗癖)というのはなんとも難しい。精神的なものと言ってしまえばそうなるが,琴光喜や往時の稀勢の里のようなガラスのハートというわけでもないので評しづらい。基本的に立ち合い強く当たってそのまま押し込むかもろ差し,相手の取り口次第では右四つでも左四つでも取れるという臨機応変スタイルだが,連敗中は強く当たってそのまま押し組む一辺倒で臨機応変さに欠ける。ここが治らないと取りこぼしが減らず,11勝は厳しい。来場所の成否を聞かれたら,私は30%と答える。仮に全勝で中日をターンしても信用しまい。


残りの個別評。残りの横綱・大関陣。鶴竜は終盤の失速が手痛いが,ちょっと他の力士の出来が良すぎた。千秋楽の白鵬との決戦は見応えがあり,あの一番だけで横綱の責任は全うしたと思える。豪栄道は絶好調で,なにせ首投げが一番も無く12勝である。優勝した場所でさえ首投げはあったのに。高安と白鵬のどちらかくらいがもう少し不調なら2回めの優勝がありうるくらいの出来だった。これだけの出来で世間的なスポットがほとんど全く当たらない場所なのだから,不運と言えば不運である。立ち合い強く当たってから後は臨機応変にというスタイルという点で御嶽海の先輩に当たるが,今場所はその対応がすぱっと綺麗にはまっていた。高安も悪くない出来で,立ち合いや投げに力強さがあった。しかし,10日に豪栄道・12日目に鶴竜を止めて結果的に白鵬の優勝をアシストしておきながら,14日目に御嶽海に勝ち越しの白星を与えてフェードアウトし,千秋楽には栃ノ心に会心の相撲を取られるという,なんとも星の回りの悪い場所ではあった。栃ノ心は思っていたよりもカド番脱出に苦労したが,彼も周囲の好調に苦労させられていたように見えた。11日目の鶴竜戦や千秋楽の高安戦を中心に強敵相手でもインパクトの強い相撲で勝ってくれるので,どうしたって印象は良い。

関脇・小結。御嶽海は上述。逸ノ城はまあいつも通りだったが,11日目の稀勢の里戦だけ妙に強かった。よくわからないが,自信があったのだろうか。玉鷲は単純に不調。どうも右足首のケガがおもわしくなさそう。貴景勝は好調上位陣に混ざってこっそり9勝をあげており,実は高評価材料しかない。押し切るか引くかの判断が良く,引いて呼び込んだ負けが少ない。組まされて負けることも少なく,負けるときは概ね相手の引きに落ちるパターンである。前半上位総当たりは当然負けが込んだが,多くの力士がそうであるようにそこで不調にならず,後半で取り戻したメンタルも良い。これで関脇に上がれないのは不運である。張り出しにしてもいい気はするが,慣例から言えば多分ならない。

前頭上位。上位陣全員好調の被害をもろに食らって,星から言えばズタズタの状況。その中でピックアップすると,魁聖の勝ち越しはさすが。豊山は休場が非常にもったいない。ケガがなければ強い相撲がとれたのだろうと思しき後半の白星3つが好材料。朝乃山は負け越したのが意外で,終盤5連敗はどこか傷めたのでなければスタミナが切れたか。どうも後者に思えるのが今後の不安。

前頭中盤。実はこの辺りも絶不調という人が少なく,見事に潰しあった結果,紙一重で勝ち越し負け越しの皆8勝や7勝(前頭6〜11枚目の12人のうち8人が該当),来場所の番付編成が非常に苦しそうな情勢である。その余波とはいえ,琴奨菊はとうとうここで負け越すか。その中で阿武咲は惨敗であったが,まだケガが治りきっていないということか。初場所で休んだときはそれほど重傷には見えなかったのだが,復帰に時間がかかっている。

前頭下位。貴ノ岩は順当な上りエレベーターで,まだまだここで負ける人ではない。さらに竜電を挙げておきたい。だいぶ寄る形が整ってきて,特に左四つは琴奨菊を寄り切ったのが象徴的で強みが増した。差し負けて右四つや立ち合い当たり負けるとそのまま負けることが多いので,確実に左四つに持っていく相撲を完成させたいところ。新入幕隆の勝は8勝でギリギリの勝ち越しだが,そもそも勝ち越せると思っていなかったので,思っていたよりも強かった。それなりに注力して見ていたが,まだよくわからない。石浦が大きく負け越していて残念である。かなり研究されていて,なかなか潜れない。

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2018年07月25日

「雷電以来」というと仰々しい

怒涛の展開で優勝争いが混沌とし,結果的に優勝したのは関脇であった。横綱が全員休場という状態についてはもはやここ1年くらいでは珍しくもなくなってきた。そこで優勝するのが大関ならば順当だが,なかなかそうもならないのはおもしろいところだろう。けが人多数で休場者多数はあったが,残った人たちの相撲は熱く,おもしろいものが多かったと思う。特に御嶽海・朝乃山・豊山は突出してすばらしく,この3人のための場所という様相だった。惜しむらくは私自身が忙しすぎてリアルタイムで見た相撲がほとんどゼロに近いということだ。

優勝した御嶽海は13勝,先場所9勝なので来場所11勝なら合計33勝になるが,ここまでの22勝に横綱戦勝利がないというのは指摘されても仕方のないところであろう。今場所の優勝を加点要素としても,11勝なら中身に横綱戦白星がほしいところであるし,3人休場で不在だとか手負いでどうしようもない状態ならば12勝をボーダーにしたいところ。3横綱4大関で飽和してしまうというのも協会としてはネックであり,状況的に言って思われているほど易しくない大関とりになると思われる。なお,長野県出身力士としては昭和以降で初,江戸時代まで含めても雷電以来とのこと。


個別評。横綱・大関。白鵬は悪くなさそうであったので,出場し続けることができていれば優勝は固かった。もったいない。鶴竜の方は休場して正解という出来。稀勢の里は8場所連続の休場だが,さすがにすぱっと引退したほうがいい状況になってきたように思う。おそらく,足腰が多少の稽古と実戦ではどうしようもないくらいに弱っていると思われる。栃ノ心の休場は残念至極で,しかもケガの状態によっては来場所あっさりカド番脱出できるとも断言できそうにない。非常に心配である。高安は腰の痛みがひどいようで,思うように動けていない。千秋楽,立ち合いの諸手突きを豪栄道にかわされて難なくあしらわれてしまったのが象徴的。その豪栄道は平常営業といったところ。ただ,横綱全休ならお前が優勝せいよと思ってしまう。今場所で平常営業はダメだろう。

三役。御嶽海は特に相撲ぶりが変わったわけではないが,毎場所序盤は良くて終盤は失速するところ,今場所は優勝争いの先頭に立ったことでブーストがかかってスタミナが最後までもったという印象である。先場所の評に「大関取りには地力が一段足りないことがまたしても立証されたというか」と書いている通りで,来場所は本当に正念場になると思われる。好調に乗っかって地力を成長させてほしい。逸ノ城は御嶽海以上に横綱不在の恩恵を受けた力士で,上位戦や合口の悪い相手になると途端に無気力になるの,本当に止めてほしい。現時点では勝ち越しに価値がないと言わざるをえない。玉鷲・松鳳山は特には。

