東方projectのキャラ数が非常に多いため,それなりにキャラ付けの特徴的な東方キャラであっても,描き手の稚拙さやパーツの除去によっては,本気で読み手が判別できなくなる場合がある。この現象や,この現象により判別不可能になった絵のことを「誰てめ絵」と呼ぶ。
「誰てめ絵」はなぜ忌避されるのか?それは「その絵は東方キャラであることに価値がある」と見なされているからである。そうでなければ,そもそもキャラを判別せずとも良いのだ。単に美少女の絵として評価されればよい。そうではないということはつまり,東方キャラであるということは,強い付加価値を持つ。無論これは東方に限った話ではなく,全ての萌え絵に関して同じことがいえるだろう。一般にオリジナルよりも二次創作絵のほうが評価されやすいのは,それだけ付加価値が強いためである。オリジナル絵そのものだけで評価されるのは,とても困難なことだ。
では,東方キャラであることになぜそれだけの付加価値が存在するのか。それは東方キャラそれぞれが裏に設定や物語を持っているからであり,
我々は単純な美少女絵の裏に設定の持つ意味を暗に読み取っているからである。二次創作の美少女は,単なる美少女絵ではない。
ここでヲタきめぇと思ったかどうかは読者諸氏の自由だが,実のところ「誰てめ絵」問題や,その裏にある属性の読み取り・深読みという現象は,東方だけの話ではない。というよりも萌え絵特有の現象ですらなく,
「誰てめ絵」は全ての絵画作品共通の現象である。それはそうであろう。キリストの絵は描かれているのがキリストだからこそクリスチャンの心を打つのであり,「実は単なる髭面のおっさんでキリストじゃありません。あなた方の深読みです」などと作者に言われたら随分と興ざめになるだろう。
とりわけ「誰てめ絵」の問題は,西洋絵画の伝統的な絵画,すなわち歴史画において頻発する。聖書の登場人物やそれぞれの聖人伝を題材として描いたものを主として「歴史画」と呼ぶが,聖人伝なんぞは多種多様であり,かつ似たような話も多いので(大体殉教の仕方程度にしか差が無いため),東方キャラの判別よりもよほどの困難が課せられる。
そこで,西洋美術史学は長い歴史の中で,一つのテクニックを生み出した。
それがアトリビュート(持物)の整理である。アトリビュートとは,それを持っていれば確実にその人物(キャラクター)であると判断しうる判断材料のことであり,狭義では持ち物のことを指し,広義ではシチュエーションなども含む。また,アトリビュートを用いて登場人物を特定したり,逆に登場人物からシチュエーションを特定したりする学問のことを図像学(イコノグラフィー)という。
たとえば,拙文で申し訳ないが,レオナルド・ダ・ヴィンチの《受胎告知》は
このようにイコノグラフィーできる。仮に貴方がこの絵について全く知らずに初見だったとしても,美術史学辞典が一冊あれば,主題を「受胎告知」と特定するのは簡単である。なぜなら,青い衣から右の女性を聖母マリアと特定するのは典型的なアトリビュートであるし,左にいる人物には翼があるから天使であることは疑い得ない。マリアに出会ったことのある天使はガブリエルに限定されるから左の人物はガブリエルであり,マリアとガブリエルが出会ったシチュエーションは「受胎告知」以外ありえない……と類推可能だからである。これが図像学という学問と,アトリビュートの威力である。(その他のアトリビュートについても詳しく書いておいたので,該当記事を読んで欲しい)
話を戻すが,
要するに我々ヲタクは,無意識的に図像学を用いており,アトリビュートを頭にたたきこんでいるのである。あまり指摘されていないことだが,これは非常に高度な作業であり,驚くほどの独自の進化を遂げている。エロゲの一枚絵をぱっと出されて瞬間的に作品が答えられる人や,一枚の同人絵からそれほど有名ではない作家の名前を当てる人なんかは,プロの美術史家顔負けの能力ではないかと思う。
さて,西洋絵画はその堅苦しさから歴史画が次第に嫌われ,「聖母マリアだからこそ美しい」のではなく「一人の女性として見るからこそ美しい」と,付加価値を否定する方向に進んでいった(自然主義や印象派)。一方,我々ヲタクは一向にオリジナルの価値を認める方向には進んでいかない。もっとも私はそれで良いと思っているし,だからこそ我々はヲタクなのだろうとも思っている。
共有される原典と,その原典から生み出される付加価値を信じずして何がヲタクか。「誰てめ絵」を自虐的に茶化した同人誌は何冊も読んできたが(東方界隈によらず),決して恥じるものではないのだ。我々はむしろ,霊夢であるかただの巫女かで価値を大きく分ける判断主体であることを,誇るべきなのである。
以下は単なる付録であり主題ではないが,試しに簡潔に東方キャラのアトリビュートを成文化してみた(途中で力尽きたので紅魔郷のみ)。この作業で困難なのはどこまで簡略化しても判別できるかということであり,たとえばそのキャラが東方キャラと明示されているかどうか,という点でも異なる。たとえば,東方キャラということは明示されている状況ならば,黒髪の巫女は霊夢しかいないので,「黒髪」と「巫女」というアトリビュートだけで十分に判別が可能である。しかしこれが東方キャラであるということさえも判明していない状態の場合,「黒髪」の「巫女」というだけでは霊夢という判断は下せない。つまりアトリビュート=手がかりが足りない。
繰り返しになるが同様の現象は西洋美術でも十分に起こる。聖ゲオルギウスと聖エウスタキウスはともに騎士から聖人になった人物であるため,武者姿の聖人というだけではそのどちらか判別できずしばしば問題になる。ゲオルギウスは竜退治で功をなした人物であり,エウスタキウスは猟をしている間にキリストの姿を幻視したというエピソードが印象的な人物であるから,それぞれの痕跡を描かれた様子からなんとか読み取るという地味な作業になる。もしくは先に描いた画家のほうを特定して,「この画家はゲオルギウスをよく描いているがエウスタキウスを描いたことはほとんど無い。よって今回の作品もゲオルギウスのほうだろう」という特定の方法もある。これも同様の手法が東方の「誰てめ絵」でも使えると思うが,これを行うには無数の同人作家の情報が頭に入っていなければいけないわけで,あまり現実的ではない。
よって,以下の一覧は決して完璧ではない。異論は多いだろうが,むしろ各自作っていただければと思う。ちなみに,自分がこんなことせずとも,実はwikipedia,ニコニコ大百科,ピクペディアのそれぞれの項目には各キャラのアトリビュート一覧があったりする。
その性質上,ピクペディアが一番詳しい。
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