前頭上位。阿炎は先場所よりも対策されて勝てなくなってしまった。もう一皮むけたいところ。威力か機敏さか,いずれかがほしい。一方,貴景勝は完全に復調した。とはいえ今場所は中途半端な上位挑戦になってしまったので,来場所は横綱戦での動きを見たいところ。嘉風は動きがそこまで悪かったわけでもないのに初日から13連敗した。かと思えば同じような相撲ぶりで14日目に勝つと,千秋楽は先日まで13連敗していたとは思えない相撲で連勝した。北の富士も言っていたが,勝ち星を並べることの難しさについて考えさせられるのが,今場所の嘉風であった。

前頭中盤。千代大龍は先場所の評に「MSPを長らく封印しているが,あれなら復活させたほうが良い。立ち合いで崩したなら二の手で引いてみてはどうか。」と書いたら本当にやっていた。本人も同じようなことを考えていたのかもしれない。結果9−6なので良かったのでは。宝富士はこんな地位なら勝ち越しだろうと思っていたのだが,7−8で負け越した。左四つでも万全ではなくなってきたので,衰えているのかもしれない。伊勢ヶ濱部屋の状態が状態なので,精神的なものもあるのかも。

さて,今場所躍進した豊山は,ようやく目立つ存在になってきたのかもしれない。中盤までは同じように勝ち星をあげた朝乃山に比べると印象が薄かったのだが,14日目に一気の出足で高安を破り,千秋楽はまず間違いなく平成30年度全場所のベストバウトになるであろう大熱戦で御嶽海を破り,一気に印象が良くなった。恵まれた身体を持ちながらも幕内のスピードについていけず星が上がっていなかったが,今場所ついに順応した。突き押し相撲だが引きに頼らずとにかく押すタイプで,しかし圧倒的なパワーで押し切るよりは技巧があり,四つになってもかなり対応が効く。これはこれであまり見ないタイプに成長しつつあるのかもしれない。

前頭下位。碧山は上りエレベーターであるはずのところ8勝止まりで,ケガでもしていたか動きが鈍かった。一方,阿武咲と栃煌山と北勝富士は順当な上りエレベーターである。最後に朝乃山。今場所見ていて一番楽しかったのは朝乃山の相撲で,右四つの本格派がやっと開花した。とにかく寄りの形が整っていて安心感があり,これなら大概の相手は持っていけるだろう。ただし,その意味で今場所魁聖に四つ相撲で負けてしまったのは一つの試金石で,まだ上位定着とはいかなさそうである。少なくともエレベーターと呼べる地位にはなりそうなので,経験を積んで成長してほしい。非常に期待して見ている。


さて,書きそびれていた関取引退について言及しておく。まず翔天狼。突き押しでも組んでもとれたが,かえってどちらも中途半端になってしまう傾向はあった。出世が遅く,2009年3月に27歳,所要48場所でやっと入幕した。その年の名古屋場所で,無敵を誇っていた白鵬から金星を獲得し,突如として注目を浴びた。奇しくも白鵬は初土俵同期である。しかし,その後は今ひとつぱっとせず,最高位は前頭2枚目で終わった。2017年に日本国籍を取得したものの,9月に悪性リンパ腫を患っていたことがわかり,復帰に望みをかけていたが,その年の年末にあえなく引退となった。2017年1月には時天空が悪性リンパ腫で亡くなっているので,かなり心配である。一応,2018年5月には親方として職務に復帰した。

次に北太樹。この人も下積み期間が長く,特に幕下で時間がかかり,1998年の角界入りから約10年かかって十両となった。とはいえ今どき珍しい中卒のたたき上げであり,2010年から2015年にかけて約6年間,長く幕内に定着した。速攻相撲が持ち味で,立ち合いからの一気の出足と左差しで一気に持っていく相撲が取り口であった。ただし,左差しが入らないと出足がくじかれる傾向があり,また長引くとはたき以外の技が出てこなくなる悪癖もあり,上位では対策されてしまい,エレベーターの地位から脱することができなかった。最高位は前頭2枚目。左膝の故障が慢性化しており,2016年頃からかばいきれなくなって力を落とし,その後も2年は十両でとったが,2018年5月に引退した。

最後に阿夢露。最初は「あむうる」とは読めず,「アムロ? ガンダムかな?」と思っていた。2002年初土俵,2012年新十両とこの人もまた10年かかった苦労人である。白人
の力士らしくソップ型,細身の身体で,にもかかわらず力の入った相撲を取るためかどうしてもケガに見舞われやすく,2012年大阪・新十両の場所で大ケガをして5場所全休,序二段のほぼ振り出しに戻ったが,丸2年かかって2014年大阪で再十両,そのままの勢いで九州場所で新入幕となった。所要,なんと74場所,この時すでに31歳である。細身の割にはパワーがあったが,技巧があったわけでもなく,不格好な四つながら不思議と寄っていった。幕内の壁は厚く,最高位は前頭5枚目だが,基本的には10枚目前後でとっており,エレベーターにもなれなかった。年齢から来る衰えからか徐々に力を落としていき,2017年3月からは幕下,2018年5月に引退となった。3人ともお疲れ様でした。
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2018年07月22日

Fussball Weltmeisterschaft in Russland

今回のワールドカップは仕事が忙しかったこととドイツが早々に敗退したことで,2006年以降の4回では最も見ていない大会になってしまい,あまり大した感想もないのだが,こういうのは継続なのでなにか書き残しておこう。(一応4年前の気合の入った感想

・日本
事前のわけがわからない監督交代で一気に国内が冷めるという状況からの,天和を引いたかのような「豪運」でコロンビアを下し,見事に国民を振り回してくれた。事前の失態をそれはそれとして切り分けるならば,応援しがいのあるチームではあった。なんだかんだ言っても「個」が強く,走り回ってなんとかしてしまうのは8年前と同じで,こうなると4年前はチームとして弱かったのではなくコンディション等に何かあったのでは,と今更ながらに思わせられた。1戦目は開始後3分のコロンビアのレッドカードが全てで,相手が10人だった割には苦戦させられたとは言うものの,むしろコロンビアの地力や,10人になっても思われているほど有利にならないことを考えるに,きっちり勝利をもぎ取ったことをたたえてもよいのではないかと思う。ワールドカップ史上,初のアジア勢による南米勢に対する勝利だそうで。

セネガル戦を見ても,やっぱり思ってたよりは戦えていて,コロンビア戦の勝利はまぐれではなかったと改めて思わせられた。最後のポーランド戦はまあ,ポーランドの「三試合目だけ本気出す」というジンクスを破れなかったということで。むしろポーランドさんはなんでワールドカップ本戦でこんなにスロースターターなの? 最後の10分のパス回しは個人的には全く気にならなかった,というかあれはあれで面白かった。最後に本戦のベルギー戦もセネガル戦と同じ感想で,途中まではまさかこれ勝っちゃうの? というドキドキをありがとう。さて4年後は世代交代がどうしたって不可避なわけで,それでとんでもなく弱くなるのか,はたまた意外と上手くいくのか,予選から注目していきたい。


<グループリーグ敗退勢>
・ドイツ
まさかの敗退ではあるものの,グループリーグの戦いっぷりを見ていて,これはトーナメントに上がる資格が無いなと思ってしまった。ミュラーもエジルも元気がなく,ボールをゴール前まで持っていくものの,そこからパス回しで崩せないままシュートを打たされるので点が入らない。加えてフォワードのヴェルナーは決定力を欠いていて,4年前からは大きく攻撃力が下がっていた。ディフェンス陣はまだマシでセンターディフェンスがフンメルスとボアテングのうちは機能していたが,交代すると崩れるし,ノイアー頼りにも限界があった。サイドもキミッヒが躍動していたように見えて,ボールを持たされていただけのように見え,ラームがいなくなった穴は大きかったんだなと。まあ,また4年後に期待しましょう。ミュラーは次は32歳,もう1回出れるか。ドイツはグループリーグ敗退が史上初とのこと。ところで,「やっぱりドイツはロシアの大地では勝てない(約76年ぶり)」「イタリアが最初に脱落し,次にドイツが脱落して最後に残ったのは日本」「試合のあった6/28は「青の場合」の作戦発動日」とか,二次大戦ネタが乱舞していたので爆笑していた。


<ベスト16>
・ポルトガル
同じスター選手中心のチームとしては,アルゼンチンのメッシ頼りよりもよほど脱クリロナができていて,むしろクリロナに注目を集めておいて他が決める形ができていたので今回は行けるんじゃないかと思っていたのだが,ウルグアイのドン引きカウンター戦術には勝てなかった。4年前は初戦のドイツ戦でぺぺがレッドカード退場,10人になってボロ負けし,その後遺症でグループリーグ敗退というひどい展開だっただけに,その反動もあって今回のポルトガルの印象は良く,16で消えたのは惜しい。

・アルゼンチン
ポルトガルとは対照的に。4年前はそれでもディ・マリアやマスチェラーノが助けていて,戦術メッシになりすぎないように助けが入っていたように思うが,今回は本当に戦術メッシだった。よくこれでグループリーグ突破できたなという感じだったが,トーナメント初戦はよくフランスに3点入れたもんだ。この試合の得点シーンだけ見ると強そうに見えるんだけども。


<ベスト8>
・ブラジル
4年前に「グループリーグの戦いぶりからして前評判ほど強くないという印象を受け,次第に化けの皮がはがれていった感じ。」と書いているが,今回も全く同じ感想。極めて素人くさい感想を言うと,ここより上に行くオーラは無かった。ただ,ポルトガルと同じで4年前よりはネイマールが封じられても他の人が決めに行くスタイルはできていて,特にコウチーニョは躍動していた印象。

・スウェーデン
ロシアもそうだが,タレント不在の中でドン引きカウンター戦術を上手く使っていた。しかしそのせいか相性の差もくっきりで,ドイツには負けたのにメキシコに勝ち,スイスに勝ってイングランドに負けるという終始不安定な戦いぶりでもあった。そういう意味ではよくベスト8に来れたなという印象もあるが,これは私がドイツを応援していて,ドイツ戦の敗戦の印象が強いからかもしれない。

・ウルグアイ
同じドン引きカウンター戦術でも攻撃にタレントがいたのがウルグアイだったが,だからこそカバーニがいなくなるとやはり機能せんのやなと。最後のフランス戦だけ見違えるように弱かった。結果としてスウェーデンやロシアと同じところで敗退というのはさもありなん。


<ベスト4以上>
・イングランド
ベスト8以上まで来た国々としては,申し訳ないがタイミングも悪く一番試合を見ていない国で,正直特に感想がない。ケインが「得点王の印象が無い」とか言われているのはちとかわいそうだが,確かにどこで点を入れてたっけ? と考え込んでしまう。

・ベルギー
日本に勝ったことだし,どうせなら優勝してほしいと思って見ていたが,あまりにもフランスが強すぎた。攻撃陣の顔ぶれが豪華すぎるが,GKクルトワの鉄壁が勝ち上がることに目立っていった。よく日本はこの人相手に2点入れたよね……前回のノイアーはとにかく前に出ていってシュートの体勢に入る前につぶしてしまうという感じだったが,今回のクルトワは未来予知でもしてるのかという超反応の連続で楽しかった。

・クロアチア
人口約450万人の小国がここまで躍進,とは言われるものの,それで言えばウルグアイも人口約350万人,一人あたりのGDPも約2万ドルで似たようなものであり,そう不思議な結果でもなかろうかなと。決勝以外は全然試合を見ていない上に,決勝は一方的にフランスにやられていたので,あまりコメントがない。

・フランス
グループリーグから最後まで終始とんでもなく強かった。4年前のドイツ並に負ける雰囲気が無く,最後まで戦いきった。最も光っていたのは当然ムバッペ(エムバペ)。とにかく早い上に足元も上手で手がつけられない。当然グリーズマンはじめ前線からディフェンスまで他の選手もすばらしく,穴がない。それでも目立ったのはやっぱりムバッペだったのは,ワールドカップとはそういうものだということで。それにしても全体的に若く,ほぼこのメンバーでまた4年後も行けそうなのだが,そうすると今回のドイツみたいなことになりそうな気もして,なかなか今後の舵取りが難しい。優勝国だからこその悩みか。
  
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2018年06月16日

2018ロシア・ワールドカップのグループリーグに見る世界史

本ブログ的に恒例企画なので。この目線だとグループB・F・Gがおもしろいかな。

グループA(ロシア・サウジ・エジプト・ウルグアイ)
エジプトがムハンマド=アリー時代に,サウジの前身の第一次ワッハーブ王国を滅ぼしていて,またロシアはエジプト=トルコ危機では第一次・第二次を通じてオスマン帝国の支援者だったので,エジプトの近代化を妨げた。関係が薄いようで,19世紀の「東方問題」では意外とつながりが見えるグループ。その意味ではウルグアイだけ浮いてる。あとはエジプトとサウジは20世紀後半にアラブの盟主をうかがうライバルだったというのは当然すぎるけど一応。

グループB(スペイン・ポルトガル・モロッコ・イラン)
すでに指摘があるが,4つともウマイヤ朝の旧領というすごいつながりがある。というか,よくよく考えたらこのグループ,イラン以外が地理的に近すぎないですかね……スペインはモロッコの旧宗主国,ポルトガルも1580〜1640年はスペインに占領・支配されていた。その占領の引き金となったのが,当時のポルトガル王セバスティアン1世によるモロッコ遠征で,彼が遠征先で客死(おそらく戦死)してしまう。セバスティアン1世に嫡子がいなかったために国政が混乱,それを見たスペイン王フェリペ2世が強引に同君連合化を提案して,という流れである。というように,地理的に近いだけあって,この3国は非常にいろいろある。モロッコとイランは西サハラを巡って対立があり,つい最近断交した。こんな新聞記事が出ている。
モロッコ、イランと断交 西サハラ独立派巡り (日経新聞)
→ 以前はモロッコはスンナ派の中ではシーア派に対して寛容な国で,イランとも融和的だった数少ない国だったが,これについては正直イランが余分なことしたよね,という感想。

グループC(フランス・デンマーク・オーストラリア・ペルー)
因縁がありそうであまり無いグループ。フランスとデンマークに限ればいろいろあるが,それは書いてもつまらんしな……一応4つとも二次大戦時の連合国とかいう大概当てはまりそうなくくりが無くはない。

グループD(アルゼンチン・アイスランド・クロアチア・ナイジェリア)
ここもそれほどつながりが無いか。ハプスブルク家の旧領は大体サッカーが強いが,アルゼンチンとクロアチアはオーストリア系とスペイン系に分かれた関係で同一の家系に支配されていた期間がかなり短い珍しいパターン。ところで,アイスランドとアルゼンチンの緯度差がすごい。

グループE(スイス・セルビア・ブラジル・コスタリカ)
ヨーロッパ2国とラテンアメリカ2国という偏ったグループだが,スイスとセルビアはどちらもEU非加盟国。ブラジルはメルコスール原加盟国だが,コスタリカは未加盟。世界史じゃなくて地理の話になってしまった。

グループF(ドイツ・メキシコ・スウェーデン・韓国)
フランスのナポレオン3世はメキシコ出兵の失敗を契機に政権が不安定になり,普仏戦争の敗戦で退位。フランスのいるグループCと両国のいずれかが当たるとしても,早くても準決勝になる。同じくドイツ統一戦争から,シュレスヴィヒ=ホルシュタイン危機に際して,スウェーデンがデンマークに肩入れしてスカンディナヴィア連邦を組むという計画があった。良いところまでいったが実現せず。そのデンマークもグループCというのはなかなかの因縁である。あとはドイツとメキシコというとツィンメルマン電報事件か。韓国だけどうにも何にもない。

グループG(イングランド・ベルギー・チュニジア・パナマ)
ベルギー・チュニジア・パナマといずれも地政学上の要点にある。ベルギーは言わずとしれた「道」と揶揄される国で,パナマは運河建設のために作られた国,チュニジアは地中海の真ん中,イタリア(シチリア)の対岸。ちなみに,フランスが1881年にチュニジアを植民地化しようとした際,対岸が植民地化されることについてイタリアが抗議するも,同年勃発したエジプトのウラービー運動の単独鎮圧をフランスに承認させる見返りとしてイギリスがフランスに肩入れし,結果フランスの植民地化が成功したという間接的なつながりはある。これで英仏への不信感が増したイタリアはドイツに接近して三国同盟が成立するという流れ。そのイタリアは今回予選敗退で本大会に出場できなかった。パナマを除く3つはローマ帝国の旧領。これはグループBのイラン以外もそうで,もっとありそうなものだが,意外にも4分の3以上はこの2グループだけ。ベルギーとイングランドは因縁がありすぎるので割愛。

グループH(ポーランド・コロンビア・セネガル・日本)
グループD以上に世界史上のつながりが希薄なグループ。これだけ言及できることが無いグループも珍しい。それも寂しいので,世界史には全く関係がないが将棋ブームであることだし,カロリーナ女流棋士には言及しておきたい。


  
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2018年06月10日

日馬富士引退に寄せて

基本的に大関・横綱が引退した際には普段の場所評とは別に記事を立てて感想・論評を書いているが,日馬富士は引退が曖昧であったのでタイミングを逃してしまっていた。かなり時間が経ってしまったが,いよいよ踏ん切りをつけようと思う。実はその他,関取の引退もその場所の評の末尾につけているのだが,これも翔天狼・阿夢露・北太樹と書かないままさぼっているので,彼は名古屋場所の時に書ける範囲で書いておきたい。

日馬富士,本名ビャンバドルジは安馬の四股名でデビューした。2001年に16歳で初土俵,以後は2004年に新入幕であるから出世は早かったが,そこから三役までの道のりがやや長かった。当時の印象は軽量の割に攻撃力があるが,軽量の弱点そのままに脆く,立ち合いが汚く変化も多いというくらいであった。後に横綱・大関となる力士の場合,三役までは早々に到達するが,上位定着から3場所33勝までが長いということの方が多いので(近年だと稀勢の里も豪栄道も琴奨菊も鶴竜もこのパターンである),逆に入幕から三役定着までの方が長かった安馬は珍しい部類に入る。2007年頃にやっと三役に定着し,そこからは約2年間,7勝から10勝の間を行き来して,大関になれそうでなれない状態が続くが,2008年11月にとうとう大関に昇進し,日馬富士に改名した。安馬の昇進により2横綱5大関となるため協会はかなりしぶっていたが,3場所35勝で後ろ2回は優勝次点とあっては上げざるを得ない成績である。この頃の日馬富士はとにかく上昇志向が強くストイックで,練習量が異常に多く,とにかく最強の力士になるため闘志を燃やしていた。闘志が余り余っていたために前述のような汚い立ち合いや変化に加えてダメ押しもあり,素行は早くから不安視されていた。

大関時代の日馬富士は,昇進直後に右膝を負傷したこともあってぱっとしない成績が続いた。大関3場所目の2009年5月場所で優勝したがその後は長く低迷し,彼もそういうパターンかと思われたところ,2011年頃になって成績が安定し,優勝戦線に絡むようになる。そして2012年の7月・9月で怒涛の30連勝,無傷の連続優勝で横綱に昇進した。日馬富士の力士人生を語る上で外せないのが,彼の品格の豹変である。大関時代までの日馬富士は随分と品格の問題が懸念されていたが,横綱に昇進してからの日馬富士は人が変わったかのように落ち着いていった。彼の原動力は強い上昇志向であったところ,横綱になって頂点を極めたからか,はたまた単純に地位が人を作ったか,加齢によるものか。そのいずれもあったのだろう。2015年頃になると,白鵬の素行が問題視されていったため,かえって日馬富士の品格が褒められるまでに至った。

取り口はスタミナと守備力を捨ててスピード・テクニック・瞬間の攻撃力の3つに全振りしたかのようなステータスで,とにかく立ち合いから猛烈に攻め立てて勝負を決めてしまう。特に大関時代後半から横綱時代の半ばにかけてよく見られた「突き刺さるような鋭い立ち合い」と称される,低く入って片手で深く差すか両手で前まわしをとる立ち合いは大相撲史上でも例を見ないほどの破壊力を持ち,勢いのままに相手の腰が砕けるか,二の矢で飛んでくる寄りや投げが綺麗に決まるかで,優勝したような場所ではほとんどこの立ち合いだけで勝負が決まっていた。

一方で,立ち合いで失敗するとどうしようもなく,守勢に回っても弱く,長い相撲にも弱いし,大型力士とパワー勝負になっても苦しかった。この辺りは守勢に回っても抜群の相撲勘で逆転し,スタミナ勝負やパワー勝負はむしろ得意な朝青龍や白鵬とは大きく異なる。また,自らのスピードが早すぎて思考が追いつかずに自滅するという特異な負けパターンもあった。この立ち合いの失敗とスピード自滅が原因となって格下相手に取りこぼすことが頻発し,横綱・大関には全勝しているのに終わってみると11勝で優勝ならず,というような事態が多々発生した。二日目・三日目に負けることが非常に多く,「三日目のジンクス」はNHKの放送でもしばしば取り上げられるほどであった。金星配給数も在位31場所で40個と異様に多い。これをもって日馬富士を「横綱としては弱い部類」と見なす評価もあるが,横綱在位時勝率.727,通算優勝9回の横綱にそれはないだろう。いずれも横綱としては平均的なレベルの数値で,同時代に朝青龍と白鵬がいることを踏まえると,むしろ金星が多いことくらいしか弱い横綱とする論拠がない。

しかし,軽量で異様な攻撃力を誇るその取り口は次第に身体へ深刻なダメージを蓄積させるようになり,まず右膝,次に右肘,左肘,左足首と負傷箇所が増えていった。2014年9月には5日目に右眼窩底を骨折し,失明・引退の危機にもなった。2015年頃になると突き刺さるような立ち合いは鳴りを潜め,むしろそれをテクニックでカバーする取組が増えていった。特に左右の出し投げは強烈で,立ち合いの威力減少を十分に補った。元々テクニックがあった力士であるから出来た取り口の変化であり,前述の品格の変化もあって,この頃には玄人好みの力士になっていた。大関昇進前には考えられない話である。結果的に普段は10〜11勝して横綱としての責務をそれなりに果たしつつ,10場所に1回くらいに思い出したかのように優勝するというのが横綱後期であった。

このままもう3年ほど実働して,優勝回数が12回くらいになったタイミングで円満に引退かなと思っていたところ,丸くなったと言われていた素行のうち,酒乱だけはどうしても治らなかったようで,酔った勢いで同じ関取の貴ノ岩に暴行を働いた。これが2017年九州場所中に発覚して引退となった。最後の金星配給は2日目,奇しくも同じ貴乃花部屋の貴景勝であった。その場所評に書いた通り,「朝青龍が一般人を殴り,半強制的に引退となった事例を引けば,やはり最低限でも自主的な引退は避けられない。相手が一般人か力士かは罪の軽重に無関係であろう」というのが自分の判断で,概ねそのように事態は推移していった。日本への帰化申請をしていたが間に合わず,引退は日本相撲協会からの退職を意味することになってしまった。しかし,伊勢ヶ濱部屋の親方ではなく「コーチ」という立場に就任し,後進の指導をすることになった。また,横綱在位中から法政大学大学院に通っており,史上初の大学院生横綱であったから,今後は学究の道に進むのかもしれない。土俵外では趣味の油彩画で知られ,腕前はかなり上手く,個展を開いたこともある。お疲れ様でした。コーチとしての活躍に期待します。
  
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2018年05月29日

幕下からの復活,大関へ

終わってみると順当な結果になった。当初期待されていた力士が,ハラハラするような場面も挟んだものの,概ね期待通りの実力を発揮した場所になったと言えよう。少なくとも鶴竜の出来は先場所よりもよく,優勝に値するものであった。全般的に相撲の内容がよく,私自身の仕事が忙しすぎてろくにまともに視聴できなかったことを除けば,満足度が高い場所であった。土俵の外の騒動も含めて過去5場所ほど予想のできない状態が続いたので,やっといろいろなものが落ち着いた状態とも言えそうである。なにせ昨年9月は上位陣が総休場で内容も低調,11月は日馬富士の暴行事件が場所中に発覚し,以降は先場所くらいまで諸々の事件があって余波が続いた。これで来場所以降も平穏な気分で相撲が見れるとよいのだが。

なお,今場所もAbemaで全日程を視聴した。以下はメモ書き的に。
・先場所までは「相撲ビギナー」枠としてアスリートでもなく相撲に欠片も興味もないような人がゲストで来ていて,非常に冷める回が何日かあったが,今場所は,先場所までにビギナー枠で来ていてその後ちゃんと相撲に興味をもってくれた人(ぺぇさん)や,アスリート寄りの売り方をしている人(先場所も来ていた稲村亜美)等,むしろ完全にアスリート(武井壮)と,人選がかなり改善された。やはり先場所で稲村亜美が評判良かったので,その方向で路線を固めたか。
・しかし,やはり聞いていておもしろかったのはビギナーでは全くない相撲好きアイドルの山根千佳と,相撲好き芸人のキンボシ西田の回。キンボシ西田と谷川親方を千秋楽に持ってきたのが良い采配。
・先場所まで解説で来ていた把瑠都が突然エストニアで政治家になると言って帰国してしまったので,Abemaに出なくなったのは残念。代わって今場所はいろいろな親方が来ていたが,やはり千秋楽の谷川親方が抜群におもしろかった。


個別評。優勝した鶴竜は,場所中に風邪をひいていて体調が万全ではなかったそうだが,ケガ等については先場所よりも良い状態だったと思われる。離れて取れば半ば悪癖の引き・はたきがよく決まり,密着すればもろ差しで入って技巧をこらした寄りを見せた。やはりこの横綱は上手い。四日目の松鳳山戦はそれだけに惜しく,まさに悪癖が出て負けたパターンだが,これがなければ全勝優勝であった。どうせなら全勝優勝してほしかったと思う。先場所11勝4敗という予測を立てていたことについてはこの場で謝っておきたい。一方,白鵬は事実上の2場所連続休場の明けとはいえ,ひどい出来で惨状を覆い隠せていない。得意中の得意で25勝全勝だった栃ノ心にがっぷり右四つで負けたあたり,右四つになれば絶対に負けない白鵬はもはや完全に過去のものという印象も強くなった。上半身はそこまででもないが,足腰が決定的に弱っている。張り差し・かち上げが禁止された影響もまだ強そうで,何番かやりづらそうな立ち合いもあった(単なる張り差しについては問題としない)。そして7場所連続休場となった稀勢の里の状態は,報道で伝わる情報で判断するにかなり絶望的である。もう一度だけでもいいから,あの強烈なおっつけを見たい。

大関陣……は何も書かなくていいですかね。もっとも二人ともそれほど心配していないが。来場所陥落ということにはならんだろう。

三役。大関とりに成功した栃ノ心の相撲は見事としか言いようがない出来であった。グルジア(サカルトヴェロ)人初の大関である。相撲ぶり自体は先場所・先々場所と変わっていないが,気迫の違いが13勝を引き寄せたと言えよう。起点が前頭3枚目とはいえ,3場所計37勝で優勝と優勝次点を含み,鶴竜と白鵬を1番ずつ破っているとあっては文句の出ようはずもない。昨年9月には前頭筆頭で4−11だったこともあり,この絶好調が3場所続くとは思っていなかったのだが,良い意味で完全に裏切られた。最終盤で右手首を負傷していて,四つ相撲はともかく突き押しは全く取れていなかったのが気がかりと言えば気がかり。来場所完治していることを願う。

逸ノ城は無理に痩せていたことで実力が発揮できていなかったことがわかり,225kgまで太ったことで復調したことが発覚した。そう聞くと体重の割に動きが良いのは確かである。痩せた方が良いと勧めてきた身としてはなんとも言えない気分。御嶽海は調子が戻ってきたけど,だからこそ9勝止まりというか,大関取りには地力が一段足りないことがまたしても立証されたというか。足踏みしている場合ではない。遠藤は不運なケガで悲しい。ケガまでの3勝3敗を見るに,調子は悪くなかったのでは。

前頭上位。上位初挑戦の阿炎は,ここに来て初めて壁に当たった様子で,かえって器の大きさが垣間見えた。負け越しとはいえ7−8であり,白鵬戦の金星もあり,悲観するような戦績ではない。突き押しのタイプとしては千代大海系で,突きの威力もあるが引いての勝ち星も多い。変化も上手く,相撲勘が良すぎて気持ちの良い動きをする。組んだときの弱さまで千代大海並なので出世が厳しそうであるが,期待して応援していきたい。

殊勲賞の松鳳山は突き押しからのもろ差しへの移行がスムーズで,もろ差しを警戒すると突き押しのままやられるので,相手は取りにくそうであった。良い形が出来つつある。8勝しかしていなかったのは意外。千代大龍は立ち合いの出足の強さは本当にすばらしいが,そこで決めきれないと押しきれない。MSPを長らく封印しているが,あれなら復活させたほうが良い。立ち合いで崩したなら二の手で引いてみてはどうか。残りでは,大栄翔が5勝,豊山が3勝と惨敗を喫していたが,それぞれ印象が悪くなく,上位陣が好調だとこういう場所もあるよなという感じ。むしろ負けても不調にならないのはすばらしい。上位に定着するのに必要な素養だと思う。

前頭中盤。大翔丸は良いおっつけを見せていた印象。貴景勝は地力の違いを見せて10勝をあげたが,上りエレベーターにならないか来場所に注目したい。あとは隠岐の海が絶不調だった。特に10日目以降。休場した方が良かったのでは。高身長ゆえに棒立ちになるとどうしても目立ってしまう。

前頭下位。千代の国は,相撲ぶりが大きく変わったわけではないが,とにかく動きが良かった。今場所その意味で目立ったのは阿炎と千代の国になる。12勝は立派で敢闘賞は妥当。ケガがなければこれだけ動ける人なんだなぁと再認識した。あとは妙義龍と旭大星を挙げておこう。妙義龍は久々に彼の真骨頂というべき,綺麗な前傾姿勢のまま押し切る相撲が見られ,満足度が高い。やっと感覚が戻ってきたか。あれが持続するなら前頭中盤でも勝ち星を重ねられそうである。

旭大星は新入幕で10勝の敢闘賞。後半はやや息切れしたが,前半は見事であった。プロフィールを見ると得意な型は両前ミツとか右前ミツとか書かれているが,前まわしをうかがっての寄りや投げよりも,単純な動きの良さと技巧で勝ちを拾った相撲の方が目立ち,安美錦を裾払いで倒していたり,隠岐の海を突き出したりと,お前プロフィールに書いてあることとちゃうやんけと。正直今場所ではまだ全く様子のわからない力士であった。来場所にじっくり観察したい。
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2018年03月28日

鶴竜,薄氷の優勝劇

相変わらず外野は騒がしかったが,土俵の上はそれほど悪い印象がなく,それなりに熱戦が多かったように思う。横綱欠場が常態化しており,にもかかわらず今ひとつ変革の様子が見えない幕内上位陣よりは,次の時代を見据えた戦国時代になりつつある中盤の方が見応えがあったかもしれない。優勝争いが混沌としているようで,あっけない終わり方をしたというのは今の幕内上位陣を象徴する光景であった。世代交代というのには今ひとつどころか,今二つくらい欠いているものがあるように思う。

半ば私事であるが,実は今場所全部AbemaTVで見て,休日だけ並行してNHKもつけるというスタイルで初めて視聴してみた。AbemaTVは話題になっているように,
・常にBGMが流れている,しかもヒップホップ
・仕切りの間にCMが流れる
・3日に2日ほどはビギナー枠のゲストが登場し,解説と実況が事細かに大相撲の基本を説明する
・押し力士には無駄にかっこいい紹介Vと謎のレーダーチャートや力士特有のエピソード集が表示され,格闘番組というか格ゲーじみた紹介をしている
といった特徴がある。通して見た感想として,まずBGMとCMは慣れると意外と気にならない。ビギナー枠のゲストは当たり外れが大きく,今後の改善点。他種目のアスリートだったり,頭の回転の早いアイドル・タレントだと大当たりで,特に自身の野球経験を元に語る稲村亜美は大当たりだった。解説は淡々としている人は向いていないが,比較的若い親方や元力士が来るとやはりおもしろい。最高なのは把瑠都の解説。素人目線の解説に慣れているし,適度に挟まれるギャグもおもしろく,解説が非常に的確で技術論が良いし,物言い後の判定等もほとんど予言が的中していた。最後に,紹介Vはよくできている。ちゃんとかっこいいし,特徴が出ている。一方,レーダーチャートとエピソード集はかなりまずく,作り直してほしい。レーダーチャートは基準がバラバラで根拠がなく,実態に即していない。エピソード集は面白いものもあるが,こちらも確証の無いあやしい情報がかなり含まれており,力士に失礼であろう。AbemaTV自体の使い勝手として,ログイン不要・録画しなくてもいい手軽さが最大の魅力で,十分な画質で蛇の目の砂等も十分にわかる。総合すると十分に及第点で,ゲストの様子を見ながら来場所以降も積極的に活用していこうと思う。


個別評。優勝した鶴竜は,よく優勝できたなというくらい悪い出来で,11日目の逸ノ城戦のように力を見せたところもあったが,12日目の栃ノ心戦のように真正面から当たって負けた日もあった。結果として,基本的には引きに引いての薄氷の勝利が多く,一歩間違っていたら13勝2敗どころか10勝5敗となっていた。これについては鶴竜自身に自覚があり,右手薬指のケガが治っておらず,まわしをつかむと強い痛みが出る状態であったから離れて取る相撲にならざるをえず,かといって突き放すのは得意ではないから必然的に引く相撲になったとのことである。相撲の神様が8場所も耐えに耐えた鶴竜に報いを与えたということかもしれないが,それにしてもこの状態の鶴竜を前にして優勝をかっさらえない大関二人が情けないという話もある。したがって,鶴竜が地力を強めたとか復調したという感触は全く無く,来場所以降は不安定飛行に戻りそうで,11勝4敗と予測しておく。

大関。高安は本当に惜しかった。立ち合いの当たりの強さ,当たった後の押していくか組むかの判断,押しと踏み切ったときの突進力も組んだ時の投げのキレもどれもよく,相撲が完成されてきた。一方,負けた3つはどれも不用意な負けで地力が発揮できていない。特に12日目の千代丸戦の敗戦は今場所の流れを完全に変えてしまった。あれを落としていなければ13勝2敗で千秋楽優勝決定戦であり,こうなると高安に分があっただろう。千載一遇のチャンスを逃したと言ってよい。ところで,北の富士氏が「2場所連続の12勝で準優勝であるから,来場所全勝優勝なら横綱昇進の審議にかけるべきでは」とコメントしていた。横綱昇進は「直近2場所が連続で優勝に準ずる成績」であり,また過去の慣例から「直近3場所で36勝」にも引っかかる。あとは優勝経験や過去1年ほどの成績の安定感が加味されるが,高安はケガでの休場を除けば関脇時代から十分に安定しており,来場所優勝なら優勝経験も解消される。したがって,来場所全勝どころか14勝で優勝なら十分に昇進水準であり,むしろ審議にかけられない方がおかしい。個人的には北の富士氏の意見に賛成であるが,世間的にはほとんど反応が無いのが残念である。

豪栄道はやっぱり地元で応援が加熱しすぎるとプレッシャーで力出ないよね,という擁護はできるか。そういえば今場所は首投げを見なかった。首投げが出る時は不調であるが,今場所が好調だったようにも見えず。どうしたのかな。

三役。御嶽海はとうとう関脇を陥落した。7−8ではあるが,出直しに近い。突進力が効く日と効かない日の差が激しく,極めて連相撲の傾向が強い。本当にあの連敗癖はなんとかならないものか。地力は間違いなくあるが,このメンタルでは大関とりはおぼつかない。栃ノ心は相撲ぶり自体は先場所とほぼ変わらず。にもかかわらず10勝で終わったのは運もあるが,かなり対策が立てられてきたというのも大きい。10勝に乗せて大関とりの声もあるが,11勝にならなかったのは厳しい。来場所は大の苦手の白鵬が戻ってくるであろうし,どうか。逆に来場所11勝するようなら本物で,むしろ来場所12勝以上を挙げるようなら,先場所の前頭3枚めでの14勝も加味していきなり大関とりを審議してもよいと思う。逸ノ城は復活したようなしてないような。相変わらず相手を見てやる気を出すかどうか判断している癖はあるが,勝てそうと見なす水準がかなり上がっているようで,やる気のある相撲が多かった。千代大龍はまあ,下りエレベーター。

前頭上位。遠藤はやっと来場所小結である。長かった。人気はあるのに,どうも運がない。相撲ぶり自体は特に変わりがなく,論評しようがない。玉鷲は本当に衰えんなぁ。正代はこんなところで負け越しとは。もろ差しにこだわって自滅する傾向が強かった先場所までに対して,今場所はもろ差しにこだわらなかった相撲が多く,それは良いのだが動きがかえってぎくしゃくしていた。フォームチェンジ中の負け越しだとすると仕方ないのかもしれない。

前頭中盤。魁聖は12勝で立派。負けたのが全部上位陣なのは良いのか悪いのか。それよりは阿炎の10勝の方がインパクトが大きく,動きが激しく見ごたえのある突き押し相撲を取る。本人のビッグマウスやキャラの明るさもあって,あっという間に人気力士の仲間入りしそう。阿炎ほどではないが,大栄翔も突き押しの良さが目立ち,9勝という勝ち星以上に印象があった。千代の国は動きは良かったが,動きが良すぎるというか無駄な動きが多く,あれで体力を消耗するから動きの良さの割に勝てないのでは,と今場所観察していて思った。

前頭下位。栃煌山はいよいよここでも大きく負け越しで,進退が極まりつつある。まだもう少し華麗なもろ差しが見たいし,衰え方が急速すぎるので心配である。勢は豪栄道とは逆に声援をパワーに変えて上りエレベーター。大奄美は10勝していたが,いつの間にか大勝していた感覚で,正直印象がほとんどない。


最後に。大砂嵐が引退した。エジプト出身で,アフリカ大陸初・中東初でムスリム初という初づくめの入門であり,しかも関取になった。2012年3月での初土俵から所要8場所で新十両,2013年7月に所要10場所で新入幕と史上最速ペースで出世し,将来を嘱望された。稀に見るとんでもない膂力の持ち主で,立ち合いのかち上げまたは諸手突きからそのまま突き押していくか,組んでから強烈に引き付けて寄っていく取り口であった。反面,器用さは無く引けばはたきは不格好で,寄りの形はまずくないものの投げ等の工夫がなく,攻めが単調だったために幕内では上手く通用しなかった。身体が非常に固く,無理な体勢でこらえるため膝のケガが頻発し,2015年の上半期あたりで早くも限界が見え始めた。2016年は十両と幕内を行ったり来たりしていたが,2017年には十両に定着してしまっていた。その矢先,2018年年初に無免許で交通事故を起こした。しかも協会に即座に報告せず,警察の取り調べに対しても「妻が運転していた」と虚偽の説明をしていたことが発覚した。協会はそもそも力士の運転を禁止しているので,加えて無免許運転・事故・報告の遅れ・虚偽の説明と汚点が積み重なってしまい,一発解雇という厳罰が処された。

比較的早期に日本語を覚える外国人力士に比して大砂嵐は日本語があまり達者でなく,Skypeで母国の友人とよく話して母語アラビア語の感覚を維持し,場所中でもきっちりとラマダーンを行った。facebookやtwitterを使いこなし,角界では極めて珍しい今どきの国際人な若者であった。とはいえ角界になじめなかったというわけではなく,千代丸をはじめとして友人は多く,社交的な性格はここでも通用していた。不祥事が不祥事なので擁護できないが,実に惜しい若者が角界を去ってしまった。
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Posted by dg_law at 07:30Comments(0)

2018年01月28日

グルジア人力士のさらなる発展を祈願しつつ

誰も予想していなかった展開で,誰も予想していなかった人が優勝した。平幕が優勝する時とは概ねそのようなものであるが,旭天鵬の時ほどの驚きは無いかもしれない。今場所の栃ノ心は見るからに絶好調であり,中日までの相撲を見て,上位戦も終わっているし,このまま最後まで続いて12・13勝で終わって,三賞総なめかな,くらいには思っていたからだ。どちらかというとその後鶴竜が失速したほうが意外であった。栃ノ心の優勝は,旭天鵬以来の平幕優勝で6年ぶりのこと。当然グルジア(ジョージア,サカルトヴェロ)出身としても初優勝である。新入幕からの所要58場所は歴代4位タイのスロー記録。

今回の栃ノ心の優勝は希望である。人間誰しも好調・不調の波はある。上位陣全員が好調だったり不調だったりすることは稀で,だからこそ横綱が3人も4人もいれば大関以下が優勝するチャンスはなかなか訪れない。その横綱が2人休場したことで実力的な意味での優勝ラインが大きく下がり,「好調な平幕」にも優勝のチャンスが芽生えた。今の栃ノ心の実力が,他の三役・平幕上位と比較して突出して優れていたわけではない。にもかかわらず優勝できたということは,他の三役・平幕上位陣にも十分なワンチャンスがあるということだ。今後,稀勢の里はともかく白鵬がこのままあっさり引退するとは思えないが,どう考えても以前よりは安定しない。鶴竜と豪栄道も同様である。高安はまだ持続し,成長するだろうが,白鵬や朝青龍のような絶対者になるとも思えない。戦国時代の到来は近かろう。後世,その象徴のような場所として語られるかもしれない。2016年11月の評で「現在の幕内上位陣の年齢層が固まりすぎていて,2・3年後くらいにごっそり交代するのではないか」と書いているが,あれから1年と2ヶ月が経った。やはりあと丸1年ほどで総入れ替えになりそうである(逆に言って,あと1年ほどはかかろう,白鵬が多少なりとも復調するであろうし)。

全体的におもしろい相撲が多く,中日付近がやや淡白だったものの,序盤と後半は良かった。それだけに土俵外の不祥事が話題になったことは悔やまれる。大砂嵐の無免許運転・追突事故は,当然それ自体も問題ながら,虚偽申告したことと協会への報告が無かったこと,そもそも力士は運転禁止という協会の規定にも反していたことと問題が大きい。一発解雇ということにはなるまいが,相当な厳罰は覚悟しなければならないだろう(3場所出場停止等)。春日野部屋の暴力事件が過去に起きていたことの方は,当時きっちりと公表すべきであっただろうが,今更どうしようもない。


個別評。白鵬は「立ち合いの張り差しを封じた瞬間に弱くなった」と言われかねないことになってしまった。その意味で休場してほしくなかったところだが,白鵬の真価は立ち合いではないのだから,ケガが治れば戻ってこよう。ただ,非常に立ちにくそうだったのは確かで,悪い癖になってしまっており,修正を諦めてすぱっと引退する可能性もなくはなさそう。稀勢の里は11月場所と同じ評価になる。左肩というよりも全体的に弱くなっていて,どこから手を付ければよいのかわからない。このまま引退に追い込まれる可能性が高くなってきた。返す返すも5月・7月の段階で全休せず,出場してしまったのが悔やまれる。

鶴竜はてっきり優勝するものだと思っていた。すばらしい技巧を持っており,十日目の隠岐の海戦などは鶴竜の真骨頂とも言える芸術的な右上手出し投げを見せてもらった。引くのが癖なのは仕方がないし,1敗くらいするのも仕方がないとして,ずるずる連敗したメンタルの方に問題がある。あんなにハートの小さい力士だったか,あるいはどこかケガをしたか。なお,世間的には「優勝争いを引っ張ったし,10連勝もしたのだから,最終結果が11勝でも進退問題は払拭されたということでいいのでは」という声が強いようだが,私としては疑問である。確かに今場所後すぐに引退というような成績ではないが,来場所もまた11勝以下なら,すぐに進退問題が再浮上すると思う。その意味で完全払拭とは行かない成績であったし,連敗の原因がメンタルではなくケガなら,今後払拭しようがないかもしれない。

大関。高安は良い出来で,12勝は立派。立ち合いの体当たりから押し込むか,組んで投げるかで勝ち星を詰んだ。栃ノ心・逸ノ城の敗戦は仕方ないとして,阿武咲戦の不用意な敗戦が痛い。仮に思っていたよりも早く白鵬が引退したら,1・2回は優勝しそう。横綱になれるとまでは現時点では予想できない。豪栄道は可も不可もない出来。相変わらず日毎の出来の差が激しい。

三役。御嶽海は二桁取って大関取りの起点,と思っていたのだけど後半の失速がひどかった。どこか痛めたか,単なるツラ相撲か。突き押しの威力は引き続き良いが,連敗中は威力が出る前に負けてしまうことが多く,出足で負けるか引いてしまうかという様相。いずれにせよ良くない。貴景勝は本人曰く「どこか痛めていたわけではなく,地力で負けただけ」と壁にぶつかったのを自覚しており,良いことだと思う。まだ突き押しの威力が御嶽海の領域にはたどり着いていない。北勝富士も同じ。阿武咲休場は残念だが,重傷には見えなかったので,すぐに戻ってくるのではないか。

前頭上位陣。まず優勝した栃ノ心。今場所は相撲ぶりが変わったところがなく,単純に絶好調であった。つっぱりは不格好ながら威力があり回転も悪くなく,あくまで突ききって形が整ってから四つに移行する作戦が功を奏したか,良い形で組むか,突いたまま勝負を決することもあった。右四つ得意だが左四つでも寄ることができた。元から得意の右四つも,従来の出来ならそれでも白鵬等の上位には通用していなかったが,今場所は鶴竜以外には十分に通用した。前頭3枚目,上位総当りでの優勝なので価値は高い。大関取りには厳しめの要件で起点としてもよいだろう。来場所関脇当確だが,11勝するようなら再来場所は完全に考えてよいが,絶好調が続くかどうかはなんとも言えないところ。

続いて逸ノ城。10勝という成績もさることながら,内容が良かった。五日目までの上位挑戦終了時点で1−4,今場所もダメかと思いきや六日目から目覚め,パワーと技術の伴った逸ノ城が戻ってきた。相手を見てやる気を変える性格は変わっていないが,そのやる気を出す水準が随分と高くなり,今までなら手を抜いていた相手でも果敢に挑んでいた。また,逸ノ城のやる気を出したら勝てると見なす嗅覚の鋭さはなかなか大したもので,今場所本気を出して負けたのは栃ノ心だけであると思う(あまり褒めていない)。あとは遠藤が良かったくらいか。

前頭中盤はあまり言及すべき力士がいない。しいて言えば千代丸がやや良かったくらいか。照ノ富士は治らない膝のケガに加えて,糖尿病とインフルエンザだそうで……インフルは3月場所には大丈夫としても糖尿病は心配である。稽古すれば良いとは言っても。安美錦はやはり膝が限界では。

前頭下位。輝は多少なりとも腰高が直ってきたか。要経過観察。豊山は幕内で初めての勝ち越し。とはいえ物言いが入った取組も何番かあり,かなり際どい勝ち越しだったと思う。運も実力のうちといえば,9勝にも価値はあるか。朝乃山も同じく9勝で,こちらはなぜ勝ち越せないのかと思っていたので順当なところ。やっと幕内のスピード感に慣れてきたか。最後に新入幕の阿炎と竜電。阿炎はまた新しく出てきた力士が突き押しなのかというのが第一印象で,悪くはないが定着できるのかは要経過観察。あのチャラいキャラクターは嫌いじゃない。ぜひともあのキャラクターを保ったまま三役まで来て欲しい。そして竜電。イケメンすぎない……? というのは置いといて,左四つでスケールの大きい相撲ももろ差しの相撲もどちらもとれる四つ相撲の本格派で,期待は大きい。無論のことながらまだまだ形が悪いのに寄ろうとして返されたり,巻き替え食らってたりそもそも組めなかったりということはあるが,成長の余地は大きいと思う。期待して待ちたい。
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Posted by dg_law at 23:37Comments(4)